カテゴリ:ジャズ( 155 )

新宿ユニオン

レコードを買わなくなったので気づかなかったが新宿ジャズ館が移転したらしい…CDとレコードが別々の建物で売られていたのが一つになりさらにはロック系の物も同じ建物内で売られることになった。

御茶ノ水方面はレコードやCDとは別の用事で行くのでたまにJAZZ TOKYOに顔を出すが基本はもう買わない。新宿は若い頃 遊び場でよく行っていた街であったが今は殆ど魅力が無くなり行かなくなった 若い頃から飲みにもよく行ったしPIT INNなどは土曜の昼の部は毎週のように通っていた 夜の部がメインであったが昼でも意外と国内では有名なミュージシャンも出演していた それでも土曜の昼は流石にお客はいなく聴きに行っても自分のために演奏してくれるが如くと錯覚するぐらいである 伊勢丹裏にあったころから通っていたが今の2丁目の方が自分的には好みである。

新宿に再び足を運ぶようになったのはアナログに回帰してからであるから5年前位である。ユニオンにも行ったしハルズさんにも行った しかしちょっとしたジャズのオリジナル等は何度も書いているが高騰してCD感覚(1枚1~2000円以内)でメディアは長年買っていた自分としてはとてもついていけずジャズのオリジナル等は諦めてしまったので新宿も再び行かずじまいであった。

久しぶりに訪れた新宿の街は相変わらず混沌としていた 移転した場所は以前のすぐ近くであったが隣が同業者の山野楽器であり 最近のコンビニの乱立に近いものがあるなぁと思いながら店内を見学 1Fがロック、洋楽の売り場で結構にぎわっていた やはりジャズよりこちらの方がワールドワイドで人気があるのであろう 客層も若い人から年配の人までいい塩梅で散っており店内に飾られているアナーキーなジャケット等が又面白く新鮮でもあった 眺めているだけならこちらも楽しめそうである。
2階が書籍売り場で素通りし3階がジャズ売り場である。階段を上がっていくその壁に数々のジャケットのポスターが飾られている とても良い雰囲気で購買意欲を駆り立てる演出でもある マニアなら大体は分かるジャケットで好きな人がこれを作ったのだろうと想像する 自分ならこのジャケットの方がいいとかこの色合いのものを用意した方が映えるなとか階段の踊り場でしばし妄想…その横を通る人もマニアに違いなくこの気持ちは分かる筈(笑)
そうしてジャズ売り場に着くとCDの棚がかなり高い位置までそびえたっていた。場所を有効的に使うためにそうしたのだろうがちょっと高過ぎのような気がした 地代が高い新宿では仕方がない 沢山の商品を見えるように置くのもドン・キホーテ的で今のトレンドでもある。CDは今回はさーっと眺めるだけで奥のアナログコーナーに行く
中々豊富な品揃えである 御茶ノ水のJAZZ TOKYOにも負けないぐらい充実している 年配の老夫婦がゆっくり盤を眺めている いい雰囲気である 結構若い感じの美女が一人で盤を眺めている めったにない光景である やはりアナログブームなのか?と思いきや 連れの彼氏がいてその付き合いで眺めていただけ(笑) その横ではマニアらしき中年の男性が一心不乱で盤を選別している…あーっあ これが現実なのである 「こらオヤジ リュックは降ろして盤を見ろ 邪魔でしょうがない!」と心の中で叫ぶキタサン… 相変わらずマナーが悪いオヤジがいる そのオヤジはなぜか先ほどの美女のそばに接近する 美女もその気配を感じて彼氏のもとに行く ウーンむ 何とも物悲しい。

たまたまかもしれないのだが今回壁に飾ってある高額オリジナル等は少なかったように思う。マニアが手放さなくなったのか?それともセールの時に放出するように店側で保管しているのかお宝的なものは少なかった。それでも久しぶりに見るアナログの数々 思わず数枚買ってしまった…まぁ久しぶりだから善しとしよう。
実を言うとこちらに行こうと思っていた時からいいものがあれば買うと決めていた ただし予算は1万円! 壁に飾ってあるものは2~数万がざらだしとても買えないがオリジナルに拘らなくなったのでそこそこ買えるはず そして今回購入したものは以下のとおりである。
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ディック・モーガンの3部作の内の1枚「Settin' in」この盤はオリジナルで持っていたが盤質が余りにもひどかったので売却した。CDでも中々出ないアルバムなので再び買い直し ただしwave jazzの再発 1100円である…wave jazzはオリジナルよりややハイファイ調であるが音質的にはとても優れている。

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エサ箱で最初に見たのがバリー・ハリスのレコード棚 ザナドゥー盤でオリジナルが結構な枚数 置いてあった 50,60年代を過ぎた70年代は人気がないのかオリジナルでありながらこちらも1000円 もう1枚同じ盤でシュリンク付の物があったが1700円 盤質が同じB+だったので1000円の物を選択 パウエル派、バップピアノと言われているが熱い50年代を過ぎていささか冷めてしまったのだろうか バリー・ハリスってこんな感じだっけ?録音のせいもあるのかもしれない  リロイ・ウィリアムスのシンバルが少しうるさい感じがする(笑)

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エバンスのこの盤はオリジナルでは今 いくらぐらいするのだろうか? リバーサイドかなり後期の再発盤 盤質も結構プチパチと所々で(;'∀') CDでは飽きるほど聴いたがやはりこちらはレコードの方が良い 日本の再発盤も聴いたことがあるが今回の盤は当たりだと思う ただこのエバンスの流れを汲んだ現代のピアノ エバンス派?を聴きなれている方にはCDの方が優れていると評価するような気がする そうそう価格は1800円也。


