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歌謡曲とブルース

歌謡曲という言葉は今では殆ど使われていない。かつてそういう歌のジャンルがあった程度の認識しかない懐かしの音楽で60年代から80年代にかけて日本の音楽産業の栄華を支えてきたのが歌謡曲だと思っている。時代は平成から新しい年号に変わっていく中 歌謡曲=昭和歌謡と認識する人も少なくはない。

「音楽は好きでも嫌いでもない」とこのブログで何度も述べてきたが実は歌謡曲もそれほど愛着があるわけではない。テレビが好きで子供時代はテレビっ子でありそこで放映されていたのが歌謡曲であり自然と体に染みついたというのが正直なところである 子供時代から青春時代はそれほど良かったとは思っていないが歌謡曲を聴くとその時代を思い出す 楽しい事もあったがつらい事や悲しい事の方がどうしても思い出として残っている。60年代から70年代の歌謡曲は歌詞もそうだが曲想も悲しみ、悲哀を帯びたものが多かった それは当時の日本人は何事にも我慢する その為には「諦め」が必要でありその諦めの行き場のなさが何とも言えない哀愁や怒りのようなものに変わり そのはけ口のひとつとして歌謡曲が代弁していたのではないかと思える。

昔の歌謡曲は作詞家と作曲家そして歌い手と分業しており中でも歌手より詞と曲に重きを置いていた 歌手の個性は歌声であるがそれ以上に歌詞や曲の影響が大きかったように感ずる。それが70年代終り頃からシンガーソングライターとして一人の人が曲と詩を作りさらに歌ってしまうスタイルを確立し現在はそのスタイルは当たり前のようになってきた。そして歌謡曲からニューミュージックとなりJ-POPSと変わり現在はどういう名称、ジャンルに変貌したのだろうか?それとも冒頭に書いたように使われていないのでその流れは断ち切れたのか?最近の歌は殆ど聴いていないので分からない…。

ジャズはブルースと同義語として捉えられるが黒人音楽として成り立っていたものがヨーロッパ音楽との接触によりどんどん白人化していった パーカーやコルトレーンもヨーロッパ音楽寄りにひたすら傾いていき そこには本来のブルースの姿は無くなりかけていた 無くなりかけてはいたが完全に無くなっていたわけではない その流れを止めたのが60年頃から始まるフリージャズである。これまでのヨーロッパの規範とは全く異なる黒人音楽本来の姿がそこに見受けられる ブルースがジャズの要素として重要である事を再認識するきっかけになったのもフリージャズのおかげであると思っている。

ブルースの根源は貧しく物がない中 更には自由がない立場にあった黒人が唯一心の叫びまでは自由を奪われなかったという事である。日本の戦後の音楽 歌謡曲も含めこのブルースがつくものが多い 物資がなく制約が多い中 我慢をする事が美徳としてきたその心の叫びを歌で表現するブルースはその時代に合っていたからだと思う。
作詞家も作曲家も戦前、戦中、戦後間もない頃の不自由な時代の人が多かった 諦めによる悲哀と怒りが行き場のない状況のまま爆発したのが昭和の歌謡曲で70年代終り頃までのものがブルース感覚を帯びている。80年代からは物が増え自己中心的な世の中になってきた それに伴い歌謡曲も歌や歌詞は快楽を求めるだけのものになってしまった…同じブルースを歌うにしても時代が違うとこうも違うのかと落胆することが多い。

オーディオで歌謡曲を聴く人は少ない クラッシック、ジャズが大半を占めている。昭和歌謡にあるブルースを表現するには高級なオーディオ装置で心地よさが伴う いわゆるバランスが取れた音は自分的にはあり得ない 時代を経験してきた人、貧しさと死を身近に感じた人でないと本当の歌謡曲再生は難しいと思う。ただし例外はある  歌謡曲と思わないで時代のBGMとして捉えるならば思い出は蘇りその時代の風景の写真として感じられると思っている 現に自分自身の思い出の風景として楽しんでおり音楽としてはみていないのである ゆえにその再生は自由であり制約はない

