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カテゴリ:ジャズ( 160 )

バラード

「バラード」を聴きたくなりレコード棚を探す 確かオリジナルではないがインパルスの赤黒盤があったはず…アレアレ?無くなっている 誰かにあげたか売却してしまったのか…神保町に行く予定があったのでユニオンを覗いてみる ジャズ館(JAZZ TOKYO)はもう殆ど行かない 歌謡曲、クラシック、落語、POPOS、ジャズ等色々なジャンルがオールマイティに置いてある神保町店か御茶ノ水駅前店に行くことが多くなった。

コルトレーンのバラードは有名盤だからどこでも置いてあるだろう あったあった中古CDで680円である オリジナルアナログ盤だといくらぐらいするのだろうか? 状態の良いものならこのCDの50倍ぐらいするだろうか? もう買うつもりもないが… レイ・ブラウンのアルバムで一度も聴いたことがないものがあった こちらもCDだが1枚購入、その他クラシックアルバム4枚組とリヒテルとバルディーニのピアノアルバム いずれもCDを購入。今回もアナログ盤は買わず CDのみである。

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有名盤に名を連ねる「バラード」であるが「怒れる巨人」コルトレーンの異色のアルバムとして当時(62年)話題になった。
シーツ・オブ・サウンドからモード、フリーへと常に進化するコルトレーン その進化の途中でこんな普通の?聴きやすいアルバムを出すなんて まだジャズ初心者であった当時のキタサンは不思議に思った。
そういえばオーディオを始めてからこのバラードは殆ど聴かなかった アナログ盤を購入して少し聴いたが今のスピーカー(Minimaやアマトール)にしてから聴いたことがない よく聴いていたのはオーディオを始める前でミニコンポ時代である 少し硬い音色だったがその優しい演奏をジャズ初心者には丁度いいぐらいの感覚で聴いていた。

インパルスのボブ・シールは求道的あるいは宗教的にともいえる長いソロを続けるようになった当時のコルトレーンに対しそのイメージを払しょくするようこのアルバムの企画を立てたのだろうか?あるいは使っていたマウスピースの調子が悪く その骨休め的なタイミングで作ったとも言われているがその割には計3回のセッションを行い(61年録音はジミー・ギャリソンからレジー・ワークマンに替わる)綿密にアルバム起こしをした。
ジャズの荒れ狂う大海に果敢にチャレンジしていたカルテットは嵐の中を一端避け港へ停泊するようプロデューサーの指示を受けた その際渋々承諾した感も否めないが最大限の努力をして演奏に従事していたことは聴いていて何となく分かるような気がする それでも時折エルビンのドラムが堰を切ったかのように炸裂するのはその当時の有り余るエネルギーを抑えきれなかったのだろう

個人的に好きな曲は「Too Young To Go Steady」でナット・キング・コールでヒットした曲だがコルトレーン自身無難に演奏している ただやはりマウスピースの調子が悪かったのかあまり上手い演奏とも言えない気もする。
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コルトレーンにはそれほど憧れていなかったが同じマウスピース オットーリンクの6番を使っていた 遠い昔の頃である…



by kurama66644 | 2019-01-27 11:31 | ジャズ | Comments(0)

メイティング・コール

コルトレーンとタッド・ダメロンが邂逅したこのアルバムを名盤と紹介するのに違和感を覚える方も少なくないだろう。

「MATING CALL」タッド・ダメロンwithジョン・コルトレーン 56年作だからもう60年以上経つ 元の音源はモノラルである。
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ジャズに多少親しんできて さぁ次に何を聴こうか?となった時この手のアルバムはよく登場するつまりお気に入りのあるいは特定のミュージシャンのアルバムをまず人気のあるものから聴いてその内 直球ではなく変化球も求めていくうちに出会っていく過程のアルバムでもある。