これまで合計で3900円まだまだ買えるぞと思いながらエサ箱を探しているとこちらの盤に遭遇。
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お姉さんの胸元がまぶしいコンテンポラリーの名盤「DOUBLE PLAY!」アンドレ・プレビンは今では国際的な有名なクラシック指揮者だがこの頃は西海岸でジャズピアニストとして活躍していた ラス・フリーマンとのタイトル通り ダブルピアノでドラムは名手のシェリー・マン こちらの盤はモノラルのプロモ盤である なんちゃってモノラル再生が好調なケンウッドの廉価版プレーヤーで鳴らすのもありかな と思い盤質もAだし…「まてよ これいくらだ?」とプライスを見る 「6480円」
うーん 若干足が出るなぁ~ でも今夜のビールを発泡酒にしてつまみも1品減らせばジャスト1万で調整出来る いや待てよ これ買わなかったらあと3枚ぐらい買えるよな~と平和な悩みが約10秒間続いた。 結局この4枚を購入 それにしてもプロモ盤とはいえアッチコッチに「NOT FOR SALE」とスタンプを押すなよな~アメリカ人は と嘆くキタサンであった。
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by kurama66644 | 2018-07-22 10:12 | ジャズ | Comments(2)

個人の音楽

何年か前のインタビューで秋吉敏子さんがジャズは個人の音楽でそこがクラシックと大きな違いがあると述べていた。

秋吉さんはジャズの本場アメリカへ単身修行に行き当時のモダンジャズを体現した初めての日本人ジャズミュージシャンである マイルスやコルトレーン、モンクやエリントン、ミンガスなどジャズの巨人たちと共演し日本のジャズ進展に大いに影響を与えた人物でもある。

個人の音楽とは個性の音楽でもあり スタンダートな曲を演奏してもこれはマイルスの音楽、ロリンズの音、ペッパーの叫びなど個人に帰結していく 基本のスコアーはあるが殆どが崩されアドリブで曲そのものが変形し中には原曲の面影も無くなる演奏もある。
曲そのものが受け継がれ様々な指揮者、演奏家達により演じられるクラシックと違い曲より誰が演じたかに重きを置くジャズは1話完結のドラマのようでその場その場一瞬の輝きと儚さがある。
クラシックも同じ曲を同一指揮者で同じオーケストラで行っても人がする事なので多少の違いは出てくるかもしれないがジャズはもう同じ演奏は二度と出来ない

昔から家にはオーディオ装置がなかったので実際演奏を聴きに行くしかなかった。音楽は好きでも嫌いでもなかったのが何故かジャズ演奏は好きで今でも飽きていない 飽きっぽい性格の自分としてはとても珍しい事である。 楽しく面白いから聴きに行っていたのだと思う とても単純な事だ 当時聴いていたミュージシャン自体が面白く個性があったからなのかもしれないし平和になり ある意味無機質になりつつあった時代背景の中 ジャズミュージシャンはその世の中から浮いていたのかもしれない それが自分にはとてもまぶしく輝いていたようにも思える。

オーディオを始めた当初ベテランオーディオマニアの方たちから生(演奏)は聴いていた方が良いと結構言われた 別に自分に対してだけではなく他のオーディオ初心者達や生を余り聴かないオーディオマニア達にもそう言っていた。実を言うととても違和感を覚えていた それは今現在でもそう感じる 生演奏を聴きに行くのは良い事であるが面白く楽しい 自分がそう感じればいいのだがオーディオの音の方が楽しいし良いと思えば無理に行く事は無いと思っている。オーディオ再生に役立つから聴きに行けと言うのはちょっと違うような気がする 演奏を記録した音源は製作者により元の音とは違うようにいじられている そうしてありもしない音に対してそれを生演奏のようにとかリアルな再生とかいって作られた音場や音像を追っかけて違う方向に行っている気がしてならない。逆にベテランの方はその事実が分かっているので生の演奏は聴いておいた方が良いと言っているのだとは思うが…

ひょんなことから始めたオーディオももう11年が過ぎた ちょうど始めた頃は実際の演奏を聴いてきたジャズミュージシャンが次々と鬼籍に入っていた頃である 聴いていたアルバムも最初の頃は引き続きCDが多かったがそのうちアナログに変わってきた 個人の音楽としてのジャズのアルバムは希少価値の高い物は高価であり手に入りにくいのも個人の音楽ゆえであるので最近は納得しつつある。

年単位では半年に一回位の割合でしか演奏を聴きに行かなくなった…国内外でも中々面白い人、食指をそそられるジャズミュージシャンは自分の中では少なくなった。
時代が無機質になりとても冷めてしまったので人も同じような感じになってきたせいもあるのかもしれない そういう中 オーディオで再生する音楽が結構楽しくなってきた ジャズはジャズとしてではなく歌謡曲と同様大衆の音楽としてボーっと聴いている マニアがお金をかけて部屋だ機器だ電源だと投資しまくるのとは真逆な方向で進んでいる。

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58年のハーレムでの奇跡のショット ジャズを作ってきた人が57人(実際は58人)集まった集合写真である。今 生きているのはソニー・ロリンズとベニー・ゴルソンの2人だけになった…自分にとってジャズは個人の音楽から故人の音楽になりつつある。

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by kurama66644 | 2018-07-16 13:10 | ジャズ | Comments(0)

