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カテゴリ:歌謡曲( 36 )

ふたりの異邦人

学生時代に見た芸能人で綺麗だなと思った人が二人いる。一人は故人だが夏目雅子さん もう一人は歌手の久保田早紀さんである。

異邦人で一世を風靡した久保田さんだがその後何枚かアルバムを出し清く芸能界を引退した その久保田早紀さんが38年振りに一夜限りの「異邦人」を当時のアレンジのまま披露したのが2017年クリスマスの事であった。そして今回「異邦人」発売40周年の節目として自伝ともいえる一冊の本を上梓された。
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「ふたりの異邦人」久保田早紀*久米小百合 自伝

久保田早紀は芸名で本名は小百合 そして結婚されて久米小百合となった。
久保田さんが引退 結婚されその後キリスト教の伝道者になった事は何かの本を読んで知っていた テレビでも確か放映されていたように思う まだキタサンの所にテレビがあったころだから2000年に入ったあたりだろうか? 売れっ子歌手でテレビをつけると彼女が異邦人を歌っている姿は1980年当時よく見ており何故キリスト教の伝道者になったのかそのギャップに少し驚いた記憶がある。

今はどうか知らないが昔は芸能界に入るには(歌手になる)にはそれなりの下積み生活が必要であった。学生であった久保田さんはそういう下積み生活はなく運が運を呼び芸能界デビュー その第一弾である「異邦人」が大手電化メーカーのCM曲に採用されその曲もヒットチャートを順調に伸ばし一位まで上り詰めていく。そうなると周り(マスコミ)が放っておかない ラジオ番組のアシスタントそしてパーソナリティ さらには続編のアルバム制作 コンサートツアーなど 彼女の言葉を借りると当時中央線沿線で各駅停車で通っていたのが(彼女は八王子出身)いきなり特急列車に代わり見知らぬ土地に旅立つ そういう感覚に陥ったことは想像に難くない。

学生時代から音楽は多少かじっていたが趣味程度で弾き語りも歌もそれほど自信がない 短大時代は音楽でなく文芸関係のサークルに属していた普通の女の子がいつもテレビで見ていた錚々たる歌手や芸能人と一緒のスタジオでテレビに出る コンサートなんて子供のころピアノの発表会で大勢の前で披露したぐらいで不特定多数の人が集う大きなホールでなんて弾き語りはできない そういうジェットコースターのような日々に疲れていた それを何とかこなしていたのは久保田小百合ではなく「久保田早紀」という別の人格を作り何とかしのいでいたのだと回想する。

そこで久保田早紀を演じる自分 久保田小百合の原点を探すことになる。子供のころよく聞いていた教会の賛美歌に故郷を求め21歳のころ洗礼を受けた ちょうどその頃のちの旦那になる久米大作氏に出会う この久米大作さんはフュージョンバンド「スクエア」の初代キーボードをしていたらしい スクエアといえば伊東たけしや安藤まさひろを中心とした日本のフュージョンの先駆け的な存在でのちにT-SQUAREと変わった  それと久米さんの親父さんがあの声優であり俳優でもある久米明さんでもある。

久米さんと結婚後芸能界は引退したが歌そのものは継続していた 同時に神学校に入りキリスト教の歴史のみならず他の宗教の歴史等も勉強しておられたようである。
その熱心さ?も影響してか無宗教であったご主人の久米さんものちに洗礼を受ける事になる。宗教と言うと勧誘、布教活動に熱心な信者も多いが久保田さん自身 音楽を通して「愛」を伝えるその延長上にキリスト教があった そのようなスタンスでこれまで来られたことが著書(自伝)の中で読み解ける。

還暦を迎えた久保田さんだがその容姿は以前にも増して落ち着き柔和になった印象を受ける ヒットした「異邦人」の歌詞は中央線沿線からみる夕暮れの車両の中で空き地で遊んでいた子供たちの姿を見て書いたようだが曲に関して久保田さんの父親がソニーのイラン出張所に転勤されその情景を聞いていたことも関係するのかと何となく思ってしまった。
「音楽と人が結ぶ不思議な点と線、人生も五線譜みたいなものなのかもしれない。…」このような素敵な言葉を著書の中で述べられている。慣れない楽譜で五線譜とにらめっこしながら悪戦苦闘をしているキタサン…こんな素敵な言葉さえ浮かんで来ない 育ちの違いかな(;´・ω・)

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何故か2枚も同じアルバムを持っている(笑) 著書の中で子供時代の写真も掲載されていたが子供の頃から美しかったんですね~

by kurama66644 | 2019-02-23 08:41 | 歌謡曲 | Comments(0)