キタサンはコルトレーンに関して後期の神と化したコルトレーンは苦手でもっぱら初期の頃 マイルスなんかと絡んで進化していったコルトレーン ビレッジバンガード辺りまではよく聴いていた。そしてこのメイティング・コールはCDから聴いたのだが始めて聴いたのが92年頃かと思う 最初はジャケットに鳥が沢山いて 思わず浅草の浅草寺かよ!と突っ込みを入れたくなった印象的なジャケットであったが そもそもこのメイティング・コールというのは繁殖期に雄鳥(無尾類)が鳴くいわゆる繁殖音の事らしい…どうりでそのようなジャケット写真を用いていたのが分かったのは相当後になってからである。

このアルバムのタッド・ダメロンは作曲者でアレンジャーでもあり優秀であるが名盤として名を遺す作者(演奏者)でもない。ただファッツ・ナバロやクリフォード・ブラウンそしてコルトレーンなど有望な若者をピックアップし曲を提供 世に出すきっかけを作ったのは名伯楽さながらで見事なものであると思っている。
余りアルバム数が多くないので一概には言えないかもしれないが前作のフォンテーヌブローもそうだがとても品のある曲が多い 演奏者により印象も変わってくると思うがキタサンの普通のシステムでは?とても優雅に聴こえる(;'∀') おそらくはジャズのらしさを余り出さないように鳴らしているのでそう感じるのかもしれない。

オーディオに凝ってくると特にジャズをよく聴かれる方は そのらしさを大事にする ジャズ喫茶なんかの影響もあるが優雅に鳴らすなんてクラシックじゃないんだから勢いや情熱がないとグーッとこない こんな感じではないかと思う。キタサンは以前「プライベートジャズ喫茶」なんて勝手にジャズ喫茶のイメージでこのオーディオを始めたのだが ジャズ喫茶で出ない、出さない音で聴きたいと思っていた(;'∀') 要は狭い部屋で圧力のある音は疲れてしまうのである JBLだマッキントッシュ、アルテック、ガラードなどそれらしい機材は避けてきた 元々スペースもないしガサのある機材は置けない 珈琲が美味く感じる音でいい それだけである。そしてオーディオを進めていくうちに知らぬ間に そのらしさを求める人が多く感化されていった…「そういう軟弱な音はジャズではない」と しばらくは感化され続けていったが2~3年前 ソナスのSPに変えた辺りから そのらしさを徐々に消していった 体が受け付けなかったのだろう そうして今 普通のシステム、中庸な音でジャズやクラシック、歌謡曲を聴いている。それっぽさを求めたいなら生を聴きに行けばいい らしさではなくジャズそのものを聴ける ただし自分の好きなアーティストたちが殆ど亡くなってそのものを聴けなくなってしまった…有望なジャズミュージシャンも沢山いるが らしさはあるがジャズとは言い難い人も多いのは事実である。

いかんいかん話が逸れてしまった(;^ω^) そのジャズのらしさを差し引いて聴くと このメイティング・コールのアルバムはとても優雅で秀作の曲だらけなのである。
その優雅さに華を添えているのが若き日のコルトレーンの抒情性のある音色であり 少し荒々しい艶が これはやはりジャズなんだという事を思い出させてくれる。

このアルバムのアナログは持っていなかったがライナーノーツなど見るとCDとは曲順が違うように思う。曲順が違う事はアルバム全体でみるとまた印象が変わってくる 収録時間の容量がアナログとCDでは違っているので「別テイク」などおまけで付くことがCDには多いが初期のアナログの雰囲気はそのままにしておいてほしい 残念な事である。キタサンは普通のシステムにしてジャズのアナログオリジナルを敵対視しているわけではない 相変わらずオリジナルはそこそこ持っているしたまに聴く いいなぁ~と思ってしまうこともしばしば ただ非常識な価格で一般庶民が気楽に買えない状態を危惧しているだけである そうであるなら常識的な価格のCD(中古も含む)でこれらの名盤を紹介していこうと思っているにすぎない。

by kurama66644 | 2019-01-11 10:50 | ジャズ | Comments(0)

