ネオビンテージ

知らず知らずのうちに揃えた機器類は80~90年代の今から30年前の製品が多い。ちょうどオーディオが元気な時期の物である その頃は家にはオーディオ装置は無かったし第一全く興味はなかった 逆にその時分のオーディオ熱が時空を超え今頃になって蘇り機器を通して自分を引き寄せたのかもしれないなどと夢想する。

Minimaも良いがアマトールのその不格好な姿(自分ではそう感じている)と蠱惑的な音色は好みである。真空管EL-34の炎がシンプリーフォー本体の天然木を照らす時 音に渋みがのる。マルチビットのスィングアーム方式CDは古典的だがとても優雅な音を出す そしてそのコンパクトな外観も同じメーカーQUADのアンプ同様 小粋である。
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アナログに回帰した時 欲しくて欲しくてたまらなかったのはこのE-06のフォノイコライザーであった。ようやく手に入った時の喜びは今でも覚えている。それ以来自分のアナログ再生の基点ともなっている。

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アナログからCDへ移行する時期 アナログプレーヤー製作者の最後の意地を見せたのがケンウッドKP-1100でありその弟機のKP-990であった。
ひょんなことからそのKP-990を購入しLP-12やTD-521などの名機を使っていたが最後に残っているのはこの普及帯価格のKP-990である。

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ラックスマンの中級機 C-600fやM-600Aを所有していた事もあるが90年発のプリアンプC-06αはまた別格の魅力を持っている。昔のマッタリとした緩さと現代の切れ味鋭い音のいいどころを付している。汎用性が高いこともあり現在でもメインで使っている。

QUADはプリよりパワーの405に衝撃を受けた 今まで国産のパワーしか使ったことがなかったがこちらの405を使い部屋の空気感が変わった。とてもシンプルな構造で比較的安価な製品なのに音楽性豊かである。プリの44は使ったり使わなかったりだがこのパワー405は部屋の中心的存在である。(※CDプレーヤーの後ろに置いたので見えないが…)

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古い製品ばかりだがまだビンテージになり切っていない「ネオビンテージ」オーディオが盛んで元気だった頃の製品でこれからが熟成期であろう。

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こちらのトーレンスは年代的にビンテージであるが このネオビンテージ品類の中では少し浮いてしまうかもしれない。元々は大衆機であったのが周りが神格視しすぎて高額なものになってしまった。当時の雰囲気と今にはない独特な風味は味わえるがこれだけではその当時の再生の全容は表現できない…かろうじてステレオ再生を意識した時期(65年前後)の製品なので現代の機器に合わせられないこともないが自分には宝の持ち腐れなのかもしれないと感じてきている。


 


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# by kurama66644 | 2018-04-15 10:12 | オーディオ | Comments(2)

形のあるもの ないもの

先日ユーチューブでアメリカの7歳から10歳位の子供にソニーのカセットウォークマンを見せ(イヤフォンなしの状態) これは何をする道具か当てる動画をたまたま見た。  ほとんどの子供は何の機械?か分からないでいたが中には音楽を聴く道具なのでは?という子供も少数だがいた そしてヒントとしてその中に入れるカセットテープを見せた カセット自体初めて見るようで益々ウォークマンが何をするものか分からない状況に陥った様子であった。

解答は音楽を聴く道具(機械)であると出題者が話すと 皆 オーックレイジーやらアメージングなど信じられないという言葉を笑いながら発していた(笑)

何が信じられないかというと まずその大きさ 重くて持ち歩きが不便との事… そして音楽の収納量というか時間。音楽を聴くのにカセットだと数十分ぐらいの容量だが今は小さな筐体に何万曲と収納でき マニアックな曲でもなければ無尽蔵に手に入れる事ができる それが今の子達には当たり前になっている。

自分の音楽を聴く原点がラジオでありカセットだったので(レコードは再生装置が無かった) 今はこんなものなのかとちょっと驚いてしまい世代間のギャップを感じてしまった。忘れもしない大学に入りたての頃 友人が画期的な商品ができた!と騒いでいた それが持ち運びできる音楽装置「ウォークマン」である。音楽自体それほど興味はなかったのでなぜ友人が興奮しているのか当時よくわからなかったが音楽を携帯でき いつでも音楽を聴ける状態が可能である事に価値を持っていたのだと思う。
当時80年初頭の頃は確か3万位していた記憶があるが学生が買うのには大金でその友人もその後1年ぐらいしてようやく購入 自慢げに自分に見せてくれた。

