カテゴリ:歌謡曲( 20 )

歌謡曲とブルース

歌謡曲という言葉は今では殆ど使われていない。かつてそういう歌のジャンルがあった程度の認識しかない懐かしの音楽で60年代から80年代にかけて日本の音楽産業の栄華を支えてきたのが歌謡曲だと思っている。時代は平成から新しい年号に変わっていく中 歌謡曲=昭和歌謡と認識する人も少なくはない。

「音楽は好きでも嫌いでもない」とこのブログで何度も述べてきたが実は歌謡曲もそれほど愛着があるわけではない。テレビが好きで子供時代はテレビっ子でありそこで放映されていたのが歌謡曲であり自然と体に染みついたというのが正直なところである 子供時代から青春時代はそれほど良かったとは思っていないが歌謡曲を聴くとその時代を思い出す 楽しい事もあったがつらい事や悲しい事の方がどうしても思い出として残っている。60年代から70年代の歌謡曲は歌詞もそうだが曲想も悲しみ、悲哀を帯びたものが多かった それは当時の日本人は何事にも我慢する その為には「諦め」が必要でありその諦めの行き場のなさが何とも言えない哀愁や怒りのようなものに変わり そのはけ口のひとつとして歌謡曲が代弁していたのではないかと思える。

昔の歌謡曲は作詞家と作曲家そして歌い手と分業しており中でも歌手より詞と曲に重きを置いていた 歌手の個性は歌声であるがそれ以上に歌詞や曲の影響が大きかったように感ずる。それが70年代終り頃からシンガーソングライターとして一人の人が曲と詩を作りさらに歌ってしまうスタイルを確立し現在はそのスタイルは当たり前のようになってきた。そして歌謡曲からニューミュージックとなりJ-POPSと変わり現在はどういう名称、ジャンルに変貌したのだろうか?それとも冒頭に書いたように使われていないのでその流れは断ち切れたのか?最近の歌は殆ど聴いていないので分からない…。

ジャズはブルースと同義語として捉えられるが黒人音楽として成り立っていたものがヨーロッパ音楽との接触によりどんどん白人化していった パーカーやコルトレーンもヨーロッパ音楽寄りにひたすら傾いていき そこには本来のブルースの姿は無くなりかけていた 無くなりかけてはいたが完全に無くなっていたわけではない その流れを止めたのが60年頃から始まるフリージャズである。これまでのヨーロッパの規範とは全く異なる黒人音楽本来の姿がそこに見受けられる ブルースがジャズの要素として重要である事を再認識するきっかけになったのもフリージャズのおかげであると思っている。

ブルースの根源は貧しく物がない中 更には自由がない立場にあった黒人が唯一心の叫びまでは自由を奪われなかったという事である。日本の戦後の音楽 歌謡曲も含めこのブルースがつくものが多い 物資がなく制約が多い中 我慢をする事が美徳としてきたその心の叫びを歌で表現するブルースはその時代に合っていたからだと思う。
作詞家も作曲家も戦前、戦中、戦後間もない頃の不自由な時代の人が多かった 諦めによる悲哀と怒りが行き場のない状況のまま爆発したのが昭和の歌謡曲で70年代終り頃までのものがブルース感覚を帯びている。80年代からは物が増え自己中心的な世の中になってきた それに伴い歌謡曲も歌や歌詞は快楽を求めるだけのものになってしまった…同じブルースを歌うにしても時代が違うとこうも違うのかと落胆することが多い。

オーディオで歌謡曲を聴く人は少ない クラッシック、ジャズが大半を占めている。昭和歌謡にあるブルースを表現するには高級なオーディオ装置で心地よさが伴う いわゆるバランスが取れた音は自分的にはあり得ない 時代を経験してきた人、貧しさと死を身近に感じた人でないと本当の歌謡曲再生は難しいと思う。ただし例外はある  歌謡曲と思わないで時代のBGMとして捉えるならば思い出は蘇りその時代の風景の写真として感じられると思っている 現に自分自身の思い出の風景として楽しんでおり音楽としてはみていないのである ゆえにその再生は自由であり制約はない

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80年を過ぎた作品であるのでブルースは感じられない。学生時代彼女が16歳の頃のポスターを下宿先のボロアパートの部屋に貼っていた…冬場こたつはあったが暖房聴器具がなかったので時々ガスコンロで暖をとっていた 銭湯に行く金も惜しんでいたぐらいの時期だった。一応アイドルの立場だが生き方はかなりロックがかっておりファンキーな人である。