蓮の花

とにかく久しぶりである このアルバムを聴いたのは

「静かなるケニー」ケニー・ドーハム
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ジャズの名盤の中に必ず入っているアルバムでありジャズ入門書でもよく紹介されている。トランペットで激しくブロウーしない控え目で弱々しい音色が日本人向きなのか内容的にはごく普通のアルバムだが何故か名盤扱いされるこのアルバム  当然のことながらジャズ初心者の頃CDで購入オーディオ装置がないのでミニコンポで再生していた 確か90年初頭頃だと思う 抑制の効いたマイナー調の曲が多く端正なトミー・フラナガンのピアノと相まってジャズの難解さを緩和していたようにも思えた。
そしてこの頃からCDのパッケージがアナログに似せた紙ジャケットも出始めたように思う このCDはビクターが開発した20ビットCDの紙ジャケットでジャズの名盤をリマスターして当時話題になった 銘柄はプレステッジやリバーサイド、コンテンラリーなどの大手レーベルから再リリースしたものである。

定価は2500円 アナログ新譜と変わらない値段で出ていたが当時は発売を楽しみにしていた。

さて名盤を無性に聴きたくなりこのように順次紹介していこうと今年は思っているのだが(※アナログ盤ではなくあくまでもCDで) 名盤とはそもそも ①ジャズの歴史を変えたとされるアルバムなのか ②ビッグアーティストが放った渾身の1枚なのか ③ジャズ評論家並びにその関係者が推薦する1枚なのか はたまた④それなりに長く色々なジャズアルバムを聴いてきた中の個人的に思うアルバムなのか…結論としては③と④の合わせ技で直感で聴きたいと思うものにする いずれも長くジャズを聴いてきた人(自分も含め)が選ぶアルバムで好みも関係するだろうが最終的には心にグーッとくる記憶に残るようなアルバムであると思う。

さて全曲聴いたこのアルバムの感想であるが…ごく普通(-_-;)の中の最上級の心地良さ とこんな感じであろうか
「何?名盤のらしさが感じられない」当たり前である普通のシステムで聴いているのだから凄い音や際立つ音色などしないのである(笑)

1曲目の蓮の花(ロータス・ブロッサム)流れるように弾む曲調であるがバックが煽っている中 お構いなしのポワポワッとどこ吹く風で鳴るトランペット…思わずこけてしまいそうになる(;'∀') よーし次の曲に期待しよう「マイ・アイデアル」1曲目とうって変わりスローテンポで相変わらず朴訥なペットの音である 3曲目は「ブルーフライディ」だ 今は死後になっているが花の金曜日 花金は次の日が休みなのでワクワクソワソワするものである なのに何なのこの哀愁に満ちた曲?そっかだからブルー・フライディなんだ キタサンは土曜も出勤の日が多いので花金は余り関係ない。えーっと「アローン・トゥゲザー」は飛ばしてB面じゃなく5曲目の「ブルー・スプリング・シャッフル」 あれ?ブルー・スプリングじゃなかったけ…シャッフルなんてつけて別の曲かな いや同じだ まぁいいや おっとミドルテンポでドーハムもようやくエンジンがかかってきたかなぁ ポワポワからパッパッと歯切れが良い音になってきた そりゃアート・テイラーやらポール・チェンバースが張り切って鼓舞しているのに それに応えないと と傍から見てもそう思う トミー・フラナガンも淡々と弾いているが「はよ~本気出せや」と心の中では思っているだろう。
うーん中々いいぞ その調子 6曲目「クレイジェスト・ドリーム」あれあれ? また若干ポワポワに戻ってきたぞ…まだ疲れる歳ではない この録音時35歳だ 成熟したトランペットにはまだ早い しかしながら朗々と吹くその姿はベテランを感じさせる(録音風景は見ていないのであくまでも想像)
7曲目と8曲目「オールド・フォックス」に「マック・ザ・ナイフ」好きな曲が続く ポワポワでもパッパッでも何でもいいがいい曲だなこの2曲
オールド・フォックスなんか淡々としたポップ調の曲に聴こえたりして 普通情緒深く演奏するんだけど完全にドーハムのペースに仕立てているなぁ~ 
「マック・ザ・ナイフ」同じく名盤サキソフォン・コロッサスのロリンズが演奏した曲とかぶってしまう これは比較してはいけない 別物と考えた方がよい。
いくら技術が良くても演奏の情景が見えてこないとダメである 昨今のアルバム(曲)は皆 演奏技術が優れている すごい事だと思うが本当にご自身が演奏しているの?と疑ってしまう事も多い  紅白歌合戦の口パクじゃダメである どうせ音しか聴こえないのだからと力を抜いたり他の力を借りたり要は頼り過ぎはよくない。