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80年を過ぎた作品であるのでブルースは感じられない。学生時代彼女が16歳の頃のポスターを下宿先のボロアパートの部屋に貼っていた…冬場こたつはあったが暖房聴器具がなかったので時々ガスコンロで暖をとっていた 銭湯に行く金も惜しんでいたぐらいの時期だった。一応アイドルの立場だが生き方はかなりロックがかっておりファンキーな人である。

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by kurama66644 | 2018-05-26 13:24 | 歌謡曲 | Comments(2)

レコードの音

最近CDを聴くことが多くなった。元々CDをメインで長年聴いていたのに(長年というのはミニコンポ、ラジカセでの再生も含めて) ここ4~5年はアナログオンリーになっていた。自分でいうのもなんだがそういう時のエネルギーはすごいもので結局あれほど多く集めていたCDはほぼ売却 CDプレーヤーも売却し アナログしか聴けない状態に自分をもっていった。何か求道的にアナログを求めていたようだがアナログ再生の方が自分にとって心地よい音が出せたというのが大きいように思える ジャズの元の音を知りたかったというのは何度も書いてきたことだが古いジャズの当時のメディアはレコードでしかもモノラル音源も多い その初盤いわゆるオリジナルの音を知ることがオーディオ再生に役立つともその時は思っていた

レコード盤自体趣味性が高く 特にジャケット好きなキタサンはレコードに嵌ってしまった。センターレーベルの違いやマトリックス番号からオリジナルか否か判別するのもなかなか興味があり面白かった。レコードの音は一般的にはパチパチとノイズが多く 柔らかな、癒し系の音がするというイメージがあると思うが機器性能の向上や使い手の工夫、鳴らすまでの作業行程の熟練によりデジタル機器とさほど変わらずノイズレスに近くなる あと柔らかな音というは音出しの際 針により盤と接触し音以外のノイズを拾うそのノイズが混ざった音が意外と柔らかな音を印象付けるのではないかと思っている(何となくの想像である)今は高音質かそうでないものかという2極分化されているようなので音質の件で今更アナログ、デジタルと線引きするのはそれほど意味はないような気がする。※高音質という表現も実は曖昧ではあるが…

使い勝手が不便故 それに伴う一連の作業終了時の達成感、ブラックボックス化されたデジタル機器と違い見える化されているのでその安心感、レコードという媒体の存在感などレコードの音そのものより視覚による違いが大きいように感じる。

年齢的にはレコード世代の最後の方かと思っている 中学、高校と大学時代は主にカセットで社会人になりCDがメインになった といってもちゃんとしたオーディオ機器はなく ここ10年位で機器類は揃えた素人である。原体験としてもちろんレコードの音は色々なところで聴いていたがそれほどレコードの音を知っているわけではない ただここ4~5年ほど集中的にレコードばかり聴いていたのでひょっとしたらレコードの音は体に染みついたかもしれない…それでも音は目に見えないもので音色といっても人が頭の中で想像し比喩しているに過ぎない それぞれの感覚によりこの「色」も変わってくるように思う

アナログでもCDなどのデジタルでも最終的に音が出るスピーカー部分でその印象はだいぶ変わる。今まで聴いていたMinimaでは音色がオレンジ色をしている印象を持ったがアマトールにしてから赤と黒の音色に変化した あくまでも個人の感覚でありそれは人によっても違うはず レコードの音、CDの音はそれぞれが視覚からくるもの 体験からくる各自の捉え方、感性で大きくその音の印象は変わってくるはず。


オーディオは物理的特性を自分の感性に最適なように調整し音楽を楽しむ趣味かと思っている その特性をトコトン追及してそこで初めて音楽が生きてくるというアプローチの仕方と 音楽そのものは特性とは別というアプローチの仕方と両方あるように思う。オーディオマニアは前者が多い 後者はそもそもオーディオにはさほど興味がないし趣味と思っていない、自分は後者だが周りにマニアが多いのでそれを見ていると前者のような試みも「なるほど」と納得する事もあり面白さはあると感じている