確かに持ち運びできるがそれでも体に密着して持ち運ぶ?には不格好だと当時でも思った(笑)  その後カセットとほぼ同じ大きさのウォークマンができカセットからCDへメディアが移行、DATやMDなどメディアの変化もあったが今ではポケットに余裕で入る大きさ、ダウンロードという言葉も古くなりつつストリーミングは当たり前 容量も信じられないぐらい大きくなった…。

いつも思うのだが音楽好きの人は片時も音楽と離れられないのだろうか?外に出るときも歩いている時も聴いていないと気持ちが落ち着かないのだろうか?
便利になり音源が簡単に手に入りHDに大量に保存できるようになった ここに数万曲が入っていますと誇らしげに説明していた人を見たことがあるが その人その中の何曲を一生のうちに聴くことができるのだろうか疑問に思う。持っている数や多さを自慢しているだけにしかどうしても感じられない…。

音楽を沢山聴くほど感性が上がると きくが必ずしもそうではないように思う。音楽はしょせん作り物で自然ではない その作り物ばかり聴いていると感性そのものが偏ってしまいかねないと個人的には思っている。以前 CDを何気に集めてミニコンポでジャズを聴いていたが数は数千枚に膨れ上がり置き場所にも困ったことがある 結局今のところに越すにあたり半分ぐらいを処分、その後はアナログに回帰したこともあり最終的には5枚しか残らなかった 数千枚持っていた時は聴いていて楽しかったが感性が豊かになったなど感じなく ただ流し聴きしていたような気がする もちろん高い機器類ではなかったのでそう聴こえただけなのかもしれない。

収集家の方は集めて所有する事に価値があるので気持ちも分かるがオーディオを知ってからそのソフトの多さでその感性とやらが上質?であるかはまた別の話であると思っている。昔はメディア媒体という形のあるものだったので所有するにはスペースが必要でありその限界は各自分かっていた その形が無くなった現在では無尽蔵に小さなスペースに確保できる 欲望のままただその中に落とし込んでも余計な事も含め抱え込むだけ これは形のあるメディア(CDやレコード)でも同じように思う ただこれは趣味の世界、その人個人個人の生き方の問題でもある。 形のあるものはある種抑制が効く 見て分かるからだ しかし形のないものが多くなった現在 それを抑制するのは難しくなった コンテンツが沢山あります、情報が色々なところから得られます、音楽が気軽に楽に手に入ります…形のないものに対する宣伝が甘い誘惑とともに今 大量に流れている ほどほどが良いように感じている昨今である。

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モノラル再生を挫折したと先般の記事で書いたがこの作品の価値は認めている。たとえステレオ針で再生したとしても優れている事に変わりはない 今、TD-124でステレオ針で再生しているが中途半端なモノラル再生より良くなっていると感ずる。自分にとって大枚1万円で初めて買ったモノラルオリジナル盤である もうソフトでこんな高い物 買うことはないと思う(笑)

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# by kurama66644 | 2018-04-11 12:34 | Comments(2)

蠱惑的(こわくてき)なオーディオ

あえて魅力的とか魅惑的という表現を使わないで蠱惑的と表すにふさわしいと感じている。

オーディオ機器に対して愛着が持てるなど使っていて感じる事はあるが導入したソナス・ファベール エレクタ・アマトールとユニゾンリサーチ シンプリーフォーの組み合わせはそれほど蠱惑的なのである。