ケニー・ドーハムは頼りない音でピロピロ吹きテクニック的には優秀な奏者が周りに沢山いた  それでも尚 人気があるのは音楽家として別の何かがあったのだろう。
それは影の部分の明るさを表現できる才能から来るものだと思う 影は暗いものと誰もが思うが濃淡はある そこを焦点にするととても明るい影もある 自身の演奏はマイナー調の暗い部分も多かったろうがその暗い部分の中の明るさにスポットライトを当てて演奏しているので悲壮感は少ないのである。

繰り返し聴いてもいいなぁ~このアルバム やはり名盤である。


by kurama66644 | 2019-01-05 11:37 | ジャズ | Comments(0)

普通のシステム

オーディオコミュなんかに参加しているといやはやものすごいシステム、凝りようで驚かされる事ばかりである。趣味なので個性が合って面白いのだが最近はいささか疲れてきた(-_-;) もう少し普通のシステム、部屋で鳴らせている人がいないかと見渡すが殆どいない…案外サブシステムと称して使っているものがそれに近いがそれさえも結構金をかけて凝ったシステムにしている まぁ普通だと面白くないのだろう オーディオを始めてから11年経つが貧乏性のせいか結局は普通の音に帰結するようになった よくいわれる自然な音とは違う 普通の音である事が重要 自然な音が出せるほどスキルもないしそういう環境もない、家庭で聴く分には疑似的な音でも構わないと思っている。

そこで普通の音を出すにはやはり普通のシステムでないといけない ごく当たり前の話である。

今のうちの機器のラインナップでは以前簡易的に設置した歌謡曲システムが近いhttps://andokan.exblog.jp/28841540/
ただしこのシステムは今は無い!(;'∀') 前にも書いたがアナログオリジナルと共にオーディオも処分し始めている。別にオーディオを止めるわけではない今の自分の身の丈に合ったオーディオをしたいだけである。

アナログプレーヤーはKP-1100改良版で健在であるがオーディオデザインやラックスマンは旅立っている…アンプは自作中華製真空管よりQUADがいい(笑) 名機E-06のフォノイコはキタサンには贅沢品であった うちには合研ラボのフォノイコがある こちらも決定、スピーカーは万能なMinima、さてCDプレーヤーだがQUAD66もいいのだがアナログと違ってデジタル機器としてはちょっと古いかも?…普通の音を出すのに適したプレーヤーとは…キタサンが選んだのはこちら
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ジャーン! 英国クリーク社のエントリー品エボリューションCDプレーヤー キタサンにとって 比較的新し目の製品である それでも販売されて10年は経過している(;'∀')
ちょっと天板に線傷があるがきれいな製品 しかし付属のリモコン オープン、クローズが効かない その他の機能は問題ないのだが…まぁ開けたり閉めたりはどちらにしろ本体で操作するので余り気にしない(笑) 中古で安かったし…安かったついでにこのシステム 価格を公表するとすべて2~6万位の間 総額20万ちょっとかな?Minimaは15万ぐらいしたからSPも合わせると35万ぐらい。ちょうど自分がオーディオを始めた11年前 JBLのSPが25~30万ぐらいしてアンプやらプレーヤーやら合わせて50万位のシステムを組んだ。ミニコンポやラジカセで何十年も家では聴いていたのでそれを考えると大奮発 誇らしげにしていたがよくよく周りを見るとアンプやらスピーカーどれか一つでこのシステムの総額以上の物を揃えている人が沢山(笑)中にはアクセサリー一つで軽くそれを超えている剛の者も結構いる 何ともはや井の中の蛙状態である まぁそれはともかくとしてオーディオを始めた当初より価格的には更に安くミニマムになった。 スピーカーがMinimaだからミニマ(ム)なんて親父ギャグをいっている場合ではない(-_-;) 