大野雄二を聴く

大野雄二と言えばルパン3世を思い出す そうルパン3世の音楽は大野雄二の印象が強いがこの人は れっきとしたジャズピアニストなのである。

ルパン3世は60年代後半の漫画であるがアニメ化されテレビ放映されたのが70年代初頭である。この頃は大人向けのアニメとしていたので視聴率も低かったようだがその後子供向け画風や表現に替え徐々に人気を博したようだ 

キタサン自体 ルパン3世のアニメにはそれほど思い入れはないが(リアルタイムでは見ていた)大野雄二の曲に関しては結構惹かれるものがあった。
その中でも日テレ系で70年代後半に放映されていた「大追跡」のテーマーが印象に残っている。主演は加山雄三、藤竜也、沖雅也、長谷直美、柴田恭兵が扮する5人の刑事 遊撃捜査班の活躍するアクションドラマである ナレーターは森山周一郎であった。藤竜也はこの後 プロハンターやベイシティ刑事などの同系統の路線に進んでいく、柴田恭兵は確かこの番組が連ドラ初出演だったと思う、このメンバーの中で加山雄三が少し浮いていた感じはあった あの若大将のさわやかな印象があったのに強面の刑事役にはマッチしていなかったと今でも思っている(笑) 

この頃は刑事ドラマが多かった そして勧善懲悪が徹底されていたので悪者の配役は見ていてすぐわかった(笑) 八名信夫、阿藤海、川合伸旺、丹古母鬼馬二、片桐竜次…等々名悪役に徹していた こういうアクの強い人ほど普段はまじめで気さくな人が多い 実際会ってみるとそのギャップに驚かされるものである。
火曜の夜9時からの番組で視聴率としては15%平均 当時としては御の字であったと思う テレビ全盛時代で化け物視聴率番組が乱立する中まぁまぁの成績であったがこの番組の続編は無い 元々大都会というこれまた人気番組の間を埋める為に作られた事と配役のスケジュール等が合わなかったのであろう 残念である。
その後放映された大激闘マッドポリスもまた面白く こちらも大野雄二作のテーマーが軽快に展開する。

大野雄二を聴くと言いながら昔の懐かしテレビドラマの解説のようになってしまったが映画音楽「人間の証明」「野生の証明」などの音楽も担当している。

以前お伺いしたジャズ床屋さんでのJBL4343などの大型スピーカーではこの手の音楽は楽しく聴けるはず どうもキタサン宅のアマトールでは消化不良だ(;´・ω・)

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大野雄二が手掛けた名曲が沢山入っているCDベスト盤 買おう買おうと思いながらようやく購入した…(;'∀')

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by kurama66644 | 2018-07-01 08:49 | ジャズ | Comments(2)

肉体としてのジャズ

最近は昔の(60~70年代)ジャズ評論、批評を読むことが多くなってきた。その時代は実際自分も生きていたがジャズには無縁でありその当時の人はどういう感覚でジャズを聴いていたのか興味がある そういう中で 中平卓馬さんの「肉体としてのジャズ」が中々面白かった。

中平さんは肉体が本来持っていたエロス(笑)ー無限定な性の発散、暴力、歌、踊りといったものは個体内部に於いては抑圧され、ひきのばされ、こまぎれにされてしまった、そしてその代わりにそれぞれの専門分野が出来 中性化されてしまった それを眺めるもの鑑賞するものと化して欲望の代償行為として受け入られる。と述べている。
何やら難しい事を言っているが結局は自らの肉体を使っていなく代わりを求めているので肉体自体は喪失している 空っぽであるという事なのだろう。
そうなると今の時代はさらに代償行為を求めてばかりいるのでその空っぽさは大きくなって身体は単なる「精神の容器」といってもよいような気がする。

「ジャズは文化であり芸術としてもてはやされるようになった」(この時代でもそうであったのか?)と中平さんは続けている「ただし聴衆を聴き手、奏者を演奏者と化した姿ではジャズが本当に幸福かどうかわからない ジャズが芸術としてに地歩を固めれば固めるほど演奏者と聴衆との距離は離れていく それは本来のジャズからその本質的な肉体性を失わせることになるのではないだろうか」
これまた難しそうなことを言っている(-_-;)昔の人は理屈っぽい事を話すのが好きなのか? でも何となく分かる気もする。演奏者と聴衆と区分することで肉体的にも精神的にも中身が薄れていくような感じにはなる 演奏という専門の分野が出来それが本来なら自らの肉体を使ってやるのが道理であるのに代わりに行ってもらい自分は聴衆として見て聴いている分には感動はするがその度合いは減るんだろうな~

昔 レイ・ブライアントというピアニストが演奏を始める前にキタサンとその友人の隣で演奏仲間と知人かナンパしたのか知らないが何人かの若い女性達とワイワイ騒いでいた姿を思い出す。
キタサンも最初はそれがレイ・ブライアントとは知らなく陽気な外国人のオッサンかと思っていたのだが演奏開始時間になるとスクッと立ち上がり演台のピアノの方に向かった時はカッコよかった~。実際の演奏よりバカ騒ぎしていた姿の方にジャズを感じた その後レイ・ブライアントのCDを何枚か購入しミニコンポで家で聴いたが普通だった(笑) それから20年後に生意気にもオーディオ装置なるものを揃えてジャズを聴いているが演奏者と聴衆の関係のジャズはジャズではなく普通の音楽である。かろうじてその当時 演奏していた奏者の指使い、汗、体の動き等思い出しながら「肉体としてのジャズ」を想起し普通の音楽と化したジャズを今ではのんびり聴いている。
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レイ・ブライアントのLPは現在これしか持っていない。オスカー・ピーターソンの代役として予想外の喝采を受けたこちらのライブアルバム 地味だったレイ・ブライアントが脚光を浴びるきっかけとなったアルバムである。72年というモダンジャズにとっては中途半端な年代である それゆえCDと同じぐらいの価格で手に入る名盤である。コンサートやライブではサインを貰わない代わりに握手してもらうことにしている、レイの手はそれほど大きくない印象であったがとてもふくよかな感触であったのは今でも覚えている。