レコードの音は同じアルバムでも盤の材質や製造国(製造機器)その工程により違いがあるらしい 更には録音方法、技術により違うなど物理的特性からすると何となく違っている気もするが一般の人はおそらくそんなこと考えもしないで聴く。 歌手や演奏者が同じであればその演奏や曲に何らかの感情を持ち自己判断(好き嫌い等)を下すだけである。

ひょっとするとレコードの音、いやCDの音、配信系の音云々なんてそもそも存在しないのではないだろうか? 見た目(再生する機器類など)で判断する自分の過去体験からの想像の音でしかないような気もする。そうオーディオの音は所詮 幻想の音でしかすぎない 実際にありもしない音を探しお金と時間をかけ時には音の違いとやらで喧嘩しもめる…当事者同士だけでもめる分には構わないがSNSの発達で他の人も巻き込んで大もめになってしまう。

最後は少し愚痴っぽくなってしまったがレコードの音にそれほど意味はあるようには思えない
自分にとっては過去に実際聴いた人の形見、思い出としてとらえている。

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ジミー・スミスの中では結構好きなアルバム 「サーモン」というタイトルからして鮭と思っていたら祈りのほうだった(;'∀') 大食漢のジミーのことだから鮭を抱えている姿にも思えた…
この人のフットペダルさばきはものすごいものがあり衝撃的だった 亡くなってから13年経つがオルガンの音よりフットペダルさばきとあのダミ声の印象が強く記憶に残っているのは音ではなくジミー・スミス本人を見ていたからだと思う そこにはオーディオやレコードが入り込む余地はない。
 
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by kurama66644 | 2018-05-20 11:55 | オーディオ | Comments(2)

時代にそぐわないもの

北海道新幹線(新青森~新函館北斗間)が当初の予想の2倍以上の赤字になる予定…金額は100億円という記事を見かけた。

何年か前 実家に帰ったとき札幌駅で北海道新幹線開通のポスターが至る所に貼られていた。北海道にも新幹線かと青函トンネルが開通してからいつかその日が来ると夢想していた子供の頃を思い出していた。青函トンネルも苦難の道を経てようやく開通した 自分が中学時代 青森が修学旅行先だったが当然トンネルはなく青函連絡船で渡った 時間はかかるがそれはそれでとても印象に残っている。

北海道の鉄道は慢性的な赤字である。広さのわりに人口が少ない、車両だけではなく付帯設備維持に相当コストがかかってしまう 余程乗客数を増やすか運賃を上げなければ採算割れをするのはすぐわかる事である。いかに早く目的地に着くかを考えると内地からは飛行機がベストであるが東北方面ぐらいだとそれも微妙になってくる その他政治的な問題も色々とあるので詳しくは書かないが個人的には従来の特急程度で十分だったような気もする。今更札幌までの工事を中止にできないし工事が完成し札幌まで開通したとしても日本の景気がその時どうなっているのか誰にも分からない 冒頭に書いた赤字も更に増えるかもしれない 問題山積みであるのは確かだ。

新幹線自体昔の車両と違いハイテク技術を駆使し技術的には進化していると思う ただそれが本当に必要なのかどうか場所や費用 そして人が欲しているものなのかよく考えなくてはいけないような気がする。

アナログブームと言っても最近の記事でシュアーがアナログカートリッジから撤退するという事が書かれていた。アナログの需要が増えれば当然カートリッジの利用も増えると思うのだがシュアーはMM型の比較的安い価格帯のものが多い それならば入門者用にも良い筈なのだが周りを見るとMCカートリッジのバカ高いものが大部分を占めている。アナログを再度底上げしたいのなら初めてアナログに触れるような若い人を増やさなければいけないのに 機器より高いカートリッジばかり店頭に置いてあった日には誰も近づきもしない。

デジタル機器があっても最終的な出口であるところのスピーカーはアナログだし アナログプレーヤーといっても今の物は肝心な駆動部分が電子制御でアナログでもなんでもない 第一聴く人自体がアナログの存在であり今の時代はデジタルとアナログが混在している。 オーディオに於いてアナログもデジタルもそれほど意味はなくなっているような気がする 最終的に人が脳や体で判断するのでその途中の伝送手段がアナログであってもデジタルであっても感ずるのはアナログである「人」なのである。