ところでCDプレーヤーのクリーク社だがそういえば自分の周りにはこのメーカー品を持っている人を見たことが無い…マイク・クリークさんが創業者で1981年設立 もう40年近くなる中堅メーカーである 日本では社名も余り聞かないしちょっと地味な存在 ただこのCDプレーヤーの音 とても品がある 音が舞うように軽やかでそしてシャープである 音の軌道がちょうど流線形に流れる感じで硬質だけど聴き疲れない こりゃー日本のオーディオには出せない音 ちょっと驚いた(笑) 同じく英国のQUADのアンプを初めて聴いた時も衝撃を受けたがこのCDプレーヤーの音は日本酒で言うと純米辛口淡麗という表現がピッタリだ しかもこれエントリー機だぞ おいおいどこが普通の音だよ しばらく聴き続けると紅茶が飲みたくなった いや紅茶の香りを欲するのである このプレーヤーを聴いていると自然とそうなってしまう 珈琲ではなく紅茶 なんだか今まで自分が聴いていた物とは正反対かも(-_-;) クリーク社を気に入ったのは「家庭で音楽を聴くのに大げさな装置はいらない」というポリシーである ちょっとした上位機種だとすぐ7桁台になり筐体も大きくなりがちで見栄をはるところだが価格も一定以上に抑えている もっともクリーク社に限らず家庭で楽しんで音楽を聴くその姿勢は英国人の気質からきているのかもしれないのだが…

まぁ家に一つぐらいは気品ある音が出る製品が置いてあってもいいかも(笑) そのかわりアナログはシュアーの出力の高いカートリッジでゲインも高めに設定 ジャズをガンガン鳴らそう ただし普通にである 無理に低域を増幅する必要なし ベースブンブン、ドラムダァーンドン、シンバル シャッキーンと必要以上に強調する事もしない。

クリーク製CDプレーヤーだが80年代の製品なら純英国製だと思うが2000年も過ぎた辺りからおそらく中国か他の国で組み立て製造していると思われる 以前所有していたモニターオーディオも英国製だが中身の製造等は中国と聞いた 価格等考えると仕方がない事なのかもしれない それでも出来上がりはクリーク社のテイストが十分に感じられ好感が持てる それにしてもこれだけ惹きつけられる音は久しぶりである。ちょっと硬めの音のようで長時間聴くと疲れるように思うが時間が経つのを忘れてしまうほどだ オーディオマニアが普段見向きもしない価格帯の製品だが以前使っていた数十万はする国産プレーヤーがかすんでしまう 流石 音楽先進国の英国 奥が深い。
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当初は中華製アンプで十分かと思ったが何せ接続端子が一つしかないのでアナログとCDをいちいち繋ぎ変えるのも面倒なのでQUADのプリとパワーを使う。シンプルにプリメインの方が普通っぽいのだが まぁこれは後で又 考えよう。

by kurama66644 | 2018-11-24 09:47 | ジャズ | Comments(2)

普通の音

アナログに回帰した5年前 アナログ機器の操作もおぼつかない頃 家に人を呼んで聴いてもらったことがある。機器はトーレンスTD521に欲しかったラックスマンE-06のフォノイコを使用していた まだオリジナルには殆ど手をつけていなかった時である。 感想をきくと「普通の音」というものだった。