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by kurama66644 | 2018-05-26 13:24 | 歌謡曲 | Comments(2)

ひこうき雲

先週久しぶりの土曜日休みに3月いっぱいで閉店してしまう神保町の「いもや」に向かった。  ランチタイムを外し混まない時間帯を選んだのだが驚いた事に長蛇の列…
水道橋から歩き まずはとんかつの「いもや」でかって見た事のない行列に遭遇… こりゃアカンと思いもう少し先の天丼「いもや」に向かうと とんかつ以上に長蛇の列(^_^;)さすが60年近くの歴史に幕を下ろすだけあり最後の「いもや」の味を味わいたいと思う人は沢山いるわけである。
半チャンラーメンのさぶちゃんも閉店し神保町の庶民派のお店がどんどん無くなっていき寂しいものだ。 それでも長い歴史に幕を下ろさないで頑張っている大衆店もある 結局いもやは諦め靖国通り一つ裏にあるラーメン「伊峡」へ行って来た。

実はキタサンこの伊峡は初めての訪問(^_^;) 学生時代から何度か行く機会はあったが又 この次でいいやと思い30年以上経ってしまった(笑) この伊峡も創業50年以上は経つカウンターだけの小さなお店 ラーメン430円なんて他にある?(チェーン店は別として) 半チャンラーメンで630円と大衆的 15時ぐらいに店に入ると誰もいない 店主がアーッやってるからどうぞと引き返すそぶりをみせたキタサンを止めそのままカウンターに着席 半チャンラーメンを頼むとアッという間に出来上がり ラーメンは昔ながらのシナそばといった感じ 小さなメンマ3切れとこれまた小ぶりなチャーシューが1つ ノリが1枚、シンプルである。半チャンのチャーハンも濃い味付けはなくあっさりとしたパラパラチャーハン つまみがあと1つぐらいあればビールが飲みたくなる(笑) 今の凝ったラーメン屋とは一線を画く潔さ 神保町の大衆店の火を消さないでくれよ~!と願いながら靖国通り沿いのユニオンに向かう ちょうど年度末セールを行っていて10%offとの事 アマトールを導入してからクラッシックをやたら聴きたくなる クラッシックのCDを8枚ほどとジャズCD2枚、J-POPアナログとジャズを1枚づつ購入 合計8000円との事 ジャズのちょっとした(有名盤など)オリジナルはこれでは全く買えない…この4年ほど無理をして随分散財したものである 金銭に余裕のある人ならいざしらず馬鹿な事をしたものだ

3月中旬 桜のつぼみが膨らみようやく春が訪れようとしていたがあいにくこの日は冬の気温に逆戻り 三寒四温というやつだ ただ天気が良かったので神保町の駅から水道橋までテクテク歩く 自分の知っている店は殆ど無くなったなぁと考えているともう水道橋 ついでに春日駅まで歩いてしまえと白山通りをひたすら歩く 昔はよく歩いて巣鴨近辺まで歩いた 歩くのは苦でなかったが今は年齢とともに歩く速度も遅くなり多少は苦になってきた。 春日には後楽園があり今は東京ドームシティとなっている 春日方面までくるとそばに東京大学がある 仕事で週一東大にはよく通っていた。東大に行った帰りは決まって右肩が重くなる そこで帰り道近くに小さな神社がありそこでお参りするようになるとこの肩の重みも軽くなった もう10年前の事である(笑) 春日駅に着き地下鉄の入り口を降りようとした時 ふと空を見ると ひこうき雲が真っ青な空のなか太筆の筆跡で描いた如く見事に現れていた。

その日購入したレコードの1枚がこちらである。
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状態の良い盤でありエサ箱の中で捨てられるように置いてあった ちょうど当時の定価と同じプライスの値札がついていたオリジナルなのだろう 持っていたようで持っていなかったアルバム 今 アマトールで聴いている 先ほど見たひこうき雲のように太い筆跡のような音で。

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by kurama66644 | 2018-03-21 09:36 | 歌謡曲 | Comments(8)

レコード大賞

お正月を過ぎてレコード大賞のことを語るのも何だが まだレコード大賞なるものを行っていた事に驚いた。

キタサン宅にはテレビが無いし そもそもレコードブーム復活とはいえ歌手のアルバムってCDやネット配信になっているのに未だ「レコード大賞」って?
何年か前にネットで賞はお金で買われているという記事を見て今はそうなっているのかとガッカリした。審査方法も何だかよく分からないし単純な売り上げ枚数だけで競っても現在の歌謡曲は殆どメガヒットは無い状態で人気や知名度を優先しているのか?