人形の家

昨年末のNHK紅白歌合戦は活況を呈したようである ユーミン、サザン、サブちゃんとPOPS、演歌界の大物が大いに盛り上げてくれたようだ。
キタサンの所にはテレビが無いので見る事が出来なかったが若い方だけではなく中高年以上の方も大いに楽しまれたようで良かったと思っている。


今を遡る事50年前 1969年第20回NHK紅白歌合戦は今回と同じぐらい盛り上がっていた。キタサンはまだ小学生であったが結構鮮明に覚えている この頃はTBSのレコード大賞を見て そのあと引き続きNHK紅白歌合戦を見 除夜の鐘を聞きつつ新年を迎えるのが一般的であったように思う。

今もそうかもしれないが紅白に出場する事は歌謡界に於いてとても栄誉のある事だった 人気のある事ももちろんだが歌手として歌が上手い事は必須であり間違えても口パクであったり集団チームとして一挙手一投足が分散されるような観客の目をごまかす緩い環境下ではなかった。歌謡界というか芸能界は今でも魑魅魍魎が存在する世界でもあるがそこには生き残りがかかっており正に生死を競うぐらいの厳しい状況にあった。ヒット曲に恵まれても一発屋で終わる場合もありそんな時は天国から地獄に落ちるぐらいの待遇の落差はある 一度美味しいものを味わうとそれ以下の物は食さなくなる その為這い上がろうと努力する そもそもこの当時の歌手は皆歌が上手いので単に歌唱力で競っても僅差の違いしかない あとは運と執念でしかチャンスはこない。

61年にデビューした弘田三枝子は翌年カバー曲であるヴァケーションでヒットに恵まれた。元々歌謡曲というよりジャズやPOPSを中心に米軍基地を回っていたのでパンチのある曲は得意である こういう洋物を歌わせると日本人離れした歌唱がより引き立つ 実際レコード店のジャズコーナーに行くとこの弘田三枝子のジャズのレコードは結構出回っているのを見かける 65年にはアメリカのニューポートジャズフェスティバルにも招待を受け トリを務めたほどの実力者だ。 日本のモダンジャズの先駆者でもある秋吉敏子さんや渡辺貞夫さんがまだ渡米して間もない時でもある これは日本の歌謡界というか芸能界が向こうのジャズ界とのパイプがあったためではないかと想像する (レコード会社間の繋がりも関係があったようにも思う) それほど日本のジャズ界はメディアにもまだまだ取り上げられてもらえなかったしマイナーな存在でもあったからである。

そういう輝かしい経歴をもってしてもヴァケーション以降 弘田三枝子は低迷状態が続いた ちょうどその時期グループサウンズブームがあり それと被る歌唱の弘田三枝子はその流れに乗り遅れた為かと思われる その低迷期を経て復活したのが69年「人形の家」を発表した年でもある。
なかにし礼 作詞 川口真 作曲のこの歌に合わせるかのように弘田三枝子の容貌自体も変わっていた ちょっとぽっちゃり気味の容姿はフランス人形のように可憐に細く変わり その彫の深い目から真っすぐ見つめる眼差しに虜にされる聴衆が日増しに増えていった。

人形の家を歌う弘田三枝子にはかってのミコちゃんとアイドルさながらの愛称で呼ばれていた面影はもうなかった 子供心にこの人の歌う姿はもはや人とは思えないほど神がかっていた記憶がある 歌が上手いを通り越して狂気に満ちた感がありとても近寄りがたい雰囲気であった。69年のその年紅白歌合戦に当然のごとくノミネートされその歌う姿はベテランの美空ひばり、越地吹雪、島倉千代子にも勝る鬼気迫る歌い方をしていたように思う。

それ以降2~3年は紅白に出ていた記憶がある それと当時としては珍しい自らが実践したダイエット本などヒットしまだまだその存在がマスメディアに露出する事が多かったが 歌謡曲の世界ではこの人形の家の歌唱に己の人生をかけていたようにも思える この曲を境にそれ以降 彼女の持ち味であるパンチの効いたPOP系の曲や洋楽、JAZZ等を中心に一般的な歌謡曲とは一線を画くスタンスで歩んでいく。

昨今 時々思い出の歌謡曲、昭和歌謡などで懐かしの人として登場し歌を披露する 神ががかった高音は全く出ず、整形の影響なのか顔が不自然な様子が分かる。
何でこういう人をテレビに出すのか!と批判の声も聞こえる 昔のミコちゃんの姿を知っているオールドファンは目を耳をそむけたくなるかもしれない。生き馬の目を抜く芸能界で生き抜くというのはこういう事なのかと考えさせられる…それでも弘田三枝子は声が出なくなるまで歌い続けるだろう 彼女の執念 人形の家と共に。 

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絶頂期の容姿は今で言うとちょっと顔はトリンドル玲奈に似ていると思った…

by kurama66644 | 2019-02-01 09:53 | 歌謡曲 | Comments(0)

