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ハノンとメトロノーム

先日私のオーディオの師匠が遊びに来られた時「いよいよキタサンもこちらの方(演奏側)に興味を持たれましたね(笑)」と布団部屋にマッチしない(電子)ピアノをみて笑いながら話していた。慣れてきたらセッションやりましょう!大丈夫慣れですから~と言われたものの別に人に聴かせるために購入したわけでもない 自分が楽しくなるためなので「いやいや老後の楽しみですよ」とお茶を濁しておいた(;´・ω・)

師匠は演奏する時 グランドピアノの音はいつも聴きなれているので この電子ピアノは鍵盤もそこそこ重みがありいい音色ですねと最近の電子ピアノの優秀さに感心していた。衝動的に購入したので音色の良し悪しもよく分からないが演奏者からそういわれるとまんざらでもない 今回遊びに来られたのは例の「宙に浮かぶスピーカー」
https://andokan.exblog.jp/29184159/の感想を聴いてもらうのが主な目的だったのでピアノの話は短時間で終わった ただその中で「キタサンはメトロノームは使わないの?」とおもむろに言われ 確か電子ピアノに内蔵されたメトロノーム機能があるのでそれを時々使っている旨を話すと「アナログ式の簡単なものでも用意した方が効き目?はありますよ」と教えてくれた。確かに電子式のものだと音がかき消されたり拍のタイミングがイマイチ分からない感じではあったので早速購入してみた。
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ゼンマイ式の簡易的なものだが音も大きく十分すぎるぐらいである それにピアノの塗装の色に近く意外とマッチしている(自己満足) 簡易的とはいえ本格的にメトロノームを使うのは学生時代以来だから何十年振りだろう?(笑) それにしてもカチカチカチッ チーンと拍のタイミングで鳴る音は昔の家にあった柱時計の振り子の音に電子レンジのチーンという〆の音に似ていて妙な感じである(;´・ω・)

自分の場合この歳で始めて 上手く弾こうとか上達指向はそれほど大きくない 先ほど冗談交じりで言った「老後の楽しみ」と言ったのも満更嘘ではなく本心に近い。
オーディオの場合 聴くという行為が受け身であり 弄る事がある意味 攻めになる。自分は12年間オーディオをやっているが殆どは受けの状態で攻めはしなかった。
装置や視聴環境を買える(変える)のは攻めのようだが受け身であると思う そしてそれは金のかかる受け身でもあるので誰しもが出来ることでもない。(※受け身が悪いわけではない)

自分の目の前にある楽器をただ眺めていても音はしない 自分で動かないと(攻め)何も起こらない 自分の指先一つその触れ方で全然違った音が出る 音と音とのつながりが違う世界へと導いてくれる そういう変化をどう捉えるのかで楽器との向き合い方が変わってくる。なんて偉そうに言ったわりには指が動かない…子供の頃からやっていないとダメというのはこういう面もあるのだとオジサンは気づく(笑) 上達指向はそれほどないがある程度自在に動かないと話にならない  そこで「ハノン」である。
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こういう練習曲は習い事では面白くないようだが意外とこの単調な指の練習?はキタサン自体面白いと思いやっている。そういえばバッハの平均律を聴いていて面白いと思ったのはその予兆だったのか?それを聴いたときはピアノを演るなんて夢にも思わなかったが不思議なものである。



by kurama66644 | 2019-02-24 09:55 | ピアノ | Comments(2)

ふたりの異邦人

学生時代に見た芸能人で綺麗だなと思った人が二人いる。一人は故人だが夏目雅子さん もう一人は歌手の久保田早紀さんである。

異邦人で一世を風靡した久保田さんだがその後何枚かアルバムを出し清く芸能界を引退した その久保田早紀さんが38年振りに一夜限りの「異邦人」を当時のアレンジのまま披露したのが2017年クリスマスの事であった。そして今回「異邦人」発売40周年の節目として自伝ともいえる一冊の本を上梓された。
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「ふたりの異邦人」久保田早紀*久米小百合 自伝

久保田早紀は芸名で本名は小百合 そして結婚されて久米小百合となった。
久保田さんが引退 結婚されその後キリスト教の伝道者になった事は何かの本を読んで知っていた テレビでも確か放映されていたように思う まだキタサンの所にテレビがあったころだから2000年に入ったあたりだろうか? 売れっ子歌手でテレビをつけると彼女が異邦人を歌っている姿は1980年当時よく見ており何故キリスト教の伝道者になったのかそのギャップに少し驚いた記憶がある。