テレビが娯楽だった子供時分 キタサンは歌謡曲が好きでこのレコード大賞も楽しみにしていた。実際はっきり覚えているのが69年「いいじゃないの幸せならば」の佐良直美の時からで司会はこの年から三木鮎郎さんから高橋圭三さんに代わっていたと思う。先に審査方法はよく分からないと書いたが この頃はレコードの売れ行き枚数、人気、知名度、有線のランク、そして重要なのが歌唱力が評価基準にあったと子供ながら感じていた。翌年70年は菅原洋一の「今日でお別れ」そして71年は「また逢う日まで」の尾崎紀世彦が大賞を受賞した。
テレビを見ていて大賞は誰がとる?と父親に言われ 下馬評では「おふくろさん」をヒットさせた森進一が優位であったが自分は尾崎紀世彦と その時は余り知名度は高くなかったが勘で答えた。そうすると1000円かけるか?と言われ 当時の1000円は子供にとって大金であったので躊躇してしまい その賭けには応じなかった(汗) 結果 尾崎が大賞をとり悔しい思いをしたのは懐かしい思い出である(笑) 72年 ちあきなおみの「喝采」73年 五木ひろしの「夜空」74年 森進一の「襟裳岬」75年 布施明「しくらめんのかほり」76年 都はるみ「北の宿から」人気度、歌唱力、知名度と文句が無い人選であった。

自分の中で微妙な変化が起きたのは翌年77年「勝手にしやがれ」で受賞した沢田研二(ジュリー)辺りからである。この時はジュリーはそれほど歌は上手いとは思っていなくて…ただ人気はとてもありテレビでジュリーの姿を見ない日は無いほど勢いは凄かった。グループサウンズ タイガースからソロデビューして年数は経つがレコード大賞は何となく場違いのような気がした。もちろん「ブルーシャトウ」で大賞を受賞したブルーコメッツもGS(グループサウンズ)であったが何となく違和感を覚えていた。

決定的だったのは翌年のピンクレディ「UFO」である。先の沢田研二もピンクレディも今から考えると歌はとても上手くエンターティナーである。単なる歌が上手いだけではなく魅せる歌い手でありスターなのである。ただレコード大賞発足時からの受賞者の傾向といささか変わってきた感じは否めないような気がした。
その後ジュディーオングや八代亜紀、細川たかしなど実力者が受賞するようになってからも見るようになったが87年の近藤正彦、光GENJI以降は自分の中ではレコード大賞は無くなっていた…。 この頃になると歌謡曲よりジャズに傾倒しておりオーディオ装置はなかったが よく生を聴きに行った時代である。歌謡曲の俗の部分がモダンジャズと一致していた事もあり幼稚化した歌謡曲に見切りをつけた時でもあった。歌謡曲の俗の部分は演歌ではまだ見受けられるがリズムが嫌いで余り好まない 情の部分も今の歌手はそれほど実体験とし持っていなく上面だけ真似しているだけで伝わってこない。

あと気づいた事なのだが昔は作詞家、作曲家、歌い手とはっきり分業化していたことだ。作詞 阿久悠、作曲 平尾昌晃、 あるいは松本隆 筒美京平なんてヒットメーカーだったし 今は一人で全部やる事も少なくない 良い面もあるけど それぞれ得て不得手があるから専門は任せておいたほうが結果的には良い作品が出来る事も多かったのではないだろうか。
それとレコード会社の遍歴にも注目が行く 大手レコード会社が圧倒的な力をもっていて日本ビクター、日本コロンビア、キングレコード、テイチクなんて幅を利かせていたが 今は余り聞いた事がないような新興メーカーが多いような…ワーナーやソニーは健在だけどね 音楽産業が娯楽の担い手として大きかったので物量を投じる事が出来る大手会社は予算もあり宣伝が出来たし採算も取れていた。現在右肩下がりになっている音楽業界では安全な道を進んで冒険が出来ない状況だ。

お金を払ってまでソフトを買わない、ネット配信で音楽はただで聴ける(有料が普通なのだが…) お金をかけるならライブに行く。そういう状況ではレコード大賞という存在はもう意味が無いのかもしれない。