何か言い忘れたようで…

このタイトルを見て因幡 晃の事を思い浮かんだあなた! かなりマニアックな方ですぞ(笑)

因幡晃のファーストアルバムのタイトル「何か言い忘れたようで…」を昭和歌謡館で見かけた時 40年前に心はトリップしていた。学生時代深夜のラジオ放送でよくかかっていた曲「わかって下さい」はヤマハ ポプコンの第10回大会の最優秀歌唱曲で彼のファーストシングルでもある そのヒット作も収録されているファーストアルバムは因幡の渾身の力がこもった素晴らしい作品である
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高校時代に見た因幡 晃は長髪でサングラスの細身 ちょっと近寄りがたい感じであったがその印象とは真逆のハイトーンクリスタルボイス 自身の作詞、作曲した独自の歌の世界に引き寄せ離さない魅力がある。 アイドル全盛期で自分もまだ子供だったこともあり若く可愛い歌手にあこがれていたが大人の歌を歌うこの因幡は気になる存在だった。
当時自分の周りをみるとビートルズやローリングストーンズ、カーペンターなどの洋楽にはしる者もいた そうかと思えばジャズに嵌り背伸びをする奴もいた そういう中 キタサンは日本の歌謡曲にどっぷりと嵌っていた…アイドルの追っかけまではしなかったがただアイドルに嵌っているのでは洋楽を聴く友人たちに小馬鹿にされそうである(笑) そういう焦りを覚えた('◇')ゞ若きキタサンはこの因幡の音楽を聴き これは大人の音楽であり 自分はアイドル一辺倒ではないという浅はかな考えをもちつ因幡を聴くようになったのである こうした流れはのちのオフコース武道館ライブの時まで引きずる事になる(笑)

因幡晃もよかったが永井龍雲や杉田二郎も愛聴していた 若いキタサンはもう少しハイカラなPOP調のものも望んでいたので そうなるとシティーサウンドなるものが当時流行り若い女の子に受けが良かった(笑) やがてそちらの方に傾倒していくのである そういう音楽と言えば杉山清貴とオメガトライブ、五十嵐浩晃、山本達彦、オフコースなどである 共通するのはハイトーンボイス 彼らは自分より年上で今は見た目は老けたが声はさほど変わらない とても美しい澄んだ声を保っている やはり本物の歌手、歌い手と言える存在であろう。

今月Sさん宅でオフ会をし このアルバムをかけてもらったが因幡晃の繊細な感情の機微も再現出来ており 当時とは又違う感覚で聴かせていただいた。

最近まで知らなかったが2014年に実力派男性歌手5人組のユニットを組んでその中のメンバーの一人でもある。堀内孝雄、杉田二郎、ばんばひろふみ、高山巌 そして因幡晃である 名前をブラザーズ5というらしい… 実力、実績からするとそんじゃそこらの若手歌手は太刀打ちできないところだが この5人 ソロでそれぞれ個性が強すぎてユニットの統一感のようなものを殺している感じを受ける 懐かしの人を集めてリバイバル 中高年、老人達 当時を聴いていた人の受けを狙ったレコード会社辺りの戦略かも知れないが どうも昨今そういう安易な事を考える輩が多すぎる…特に因幡晃 歌声はデビュー当時より落ち着いて聴きやすくなっているが見た目がサングラスをかけた宮 史郎(ぴんから兄弟) みたいになっちゃって なんだかなぁ~

by kurama66644 | 2018-12-24 08:48 | 歌謡曲 | Comments(4)

ベストアルバム

国内向けのジャズアルバムは(CDも含め)ベストアルバム、コンピレーションアルバム等企画物も珍しくないがキタサンはそれらは余り好きではない。
そもそもオリジナル曲を中心としたもの 映画音楽、舞台音楽をアドリブで演奏したものがアルバムになりヒット曲自体ロックや歌謡曲に比べ少ないのである。

ただジャンルが違うとまた様相も変わる。先に挙げた歌謡曲(日本のもの ※そもそも日本のものが歌謡曲だと思うが) はベスト盤だらけである。売れてなんぼの世界なのであらゆる手を使いPRする事に抜け目はない 芸能の世界も熾烈な競争の世界でもある。

思い入れのある歌手はアルバム単位で買ってしまうがついついベストアルバムで人気曲だけをチョイスしたものに心が揺れ動く時もある。
そんな時購入したのがこちらのアルバム
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「思いきりアメリカン」杏里のベストアルバムである。