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by kurama66644 | 2018-06-23 09:22 | ジャズ | Comments(0)

名も知らぬピアニスト

レコードを買わなくなったがCDは時々買う 横着してアマゾンなどで単品買いするがやはり店頭で実物を見て買うのがシックリくる 何よりもこんな小さなものをわざわざ大掛かりな梱包で宅配の方に持ってきてもらうのは申し訳ない気がしている 僻地でお店がないとか自分自身 体が動かないというわけではないのに…更には送料が無料というのはどこかにしわ寄せがいっているはず 久しぶりにお店の様子を見に御茶ノ水のユニオンに行ってきた。

配信ダウンロード、ストリーミングが流行りの中 店頭には結構人が多かった 形あるCDやレコードは日本ではまだまだ需要がありそうだ しかし売り上げ的には右肩下がり一部のマニアや愛好家が欲しているだけなのかもしれない…
いつもの癖でまずはレコード棚を覗く 壁にある7~8万のレコードは殆ど見向きもされない様子 それに混じり6~8千円程度の盤も飾ってあった。以前のキタサンなら6~8千円で盤質が良ければゲットしていたがもう食指が動かない 感覚的にソフトでこの価格自体「高価」と感じ ようやく普通の感覚に戻りつつあると思いながらCD棚を覗く ユニオンさんも昔の米国ジャズだけではなく現代のヨーロッパ、南米、中近東と面白そうなジャズのアーティストを探し 販促していると感心するがどうもピーンと来るものがない それでも2枚ほど購入してきた。

1枚目はオランダ出身ヴォーカリスト シスビー・フォスの2012年作「UNDER YOUR SPELL」
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とても自然な歌声で冒頭のShanbhai Bluesのアレンジの面白さ、2曲目のUnder Your Spell こちらもオリジナルだがストリングスと相まってとても美しい、リンダ・ロンシュタットのストリングス3部作をややポップス調にした感じで好ましい。税込みで3000円を超すが下手なアナログより価格的にもこちらの方がいい。


2枚目はスティープル・チェイス盤のリマスター版 62,64年録音の「CRY ME A RIVER」
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ご存じ渡欧したデクスター・ゴードンのライブレコーディングである ブルーノート等で聴きつくした感があるデクスターであるが個人的にクライ・ミー・リバーを吹くデクスターに惹かれて購入。ライナーノーツを眺めていると知らないピアニストの名が…アトリ・ビョルン?  どうやら地元(デンマーク)のピアニストのようである。
地元では有名らしいがこの時代のヨーロッパジャズはまだまだアメリカを追っかけていた感があるので対外的にも殆ど知られていない 無名の存在である。
デクスターのサックスは相変わらずだがこちらは何とも言えない哀愁をもったピアノである。微妙なスイング感の中に愁いをもったトーン アメリカ人じゃ出ない音色 と彼の弾くピアノにしばし心を奪われてしまった。

デクスターもそうだが渡欧したケニー・ドリューなんかも徐々にだがジャズではなくヨーロッパの「音楽」に変貌しつつあったように思う。アメリカ本土でもヨーロッパ音楽の影響を受けアドリブすら定型化してしまった節があるのでましてやヨーロッパの大地に触れた時からはその勢いは加速していったように思う。

会場で実際生演奏を聴くのとは違い 自宅でその熱気や汗を感じないオーディオ装置を介して聴くにはこの「音楽」と化したジャズを聴くにはちょうど良いのかもしれないなぁとこの無名ピアニスト「アトリ・ビョルン」を聴いて感じてしまった。そうオーディオではジャズは体感出来ないと改めて感じている今日この頃である。

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by kurama66644 | 2018-06-06 10:18 | ジャズ | Comments(0)

ジャズ喫茶の徒花

キタサンがジャズ喫茶に通っていたのが80年代からなので生粋のジャズ喫茶通いの団塊の世代からは若干遅めのスタートになる。
そもそもジャズに興味が無く歌謡曲の方が好みであったのがベースをやっていた友人から誘われジャズの味を知ることになる。最初は誘われてもいやいや付き合っていたが自分から行くようになったのが80年代終り頃でジャズ喫茶もだいぶ廃れた頃であった。

この頃はもうジャズ喫茶なんて流行っていなくジャズもひと昔のジャズではなくなっていた。今更ジャズ喫茶なんて商売としてもやっていけないのは明白な時であった それでもジャズ喫茶は時々通っていたがそれより生演奏のライブの方が面白かった。そうまだモダンジャズを築いた国内外の巨匠達が生きていたからそちらの方に行くことが多かったのである。