今はどうか知らないが昔は芸能界に入るには(歌手になる)にはそれなりの下積み生活が必要であった。学生であった久保田さんはそういう下積み生活はなく運が運を呼び芸能界デビュー その第一弾である「異邦人」が大手電化メーカーのCM曲に採用されその曲もヒットチャートを順調に伸ばし一位まで上り詰めていく。そうなると周り(マスコミ)が放っておかない ラジオ番組のアシスタントそしてパーソナリティ さらには続編のアルバム制作 コンサートツアーなど 彼女の言葉を借りると当時中央線沿線で各駅停車で通っていたのが(彼女は八王子出身)いきなり特急列車に代わり見知らぬ土地に旅立つ そういう感覚に陥ったことは想像に難くない。

学生時代から音楽は多少かじっていたが趣味程度で弾き語りも歌もそれほど自信がない 短大時代は音楽でなく文芸関係のサークルに属していた普通の女の子がいつもテレビで見ていた錚々たる歌手や芸能人と一緒のスタジオでテレビに出る コンサートなんて子供のころピアノの発表会で大勢の前で披露したぐらいで不特定多数の人が集う大きなホールでなんて弾き語りはできない そういうジェットコースターのような日々に疲れていた それを何とかこなしていたのは久保田小百合ではなく「久保田早紀」という別の人格を作り何とかしのいでいたのだと回想する。

そこで久保田早紀を演じる自分 久保田小百合の原点を探すことになる。子供のころよく聞いていた教会の賛美歌に故郷を求め21歳のころ洗礼を受けた ちょうどその頃のちの旦那になる久米大作氏に出会う この久米大作さんはフュージョンバンド「スクエア」の初代キーボードをしていたらしい スクエアといえば伊東たけしや安藤まさひろを中心とした日本のフュージョンの先駆け的な存在でのちにT-SQUAREと変わった  それと久米さんの親父さんがあの声優であり俳優でもある久米明さんでもある。

久米さんと結婚後芸能界は引退したが歌そのものは継続していた 同時に神学校に入りキリスト教の歴史のみならず他の宗教の歴史等も勉強しておられたようである。
その熱心さ?も影響してか無宗教であったご主人の久米さんものちに洗礼を受ける事になる。宗教と言うと勧誘、布教活動に熱心な信者も多いが久保田さん自身 音楽を通して「愛」を伝えるその延長上にキリスト教があった そのようなスタンスでこれまで来られたことが著書(自伝)の中で読み解ける。

還暦を迎えた久保田さんだがその容姿は以前にも増して落ち着き柔和になった印象を受ける ヒットした「異邦人」の歌詞は中央線沿線からみる夕暮れの車両の中で空き地で遊んでいた子供たちの姿を見て書いたようだが曲に関して久保田さんの父親がソニーのイラン出張所に転勤されその情景を聞いていたことも関係するのかと何となく思ってしまった。
「音楽と人が結ぶ不思議な点と線、人生も五線譜みたいなものなのかもしれない。…」このような素敵な言葉を著書の中で述べられている。慣れない楽譜で五線譜とにらめっこしながら悪戦苦闘をしているキタサン…こんな素敵な言葉さえ浮かんで来ない 育ちの違いかな(;´・ω・)

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何故か2枚も同じアルバムを持っている(笑) 著書の中で子供時代の写真も掲載されていたが子供の頃から美しかったんですね~

by kurama66644 | 2019-02-23 08:41 | 歌謡曲 | Comments(0)

ピアノの部屋

このブログで何度も登場する我が布団部屋 今や寝室兼オーディオの倉庫と化している…元々は前のオーナーがピアノの練習部屋として改装した部屋である。
わずか5畳ぐらいしかないが天井は吸音、床はピアノの重量に耐えられるよう床上げタイルカーペットにしてある 窓は二重窓にしドアは防音用を使用 音漏れをしないようにゴムパッキングしてある 完全防音ではないが簡易防音部屋と言える。