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実は何枚目かのアルバムか忘れてしまったが「タイムリー」という杏里のアルバムを買って懐かしく思い そう言えば「オリビアを聴きながら」や思い出深い「地中海ドリーム」なんて久しぶりに聴いてみたく収録されているファーストアルバムのapricot jamやセカンドアルバムのFeelin'を探していたところこのベストアルバムに遭遇 つい購入してしまった次第である。 しかもこのベストにはタイトルにある「思いきりアメリカン」も入っている 確かシングル以外でこの曲がはいっているのはこれだけだったような気もする 余計に購入意欲が湧いてしまった…

このベストアルバムの他に5枚ほど購入 大人買いした場所はもちろん新宿昭和歌謡館(笑) 購入した6枚のアルバムは盤質Aのものばかり 購入した日は平日ということもあり店内は空いていた ジャズ売り場のように殺気はなく争って盤をドスドス見ては落とす不心得者は余りいない やはり昔を懐かしみつつゆったりと盤を眺める とても良い雰囲気である ただしたまにマニアックな人も出没するので要注意である そういう人が来ると店内の空気が一変する。
そして毎度おなじみの購入金額だが6枚で合計1.720円… きれいな盤ばかり傷もないジャケットもそう汚れていない 皆大事に使っていたのであろう 或いはカセットにダビングして盤は殆どプレーヤーで聴かなかったのかもしれない 懐かしいだけではなく皆歌が上手い聴かせるアルバムばかりなのである それが6枚で1.720円。どうですか!ジャズ盤ではまず無理 どれだけ浪費していた事か 何度も言うが無理して購入してきた ジャズオリジナル収集はある程度ゆとりのある人向け、キタサンには分不相応であった

購入した他の5枚のアルバムはまた別の機会に紹介しようと思っている。

えーとベストアルバムについてでしたっけ? 編集をする段階で企画に徹した作り方をするのでシングルやアルバム単位での思い入れや意気込みが欠けているのは聴いていてある程度分かる 便利だけどBGMとして聴く分にはベストアルバム、ヒットアルバムもありかなという結論である ジャケットも手抜き感がありありと見える 杏里のアルバムジャケットはもう少しセンスのあるものが多いがこの「思いきりアメリカン」のジャケットはまずまずかな。



by kurama66644 | 2018-12-15 10:00 | 歌謡曲 | Comments(0)

和製EWF

スペクトラムというバンドをご存じだろうか? 活動期間わずか2年と短期間であったが70年代終りにど派手な甲冑コスチュームで度肝を抜いたバンドである。

ブラスのホーンセクションを中心においたファンクバンドであるが特徴のある3人のボーカルをメインに繰り広げられ 曲と曲の間のパフォーマンスも面白い 大方の人はこのバンドを見て アース・ウィンド&ファイヤーのエピゴーネンと見るようだが長いスタジオミュージシャンとしてのキャリアに裏付けられたしっかりした演奏技術 新田一郎のファルセットボイスのボーカルはど派手な衣装とパフォーマンスとは真逆のファンク臭さを消す高貴な雰囲気を醸し出す ロックともとれるしジャズにも対応でき さらには歌謡曲の範疇にもある不思議なバンドなのである。実際歌謡曲、アイドル全盛期だった70年終りから80年初頭 大多数アイドルが出演する歌番組にもこのスペクトラムを見かける事は多かった(違和感はあったのは確かだが('◇')ゞ)

昔 夜のヒットスタジオでこのスペクトラムを初めて見た時 司会の吉村真理と井上順がこの甲冑のファッションが1000万相当かかっていると話をしてドン引きしたのを覚えている。まだ歌が始まる前の段階だったので衣装にそれだけ金をかけ見せかけだけのバンドか!と思ったが実際演奏が始まると これが予想を反する出来でこれまた驚いてしまった…とにかくスピード感があり演奏も上手い トランペットをクルクルまわし前蹴りのアクションが入るなど歌だけではなく見せるバンド エンターテイメントを全面に出している その後前述したように歌謡曲の歌番組にもよく出演するのを見かけ興味を持つことになった。

その当時プロレス好きでもあったキタサンだがちょうどスタン・ハンセンが新日から全日に移籍した頃 そのスタン・ハンセンの出場テーマソングがこのスペクトラムの「サンライズ」という曲である。スタン・ハンセンは長く日本のマットで活躍しファンではなくてもそのテーマ曲を聞くとスタン・ハンセンを思う人も中にはいるだろう ただこの曲を演奏しているのがスペクトラムというのは殆ど知られていない。

78年解散したキャンディーズのバックを務めていたボーカールの新田一郎だがキャンディーズが解散してまもなくミューズの大里さんのお世話になる事になる このミューズというのは今を時めく芸能事務所のあのミューズである 福山雅治やサザン、パフューム、ポルノ・グラフティなど有名人を抱える大手だ その創業者の社長 大里さんの娘さんがミーちゃんというらしく(あだ名、呼び名?)そのミーちゃんとの会話が入った歌と言うかインストルメンタルを曲にするなどコミックバンドさながらの曲を作ったりと その頃から歌だけではなく芸能という人を楽しくさせる精神は持っていたようで のちに現在芸能事務所の社長としてその手腕を発揮することになる。