便利なのか不便なのか 早いのか遅いのか 楽なのか苦なのかで判断するとそれぞれ前者に上げたものが有利に立つ  そもそも有利に立つから片方を除外しては世の中の道理は成り立たなくなる 便利な物だけになり不便なものが無くなってしまってもその便利な物の中でまた不便なものがでてくるのである。結局はコインの表裏と同じで両方とも無くなることはない 人が見る位置や角度感じ方で便利になったり不便になったり 楽になったり難しくなったりもする…。

時代にそぐわないものとは人のわがままの成れの果てである。人は元々飽きやすく日々変わっていくものであるが時(時代)はただ単に流れていくだけ 時自体に何も意味はない 人のわがままが時代にそぐわないものを作るにすぎない 結局は自然の流れ、動きに適合したものが残っていくようにも思う。

オーディオ自体 途中でデジタルが入ろうがアナログであろうが最終的には人の体が受け付けないようなもの(反応しがたいもの)は廃れていくように思う。
但し 現代は人そのものが壊れつつある 壊れた状態の人々が受け取る反応なので昔とは違っているような気もする…今後どうなるのだろう?

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定番シュアーM44-7とケンウッドのプレーヤーで再生したが音がかなりきつく感じた…アマトールとは相性が悪いのか?それとも自分の感性が変わってきたのか?

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by kurama66644 | 2018-05-19 11:14 | Comments(0)

スピーカースタンド

大型スピーカーやトールボーイ型のスピーカーの場合特に必要ないが小型スピーカーなどにはスピーカースタンドを用意する場合もある。
用意する場合もあると書いたのはマニア以外は実は結構適当に設置する場合も少なくはないからである。カタログなどを見ると意外とこのスピーカースタンドは高価な物が多い、メーカーサイドに聞くと需要が少ないのでそれだけ割高になるようなのである(本当かな?)ブックシェルフスピーカーには大抵はオプションとしてスタンドも売られているが見た目重視で必ずしもそれを用いて音決めをしたかは疑問である。

ソナスのMinimaを購入した時 スピーカースタンドは木工家具を手掛けている方に作ってもらった。というのも専用のスタンドはかなり高価でそして古いものであったため中々市場には流通していなかったからである。サイズもMinimaに合うように作ってもらったが高さが少し低く椅子に座って聴く高さと床に座って聴く高さの中間位の位置であった。
Minimaの取説を見るとツイーターが視聴する時 顎から胸の位置の場合とおなかの位置でのそれぞれの周波数特性のデーターが載っていた。その図には専用のスピーカースタンドを用いた場合の説明であったのでこのスピーカーには専用のスピーカースタンドを用いるのがマストであることを想定し音決めをしていたのであろう。

3月にアマトールを導入し専用台(スピーカースタンド)も購入した、逆にアマトールを導入するのが遅れたのはこの専用台が中々見つからなかったせいでもある。本体が程度の良いものがあってもスピーカースタンドが無かったり その逆のパターンもあった 決して安いものでもなかったので両方見つけてもその時 お金が無かったのも遅れた原因の一つでもあった(;'∀')

このスピーカースタンドは4つの異なる材質を使っている。一番下のベースが大理石で支える支柱が天然木、天板が鉄製である 更には天板の4隅にはゴムが付いており滑り止めになっている こうしたいくつかの素材の違う組み合わせのスタンドは初めての経験だがアマトールは間違いなくこの専用スタンドによる音決めをしている。
気になるのが天板の大きさでアマトールを乗せると半分は外にはみ出す…多少はみ出す分には構わないがただ乗せているだけなので何かの拍子に落っこちはしないか不安である。重量があるのと4隅のゴムで滑り止めが効いているので大丈夫かと思うのだが…

よく素材の音がスピーカーにのる ないしは被ると聞くが単一素材の場合はその傾向が強いと聞いた そうするとこのスタンドのように素材の違うものを複合して使うと素材同士が音を打ち消して固有の音を消す効果があるので結構有効なのかもしれない。