2000年を過ぎた頃 ジャズ喫茶は益々減っていた…モダンジャズの基礎を築いた人達も鬼籍に入り自分も演奏を聴きに行く機会も減ってきた そういう中2007年 新百合ヶ丘に近い場所でジャズ喫茶「LOST AND FOUND 」がオープンした。店主が女性ということも話題になった キタサンが気になったのはこの店名で いわゆる空港や駅にある忘れ物預かり所なる意味でもあるが 好きなテナーサックス奏者のクリフォード・ジョーダンもこれと同じタイトルの曲を作っている事と この女性店主が「忘れかけた物事を思い起こしてみませんか?」という思いで好きなオーディオとジャズを聴くお店を脱サラ?してまで作ったという意気に感ずるところが見えたからである。

ジャズ喫茶は長く通っていたとはいえオーディオの事は相変わらず疎く ようやくこの頃から自宅にオーディオ機器が揃うようになった。自宅からは結構遠いところであったがオープンしてからようやく1年後位にお伺いしたが最寄りの駅から歩いて20~30分ぐらいあり交通の便でも不便な場所にあった。これは家賃の問題もあり経費を抑えているので仕方がないとも思いつつ ようやく着いて中に入ると大きなホーンスピーカーがあり機材は詳しくわからないが(結構高額機器類だと思う)カリモクの黒い椅子が印象的でジャズ喫茶に似合わない?とても座り心地が良かったのを覚えている。珈琲にチョコレートがついてきたのも普通のジャズ喫茶にはないサービスで色々考えているのだろうなぁと素直な感想。ただし交通の便が悪い事や珈琲の値段もそれほど高くなかったようなので採算割れするのでは?とちょっと不安になった…。 二人ぐらい先客がおり一人は女性店主と軽く話していた もう一人は目をつむりじっくりジャズを聴いていたようだ。キタサンも余り店内をジロジロみるのも悪いと思い かかっている曲を黙って聴いていた。実はその時かかっていた曲というかアルバムは聴いたことがないようなものばかりで この女性店主 かなりマニアックな人で収集家なのかとも思ったが気軽に話しかけられる雰囲気でもなかったのでその辺りの事は聞かず1時間ぐらい滞在し帰りはバスで駅まで行った。

その後このジャズ喫茶には一度も行っていないがインターネット上でこの喫茶店の悪口が結構聞かれるようになった。おそらく叩くのは古株のジャズファンやジャズ喫茶ファンないしは関係者、オーディオ関係者ではないのかと想像する。女性店主も独自のオーディオに対する考え、ジャズに対する思いがあるのだろうが周りがあーでもないこーでもないと要らぬお節介をやく それに対してスルーすればよいのに女性店主も反論する そうして今でいう炎上という構図になっていたような気がする。 オーディオの事はその当時全然分からなかったので(今でも対して分からないが)そのジャズ喫茶の音が良いのか悪いのかも判断出来なかったがとても居心地が良かったのは確かであった かかっていた曲は決してBGM的なノリのものではなくハードっぽいのもあり個人的には好みでもあった。 それから3年後閉店のお知らせをお店のホームページで見た。せっかく好きなジャズとオーディオに囲まれ商売できたのに第三者が色々と意見(難癖も含まれる)を言って苦悩する日が続いていたのだろう 今はおそらく個人的な趣味として平穏に過ごされていると思う 徒花ではなく季節の美しい花に囲まれながら…。

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本文のジャズ喫茶とは何の関係もないジョージ・セルのチャイコフスキー クリーヴランド管弦楽団による演奏である。この演奏の雲行き感が何となくジャズ喫茶「LOST AND FOUND 」に初めて行った日に近かったので久しぶりに聴いてみたのだが やはり重苦しかった(;'∀')
 
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by kurama66644 | 2018-05-04 09:30 | ジャズ | Comments(0)

MJQ

MJQのメンバーはもういない ドラムのコニー・ケイが94年に亡くなった時 事実上MJQは解散した。それまでも解散と結成を繰り返していたがメンバーがいなくなりそれも不可能になった。コニー・ケイが亡くなってからメンバーの一人であるヴァイブのミルト・ジャクソンはカルテットで来日し その演奏を聴きに行った。
演奏が終わってメンバーが引き揚げ たまたま自分も帰り際にミルトと会う事が出来思わず「ナイス タッチ」と声をかけると「ドウモ アリガトウ」と片言の日本語で返してくれた そうして握手をしてもらったのはよい思い出である。ミルトが亡くなったのは99年 最後の演奏を聴いてからだからもう20年以上経つ…

自分の年代、世代がモダンジャズの巨匠、ベテラン、レジェンドなど色々呼ばれ方はあるが直接演奏を聴く事が出来た最後の世代かと思う。80~90年代終わりまで彼らはまだ活動していた もちろん全盛期は過ぎていたがその円熟した演奏は健在であった 自分の家にはオーディオ装置が無かったのでそれならば直接聴いたほうがいいという事で聴きに行くことを主体としていたので本当にラッキーであったと思っている。

MJQの話に戻すがもうひとつのMJQも2回ほど聴いた事がある。それはマンハッタン ジャズ クィンテット そうアルファベットでは同じMJQである。
デビッド・マシューズを中心とした凄腕の5人組である。  今でこそ大ベテランの域でそれこそレジェンドと呼ばれているようだが その結成した当時は まがいもののジャズと自分の中では思っていた。スタジオミュージシャン上がりの演奏とちょっと馬鹿にして聴いていた節がある 綺麗で正確な音、暗さは少ない いやに気取ったジャズだと思っていたが 先日ユーミンのひこうき雲のアルバムとともにこのMJQの84年アルバムを何気に購入した 当時2800円、今売価が500円! 普通の中古だとこういう価格になる これが正当な感覚 それなのに云万円も半世紀前のオリジナル等はしてしまうのは本当に馬鹿げていると改めて思う。
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500円の中古のオリジナル しかしアマトールで聴くそれはとても素晴らしい音楽で感激してしまった。スタンダードのバップ曲はいささかチープな感じで深みはないが幻想の音楽として捉えると感慨深いものがある。確かこの年のスィングジャーナル金賞を取った作品でもあるので納得である ただ不思議な事にモダンジャズカルテット(旧MJQ)での生演奏とレコードではかなり違いがあるのにこの新MJQ(マンハッタン ジャズ クィンテット)では生とレコードの演奏にさほど違いはない。