登場する時代が早すぎた感も否めないスペクトラム 新田さんのみならず同じくボーカルの西さんや渡辺直樹さんなど有名アーティストのプロデューサーなどして個々に活躍されている(再結成してくれないかな~) ちなみにこのバンドは音楽だけではなくパフォーマンスが見て楽しい オーディオ装置でも映像を兼ねたAV機器で見たい数少ないアーティストなのである。

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この2枚目のアルバムが好きだ 文中にある「ミーチャン GOING TO THE HOIKUENN」も収録 「サンライズ」「F・L・Y」「IN THE SPACE」など人気曲もある 中でも 「侍S」という歌詞は無いインストルメンタルはかっこいい! スペクトラムの真骨頂といえる。

by kurama66644 | 2018-11-30 20:28 | 歌謡曲 | Comments(0)

経験

スケートのザギトワを見ていつも思う 誰かに似ていると…そうはるか昔 おおよそ50年前に見たあの歌手に。

歌手の名前は「辺見マリ」当時小学生だった自分には刺激すぎるお姉さまであった。このくだりは前にブログで書いた「夏木マリ」と同じパターンである(-_-;)
奇しくも同じ「マリ」の芸名でありセクシー歌謡の歌手として売り出し中であった。デビューシングルの「ダニエル・モナルーム」そして第二弾「経験」そこで歌う「やめてぇー」の歌詞は世の男性諸君の心を虜にするほど悩ましかった その時彼女はまだ20歳 成熟しすぎだろう…

これはデビューアルバムの「マリとあなたの部屋」である。
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どうですか…この貫禄と妖艶さ このジャケットの写真写りはあまりよくないので多少ケバく  (失礼)見えるが実物はとても美しい人なのである。
「経験」「めまい」「私生活」などタイトルからして隠微な想像を掻き立てる曲がヒットしたが 俳優の西郷輝彦と72年に結婚 引退したので歌手としての活動は短かった
辺見マリを単なるお色気歌手として見る節はあるがデビュー前 歌謡界の大御所 浜口庫之助の下でレッスンし名門渡辺プロに入るまで下積み生活をしていた苦労人である。もっともこの頃の歌手は下積みは当たり前のことで ある程度の音楽の素養がないとプロで生きていくことは出来なかった 更にヒットするかどうかは運も影響し それにより天と地の差があるぐらい芸能界は厳しい世界なのである。今の芸能人?も厳しい世界を潜り抜けてきたかもしれないがその美しさからは想像できないそれこそ泥水をすすりながらでも生きていく体験をしていたと感じられる辺見マリ それが歌の表現に自然と現れるのである。

物まね番組を昔はよく見ていたがご本人とそっくりにあるいはデフォルメして上手く似せたなぁと思う物まねも多数ある それはそれでエンターテインメントとして面白い ただある番組で沢山の方からそっくりだといわれた物まねをする方が言っていたが細部にわたって似せる事はできたが「艶」の部分だけはどうしても真似できないと語っていた。その物まねをする人の歌に感動する人も多く称賛されていたが「艶」の部分だけは本人だけがもつオリジナルであり唯一のもののようだ。「艶」があるないで芸能人としての資質まで判断出来ないが辺見マリにはその「艶」があるのは確かである それは彼女の生き方が醸し出すものであるように思う。

芸能界引退後 離婚、金銭トラブル 熟女ヌード等色々話題になったが二人の子供も大きくなり芸能界にも復帰 活躍されているようだ。
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by kurama66644 | 2018-11-09 10:05 | 歌謡曲 | Comments(0)

SPEAK LOWを聴く (ジャズじゃないやつ)

電車の座席中央あたりに座っている 隣は20代後半から30代の若者である うつむきLINEとやらに夢中だ ヘッドフォンからシャカシャカと電子音のリズムが漏れ聴こえる…
ヘッドフォンの漏れ音は迷惑だがどんな音楽を聴いているのか興味で聴き入る事が多い 正直つまらない音楽だ(個人的感想) 音楽だか音だかよく分からない 数駅が過ぎ反対側の隣にお爺さんが座って来た ドアが開いた瞬間にダッシュで座る とても元気だ 座る必要があるのだろうか? 座れて安心したのか肩幅以上に脚を広げる おかげでこちらは窮屈だ…少しずれ音漏れLINE野郎のそばに近づく事になる(;´・ω・) こんな不快な状況だがなぜか顔はほくそ笑んでいた それはカバンの中に先ほど購入したあるアルバムがあるからである 探していたが中々見つからず偶然発見できたのである。