明るい音が聴きたくなりアマトールからMinimaに代え今週初めから聴いている。アマトール用のスピーカースタンドに乗せているのだがこのようにサイズ的にはピッタリする。Minima専用スピーカースタンドも基本的には同じ形だが支柱の木製の間が確か空いており耐荷重が軽くなっていたような気がする。
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家具屋さんに作っていただいた木製の特注スタンドより軽快に鳴り以前に比べ低音も深く沈む 
昔 JBLのスピーカーを持っていた先輩はコンクリートブロックの上に置いて使っていた キタサンが初めて使ったJBL4318には木製のスタンドの上に置いて使った。
電気的な影響とは別にこの振動系の影響は現代のオーディオを行う人の興味の一つだと思う。ガチガチに固めた筐体をいかに振動を消すかと腐心した作りの現代機器に比べ昔の筐体は逆に響きを利用する作りの物も少なくはない 実を言うと周りのオーディオマニアが言う素材の違いによる音の違い等 自分にはよく分からない…
きっと経験が足りないからなのだろう 耳も悪いのかもしれない 「音は何をしても変わる」とよく言われているが それならばそれが素材の音なのかどうか判別できるのだろうか?オーディオは総合的な結果として音が出てくるので単体での音の区別は難しいような気がすると最近になって思うようになった。今までアンプの音、スピーカーの音、プレーヤーの音はどうこうと書いてきたがそれがはたして本当にアンプの音だったりスピーカーの音なのか?そもそも単体では音はしない…。

スピーカースタンドの話はどこへやら(笑) 

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by kurama66644 | 2018-05-13 09:58 | オーディオ | Comments(2)

人に聴いてもらうという事

自分のオーディオの音を人に聴いてもらうという事は色々な発見が得られる。それまで気づかなかった事、理解出来なかった事が氷解するなど有意義であると思っている。

自分はオーディオを知ってから5年位一人黙々と調整していた 周りにオーディオを行っている人がいなかったしそもそも一人で弄っているのが好きだったこともある  
2年目位の時に身近に(職場)オーディオを何十年もやっている同僚がいる事を知った その人には技術的な事や素人にありがちな疑問など聞くことがあったが実際に家に来てもらって音を聴いてもらったのはそれから4年後ぐらいであった その方はこのブログでも時々登場する私のオーディオの師匠である。

SNSの発達で同じ趣味同士の交流がとても簡単にできるようになった。更にはそこからリアルな付き合い、出会いが生まれオフ会なるものも行えるようになった。お金と時間があれば場所や距離に関係なく日本全国いや世界中でも行き来できるのはすごい事である。キタサンもオーディオコミュで知り合った人たちと実際の交流をし相互オフ会なるものを行ったりしたが今は正直言って積極的ではない… 人付き合いはそれほど苦にならないがご招待するには狭すぎる環境なので一人ぐらいならまだしもそれ以上だと窮屈になり ゆったりできないだろうというのが一番の理由である。それとオーディオ以外の事を色々と観察してしまい極端な話相手の人生観のような事にも踏み込んで想像してしまう変な癖?があるの落ち着かない事が挙げられる 考えてみるとこれだけ世の中が個人情報漏えい云々と言われている中でネットで知り合ったというだけで初めての人でも自宅に案内、招待してしまうオフ会なるものはある意味非常に危険でもあり恐ろしい事でもある 日本人は島国で閉鎖的な人種であると海外から言われるが本当はオープンな人種なのではないかとも思えてしまう(笑)

そういう中 1年振りに若手オーディオファンのNさんのお宅に訪問した。オフ会には積極的ではないと言いながらの訪問で上記に書いた事と相反するかもしれないが他人宅でそれなりのスペースがあるお宅では問題ない(笑) 自宅が狭くて呼ぶのに申し訳ないというだけである(相変わらずいい加減ですね…) ただどうしてもオーディオ以外の所も見てしまう…歳が離れているせいもあり余計なおせっかいかもしれないが気になる事もあったので訪問に至った。