録音技術が発達したのかそのエンジニアの感性が変わったのか それとも機材のせいかリアルに近いものは多くなってきた。今後益々その傾向は続くであろう 実を言うとその事が良い事であるのかちょっと分からない…なんというか達成感の違い 何でも簡単に手に入りお手軽に出来ると逆にしっぺ返しを食らい大切なものを見落としてしまうような気がしている。

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by kurama66644 | 2018-03-31 09:42 | ジャズ | Comments(0)

布団部屋で聴く愛聴盤

久しぶりのジャズの話題である… そもそもタイトルが「サウンド・オブ・ジャズ」なのにオーディオの話ばかりの今日この頃。
アルバムを買わなくなったのも一因あるかな? モダンジャズのアーティストも殆ど鬼籍に入り かといって新しい人を聴いても中々心に来ない ジャズそのものを演奏する人も(ジャンルとして一応ジャズ音楽は演奏するが)減ってきたので尚更である。参加しているオーディオコミュも機械やアクセサリーの話題が多く音楽特にジャズの話題は殆ど無くなった クラッシックに精通している人が何人か音楽の話題を出すがそれも限られている オーディオコミュだから仕方がないかもね  昨年から映像関係(AV)の話題も多くなったきたようだ。今テレビは無いから却ってこの映像関係は面白そうと思っている ただしこりゃ金がかかり過ぎ…ちょっと手が出ない(^_^;)
変わった人もコミュの中には多いから記事を書くのも もう止めている…コメントも少しはしていたけど そのコメントにすら揚げ足とりなやり取りが散見するようになり益々敬遠状態 とここまでは愚痴であり スルーして下さい。(前もこんな事書いてなかったけ?)

本題はここから 我が布団部屋でのオーディオはアナログの再発盤再生がメインである。あれほどオリジナルに凝っていた?のに再発盤なのか…オーディオ的な表現が余り出来ない部屋でありいわゆる音場や定位、奥行き、広さなどマニアであれば真剣に調整するであろう要素がない再生なのである そうすると何が見えるかというと(聴こえるか)音楽の言葉が分かりやすい事である そうであれば別にオリジナルでしか聞こえない音が入っていようがいまいがそれほど関係がない 演奏者や楽器の声が聞こえてくるだけのいたってシンプルなもの 意外と音楽の本質の様なものが見えて(聴こえて)楽しいものである。そこでよく聴くジャズアルバムを5枚ほどご紹介(ようやくここからジャズの話)
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男一匹 孤高の人 JR.モンテローズの1枚 多作家でないモンテローズではあるが共演盤も含め 出来上り作品は良い物が多いように思う。ミンガスやドーハム、ウォリントンなど渋めの人との共演も寡黙な人と言う印象を持ってしまう。一度このオリジナルをユニオンで購入する現場を目撃した事がある その時 こちらはオリジナルに狂っていた時で確か大枚2万円でどれか有名盤のオリジナルを購入 その後に店員が明らかにほくそ笑んで接客したのがこちらのオリジナルを10万で購入した客に対してである。
同じオリジナルでもランクが違うのか とその日は落ち込んでしまった。一般人からすると2万でも「えっ?」という感覚であろう それが10万となると…恐ろしい。

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ジャズファンなら誰しも聴いた事がある有名盤 これはアナログプロダクションの重量盤 このオリジナルは聴いた事はあるが今ではCD等リマスターしたもので良い物も沢山出ている 個人的にはもう何が良くて何が悪いのかグッチャグチャになってしまって わけが分からない盤としての位置付け。 でも演奏をロクに聴いていない観客の中でやけくそ気味に弾いているエバンスと薬漬け状態で直前にギャラの事でもめたラファロのブンブンベースがジャズっぽい。地下鉄の通る音が聴こえる、グラスの音がどうのこうのと リアルですね~など言ってこのアルバムを聴いている人が殆どである。リマスターする度に音が綺麗になりリアルになる あとは高音質盤などが出る度 逆にジャズはどんどん無くなっていく リアルになったのは音だけで中身は俗の部分が減り雅ばかり目立ってしまっている そういう思いで聴いている。

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以前水道橋のトニーレコードで購入した アルゼンチンジャズ スイングしないジャズだが不思議なノリで結構楽しい。これはもちろん再発盤 オリジナルの相場はよく分からない B面最後の「枯葉」の表現は独特である。 そもそもアルゼンチンってタンゴじゃないの?