こちらに越してから簡易防音ということでオーディオ機器を設置し聴いていたが部屋のエアーボリュームが少ない事と音の逃げ道のないこの部屋では低域が暴れだしまともに聴けなかった ミニコンポ程度の小さなスピーカーでBGMとして聴く分には何とか聴けるが本格的なオーディオ?は かなり厳しい ただアナログは意外と聴けた  CDでの再生はその8割はまともに聴けなかったがアナログでは逆に6割以上が普通に聴けた もちろん出す音量にもよるだろうがジャズをメインに聴いていたので今より音は大きくしていたような気がする。

普通のオーディオに変わってクラシックを聴くうちに突然ピアノを弾きたくなった(;'∀') 経験はあるの? 子供の頃家にはオルガンがあったが殆ど興味が無く大してさわりもしなかった 20代の頃サックスやコルネットを少し吹いた程度で楽譜も大して読めない 第一もう60歳に近いオヤジが今更ピアノかよ(笑) 何をとち狂ったのか パソコンのキーボードもろくにブラインドタッチも出来ないのに指が動くのか? ただどうしても弾きたい衝動にかられる…

そうこうしているうちにピアノを買ってしまった(笑) ただし電子ピアノ アップライトピアノにしようと思ったが流石にそれは止めた もちろん置けるのだがこれから先 ここに住み続けるかどうかも分からない それに飽きやすい性格だから 続くかな~ 独学で最初はやってみるつもりだが幸いなことにお隣さんはピアノの先生で大手楽器メーカーの社員でもある 分からない事は教えてもらおう 生徒さんもこの先生の所に通ってその練習の音は時々聞こえてくる。

別にプロになるつもりもないし人に聴かせるつもりもない 要は自分が楽しめれば良いかと思っている それでもきちんと弾いてみたい曲が1曲だけある この曲を弾きたく購入したと言ってもいいぐらい気に入った曲である それはジャズでもなく歌謡曲でもないクラシックの曲である。

子供の頃から弾いていないと不利とよく言われる その為大人になってから弾くことを最初から諦める人も多い 不利とは何に対して不利なのだろう? 自分が楽しむためには有利も不利も関係ないと思う それにしても電子ピアノと高を括っていたが重量もかなりあり立派なものである 管楽器と違って取りあえず叩けば音がする 単純と言えば単純だ オーディオはソフトに入っている音しか出ないので限定的だ 下手でも自分で作った音は無限である 自分で作った音の粒がどれだけ出せるか何だか面白くなってきた。
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by kurama66644 | 2019-02-17 08:43 | ピアノ | Comments(4)

オーディオ上級者向けのスタンド

タイトルの通りでありまして…先月購入したサイドプレススタンドであるがhttps://andokan.exblog.jp/29184159/大体2~3週間おきに専用スタンド使用のアマトールと交代して聴いている。

購入して最初に聴いたジャズCDの再生で即失敗したと思ったがそのあと聴いたクラシックのアルバムではその素晴らしさに感激し その後ジャズやクラシック、歌謡曲とCDを中心に聴いてきたが(アナログも時々聴いた) 今まで良いなぁと思ったのがそうでもなくなり逆に気にもしなかったアルバムが気にいったりで評価が乱高下するありさま(;^ω^)  どうやら今まで適当に?聴いておりノイズやら制振など気にしていなかったのだがこのサイドプレススタンドを使う事により俗に言う「メカニカルアース」が効いてS/N比やら自分の余り気にかけなかった定位など劇的に良くなったようなのである その為録音された音源の状態を素のままで出し展開するので物凄く違和感のある音源とそうでもない音源を色々見つけ出す事ができかなり困惑している。

市販のソフト(音源)は録音されてから出来上がるまでの過程で色々加工修正されているのは周知の通りである。音をより鮮明にする、リズム感を出す為低域を強調する、左右のバランスを調整する ないしは敢えて崩す、演奏する立ち位置が分かるように音の強弱を付ける等々色々である マスタリング作業をする時に意図的に行った行為の結果をオーディオ機器を通しその通りに出すというのが正しい再生の方法だと思うが それが中々出来ない(妨げる要素が多い)のがオーディオの難しく深い所である。

サイドプレススタンドだけではもちろん音源に隠された素の姿を全部正確に出し切れるとは思えないが その一端を覗くことは出来ると思う。
ただしその正確な姿と言うやつは実際そこで加工した本人しか分からない つまり正解はあるようで実質無いに等しいと思う それより自分好みの音や音場の再生を試みて楽しくなればいいやというのが趣味の本質であり 録音状況のありのままを知るというのはそれを追求する学者さんや専門家のやる事で一般の人はそれほど関わらない方が泥沼にはまらないで良いような気もする。