ちょうどジャズは力強く激しさがなくてはジャズではないというジャズオーディオに共感していた時期でもある 同時にオーディオは普通では面白くないという風潮も何となく感じていた。人と違ってこそ個性がありその人独自のオーディオの世界を作れる 自分もそんな世界にあこがれていたのかもしれない。

そういう中 モノラル特にオリジナルの世界に足を踏み入れてしまった…専用針で聴くモノラルオリジナルは今まで聴いてきたCDの世界とは違っていた。激しく、太い音 塊がドーンと体に当たるようで快感でもあった 使っていた装置自体はハイエンドでもないビンテージでもない機器類だったがこれまで経験してきたオーディオの世界と別の世界に感じられた。
機器類もよりその時代に近いものに代えオリジナルを探す旅も本格化してきた。再発盤やCDと聴き比べてもオリジナルの方が良く聴こえる、やはり何度もマスターリングを繰り返しているとそれを行う人の情熱や最初に作った時の意気込み等 変化し音は変わるようだ オリジナルを求めるマニアの人の気持ちもよく分かった。

最近は歌謡曲を聴く事も多くなり歌謡曲のレコードなんかも買ったりしている 実は今レコードの整理をしている…特にジャズオリジナル等を処分している。
この5年間追い続けていたものが虚構に感ずるようになったからである 現実に目覚めたというか我に返ったという感覚である それは金銭的にもである。
歌謡曲の中古のレコード価格を見てそう思い 昔テレビやラジオで慣れ親しんでいた歌手などの歌声を 捨て去られたように置いてあるエサ箱の中から探したレコードで聴きフッと立ち止まり考える。「随分 身の丈に合わない事をしてきたなぁ」「無理してきた…」
整理しているとこんなレコードが出てきた
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キャノンボールのリバーサイド盤 もちろん日本盤の再発である パンチングホールがついており廃盤でもある ペラジャケットで湿気もありフニャフニャだ。
売っても二束三文にもならないものである。QUAD3兄弟にトーレンスをつなげて聴いてみた。このオリジナルも以前は持っていてその音は覚えている 聴いてみると「普通の音」であった オリジナルと確かに音は違っている でも虚構の音ではなく現実の今の音 この狭い部屋での普通の音が一番良いと感じている。

周りを見ると音を良くしようと必死である 音を良くしようというのは誰かと、何かと比較してそうするわけでもある。本当は比較なんて出来るわけがない それぞれ条件が違うのだから…無差別級の戦いで小さいものが大きいものに勝つ、柔よく剛を制すで注目を浴びる場合がある オーディオなんてそもそも戦いではない(異論のある人もいるかもしれないが…)無差別級なんか存在しないし階級制も存在しない 誰と誰を比較する事なんて無意味である。

SNSの発達で容易に人のオーディオを見れるようになった そして実際聴くことも出来るようになった。人と人のつながりが出来喜んでいる人もいる 逆にペースを乱される人もいる その捉え方で各人進んでいた道を大きく変えるケースも出てくる。

生で聴いてきた好きなアーティストがどんどん鬼籍に入り直接聴くことが出来なくなった そういうタイミングでオーディオを始めたが心の中では実際聴いたその感触を再現してほしいと望んでいたのかもしれない そうして家庭内で聴くオーディオやアナログオリジナル等 分不相応に進めてきた…真面目にオーディオをやられている方から怒られそうだがやはり虚構の世界と感じざる負えない(決して無意味であるとか馬鹿にしているわけではない)自分には余り合っていないと思うだけである…
オーディオの音を聴いていい音だなぁとか素敵な音、心地よい音だと感じたことは沢山ある ただそれで感動したことはない。ため息が出るだけである…その幻想の世界に連れ去られることにである 心の弱い人はその幻想の世界に連れ去られ現実を忘れてしまう 無用に高額の物を求めさまよう 身の丈に合わず無理をしているように思われる人が幾人も見受けられる。