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第一回レコード大賞「黒い花びら」で大賞を受賞した水原弘 波乱万丈の一生だったがモダンジャズのアーティストに共通する雅俗の混交を感じさせる。
水原の歌を聴いた後では現代の歌謡曲は幼稚園のお遊戯会の歌にしか聴こえない それだけ大人の歌を表現できる歌謡曲の歌手は少なくなった。

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by kurama66644 | 2018-01-06 09:22 | 歌謡曲 | Comments(2)

日本語の詩(うた)

「五月雨は緑色 恋しくさせたよ一人の午後は」 「夕映えはあんず色 帰り道一人口笛吹いて」

久しぶりに村下孝蔵さんのレコードを聴いた 上記の歌詞は名曲 初恋の中に出てくる一節である。
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村下孝蔵さんは99年に46歳の若さで亡くなった シンガーソングライターで殆どの歌を作詞、作曲しており透き通った声で歌詞をかみ締めながら丁寧に歌う村下孝蔵の世界を作っていた。

キタサンはジャズのインストをメインに聴いてボーカルは聴く頻度は低い つまりメロディやリズム主体に聴いているのだが楽器の音が時として歌声にも聴こえ何かゴニョゴニョ(笑)訴えているようにも感じる時はある 楽器の音=声=言葉として捉えても良いのではないだろうか。 ジャズの場合ボーカルの歌詞は英語だが日本の歌謡曲の場合 当然ながら日本語である 日本人として理解度は日本の歌謡曲の方がニュアンスも含めて分かる。 ジャズの他にこの日本の歌謡曲も好きなのであるがそれはあくまでも昭和歌謡で現代の平成歌謡曲?(そういう呼び名はないのかもしれないが)は殆ど聴くことはない。 和製英語がいたるところに現れ ありきたりのフレーズの使いまわし そして言葉が高速なのである(笑) 速くてついていけない…歳をとったからそう感じるだけなのかもしれないがテンポの速いのはどのジャンルでも昔から存在する つまり早くてもよいのだが伝わらなければ意味がない。

村下さんの書く曲のメロディーラインはとても美しいそして特筆すべきは作詞である。ほぼ日本語だけの詩をつづり自然の情景を織り込む そこに登場人物の思いや感情が入りドラマが出来上がる そう歌の中で映画を観ているかのような感覚を覚える。

この風景が見えてくる曲は昭和歌謡には沢山存在した それは日本語による詩が大いに影響していると思う。そしてその詩の持つ意味や感性を捉える受け手側も対応していないと意味がない。昭和歌謡は子供の頃テレビでリアルタイムで見て、聴いていた ただその時はその詩の意味も分からないで聴いていたと思う そしてこの歳になりそのときに聴いていた昭和歌謡の詩に託された意味も分かるようになり素晴らしさ(遊び心も含めて)を再認識している。

オーディオファイルでこの昭和歌謡を好んで再生する人はあまり見かけない。それは昭和歌謡が オーディオファイルが好きな音像や定位など実は余り必要としないからだと思っている つまり日本語の歌詞を理解できる人であれば その歌詞で音像を超える風景が思い描けるのである だからカセットやミニコンポなどでも十分なのである(と思う…)
詩の世界だけで情景を映し出せる日本語の歌  西洋には無い独特の音楽といってよいのではないだろうか。

個人的に作詞家では岩谷時子さんが好きである。時代を問わずジャンルも歌謡曲だけではなくドラマ主題歌、訳詞と幅広く活躍された 4年前に亡くなられたが戦後の日本歌謡を支えた重要人物であると思う。


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by kurama66644 | 2017-10-08 11:55 | 歌謡曲 | Comments(6)

カムフラージュ

「眠れる森」という確か90年代終わり頃のドラマの主題歌で竹内まりやが歌っている「カムフラージュ」という曲をたまたまユーチューブで見つけた。

この頃はキタサンも家にはテレビがあり(笑) ドラマも含めてよく見ていたのだが懐かしくなり竹内まりやを聴いてみたくなった。
シングルで買う術もあるが この曲が入っているアルバムを探すとこちらの「Bon Appetit!」に収録されているようだ。ネットで探すと中古では200円ぐらいからある…ジャズのオリジナル盤をあれこれ探していた時は これとは2桁は違っていた事も頻繁にあり ものすごく安く感じる(汗) 需要と供給の関係もあると思うが音楽の音の価格とは何だろうと?改めて感じる。まぁネットで購入するより この方の初期の頃のアルバム(アナログ)も聴きたくなり実店舗で選んで購入する事にした。