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西海岸の名門パシフィックレコード カーメル・ジョーンズはバップというより中間派のトランペット奏者の気がしないでもない。ハロルド・ランドのサックスと共にいい味出しているアルバム。これは確かオリジナルは持っていたような気がするが でもこちらの再発の方が傷んでいないので聴きやすい 布団部屋のシステムではこちらで十分楽しめる 61年モノラル。


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大編成は余り好きではないがこのアルバムは別。名ベーシスト サム・ジョーンズのオーケストラ キタサンの好きなスターが目白押し CDを最初に聴いた時からいつかは このアナログが欲しいと思っていた。その割には未だにオリジナルは持っていない(笑) でもこれで十分のような気がする。リバーサイドもオリジナルは高騰して買う気になれない。 小さなフルレンジで大編成物を聴いても 迫力無し! それでもこのアルバムのエッセンスは聴きとれる アルテックやJBLで聴くだけがジャズではない(聴いてもいいけど…)

とまぁ相変わらずの品性のない文章 素が俗の人間なんでお上品な事は書けない あしからず。 でも品のある音は好みである…

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by kurama66644 | 2018-02-25 10:23 | ジャズ | Comments(0)

この音!

予定通り?年末最終日のユニオンのセールに2年ぶりに行って来た。といっても整理券を貰って開店前に並ぶあの争奪戦の地獄絵図はもう味わいたくないので午後2時ぐらいの時間に訪問。店内はすっかり落ち着いていた ちょうど2時位までがタイムセールで割引(15%だったか20%だったか?)終了のアナウンスをしていた。元よりお金が無いのでせいぜい1枚か2枚いいのがあれば買うぐらいの気持ちでいたので売れ残りをじっくり見ていた。マニアらしき人が何人か残っていて念入りにエサ箱を探していたが すでに人気の盤などは売れていた様子であった。

壁には高価な盤がまだ残っていたが同時に有名盤の復刻盤も飾っており値段的には3~5千円位のプライスである。しかしマニアはそれらには余り目を向けずエサ箱に集中している そう復刻盤は中身もそうだがジャケットの色使い等明らかにオリジナルと違い いかにもコピーを繰り返した面持ちでそれからして食指が動かない もちろん新品できれいなのだが正直言って一部を除いて買う気にはなれない。

その中に有名盤の復刻盤でウォルター・ビショップJrの「スピーク・ロウ」が飾ってあり値段は4200円ぐらいであった。この盤はピアノトリオでベースのジミー・ギャリソンのベース音に注目がいく盤でオリジナルを探していた時期 確かネットで350,000円ぐらいで落札され驚いた記憶がある その後時々オークションでも見かけるが6桁は軽くいくトンでもない価格のものである。CDではもちろん所有していたが部屋や装置の関係かベースの音が強調されうるさいだけで上手く再生出来なく 自分にとっては敬遠していたアルバムでもある アナログに回帰した時もこの再発盤を持っていたがCDと同様上手く鳴らせなくその後売却した。

そんな事を思い出しながら又 エサ箱を探すと今回のセール品の中に「スピーク・ロウ」が混ざっていた…もちろんオリジナルではない オリジナルだとおそらく壁の一等地に(そんな場所があるのか分からないが)飾ってあるはず。そうこれは2009年にユニオンで限定発売された復刻盤である サブタイトルに「この音!今までのスピーク ロウは何だったんだ」by寺島靖国 と書かれている。解説はジャズ評論家の原田和典さんで 可能な限りジャケットやレーベル面もオリジナルに忠実に、マスターテープから正確にカッティングなどかなり力を入れている文言が書かれている。ジャケットも中々いい感じで盤も重量盤らしくずっしりとしている 価格を見ると「5400円」?これ定価は3990円なのに中古の復刻盤が高くなっている…壁に飾っている新規の復刻盤より高いぞ~ということは貴重盤になっているのか?キタサンのポリシーとしてオリジナルに関しては当時の定価より高いものは買うのは止めている しかもオリジナルではない復刻盤が2009年時より高いなんて当然買わない!と決めていたが…一応検盤だけでも そうすると1本の傷のような線が盤を横断している…音に影響があるか視聴すると問題は無い 結局 買ってしまった(汗)タイムセールの時間が過ぎたとはいえ10%オフなんですって(笑) まぁお正月だしたまには贅沢してもねぇ。

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しかし上手く出来ているもんだ…センターレーベルに溝はあるし ジャケットのビニールや帯を取ると色合いは本物にかなり近い感じがする(※本物は見た事がないのであくまでも想像)アルバムは61年のものだからこの時期はまだ凸版印刷で作られた物もある 現在は殆どオフセット印刷になっているが文字の輪郭等はオフセットの方がハッキリしているが黒文字などのインクの濃度が凸版に比べ薄い こういうところでもオリジナルと後年出された再発のジャケットは雰囲気が違ってくる。

帰宅し視聴はQUADとDualのプレーヤーで行った。M44-7のシュアーのステレオ針を使用 モノラル音源だが復刻盤なので1ミルのモノラル針は敢えて使わず(当時のモノラルカッティングマシンではなくステレオカッティングマシンを使用の為)やはりというか低域 ベースの音を少し強調し過ぎか?大型のスピーカー、広い部屋などを使っている方は大いに楽しめる?かもしれないがキタサンシステムでは部屋の関係もありちょっと過剰に聴こえる。そこは昔のアンプQUAD44だけにBASSやTILTという独自の音質調整機能を上手く使い聴きやすく出来た。 このアルバムの肝はベースとよく言われるがキタサン的にはリズムと速度だと思う 昨今のピアノトリオはスピード、早弾きで視聴者の気を引く 時折バラード等でスローに弾くがこのアルバムは終始ゆったりとして全体的におおらかな印象だ そういう中 加速したり減速をしたりアルバム内の曲に変化をもたらしている。この手のアルバムは中々あるようでないものである 音だけに気をとられベース音をどう再生するかという事に腐心しているとその部分を見落としがちである。