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TD124自体 昔は大衆機だった それが今では高価な額で取引されている 高額に取引されればされるほど自分には無縁な存在に思えてくるがこの機械仕掛けのプレーヤーとても巧みに作られている やはりそれなりに価値はあるのだろう ただ最後にこの機器が自室に残るかというとそれほどの思い込みは無くなった。LINNのプレーヤーもそうだが今の自分の身の丈に合っていない高価な物だと思っている。
大衆化されなくなったオーディオと言う趣味は一部のゆとりのある人、富裕層の趣味と化している そこには目に見えない壁が存在する。自分のような貧乏人はその壁を超すことは出来ないし越したくもない 普通の音を聴いて結果的にそれで良かったと思っている。


by kurama66644 | 2018-11-16 20:01 | ジャズ | Comments(0)

新宿ユニオン

レコードを買わなくなったので気づかなかったが新宿ジャズ館が移転したらしい…CDとレコードが別々の建物で売られていたのが一つになりさらにはロック系の物も同じ建物内で売られることになった。

御茶ノ水方面はレコードやCDとは別の用事で行くのでたまにJAZZ TOKYOに顔を出すが基本はもう買わない。新宿は若い頃 遊び場でよく行っていた街であったが今は殆ど魅力が無くなり行かなくなった 若い頃から飲みにもよく行ったしPIT INNなどは土曜の昼の部は毎週のように通っていた 夜の部がメインであったが昼でも意外と国内では有名なミュージシャンも出演していた それでも土曜の昼は流石にお客はいなく聴きに行っても自分のために演奏してくれるが如くと錯覚するぐらいである 伊勢丹裏にあったころから通っていたが今の2丁目の方が自分的には好みである。

新宿に再び足を運ぶようになったのはアナログに回帰してからであるから5年前位である。ユニオンにも行ったしハルズさんにも行った しかしちょっとしたジャズのオリジナル等は何度も書いているが高騰してCD感覚(1枚1~2000円以内)でメディアは長年買っていた自分としてはとてもついていけずジャズのオリジナル等は諦めてしまったので新宿も再び行かずじまいであった。

久しぶりに訪れた新宿の街は相変わらず混沌としていた 移転した場所は以前のすぐ近くであったが隣が同業者の山野楽器であり 最近のコンビニの乱立に近いものがあるなぁと思いながら店内を見学 1Fがロック、洋楽の売り場で結構にぎわっていた やはりジャズよりこちらの方がワールドワイドで人気があるのであろう 客層も若い人から年配の人までいい塩梅で散っており店内に飾られているアナーキーなジャケット等が又面白く新鮮でもあった 眺めているだけならこちらも楽しめそうである。
2階が書籍売り場で素通りし3階がジャズ売り場である。階段を上がっていくその壁に数々のジャケットのポスターが飾られている とても良い雰囲気で購買意欲を駆り立てる演出でもある マニアなら大体は分かるジャケットで好きな人がこれを作ったのだろうと想像する 自分ならこのジャケットの方がいいとかこの色合いのものを用意した方が映えるなとか階段の踊り場でしばし妄想…その横を通る人もマニアに違いなくこの気持ちは分かる筈(笑)
そうしてジャズ売り場に着くとCDの棚がかなり高い位置までそびえたっていた。場所を有効的に使うためにそうしたのだろうがちょっと高過ぎのような気がした 地代が高い新宿では仕方がない 沢山の商品を見えるように置くのもドン・キホーテ的で今のトレンドでもある。CDは今回はさーっと眺めるだけで奥のアナログコーナーに行く
中々豊富な品揃えである 御茶ノ水のJAZZ TOKYOにも負けないぐらい充実している 年配の老夫婦がゆっくり盤を眺めている いい雰囲気である 結構若い感じの美女が一人で盤を眺めている めったにない光景である やはりアナログブームなのか?と思いきや 連れの彼氏がいてその付き合いで眺めていただけ(笑) その横ではマニアらしき中年の男性が一心不乱で盤を選別している…あーっあ これが現実なのである 「こらオヤジ リュックは降ろして盤を見ろ 邪魔でしょうがない!」と心の中で叫ぶキタサン… 相変わらずマナーが悪いオヤジがいる そのオヤジはなぜか先ほどの美女のそばに接近する 美女もその気配を感じて彼氏のもとに行く ウーンむ 何とも物悲しい。