御茶ノ水と神保町のジャズ館以外のユニオンは超久しぶりだったがさほど時間もかからず見つけすぐ購入する事が出来た。

こちらはCDで2枚組 中古で550円也(安い)
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そして「ラブ・ソングス」という3枚目のアルバム こちらはアナログ(盤質B) 450円也
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早速家に帰りCDから視聴。 いやいや参りました…音圧が高い アルバムは2000年初頭で今から15年以上経っているとはいえキタサンが普段かけている音源が古いせいかそれと比較すると ちょっとうるさい(ファンの方ごめんなさい)音数が多いのですね 昨今のアルバムは… たまらずボリュームを下げて聴く うーん内容的には悪くなく素晴らしい! ただ これラジカセやミニコンポで聴いた方が心地よく聴けるような気がする…。

気を取り直してもう1枚のアナログを聴いてみる。
実はこのアルバム 学生時代リアルタイムで聴いていた。もちろんオーディオ装置なんて無かったのでラジオからエアーチェックしてカセットに録音して聴いていた。
4畳半ぐらいのスペースでファンシーケースぐらいしか調度品は無かったなぁ(笑) トイレ共同 風呂なし、もちろんエアコンなんて夢の又夢 不思議ですね A面1曲目の「FLY AWAY」から「五線紙」まで口ずさむ事が出来るんですね~ 歌詞も覚えている。そしてB面の大好きな「SEPTEMBER」「不思議なピーチパイ」なんかの人気曲もアナログのオリジナルで聴くと新鮮。 そしてこのアルバムレーベルがRCAなんです(竹内まりやの足元にニッパ犬が) なるほど録音が良い ボリュームは普段聴いている音量で全く問題なし バランスが良い。ただし盤質Bなのでプチパチノイズが… この辺はCDとの大きな差である 両面通して聴いてからもちろん盤面クリーニングをしたのは言うまでもない。

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by kurama66644 | 2017-09-24 07:42 | 歌謡曲 | Comments(4)

じゅんこBig3

先日 大量の歌謡曲LPをオークションで落札し 歌謡曲三昧の日々を続けている。

主に70年前後から80年に集中しているが歌謡曲全盛のテレビの時代だったと思う。今でこそ家にはテレビが無いが当時はテレビを見ない日はないぐらい何時間も見ていた(笑)

落札したLPが70枚なので玉石混合で自分が余り興味のないものもあったが これは! という良いアルバムも何枚かあった。
その中の一つが大橋純子のフラッシュと言うアルバムである。
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77年にシンプル・ラブ そして翌年にたそがれマイ・ラブのヒットを飛ばし 人気歌手の仲間入りをはたした大橋純子がアップテンポでビートのきいた(古臭い表現だなぁ~)サファリ・ナイトが収録されているアルバムなのである。

それにしてもこの声量、こんな小さな体でこんな力強い歌声なんてパワフルである(ジャズでいうとジョニーグリフィン並みか…歌じゃなくサックスだけど) とてもじゃないが今の歌手?といえる人の歌はこのアルバムを聴いたあと聴けたものではない。現在の歌手の中でも好きな人いるんですけどね(笑)

流石 キタサン推奨3大じゅんこの一人である。八神純子、山本潤子、そして大橋純子で  じゅんこBig3と命名している。

70枚のLPの中には八神純子の素顔の私が入っていた。こちらは手元に無かったが何度も聴いているアルバムで欲しいと思っていたのでちょうど良かった。
山本潤子はハイファイ・セット時代のアルバムが1枚入っていた、3枚目のアルバムだと思うがラブ・コレクションというタイトルで確か持っていたような気がする?
レコード棚に隠れているかもしれない。

そして大橋純子は先に紹介したフラッシュと言うアルバムの他にGOLREN ANTHOLOGYという80年前後までのヒット曲を集めた2枚組が入っていた。
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歌謡曲は安易にベスト盤やら何々ヒット特集など出す傾向にあるがこちらのアルバムはキタサンの好きなシンプルラブやシルエットロマンス、たそがれマイラブなど名曲が目白押しで聴きごたえがあった。ジャケットにはデジタルマスターリングと書いている、この時代のこの言葉はいかにも音が良いというPRであったと思う。さしずめ今の時代だとハイレゾ音源と同義語であろう。