最近高価なカートリッジを購入したと聞くそのカートリッジでアナログ中心に聴かせていただいた
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最初に聴かせていただいたのが25年振りの復活「ABBA」の昔のアルバム この手の音楽は当時余り聴かなかったが同時代を生きていた自分にはとても懐かしく感じた
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ただ正直に言うとそれほどこのアルバムには感動はしなかった(;'∀') おそらく音源の影響だとすぐ分かった。次にかけていただいたのがクラッシックギターのアルバム とても奥行き感と臨場感がある素晴らしい再生である。ジャズ好きのキタサンのリクエストでコルトレーンの「ブルートレイン」を次にかけてもらった このアルバム キタサンはオリジナルではないがセカンド盤を所有しておりバンゲルダー録音の凄さを認識しているつもりだ。かけていただいたのがディアゴスティーニの復刻盤 この盤もキタサンは所有しており 本家との違いは認識しており余り期待はしていなかったがコルトレーンのサックスがいやに生々しく再生される おそらく自宅のシステムでこのディアゴスティーニ盤だとこれほどサックスの質感は望めない ちょっと驚いてしまった。ここまで聴いて1年前とシステム自体殆ど変わっていない 最近購入されたカートリッジによる影響が大きいのとご自身のアナログへの探求心と興味が再生技術を上達させたのではないかと想像する。次にカートリッジによる音の違いと称して3種類のカートリッジを手際よく交換していたのも慣れた手つきで行っていた。

その後オフ会では余りやらないのだが自分で持ってきたジャズのアナログ盤をNさんにことわりを入れ勝手に再生させてもらった(笑)
70年代の渡辺貞夫とクリフォード・ジョーダンのアルバムだが いやはやとても爽快に鳴ってくれる こんな再生久しぶりでとても楽しくなってしまった。今のキタサンシステムでは音色がダークになってこんな快活に鳴ってくれない(-_-;) ナベサダやジョーダンが10歳は若くなったようでこれはこれで良いと感じる。

8割りがたアナログで2割りはCDだったが個人的にはアナログの方が好みである。CD再生も高価なプレーヤーを持っているので悪いわけはないのだがアナログのほうがとても自然で奥行き感もある。 最後に総括でNさんから1年前と比べて音が良くなったか?アナログの音はどうだったか?等々…怒涛の如く回答を迫られ困ってしまった…

というのも良かったものもあるし余り好みでないものもあり相対的にはアナログの方がCD再生より好みであった。より詳しく言うとアナログ再生でも素晴らしく良かったものもあるし普通に聴こえたものもある CD再生でも良いものもあれば好みでないものもあった… これは何を意味するかというと音源に対してシビアな再生になっているという事だと思う システム自体フラットになりモニタールームで聴いている感覚なのである。良いものは良く聴こえそうでないものはそれなりに聴こえる 音源を選別するシステムとしては理想の姿ともいえるのではないだろうか? 部屋は一般の普通の部屋でありながら稀有な音出しかと思う。

オーディオに非常に熱心なNさんは自宅に人を呼びシステムの様子を聞く いわゆるオフ会を多くされる方である。人の言われる事を聞き参考にし改良して向上していく事は当然のプロセスだと思うがそこに落とし穴があるように個人的には思う。余りにも色々な意見を聞くとその人の個性が消えてしまいかねない、人は自分の理想を他人にも押し付けてしまう 結果万人に受けようと思うといいどこ取りをしてしまうものである もちろん自分の考えも持っていて参考にするだけと自身は思っていても権威やブランド、他の人の経験に流されてしまうのである。これは若かろうが年寄だろうがそうなる危険性はある。

オーディオの音は所詮 音源の音を機械で再生するだけに過ぎない。抽象的だがそこにその人の生き方が反映され自分はその音を聴きたいと思っている。
誰しも人生の音は持っていると思う その人の人生が見えない音は機器性能が良くても視聴環境に恵まれていても魅力は感じない 少し大げさな言い方かもしれないが人に聴かせるというのはそれだけの覚悟がいると思っている。

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久しぶりに聴いたけどこのアルバムもgood! Nさん辛辣な意見申し訳ない レコード棚、CD棚は整理整頓して下さい ありがとうございました。

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by kurama66644 | 2018-05-06 09:12 | オーディオ | Comments(4)