「SPEAK LOW」確かこのブログでも4年前に記事にした タイトルは「無人島に持って行く1枚だけのピアノトリオアルバム」https://andokan.exblog.jp/23162270/
ジャズのアルバムである。バップピアノのウォルタービショプJrの渾身のアルバムでジミーギャリソンのベースが重戦車のように縦横無尽に大地を揺らす ジャズ好きならお持ちの方も多いと思う そういうキタサンもCDで持っていた そして今はユニオンの復刻版のアナログを持っている。  なにオリジナルじゃないの?
当然である コレクターの陰謀か 販売業者の策略なのか 評論家の過大評価なのか原因は分からないがオリジナルは大体30数万円で取引されている('◇')ゞ

もちろん1枚の値段である キタサンの今のプリ、パワーアンプ それにCDプレーヤやらアナログプレーヤー合わせても30数万なんてしない…昔のアナログオリジナルでこのような価格で販売されるものは結構ある 普通でも数万するものも珍しくない 何という事だ! オーディオと同じでジャズオリジナルも富裕層の独占だ それがいやでジャズオリジナルは諦めた というより嫌気がさした。

いかんいかんジャズオリジナルの話になると怒ってしまう…もっと冷静に
話は「SPEAK LOW」に戻る 実は今回探していたアルバムもタイトルが同じく「SPEAK LOW」なのである ただしジャズではない そう歌謡曲なのである そのアルバムがこちら
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南 佳孝4枚目のアルバム「SPEAK LOW」南佳孝って誰? ウォンチュー~スローなブギにしてくれの人である(笑) 知っている人は知っているのである!
79年CBSソニーから出たこのアルバム あのYMOも参加 全曲 南佳孝作曲 作詞は松本隆と来生えつ子である ベースは松原正樹に小原礼 悪いわけはない!
B面の1曲目にヒット曲の「モンローウォーク」が収録されている 佳孝さんの最大の魅力は声の艶 色気にある 同性の自分が言うのもなんだが声量はそれほどあるわけではないが色っぽい歌い方をする 甘くない艶のある声色 これにはまいる。

詞は松本、来生にまかせ編曲は坂本龍一と佐藤博が担っている これが又良い 南佳孝は曲の人で無理して詩を書くことはない この分業効果がアルバムの質をより高めていると思う。

このアルバム探しても中々見つからなかった ネットで800円で販売され目をつけていたが某アナログショップで「380円」エサ箱の目立たない場所にひっそりと置いてあった… ジャズの「SPEAK LOW」の千分の一の価格 どちらも同じオリジナル 盤質は南 佳孝の方はAからB+である。南 佳孝の価値は千分の一 そんなわけない
キタサンは思わずこのアルバムを抱え込んでしまった ひょっとすると誰かに取られてしまうのではないかと…

価値観の違い これはどこの世界でもいえる事 オーディオの世界でも似た事象がいくらでもある。価値観の違いにしてはあまりにもその落差は大きい。

声を潜めて聞いてください(SPEAK LOW) 「変な世の中 不条理な世の中 上手くいかない事もある それでも信じて行けば素敵な事もある」

380円のレコードを見つけた時は自分にとってとても素敵な瞬間だった。無人島に1枚だけ持って行くなら南佳孝の「SPEAK LOW」を持って行く!



by kurama66644 | 2018-11-03 10:03 | 歌謡曲 | Comments(4)

いざ昭和歌謡館へ!

最近歌謡曲を聴くことが多くなった しかし所有しているディスク(アナログ、CD等)は9割がジャズである…だから相変わらずジャズをかけてその合間に聴いているという感じである。コレクターになろうとは全く思わない フッとした拍子に聴いてみたい曲やアルバムを思い起こしユーチューブなどで聴いてみる それで気に入れば購入しようかというところである。

ジャズは元の音を知りたく(生音ではない)アナログオリジナルに走った 歌謡曲は別にオリジナルに拘らない アナログでもCDでも構わない。ジャズの場合と逆でアナログとCDの価格が逆転しているので歌謡曲はアナログを買う事が多いだけである。

今回 初めて新宿ディスクユニオン昭和歌謡館に行ってきた。場所は以前から知っていたがそれまでは入る事はなく素通りしてジャズ館の方に行っていた そして地下を降りていくとあるはあるはおびただしい数の懐かしいジャケットが 昭和の香りが満載である(;´・ω・) 意外と人も多かった 年配の方だけではなく若い方もいた ひょっとして密かなブームかと思って中を見学するとやはりマニアの素窟であり不思議な行動をする人も何人かいた これはジャズ売り場でも見かける事で 一心不乱になると周りは見えないというかどうでもよくなるのだろうその生態はジャズ売り場でも体験しているので珍しくななかったがちょっと違うかなと思ったのはそのスピードである ジャズ盤は寸での所で狙った獲物が(ブツ)取られてしまうこともあるが歌謡曲は実に大らかでその探すスピードはジャズのそれと違い遅い 速く探すのはおそらく生粋のマニアなのだろう 自分のように昔を懐かしみながらゆっくり見る人もそれなりにいた そういう人は家でゆっくりレコードを聴いて思い出を回想しているのだろう。音楽を聴くのに音質や音像も大事かもしれないが歌謡曲はテレビやラジオで聴いていた 立派なオーディオ装置で正装してキッチリ聴くものではない(これは個人の感想である)気軽に聴くものであると思っている。