昔からオーディオは土台が大事 床は硬くなければいけない と言われてきたがこれは振動と反射の影響をどうするかであり「~しなければいけない」と固定観念で決めつけられないなぁと今回のサイドプレススタンド導入で感じた事である。つまり振動をどのように無くすか抑えるかというより振動をどう生かすかその方法、処理の方が重要で必ずしも硬さ あとは素材だけの問題ではないと分かった。このメカニカルアースで余計な振動を逃がす事は比較的容易にできる ただここからが問題でその振動をどう生かすかが大切であり大変だと思う  なるほどこれはオーディオマニア上級者向けのアイテムで自分なんかは これ以上の使いこなしはちょっと厳しい(出来ない)かな なんて感じている。
そういう意味で付帯音付きまくりの緩々の専用スタンドの方がそれなりに無難に鳴らせ これはこれで悪くないのかもと思っている。

えーっと 話は変わりここでオーディオの事に関しては小休止 2007年の3月から初めてちょうど12年 まぁいい区切りかと思っている。 ただ聴くより自分で音を出す方が面白い タイトルを「音の粒」に変えたのもジャズやオーディオに拘らなくなったせいもある。チャレンジと言うほど大げさではないが新たな事を始めている最中である オーディオ自体別に止めるわけではない ちょっと関わる時間が無くなってきた(;'∀')

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久しぶりに聴いたこのアルバム(CDだけど…) このジャケットを見て若い人は「シャンプーのコマーシャルのような感じ」と素直な感想(笑) アナログオリジナルに凝っていた頃  6桁超えの価格を見てビビったのを思い出す 今CDで聴いてもその迫力、気迫に圧倒される良アルバム 元の音を聴きたいが為 一心不乱になっていたがCDでも十分すぎるぐらい中身は充実している 価格差だけで判断してもしょうがないがこのCDは中古で1000円以内で買える 音の価値って一体なんだろう?と考えてしまう。

by kurama66644 | 2019-02-16 08:16 | オーディオ | Comments(2)

美しい嘘

ジャズにはスタンダートという古い映画音楽や舞台音楽をアレンジしたものがある それに対してミュージシャン自ら作曲したオリジナルというのも存在する。

最近クラシックを聴くことが多くなったがジャズでいうスタンダートがバッハでありモーツァルト、チャイコフスキーなど昔の作曲家が作った作品にあたる(作曲家にとってはオリジナル)
それを長い年月をかけ様々な奏者が演奏しクラシックという音楽体系を築いた そこには作曲者が作ったスコア(譜面)がありそれに基づいて演奏するわけだがジャズの場合スコア通りには演奏しないのは周知のとおりである 「アドリブこそジャズ」という人もいるぐらい自由である。それではクラシックは自由がなく固定なのだろうか?

いやいやそうでもない 確かにスコア通り演奏するが指揮者によりテンポが違っていたり曲の解釈が違っていたりする その解釈こそ重要で同時に作曲者へのリスペクトに値する。

キタサンはジャズに対して最初は懐疑的であった 20歳そこそこから聴いてはいたが馴染めず集中的に聴くようになったのは20歳後半からであるそれは実際のミュージシャンの演奏を直に聴くようになってからである 聴いて気に入ればそのアルバムも買う(聴く)そしてその人の事を知ろうとする 当時はインターネットなんて便利なものはないので書籍や実際交流があった人のミュージシャンとのエピソードを聞いたり その対談集を読んだりし 素顔がどういう人なのか音楽以外の面を色々追っていた(何だかストーカーみたいだが…)英語は余り得意ではないので話なんてそれほど出来なかったがお会いした海外のジャズマン達とは必ず握手してもらった その時の感触そして感動は結構今でも覚えている。

そういうモダンジャズの道を作ってきた人たちがどんどん姿を消し(鬼籍に入った) 次第に聴きに行かなくなった。偶然かどうか分からないがそういうタイミングでオーディオを始めたのが50歳手前の頃である。