それにしても350,000円で買う人ってどういう人なんだろう?機器類やケーブル類に何千万と使っている人なのか コツコツと貯めたお金をここぞとばかりにつぎ込んだ人なのか 価値観は人それぞれだが どういう人なのか会ってみたい気もする…(ちょっと怖いかも)



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by kurama66644 | 2018-01-03 10:35 | ジャズ | Comments(2)

オリジナルと再発盤

明けましておめでとうございます。
基本的に連休は殆どないのだが3日まで休みと人並みの連休を満喫しているキタサンであります。

新年1発目は前回の記事「オリジナルと私」の続編でもある。CDを聴いていた時もオリジナルの存在自体知っていたが興味はわかなかった 一応アナログプレーヤーは持ってはいたが同じ内容が入っているソフトにそれほど違いはあるとは思っていなかったからである。音がちゃんと出ていればそれで十分であり音質は機器の性能がものをいうものと思っていた。

オーディオを始めて5年ぐらい経ってからオフ会を行うようになりその時初めて同じCDでも機器の違い(セッティングなども含め)により自宅では聴こえない音や音楽のニュアンスなど変わっている事が分かった。ただ単に長い間?ボーっとしてしか(笑)聴いていなかったのでその時の衝撃は忘れられない そしてオフ会も続けるようになった。

続ける中で聴こえなかった音が聴こえる、高域が伸びる、低音がハッキリ聴こえる…などオーディオ目線で捉え 好きで聴いていたジャズをジャズとして捉えなくなってきた。そもそも今まで聴いていたCDの音を基準にしてあれやこれや言っても元の音源がどういうものか知らないと他人宅で聴いていた音も本物?かどうか分からないような気もしたのであった。

3年ぐらいオリジナルと再発盤の聴き比べをしたことは前回述べたが再発盤のほうが自分の好みだった盤もそこそこあった。それは年代の古い物ほどそうであった アナログ盤の当時のRIAAカーブを採用していたか微妙な盤、50年代のモノラル盤などである。それらの再発盤は作成された時期やエンジニア等もオリジナル時と違う 再生する自身の環境もフォノイコライザーやアンプが当時の録音状況とも違うだろうしスピーカーも然りである それらは自分の再生技術もそうだが時代とのアンマッチがそうさせているような気もする。音自体それほど違いはないのかもしれないがその時代のにおいや雰囲気、空気感のようなものが装置、メディアのパッケージ、なにより自分自身がその時代の状況的なものを知って、感じていないと音楽は体に入ってこないような気がする。

その時代の音源を時代に合わせた装置で聴く それを実践している人を何人か知っている すごい事であり徹底していると思う。オーディオ再生に正解はあるのかどうか現時点で分からないが これはひとつの正解であるとも個人的には思う。しかし自分には出来ない…オーディオは結構面白いがそこまでの情熱は無いし もっと一般大衆が普通にやる趣味であると思っている、結局貧乏性で昔からラジカセやミニコンポで気軽に聴いていた不真面目さがあり現在でも変わらないという事であろう。

休みの日はアンプをQUADとDualのアナログプレーヤーに切り替えて聴いている そして再発盤を楽しむ事も多い。50~60年代のジャズを主に聴いているが50年代はまだ生きていなかった…60年代の時代からは肌感覚で分かる たとえオリジナルが50年、60年の時代に発売されたもので70年、80年代に再発された盤でも時代背景やその時代を生きていた感覚は持っている。再発盤とオリジナルの音の違いはあるし どちらが優れているのかいないのか それは先に述べたように時代に合わせた機器等の選択使いこなし 再発当時の技術面、エンジニア等での違いも出てくるので一概には言えない。

時代の音を聴くオーディオのスタイルは懐古主義と捉えられかねない。しかし古い音楽ではなく現在の音楽にも時代は存在する そして現在の音楽は敢えてオーディオで聴く必要は無いと思っている 普通に(生演奏を)聴きに行けば済む事である(場所や経済的な理由で聴きにいけない場合も当然あるが) そういう意味で自分が生きてきた時代の音楽は肌感覚でシックリくる 更に自分の好みのジャンル(ジャズや歌謡曲、当時のアニメ、CM、映画音楽)においては尚更である。

オリジナルも再発盤も中身は同じ演奏の録音である しかしそれぞれ製作された時代の技術、製作者、背景が違うのでニュアンスも違っている。オリジナルも素敵な盤は多いが再発盤も その再発された時期の時代の音を聴ける。オリジナルの音と再発盤の音は確かに違うが その時代の音として捉えるとどちらも楽しんで聴くことは出来る。…と楽しんで聴けるのだが最初期の音源は作られた方々の思いが再発盤とは異なる その思いを感じたくオリジナルを買う自分がいる。

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休みの日はこの装置で聴いている。さしずめ形は古いが高級(安価ではあるが)ミニコンポという感じでもある(汗)オリジナルでも再発盤でも楽しんで聴けるのには間違いがない。CDやPCオーディオとは明らかに違う その時代を鳴らす装置には再発盤かオリジナルかどうかの区別もあまり意味をなさない 時代の音にはマッチするが時代が違う音源は寂しい鳴り方をするような気がした。(QUAD44 84年頃、 QUAD405 80年前後、Dual1019 60年代後期製 シュアーN44-7カモメマーク オリジナル針)

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by kurama66644 | 2018-01-01 10:20 | ジャズ | Comments(0)

ジャズは好きです!


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