じょんこBig3は偉大な歌手であるのは間違いないが半世紀後彼女らのアルバム(LPという形で残っているか分からないが)はジャズの名盤と同じようにオリジナルというだけで高価な物になっているだろうか?とちょっと下衆な事を考えてしまった…反省である。

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by kurama66644 | 2017-01-15 08:25 | 歌謡曲 | Comments(2)

歌謡曲大全集

超久しぶりの歌謡曲の話題である。

キタサンはジャズの事を偉そうにブログで書いているが原点は歌謡曲なのである。
子供の頃はテレビっ子で当時は歌謡番組もさかんに放送されていた。前日の食事のメニューも忘れがちの現在であるが不思議と子供の頃(学生時代も含む)聴いていた歌謡曲は記憶に残っており好きな曲などは歌詞も覚えている。

家にはオルガンは置いていたがレコードプレーヤーなどはなく そういう歌謡曲はテレビで見るかラジオで聴くしかすべはなかった。娯楽的なものは余りなかったので自然とテレビで見る歌謡曲を覚えていったのであろう。

先日オークションを眺めていたら昭和歌謡、POPSのアルバム70枚が出品されており 懐かしい歌手のアルバムジャケットなど写っていて無性に聴きたくなり入札してしまった(^_^;) 入札価格は1000円からで一応2000円で入札、正直言って2000円ぐらいでは落札出来ないと思いながら そのまま何日かほったらかしにしていた。
そうすると落札のメールが入り 金額は1000円! そう自分以外誰も入札しなかったのである。

今はジャズのアルバムでオークションを使う事は殆どないが一時期は使っており そのオリジナル盤の高さに辟易しながらも元の音を探求するという情熱がその時はあったので必死になり入札を繰り返していた。ジャズオリジナル盤は全てとは言わないが1000円とは桁が一桁も二桁も違うものが多い。同じオリジナルでも 今回 日本の歌謡曲オリジナル盤ではあるがこの差はいったいなんだろう? 需要と供給の関係もあるが このような状況を見ると 益々ジャズのオリジナルを買おうという意識は薄れてきた。

落札後 2~3日で無事届いたが 流石にジャケットはくたびれているものもあった…問題は盤の方だが殆どが綺麗な状態でありホッとした。盤の反りもなく傷も大方無い、一部汚れが目立つものもあったがクリーナーで落とせばキレイになるものばかりである。だいたいが70年前後からそれ以降(80年ぐらい)のもので日本は諸外国に比べ大事に扱っているのだろう 帯付きのものも結構多かった。

モノラル音源はなくステレオ音源なのでトーレンスのプレーヤーを使う事になる…歌謡曲にトーレンスTD124か…中々これで再生する人いないんじゃないか?
本当は国産のプレーヤーがマッチするのだけど あっケンウッドがあるじゃない! でも針変えるの面倒だからトーレンスでいいや(笑)

70枚もあるから何から聴こう? 内山田洋とクールファイブ、敏いとうとハッピー&ブルー、黒沢明とロスプリモスなどのムード歌謡、大橋純子、麻倉未稀、大貫妙子、門あさ美、八神純子などJ-POP路線、 ピンキーとキラーズ、チェリッシュ、太田裕美、中原めい子、渡辺真知子のテレビ歌謡、 石原裕次郎、小林あきら、加山雄三、多岐川裕美、田宮次郎など俳優路線、 鶴田浩二、水原弘、菅原洋一、布施明の大物歌謡、 山本達彦、ハイファイセット、リリィーのニューミュージックなどなど まだあるぞ…(^_^;)
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暫くは楽しめそうである(笑) 70年代後半を境に録音の質が変わってきた。アナログからデジタル録音に移行して82年にCDの登場。エコーを効かせた独特の雰囲気が70年前後までそれ以降は音は綺麗で音域も広いが何か上滑りな感じ(録音技術は進化してるんですけどね)…良いとされるアルバムも歌い手の上手さなのか録音技術の巧みさなのか判断がしづらい。70年代前後までは完全に歌い手の力量にかかっている だから上手い人でないとレコード化しないし歌手に成れなかった。(※エンターティメントとしてレコードを出したりもしていた)そうレコードを出すって大変な事だった、今のようにスタジオを借りて誰でも?CDを自主製作など簡易的には出来なかった。それだけレコードに関わる人、歌い手も裏方も真剣で失敗は許されない緊張感の中 製作されたものは聴いていて何となく分かる(分かると思う)その雰囲気が80年ぐらいまでのレコードに入っている。