先ほど挙げたクラシックの作曲者を知ることはその曲の解釈には欠かせない それは音楽的な事ばかりではなく私生活のエピソード、曲を作った時の時代背景、心情、恋愛状況、経済状況とありとあらゆる事が昔の事なので想像でしか解釈出来ない その知っている要素の組み合わせ?でどういう風に作られた曲なのかどう演奏するべきなのか咀嚼分析する事により演奏の自由度(幅)が広がり同じスコアでも奏者により違ったものが出来上がるのだと思う。

自分は音楽や音に関してはどちらかと言うと無頓着な方でジャズはその演奏する本人自身や時代を知る事により興味を持って聴いてきた そして演奏する本人たちが亡くなってしまったので興味が徐々に薄れてしまった 演奏を記録した媒体はその本人の一部ではあるが全部ではない むしろ見せかけの部分も多いように思う。

クラシックの場合は基本作曲者への曲に対する解釈がその要諦だと思う。その解釈をして演奏したアーティストに対して視聴者は更にどのように解釈したか自分と奏者の解釈の違いを確認する…何とも複雑で面倒だ(笑) ジャズは奏者の素の部分をどう知るか、どう暴くかをポイントにしていたが(自分は)クラシックは奏者の先の作曲家を知る事から始めるのが無難なようだ 音に対してどうこう言うのはまだまだ先になるだろう そういう意味で別に高級なオーディオ装置を使わなくても普通のオーディオにシフトしたことは自然な流れであったように思う。

ジャズでさえその演奏の雰囲気(内容)と本人のギャップは大きかった事はよくあったが クラシックはもっと大きいように思える…綺麗なものにも醜の部分はあるそしてその逆も然りである その美しい嘘をどれだけ見つける事が出来るか 単純に音だけでは判断できない事が沢山ある 見た目の豪華さやきれいな音だけでは分からない事 そこに真実があるように思う。

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亡き王女のためのパヴァーヌ 水の戯れ ソナチネ 名曲ぞろいのラヴェル 誰の演奏がいいかな?なんて何気に選んでしまったフランソワのCD 技巧にはしる事がないふくよかな音色 これも愛聴盤になりそうだ… 

by kurama66644 | 2019-02-11 10:00 | クラシック | Comments(2)

月の光

月の光を見ているとその間 時間が止まったような感覚に陥る この感覚は昔 田舎で雪を見ていた時の感覚と似ている 周りの喧騒が一瞬のうちに静かになり色々な音が鳴っているのにその静けさと言う不思議な音に心が洗われる。

「月の光」はドビュッシーが作曲したベルガマスク組曲の第3曲で有名な曲なので聴いたことがある人も多いと思う タイトルは知らなくてもその旋律や曲想はどこかしらで聴いた記憶がありキタサンもそうであった。先日買った辻井伸行さんのデビュー10周年の記念アルバムにも収録され これを聴いて驚いてしまった…
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クラシックにおける曲の解釈はまだできないので勘弁してほしいのだが そのピアノの音色はどういう風に弾けばそう鳴るのか(出るのか)興味深かった。ピアニッシモで演奏されている夜想曲であるわけだがこれほど美しく宙に漂う音って出るものなのだろうか?鍵盤に触れるか触れないかのギリギリのタッチであると そもそも音は出ない 曲を聴いていると静かな演奏だが終始 音の芯はハッキリしてその芯の周りに付帯音が囲み羽毛のように漂っている感じに思える。

辻井さんはご存知の通り目が見えないハンディをしょっている ただピアノを前にすると力が抜ける いわゆる脱力状態にあるのではないだろうか
どこにも力を入れないで緊張状態から離れた柔らかい状態にするというのはおそらく普通の人では出来ない 力を抜いた流れの状況が核分裂のような反応を起こしものすごいエネルギーを生むというのは聞いたことがある 正にその状態になっているのだと思う 力を抜くというのは通常 力を出すのに用いる速度や距離と言った概念が無くなる 目が見えない辻井さんは見えない世界の「無」から「有」を生み 目の見える我々はその「有」を「無」と感じる それが辻井さんのピアノの音色の特徴でもあるように思う モニクやロジェもいいがある意味達観していない辻井さんのピアノは純粋に聴こえる。