それにしてもアルバムジャケットが至る所に展示され知らないものもあったが歌手自体は大体は知っていた 子供の頃の娯楽はテレビであり歌謡曲全盛であったので知らず知らずのうちに心に記憶されていたのだろう 今はインターネットの時代だが当時はテレビや雑誌が隆盛していたのでその影響は大きい。

実は探していたアルバムが3枚ほどありそのうちの2枚あったので買ってしまった。ジャズとは比較にならないほど安い価格で驚いた 何十年も前のレコード しかもプレーヤーなんて今ではマニアしか持っていない そういうものを当時の定価以上で販売される事自体が不自然だ そういう意味で歌謡曲は正常だ。もちろん希少盤やら珍盤もありそれらは当時の価格をオーバーしていた それでもジャズのBクラスのオリジナル盤なんかに比べこちらの歌謡曲ももちろんオリジナルだが価格が雲泥の差である
思わず気になったアルバムを他に4枚購入LP5枚、EP1枚で計2600円、今回CDは買わなかったがヒデとロザンナの50周年記念CDが同じ2600円位?で売っていた 買おうかなと思ったがヒデはもう何年も前に亡くなって2曲だけ狩人の弟の方とデュエットし新譜としたらしい 狩人も歌の上手い歌手だがやはりヒデの歌声にはかなわない 昔のLPにしようと探したが無かったので又探してみようと思っている。
頻繁に行くことはないと思うがネットではなくこういう店舗で実際探して買うのはやはり面白い。歌謡曲は気軽に聴くのがいいのだが今のうちのシステムでは中々上手く再生できない どんどんグレードダウンし(価格的に)今はCDP+アナログプレーヤー+プリ、パワーアンプ合わせて20万位の組み合わせだ。もっと安直なシステムの方が上手く鳴るような気もする…
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今回購入したLPやEP 機会があれば又 紹介しようと思っている。


by kurama66644 | 2018-11-02 10:10 | 歌謡曲 | Comments(0)

海が泣いている

若い頃から大田裕美のファンであった。ヒット作「木綿のハンカチーフ」は中学時代ラジオからよく流れていた 高校へ入学し同じ学級のKさんが太田裕美にそっくりな声をしており容姿も似ていた 高校を卒業し都内の大学に入る為上京、夏休みに帰省した時 仲間といっしょにKさんとも何度か会ったがそれっきりである。同窓会も殆ど参加しなくなったのでもう30年以上会っていない 今どうしているのだろうか?

太田裕美の曲を聴くとKさんを思い出す。キタサンが参加するオーディオコミュのオフ会では意外と太田裕美の曲がかかる 自分と同世代の方が多いせいかもしれないが歌謡曲というジャンルではありながら彼女独特の世界があり 今も現役で活躍されているその歌声は変わらない 昔から童顔で可愛らしい感じであったがしっかりプロ根性をもった歌い手で長くファンから愛されているのであろう 70年から80年にかけヒット作も量産し良いアルバムも沢山出している その中で一番好きなアルバムはこちらである。
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「海が泣いている」自身初のロサンゼルス録音である。全てオリジナル作品だがおなじみの松本隆、筒美京平のゴールデンコンビによる作品でリー・リトナーやエド・グリーンらの大物ミュージシャンも参加し万全の構えで作ったアルバムでもある(金かけてたね~CBSソニーさん)1978年録音。
A面1曲目の「スカーレットの毛布」からロスの風のような軽快な出足で始まる。2曲目の「振り向けばイエスタディー」は一転してセンチメンタルな気分にさせる 学生時代甘えが許された社会に出る前の甘酸っぱい思い出を蘇らせるようである。披露宴の祝福での友人としての心の機微を見事に表した「茉莉の結婚」。アルバムの中では異色のロック調の「Nenne」。太田裕美ワールドのスタンダード 詞の世界をとうとうと歌い上げる「街の雪」 聴きどころ満載のA面である。