レコード好きの人って その雰囲気を自然と感じ取っているのではないだろうか?
周波数がどうこうS/Nがどうだと数値では測りきれないものがそこに有るような気がするのだが…(←オカルトと思われても構いません(^_^;))

そうは言ってもムード歌謡は昔から殆ど聴いていなかったし…好き嫌いは この中でもある。嫌いな物 どうしよう(^_^;)

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by kurama66644 | 2017-01-11 20:10 | 歌謡曲 | Comments(2)

ハイ・ファイ・ブレンド

最近 ハイ・ファイ・セットに凝っている…。

デビューアルバム「卒業写真」をMinimaで聴くようになって若い時分を思い出した。
一昨年 メンバーの一人でボーカル山本潤子さんの旦那、山本俊彦さんが亡くなったのは残念な事だが彼ら彼女らのハーモニーはアルバムの中では永遠である。

懐かしくなり5枚ほどオークションで手に入れた。その中で自分が愛聴していたのがベストアルバムの「ハイ・ファイ・ブレンド」である。
77年頃の作品だが自分が実際聴いたのは80年代に入ってからカセットで聴いていた。その頃はオーディオ装置なんてものは持っていなく それから更に10年後ぐらいしてようやくミニコンポでCDを聴いていた。
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今こうしてオーディオの事を偉そうに能書き垂れているが このような本格オーディオ?はここ10年ぐらいなので書いている事はかなりいい加減で適当である…。

話はハイ・ファイ・セットに戻るが このベストアルバムはA面「フェアウェル・パーティー」から始まり「海を見ていた午後で」終わる。
B面は なかにし礼が訳詩をつけた「フィーリング」で始まり「卒業写真」で終わり、荒井由美の曲が大半を占めている。ユーミン作品集のカバーといったところであるが 当然ながら?ユーミンより歌の技術は山本潤子さんの方が上である。ただしユーミンの世界はユーミンだけのもので独特の世界があり比較するのも野暮である。

この手の歌謡曲(あるいはニューミュージック※もはや死語?)は相対的にQUADのアンプで聴くのが良かった、真空管アンプも中々かな?現代アンプのオーディオデザインは一番メリハリがありオーディオ的には良いのだが情緒不足である。ただこのアンプ 歪率が極端に少ないのでRCAビンテージスピーカーのように古いスピーカーには一番合っており手放せない。

既に持っていたファーストアルバムの「卒業写真」と今回購入した5枚すべて聴いたが その内の1枚が他の物とは音の雰囲気が違っていた。
その1枚は「I miss you」というアルバムである。
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製作年を見てみると1983年、他のアルバムは全て70年代のもの。ジャズアルバムでも60年代以降と以前では音の作りがかなり違っていたので歌謡曲でも同じことがいえるのかもしれない。要はデジタル録音が本格化したのが70年代後半、そしてCDが出たのが80年初頭から。明らかに80年の作品のi miss youは音はハイファイ調になり音圧も高めで とても鮮明な音がしていた。一聴するとこちらの音の方が綺麗で良い音といえるのかもしれないのだが… まぁ好みは色々あるので何とも言えない?

古いアルバムだが全てオリジナル。ジャケット等 傷んでいるものも多かったが盤自体は結構きれいであった。5枚で1000円もしない… こんな良いアルバムを出品者さんには格安で取引してしまったので申し訳ないと思っている。



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by kurama66644 | 2016-03-08 19:43 | 歌謡曲 | Comments(0)