キタサンの今使っている英国製のクリークのアンプとCDPだがピアノの音がとても可憐に聴こえる 青空の元 桜の花を眺めるかの如く幸せな気分にさせてくれるこの「普通のシステム オーディオ」で辻井さんの月の光の演奏を聴くと青空が月明かりの夜空に変わる(笑) そして一陣の風が吹き桜を宙に舞い上がらせる そういう景色が見えてくるかのようである。

クラシック素人の自分はロクな感想を書けないが 今回はドビュッシーと辻井さん二人の事を少し知った ドビュッシーの曲と辻井さんの演奏をもう少し探ってみたく思う。ジャズも最初はそうだったマイルスやコルトレーン、エバンスを少し知り その先を知るようになりどんどん枝葉が広がって何十年も経過し多少は知識も増えていった 少しづつ興味を持ってクラシックにも接していこう。

※タイトルがサウンド・オブ・ジャズから「Grain of sound」(音の粒)に変わりました。



by kurama66644 | 2019-02-10 07:17 | クラシック | Comments(2)

オーディオという趣味に関して

オーディオに興味をもってから色々な方にお会いしたが ただ単に装置を通して音楽を聴いている自分に比べ専門家とまで言わないまでも色々弄り調整している方をみると「なるほどオーディオを趣味としているんだなぁ」と思ってしまう。

自分はオーディオを趣味と公言できないのは このように余り弄らないし弄れない事がある。  文系、理系を問わずある程度機械を弄り そして音楽を聴くのがこの趣味の王道?正当な趣味人と思っている。もちろん弄りといってもSPのセッティングであったり視聴環境の模様替え(アクセサリーを使う)など単純な事もあるがここでは機械弄り、電気弄りの事を指すので物を単に動かす事などは抜かしている。

自分の父親は電気関係の仕事をしていたのでちょっとした家庭の電気トラブルなどは全て父親が処理できていた、更に爺さんは大工をしていた関係で家の物置小屋は大工道具がきれいに揃えてあった 爺さんが亡くなってからその大工道具は父親が受け継ぎ管理してもちろんそれを使って色々なものを作ってくれた。昔 子供の頃住んでいた家は親父が半分は自分で作ったもので 素人ではとてもできないプロが作ったものに近かったので耐久性も含めて特に問題はなかった。そういう遺伝子が自分の中にはある筈?なのだが工作程度は出来るが大掛かりなものはトコトン苦手 更には細かいものはもっと苦手(;'∀')と 今に至る…

色々な考えはあるのかもしれがそれなりの機器を買ってそれを組み合わせていい音楽を聴くというスタイルではオーディオが趣味と言えないような気がする。
それは単に音楽愛好家、音楽が趣味と言う方が正しい  そうなると以前このブログでも書いたが音楽自体 好きでも嫌いでもない自分は音楽すら趣味とは言えない事になる

オーディオを始める前はバイク、それ以前は自転車が好きでよくツーリングをしていたこともあるがオーディオ同様メカにはそれほど強くなかったのでただ乗って走るだけを続けていた事になる…その時デジカメが流行りだし旅先での写真など撮っていたこともあるが中途半端に終わってしまい、同時に油絵なんかも描いていたがこちらも今では画材道具はすっかり棚の奥にしまい込んでキャンバスすらない…

そうそうサックスは若い頃吹いていたがこちらも途中で挫折してしまった(;^ω^)

今現在 趣味は何ですか?と聞かれると「何もありません…」と答えるしかない。中途半端に終わるという事は結局は何も残らない 変なプライドだけが残ってしまう そして今はそのプライドも消し去ろうとしている。ジャズを30年以上聴いていたという割には最近名盤の感想もどきを書いているがとても浅い批評であり 後から読み返しても薄っぺらなのは恥ずかしい(-_-;) 結局は音楽自体好きでも嫌いでもないというスタンスなのでそこから感じる事もいい加減なのだろう。知識は多少あるかもしれないが もうジャズに関して知ったかぶりは止めようかと思う。

音楽ジャンルもクラシックは全く知らなかったが普通のオーディオをやるようになって徐々に聴くようになってきた。購入したCD等批評と言う立派なものは書けないが感想程度は文章に出来そうである(素人の感想は笑われるかもしれないが…) そうオーディオに関しても金持ちオーディオは余裕のある人に任せ ごく普通の環境で普通の価格等で買える機器を使うオーディオ 今まではそんなのは趣味性が薄く 面白くないと言って敬遠されていたのを敢えてやりたく そういう方向にいっている。
ヨーロッパ特にイギリス辺りではバジェットオーディオと呼ばれているらしいが必要なものだけにしか金はかけないというごく合理的な考えの元 行われている。こちとら必要なものにさえ金はかけられないのでそんなおしゃれな名前の呼び方は性に合わない(-_-;)