オーディオがある部屋は普通の洋間だがこのスピーカーとアンプで雰囲気はかなり変わる。音を聴く前にその特徴的な外観からなにやら怪しい?気配が感じられる。

所有しているQUAD405パワーアンプの意匠も日本にはない独特なもので そこから発する音は力強く品位が感じられたがエレクタ・アマトールは音楽を発信したい熱望のようなものが感じられる。きめ細やかな正確な音では決してない どちらかとルーズで大らかである そのある種いい加減さが心のゆとりをもたらす。
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フロントバッフルのはみ出たウーファー ちょっと不格好だ(;´・ω・) ツイーターとウーファーを可能な限り近づけているのはより点音源に近づけようと工夫したのだろうか…。
専用台は大理石と天然木材そして天板が鉄製と3種の違う素材を使っている、更に天板の鉄の4隅にゴムを配置 明らかにアマトールより小さな面積の天板に乗せるだけ これで地震でも来たらひとたまりもない(笑) イタリアも地震国なのに大丈夫なのだろうか?
今では手に入らないブラジリアンウッドのハカランダ材は叩くと硬質な音がする。Minimaも天然木材を使っているが響きが明らかに違う Minimaのほうがギューッと固めた感じがしエンクロージャー自体の鳴きを抑えているように感じられる それに対してアマトールは硬質でありながらあえて鳴かすようにしているようだ。
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真空管の魅力はまだ素人なので上手く説明できないが今まで聴いてきた真空管アンプの中でもこのシンプリーフォーはかなり濃い音がするようだ。もちろん真空管の種類、国籍?により多少は変わるのだろうが国内外のいくつかの既成メーカー品のなかでもこのユニゾンリサーチは石のアンプに比べより真空管らしさ(濃さ、柔らかさ、暖かさ)が強いように思う。

アマトールで聴くボーカルや弦は何ものにも代え難いとの批評を読んだ記憶があるが実際聴くまでは多少大げさに書いたものかと思っていた。そうしてアマトールでボーカルや弦を聴き、更にアンプをユニゾンリサーチの真空管アンプに替えると…批評は決して大げさではなかったと感じてしまったのである 参りました。

最近のジャズは余り聴かないがこのシステムから奏でるこちらの歌手 ヘイリー・ロレンの歌声はまさに蠱惑的である
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# by kurama66644 | 2018-04-08 09:24 | オーディオ | Comments(0)

モノラル再生の挫折

ユニゾンリサーチの真空管アンプは私的にはとても面白く色濃い音を出してくれる  外観も木を一部使うなど味わい深いものがある…そういう事を考えながらアナログに回帰し約5年 そのきっかけはモノラル再生であった事を思い出す。

好きなジャズの元の音を知りたい!  そうなるとCDでは所詮再発 50、60年代はCDではなくレコード更にその前はLPではなくSP、蓄音機の世界  その元の音を知るため当時のオリジナル盤を探っていった。 どれがオリジナルなのかネットも含めてマニアの方から教えてもらい自分でも勉強?した 当時のカッティングマシンが当然モノラル用で溝の深さも違う、針の太さもモノラルでは違ってくる、針圧も違う 現在のステレオアナログ再生とは違ってくる。
モノラルのオリジナル盤も色々買った、当時のモノラル専用太い針も買った、50年代~60年代のプレーヤーも買った。
そこで再生するモノラル音源はステレオ再生とは違う深いものがあった。しかし自分に出来るのはここまでであった…

ベストは当時の機器類で再生するのが良いとの意見も多い その通りだと思う。スピーカーもモノラル時代のハーツフィールドやらクリプシュホーンなどあり プレーヤーだけではなくフォノイコライザー等も重要である。アームもSMEの当時のアームは揃えたがモノラルではやや軽量級か? そしてなによりも部屋にそんな当時の馬鹿でかいスピーカーが置けるのか? オリジナル特にモノラルの現在の馬鹿げた高価な盤を買い続ける事が出来るのか? そういう事が出来るのはおそらく一部の人だけだろう。

今回アマトールを買ったのもそしてその前にMinima、QUADのアンプ類を買ったのもいったんは捨てたCDをもう一度再生するようになったのも自分のオーディオの指針が自然とそうさせたのだと思う。
オーディオ自体幻想の音として捉えると今の自分のモノラル再生はとても中途半端 それよりもごく普通の生活している部屋でアマトールやユニゾンリサーチの真空管アンプを使いCDやアナログのステレオ再生するほうがとてもシックリくる。オリジナルの音はとても魅力的だが今ではあまりにも高級品となってしまった。オーディオのビンテージ品も人気の為かそのものの価値が本当にあるのかないのか分からないまま高額化してしまっている。

ビンテージ化までいっていないQUADの昔の製品など品位はありながらまだまだ庶民的である。アマトールはそこそこの価格であったが所有する初代Minimaの状態の良い物は15万で京都の方から譲り受けた。2008年に復刻したMinimaビンテージは50万ぐらいの価格に跳ね上がっていた  驚きというよりはあきれ返ってしまった。性能はアップしたようだが初代Minimaを作ったフランコ・セルブリンの魂は復刻版には感じられない。