卒業写真

少し早いが来月は卒業の季節である。卒業といえば そう「卒業写真」を聴きたくなる。

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ハイファイセットのアルバムだがこちらにも卒業写真が収録されている。こちらにもと言ったのは元は荒井由美の「コバルト・アワー」が元祖?であるのでこのような言い方をした。(中古品の価格は改めて不思議であると思う、いづれも店頭のエサ箱に捨てられるように展示していて価格は3桁である…しかもオリジナルで)
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実はこの「卒業写真」を聴きたいが為 プリアンプを元のラックスマンC-06αに一時的に戻した。
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C-06αはフォノイコライザーE-06(α)の対になるプリアンプで2年近く使ってきたが昨年の終わりからアメリカ、そして英国のプリアンプに正ポジションを奪われ控えにまわっていたが再度登場である。3か月振りの登場であるが真空管アンプそしてminimaのスピーカーなど初顔合わせであったが とても自然な音が出るので少し驚いた。
「こんな音してたっけ?」 2年近くじっくり聴いてきたがアメリカと英国のアンプがそれほど色付けが強く、個性的だったのかもしれない。
minimaスピーカーの存在自体が忘れられ音楽に没頭できる心地よさである。特に写真1枚目ハイファイセットの山本順子の透き通る声色に魅入られた。こちらのアルバムはハイファイセットとしてのデビューアルバムである。

C-06αは90年頃バブル期の製品であるのでかなり贅沢な作りになっている、おそらく現在このような作り方をすると当時の何倍も費用が掛かったのではないかと思う。
ボリュームのダイヤルの質感など回していてとても良い感触がする、重厚長大が良しとしていた時代の輝きがあるが時代の流れにより今はもう流行らないであろう。
そしてあちらこちらにガタがきている。パワーアンプへの出力 3系統の内 1系統が片側しか音が出ない、録音時のセレクトダイヤルが取れてしまった(笑) あとは電解コンデンサーが劣化しているかもしれないなど?色々問題点もある。さしあたって音楽を鳴らすのには不都合がないがその内QUADと同じようにメンテナンスに出すかもしれない。

そのQUADのパワーアンプが戻ってきたら同じく対になるプリアンプQUAD44の登場となるので 出番は又少なくなるかもしれないがオーディオに活気があった頃 作られたラックスマンC-06αはキタサンにとってまだまだ現役でいてほしい存在である。

最後は「卒業写真」と関係ない話になってしまった(笑)

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by kurama66644 | 2016-02-26 07:45 | 歌謡曲 | Comments(0)

くちなしの花

渡哲也の「くちなしの花」がヒットしたのはもう40年も前の事だ。中学生だった自分は硬派な渡哲也がこんな甘い歌を歌うのかとテレビの画面を眺めていたのを思い出す。
甘い歌といっても歌詞の意味もよく知らずムーディに歌う姿を見てそう思ったのかもしれない。くちなしの花に別れた女性の姿を想う悲哀の歌なのだが当時はメロディだけ聴いて単に物悲しいと思っていた。

ところで くちなしの花ってどんな花?と思われる方もいるかもしれない。
実は私も くちなしの花はよく知らないでこれまできた(^_^;) たまたまよく行くスーパーでこの「くちなしの花」の植木が売っていた。まだ花は咲いていない状態ではあったが余りにも葉の緑が鮮やかで他に飾ってあった花や植木を圧倒していた。一通り買い物をして出口付近に置かれていたので引き返しておもわず買って帰ってしまった。

この くちなしの語源は果実が熟しても割れない事から「口無し」という説がある。季節的には梅雨から初夏にかけて白い花が咲くようだ。ネットで画像を調べてみたが
そういえば道を歩いていても この花は色々な家庭の庭先などで見かけていたような気がする。とてもきれいな白い花を咲かせるのに艶やかさがないのか周りと同化して目立たないのか控えめな花なのかもしれない。そういう意味で昭和の時代の女性のイメージとして作詞家の水木かおるさんも使ったのかもしれない。

ところでこの歌がヒットした74年頃のヒット曲ベスト10が下記の通りである。リアルタイムで聴いていたキタサンは全て口づさむ事が出来る(笑)
いや!待てよ 4位の天地真理 恋人たちの港は余り記憶にないなぁ~ 恋する夏の日だろう 天地真理は…

1 あなた/小坂明子
2 恋のダイヤル6700/フィンガー5
3 なみだの操/殿さまキングス
4 恋人たちの港/天地真理
5 くちなしの花/渡哲也
6 恋の風車/チェリッシュ
7 赤ちょうちん/かぐや姫
8 ときめき/麻丘めぐみ
9 夜空/五木ひろし
10 襟裳岬/森進一
※注目母に捧げるバラード/海援隊

話は脱線したが買ってきた くちなしの花はまだ花が咲いていない(笑) 喜びを運ぶ 花言葉のくちなしの花。 早く白い花を見たいものである。
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by kurama66644 | 2015-06-26 08:32 | 歌謡曲 | Comments(0)

ジャズは好きです!


by キタサン
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