ジャズ喫茶の徒花

キタサンがジャズ喫茶に通っていたのが80年代からなので生粋のジャズ喫茶通いの団塊の世代からは若干遅めのスタートになる。
そもそもジャズに興味が無く歌謡曲の方が好みであったのがベースをやっていた友人から誘われジャズの味を知ることになる。最初は誘われてもいやいや付き合っていたが自分から行くようになったのが80年代終り頃でジャズ喫茶もだいぶ廃れた頃であった。

この頃はもうジャズ喫茶なんて流行っていなくジャズもひと昔のジャズではなくなっていた。今更ジャズ喫茶なんて商売としてもやっていけないのは明白な時であった それでもジャズ喫茶は時々通っていたがそれより生演奏のライブの方が面白かった。そうまだモダンジャズを築いた国内外の巨匠達が生きていたからそちらの方に行くことが多かったのである。

2000年を過ぎた頃 ジャズ喫茶は益々減っていた…モダンジャズの基礎を築いた人達も鬼籍に入り自分も演奏を聴きに行く機会も減ってきた そういう中2007年 新百合ヶ丘に近い場所でジャズ喫茶「LOST AND FOUND 」がオープンした。店主が女性ということも話題になった キタサンが気になったのはこの店名で いわゆる空港や駅にある忘れ物預かり所なる意味でもあるが 好きなテナーサックス奏者のクリフォード・ジョーダンもこれと同じタイトルの曲を作っている事と この女性店主が「忘れかけた物事を思い起こしてみませんか?」という思いで好きなオーディオとジャズを聴くお店を脱サラ?してまで作ったという意気に感ずるところが見えたからである。

ジャズ喫茶は長く通っていたとはいえオーディオの事は相変わらず疎く ようやくこの頃から自宅にオーディオ機器が揃うようになった。自宅からは結構遠いところであったがオープンしてからようやく1年後位にお伺いしたが最寄りの駅から歩いて20~30分ぐらいあり交通の便でも不便な場所にあった。これは家賃の問題もあり経費を抑えているので仕方がないとも思いつつ ようやく着いて中に入ると大きなホーンスピーカーがあり機材は詳しくわからないが(結構高額機器類だと思う)カリモクの黒い椅子が印象的でジャズ喫茶に似合わない?とても座り心地が良かったのを覚えている。珈琲にチョコレートがついてきたのも普通のジャズ喫茶にはないサービスで色々考えているのだろうなぁと素直な感想。ただし交通の便が悪い事や珈琲の値段もそれほど高くなかったようなので採算割れするのでは?とちょっと不安になった…。 二人ぐらい先客がおり一人は女性店主と軽く話していた もう一人は目をつむりじっくりジャズを聴いていたようだ。キタサンも余り店内をジロジロみるのも悪いと思い かかっている曲を黙って聴いていた。実はその時かかっていた曲というかアルバムは聴いたことがないようなものばかりで この女性店主 かなりマニアックな人で収集家なのかとも思ったが気軽に話しかけられる雰囲気でもなかったのでその辺りの事は聞かず1時間ぐらい滞在し帰りはバスで駅まで行った。

その後このジャズ喫茶には一度も行っていないがインターネット上でこの喫茶店の悪口が結構聞かれるようになった。おそらく叩くのは古株のジャズファンやジャズ喫茶ファンないしは関係者、オーディオ関係者ではないのかと想像する。女性店主も独自のオーディオに対する考え、ジャズに対する思いがあるのだろうが周りがあーでもないこーでもないと要らぬお節介をやく それに対してスルーすればよいのに女性店主も反論する そうして今でいう炎上という構図になっていたような気がする。 オーディオの事はその当時全然分からなかったので(今でも対して分からないが)そのジャズ喫茶の音が良いのか悪いのかも判断出来なかったがとても居心地が良かったのは確かであった かかっていた曲は決してBGM的なノリのものではなくハードっぽいのもあり個人的には好みでもあった。 それから3年後閉店のお知らせをお店のホームページで見た。せっかく好きなジャズとオーディオに囲まれ商売できたのに第三者が色々と意見(難癖も含まれる)を言って苦悩する日が続いていたのだろう 今はおそらく個人的な趣味として平穏に過ごされていると思う 徒花ではなく季節の美しい花に囲まれながら…。