趣味は?と聞かれたら「弄らない普通のオーディオ」という風に答えられるよう進んで行こうと思っている。

今はクラシックをどういうアプローチで聴いていこうか色々と考える。なに?音楽は好きでも嫌いでもないと言ったのに…クラシックは音楽と言うより芸術であるように思う(笑) フランスの作曲家で有名なドビュッシーは「芸術とは最も美しい嘘のことである」と言った。非常に愉快な言葉である 気に入った!
毎日 合間にバッハの平均律を聴いているが最近はリヒテルに凝っている 素人にはよく分からないがこの演奏は毎日聴いても飽きない 気の利いたコメントは出ないが それだけクラシックはキタサンにとって未知な存在だ ただ何も知らないから先入観なく聴ける。ジャズのように鼻歌交じりで聴けるようになるには相当かかるなぁ こりゃ~(;´・ω・)
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by kurama66644 | 2019-02-09 08:23 | オーディオ | Comments(2)

宙に浮かばないアマトール

サイドプレススタンドで宙に浮かせたMinimaはレベルを3段階上げたほど良い感じである。

それで次にやることはアマトールをこのサイドプレスに設置してみる事だ Minimaであれほど効果があるのだからスペックの高いアマトールでは更なる進化が望めるはず、早速試してみるか…と思いきや中々その気にならない 実は何か心に引っかかる もちろんアマトールは15kgの重量でMinimaの6kgに比べ重く設置が大変という事もあるがこのサイドプレスには重さも大きさも適合し何も問題はない。

宙に浮かぶMinimaをいったんどけて純正のスタンドにアマトールを乗せ視聴したのは前回ブログにも書いた通りなのだが 純正のスタンドで聴いたアマトールは比較するとS/Nもさほど良くなく音の広がりもレベルアップしたMinimaの方が良い それなのに後ろ髪惹かれる音の深みがある 単なる聴感上ではなく そうお腹、へそにズシリと感じる深さなのである 音の深みは珈琲の渋みのようなもので単なる苦いだけではなくそこに甘みも加味した絶妙なバランスを必要としてくる このアマトールには昨今のスピーカーにはないこの深みがある貴重なスピーカーでもある。その深さのバランスを保ってくれているのがこの純正のスタンドであるような気がする アマトールに関してはこの純正スタンドでの視聴がベストなのかもしれない。

サイドプレスのMinimaはそれ自体軽いので移動は簡単である オーディオ的快感が欲しいと思ったら又 宙に浮かぶこのMinimaを使い 音の深みを求めたい時は宙に浮かばないアマトールを使おう。
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布団部屋はすっかりオーディオ機器の倉庫と化した… QUADアンプもひっそりとこちらに待機 ただいつでも打席に立てるようウォーミングアップはしている(笑) 貴重な60年代前半RCAユニット搭載のスピーカーも単なる観葉植物の置台になってしまった(;^ω^) 簡易防音されている部屋だがここでは音楽を鳴らさない

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写真はボケているがアマトールはこの専用スタンドが見た目にもやはりベストだ! 写真のように音がたとえボケて?いようと音の深みを聴きたくアマトールを聴き続けるであろう

by kurama66644 | 2019-02-03 08:52 | オーディオ | Comments(2)

人形の家

昨年末のNHK紅白歌合戦は活況を呈したようである ユーミン、サザン、サブちゃんとPOPS、演歌界の大物が大いに盛り上げてくれたようだ。
キタサンの所にはテレビが無いので見る事が出来なかったが若い方だけではなく中高年以上の方も大いに楽しまれたようで良かったと思っている。


今を遡る事50年前 1969年第20回NHK紅白歌合戦は今回と同じぐらい盛り上がっていた。キタサンはまだ小学生であったが結構鮮明に覚えている この頃はTBSのレコード大賞を見て そのあと引き続きNHK紅白歌合戦を見 除夜の鐘を聞きつつ新年を迎えるのが一般的であったように思う。