アナログプレーヤー2台をステレオ、モノラル再生用と分けていたが今は両方ともステレオ針を付けている。トーレンスには先日も書いたがMC20MKⅡの低出力のMC針、ケンウッドのプレーヤーには廉価品のシュアーM44-7のMM針 中々良い感じで鳴っている。

元の音を知りたいとオリジナルを探っていったが本当の元の音は盤だけでは再現できない。オリジナルを知って不完全だがその凄さやニュアンスの一部は感じる事は出来たと思うし知らない世界を体験でき 自分なりに満足がいってよかった 80~90年代に国内外のジャズの巨匠達の音楽を生で聴く機会が沢山ありその音楽は自分の中には生きている オーディオに出会わなければ実際に聴いてきたその音楽を思い起こす事は少なかったであろう 感謝である。

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好きなアルバムの一つだがもちろんオリジナルではない。この中のドーハムとヘイズ以外は何度か実際の演奏を聴いている。オーディオで幻想の音として聴くには再発でも充分である。

集めてきたモノラルオリジナルは一部を除いて売却しようと思っている。
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# by kurama66644 | 2018-04-07 09:55 | オーディオ | Comments(0)

ハム音

真空管アンプ シンプリーフォーを購入して困ったことが一つ出て来た…それはハム音である。

基本CD接続で聴く前提でありCDプレーヤーに繋げていたがアナログでも面白そうと思い狭い場所ながら配置等見直しトーレンスのプレーヤーに繋げてみた。今までモノラル針をトランス経由で聴いていたが昨年12月に購入した「濡れた音」の出るカートリッジMC20MKⅡに変え 音出しをした。まぁ普通に聴けるなぁと思っていると静かな音の際「ブーン」というなにやら怪しい音… これはもしやと思いプレーヤーを止め音量だけを上げてみる そうするとブーンという嫌な音(笑)

ハム音は色々な理由が考えられるがフォノイコのアースに接続されていない場合など単純な理由からプレーヤー内のアースシールドが不完全であったり交錯するケーブル同士が干渉してハム音を誘発したり トランス同士の接近によるものだったりと中々一筋縄ではいかない場合も多い。今までラックスマンやQUADの石のアンプを使っていた時は特に問題がなかったのが真空管アンプに変えアナログに接続したときだけ起こる (CDでは問題無し)。部屋の中は生活音のノイズ等普通にするので特段神経質にはなっていないがこのハム音は勘弁だ(^_^;) もっともジャズ中心なので音にハム音が消されて聴けない事もないのだが このハム音意外と音楽にも影響していつも聴いているのとニュアンスが違って聴こえるので厄介である。

結局は視聴位置横のプレーヤー等置いてある棚に置きそこでCDとアナログを接続聴く配置にしたのだが再考し真空管アンプとCDプレーヤーをスピーカー間に置き アナログは2台体制で元の視聴位置横の棚に設置し直し送り出しはラックスマンかQUADのプリアンプそしてパワーをQUAD405とアナログ、CD2系統の設置に変えた(^_^;)
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本当はスピーカー間に何も置かないシンプルなものにするつもりだったのだが仕方がない。
逆にアマトールに真空管アンプ更にアナログだとちょっと濃すぎてしまう(^_^;) CDに接続するのがちょうど良い感じではある。久しぶりにケンウッドのプレーヤーにシュアM44-7を付けて聴くと押し出し感と濃度が増していい感じに聴こえる 安いプレーヤーと安いカートリッジでも繋ぐシステムにより色々変化があり面白い。

先日アマトールを聴きに私のオーディオの師匠が遊びに来られた その時点ではまだ真空管アンプは導入していなかったのでアマトール以外は従来の機器類で聴いてもらったのだがアマトールに対して面白い批評をしてもらった。
「音の中心線(芯)は1本ビシッと存在しているが音がどこから飛んでくるのか分からない」と体の位置をやたら変えながら横にいったり前にいったりのけぞったりと音の所在を確認していた。あくまでもオーディオ鑑賞という視点でとらえると定位や音像は気になるがそういう事はこのスピーカーの前では無意味である事を改めて認識した。

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# by kurama66644 | 2018-04-06 13:16 | オーディオ | Comments(0)

ジャズは好きです!


by キタサン
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