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本文のジャズ喫茶とは何の関係もないジョージ・セルのチャイコフスキー クリーヴランド管弦楽団による演奏である。この演奏の雲行き感が何となくジャズ喫茶「LOST AND FOUND 」に初めて行った日に近かったので久しぶりに聴いてみたのだが やはり重苦しかった(;'∀')
 
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by kurama66644 | 2018-05-04 09:30 | ジャズ | Comments(1)

商業と芸術

アマトールを導入してから2ヵ月が経つ とても芸術的な作品(スピーカー)だと感じている。芸術的だから高尚だとか素晴らしいというわけではない(素晴らしいものもあるが…)利己的で独善的なスピーカーだと感ずる。このスピーカーが輸入されたのは88年 当時評論家や購入した人からは日本には今までないスピーカーであり素晴らしいと称賛されることが多かったと聞く。
ただ中にはこのスピーカーのどこが良いのか?と疑問に思う人も少数だがいたようだ この疑問に思った少数派の人の感覚は正しいと思う。

元の音源を正しくきれいにかつ素直に再現するのが本来のスピーカーの役目である。録音製作技術が発展していく中 よりリアルに正しく再現して多くの人がその音楽に感動するのが音響機器を製作する人の正しいあり方であるはず それは今でも変わらない。それをこのスピーカーの製作者フランコ・セルブリンは楽器を想定し自己の考えるスピーカー像を描き心血を注いだ その結集が初代アマトールであると思う。 商業主義を排して測定機に頼らず自分の耳で音を聴き こういう音を出すものが自分の理想と考えて作っていったのだと思う 測定機に頼らず自分の耳で聴き善しとしたものを製品化するのはこの当時のソナスの製品では多い 初代Minimaしかりガルネリ・オマージュ、エクストリーマもそうだ しかし残念ながら視聴者の事を考え音楽をよりよく楽しくするというコンセプトが根底にあるものは芸術品と呼ぶのにふさわしくないと個人的には考える。それは商業製品であり芸術作品ではない 芸術作品は多くからは受け入れがたいと思われる要素が高い それはあくまでも作者の思う作品であり他の人の事は考えていない まさに独善的であり孤高の存在である。

アマトールの第一印象は音色が暗い事だ、そして外観の不格好さであると感じた。今まで使っていたMinimaも作者は同じフランコ・セルブリンだがカラッとした明るい音で元気よく鳴ってくれる、筐体は天然木で質感が柔らかであり小型ながら見た目もスッキリしてバッフル面も本革を使っている。 スピーカー然としていながら部屋に置いても調度品としてもシックリくる キタサンのところは普通に生活する部屋なのでこのMinimaはとても調和しており気に入っている。

ちょっとアマトールを貶し過ぎてしまったが それならばMinimaを使えば済むのではと思われるであろう。ところがそうはいかない…前にも書いたがアマトールを聴いた時から心の中が空っぽになってしまった 音や音楽の事を余り考えなくなってしまったのである 楽しいとか楽しくないとか関係なく部屋の中で空気の波が揺らぐ感覚であり それがアマトールの音であり表現である Minimaだと音楽を意識する そしてオーディオも少しは意識する アマトールはあれほど元の音を追及したアナログオリジナルでもCDの音でも変わらなく聴こえる 実際は違うのだが そんな事はどうでもよくなる。

利己的な作品に虜にされるとそこから抜け出すのは困難である。「部屋のどこかしら音楽が流れてくる」そういう表現をすると普通はスピーカーの存在が無くなり消えるという しかしアマトールはしっかりその存在を部屋の中で誇示している おそらくいつの日かこのスピーカーを自分で壊す日が来るような気がする(手放したり、売るのではなく)その時がキタサンにとってオーディオの終着点かと思う とても怖いスピーカーである…。

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アマトールとMinima

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by kurama66644 | 2018-05-03 09:31 | Comments(0)

歌謡曲とジャズは好きです!


by キタサン
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