B面の1曲目はアルバムタイトルの「海が泣いている」 個人的にはこの曲が一番好きだ 松本隆の詞に書かれている情景が手に取るように分かる。 おどけた曲調の「ナイーブ」明日の恋と歌っているのが舌足らずな裕美譲が歌うと明日のコインと言う風に聞こえてしまう('◇')ゞ…。しっとりした「水鏡」。ノスタルジックな「女優ヒロイン」。最後はアップテンポな「アンリミテッド」で A面1曲目で感じたロスの風がこの最後の曲で吹き抜けていった爽快感を覚えてしまう。

端折って全曲簡単な感想を書いてしまったが前回挙げた渡辺真知子同様この頃のCBSソニーは力が入っていた やっつけ仕事で片してしまう作品は世に出してはいけないという風潮が歌の世界ではあったのだろう そこには歌い手とそれを製作する者にプロ意識があったからだと思う 大事にしたいアルバムだ。 

by kurama66644 | 2018-10-27 08:56 | 歌謡曲 | Comments(0)

海につれていって

最近KP-1100でジャズより歌謡曲を聴くことが多くなった。ジャズのオリジナルを諦めてからこちらは適正価格の歌謡曲のオリジナルを聴く やはり分相応にこうなってしまうのだと感じながら聴いているのだが その時代をリアルタイムで過ごしてきた想い出に加えて当時の機器類で聴いているのですこぶる良く聴こえる ごまかしがない真面目な録音にもよると思うがジャズを聴いている時の違和感のようなものは少ない。

50~60年のジャズが好きで聴いているがその時代は生では聴いていない 生で聴くようになったのは80年代中頃からオーディオを始める前の2005,6年位までの間でジャズオーディオにはやはり違和感がある オリジナル盤で当時の機器類を使いそれなりに鳴らせる環境や資材調達などほんの一部の限られた人しかできない。別に当時の機器類であろうが現在の機器類であろうが問題なく鳴らせるがジャズそのものを体現して聴くことはオーディオでは不可能でジャズと言う音楽を雰囲気で聴く分にはオーディオはよき友になれる。大衆的で差別扱いされたジャズを大金をかけて優雅に?聴くという大衆とは真逆な事をしているジャズオーディオは余り好きではない 逆にクラシックはオーディオに合っていると思っている。

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まぁそんな感じをもちつつ冒頭部分にある歌謡曲だが(このブログのタイトルも変えようかな?)「海につれていって」は渡辺真知子のファーストアルバムである。
78年だからもう40年も経っている 最近でもご活躍されている真知子さんだがこちらのデビューアルバムの写真に比べ現在はかなりふくよかになり恰幅もある(笑) 逆に今の方がより感情を移入し歌いあげている そしてこの当時の若い頃と比べ声量は落ちていないのは流石プロである。しかし渡辺真知子を聴くのならやはりこの若い頃の方が好きだ この当時は忙しくただスケジュールをこなすだけでいっぱいだったとインタビューで語っている 周りの友人などは就職し仕事をこなしているが自分は事務所の与えられた仕事をやり あと作詞、作曲なども同時に行う単調な毎日だと回想している もっとも周りの友人のサラリーマンも似た感じではないのかなと思ったりもするが…この頃の彼女の立ち位置が微妙な所でアイドルとして売り出していたようだがユーミンや中島みゆきに次ぐ期待のシンガーソングライターとして嘱望されていたようである。そして声楽を勉強していたので歌謡曲というジャンルに拘りをもっていなかったようでもあり精神的に迷っている そんな感情が歌にも表れていたように思う。デビューシングルの「迷い道」なんかも恋愛の歌であるが心の不安定さを詞にその揺れ動く姿が見事に曲に合っている名曲の一つだと思っている。

彼女の歌声はとても特徴があり 何といっても真知子節といわれるコブシの使い方が演歌にも通じるところがありアイドル歌唱とは一線を画く 前述したようにアイドル全盛期で事務所としてもそちらの方が売り込みやすいし そういうアイドルが参加する番組にも多数出演していたのを思い出す ハキハキとした受け答えはその大らかな性格を反映していたのだと思うがこのアルバムでは B面の「なのにあいつ」やキタサンが個人的に一番好きなシングル「ブルー」などに女性の恋愛観の激しさ、クールさを見る事が出来それを淡々と歌う姿は狂気に満ちているとさえ感じてしまう。

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若い時分の編曲者 船山基紀やピアニストの羽田健太郎、ギターリスト水谷公生、パーカッション斎藤ノブ(この間ブログに書いた夏木マリさんの旦那)など錚々たるメンバーがこのアルバムに参加している 日本の音楽産業が活気を帯びていた時代 お金と人材を投入していいものを作ろうと一丸になっていた時代でもある、CBSソニーが質の良いアルバムを作っていた奇跡の時代でもあった。

by kurama66644 | 2018-10-19 19:44 | 歌謡曲 | Comments(3)

感じた事を素直に書きます 一日一つは何かを得、逆に何かを手放すように心がけています


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