今もそうかもしれないが紅白に出場する事は歌謡界に於いてとても栄誉のある事だった 人気のある事ももちろんだが歌手として歌が上手い事は必須であり間違えても口パクであったり集団チームとして一挙手一投足が分散されるような観客の目をごまかす緩い環境下ではなかった。歌謡界というか芸能界は今でも魑魅魍魎が存在する世界でもあるがそこには生き残りがかかっており正に生死を競うぐらいの厳しい状況にあった。ヒット曲に恵まれても一発屋で終わる場合もありそんな時は天国から地獄に落ちるぐらいの待遇の落差はある 一度美味しいものを味わうとそれ以下の物は食さなくなる その為這い上がろうと努力する そもそもこの当時の歌手は皆歌が上手いので単に歌唱力で競っても僅差の違いしかない あとは運と執念でしかチャンスはこない。

61年にデビューした弘田三枝子は翌年カバー曲であるヴァケーションでヒットに恵まれた。元々歌謡曲というよりジャズやPOPSを中心に米軍基地を回っていたのでパンチのある曲は得意である こういう洋物を歌わせると日本人離れした歌唱がより引き立つ 実際レコード店のジャズコーナーに行くとこの弘田三枝子のジャズのレコードは結構出回っているのを見かける 65年にはアメリカのニューポートジャズフェスティバルにも招待を受け トリを務めたほどの実力者だ。 日本のモダンジャズの先駆者でもある秋吉敏子さんや渡辺貞夫さんがまだ渡米して間もない時でもある これは日本の歌謡界というか芸能界が向こうのジャズ界とのパイプがあったためではないかと想像する (レコード会社間の繋がりも関係があったようにも思う) それほど日本のジャズ界はメディアにもまだまだ取り上げられてもらえなかったしマイナーな存在でもあったからである。

そういう輝かしい経歴をもってしてもヴァケーション以降 弘田三枝子は低迷状態が続いた ちょうどその時期グループサウンズブームがあり それと被る歌唱の弘田三枝子はその流れに乗り遅れた為かと思われる その低迷期を経て復活したのが69年「人形の家」を発表した年でもある。
なかにし礼 作詞 川口真 作曲のこの歌に合わせるかのように弘田三枝子の容貌自体も変わっていた ちょっとぽっちゃり気味の容姿はフランス人形のように可憐に細く変わり その彫の深い目から真っすぐ見つめる眼差しに虜にされる聴衆が日増しに増えていった。

人形の家を歌う弘田三枝子にはかってのミコちゃんとアイドルさながらの愛称で呼ばれていた面影はもうなかった 子供心にこの人の歌う姿はもはや人とは思えないほど神がかっていた記憶がある 歌が上手いを通り越して狂気に満ちた感がありとても近寄りがたい雰囲気であった。69年のその年紅白歌合戦に当然のごとくノミネートされその歌う姿はベテランの美空ひばり、越地吹雪、島倉千代子にも勝る鬼気迫る歌い方をしていたように思う。

それ以降2~3年は紅白に出ていた記憶がある それと当時としては珍しい自らが実践したダイエット本などヒットしまだまだその存在がマスメディアに露出する事が多かったが 歌謡曲の世界ではこの人形の家の歌唱に己の人生をかけていたようにも思える この曲を境にそれ以降 彼女の持ち味であるパンチの効いたPOP系の曲や洋楽、JAZZ等を中心に一般的な歌謡曲とは一線を画くスタンスで歩んでいく。

昨今 時々思い出の歌謡曲、昭和歌謡などで懐かしの人として登場し歌を披露する 神ががかった高音は全く出ず、整形の影響なのか顔が不自然な様子が分かる。
何でこういう人をテレビに出すのか!と批判の声も聞こえる 昔のミコちゃんの姿を知っているオールドファンは目を耳をそむけたくなるかもしれない。生き馬の目を抜く芸能界で生き抜くというのはこういう事なのかと考えさせられる…それでも弘田三枝子は声が出なくなるまで歌い続けるだろう 彼女の執念 人形の家と共に。 

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絶頂期の容姿は今で言うとちょっと顔はトリンドル玲奈に似ていると思った…

by kurama66644 | 2019-02-01 09:53 | 歌謡曲 | Comments(0)

感じた事を素直に書きます 一日一つは何かを得、逆に何かを手放すように心がけています


by キタサン
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