たまたまかもしれないのだが今回壁に飾ってある高額オリジナル等は少なかったように思う。マニアが手放さなくなったのか?それともセールの時に放出するように店側で保管しているのかお宝的なものは少なかった。それでも久しぶりに見るアナログの数々 思わず数枚買ってしまった…まぁ久しぶりだから善しとしよう。
実を言うとこちらに行こうと思っていた時からいいものがあれば買うと決めていた ただし予算は1万円! 壁に飾ってあるものは2~数万がざらだしとても買えないがオリジナルに拘らなくなったのでそこそこ買えるはず そして今回購入したものは以下のとおりである。
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ディック・モーガンの3部作の内の1枚「Settin' in」この盤はオリジナルで持っていたが盤質が余りにもひどかったので売却した。CDでも中々出ないアルバムなので再び買い直し ただしwave jazzの再発 1100円である…wave jazzはオリジナルよりややハイファイ調であるが音質的にはとても優れている。

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エサ箱で最初に見たのがバリー・ハリスのレコード棚 ザナドゥー盤でオリジナルが結構な枚数 置いてあった 50,60年代を過ぎた70年代は人気がないのかオリジナルでありながらこちらも1000円 もう1枚同じ盤でシュリンク付の物があったが1700円 盤質が同じB+だったので1000円の物を選択 パウエル派、バップピアノと言われているが熱い50年代を過ぎていささか冷めてしまったのだろうか バリー・ハリスってこんな感じだっけ?録音のせいもあるのかもしれない  リロイ・ウィリアムスのシンバルが少しうるさい感じがする(笑)

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エバンスのこの盤はオリジナルでは今 いくらぐらいするのだろうか? リバーサイドかなり後期の再発盤 盤質も結構プチパチと所々で(;'∀') CDでは飽きるほど聴いたがやはりこちらはレコードの方が良い 日本の再発盤も聴いたことがあるが今回の盤は当たりだと思う ただこのエバンスの流れを汲んだ現代のピアノ エバンス派?を聴きなれている方にはCDの方が優れていると評価するような気がする そうそう価格は1800円也。


これまで合計で3900円まだまだ買えるぞと思いながらエサ箱を探しているとこちらの盤に遭遇。
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お姉さんの胸元がまぶしいコンテンポラリーの名盤「DOUBLE PLAY!」アンドレ・プレビンは今では国際的な有名なクラシック指揮者だがこの頃は西海岸でジャズピアニストとして活躍していた ラス・フリーマンとのタイトル通り ダブルピアノでドラムは名手のシェリー・マン こちらの盤はモノラルのプロモ盤である なんちゃってモノラル再生が好調なケンウッドの廉価版プレーヤーで鳴らすのもありかな と思い盤質もAだし…「まてよ これいくらだ?」とプライスを見る 「6480円」
うーん 若干足が出るなぁ~ でも今夜のビールを発泡酒にしてつまみも1品減らせばジャスト1万で調整出来る いや待てよ これ買わなかったらあと3枚ぐらい買えるよな~と平和な悩みが約10秒間続いた。 結局この4枚を購入 それにしてもプロモ盤とはいえアッチコッチに「NOT FOR SALE」とスタンプを押すなよな~アメリカ人は と嘆くキタサンであった。
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by kurama66644 | 2018-07-22 10:12 | ジャズ | Comments(2)

個人の音楽

何年か前のインタビューで秋吉敏子さんがジャズは個人の音楽でそこがクラシックと大きな違いがあると述べていた。

秋吉さんはジャズの本場アメリカへ単身修行に行き当時のモダンジャズを体現した初めての日本人ジャズミュージシャンである マイルスやコルトレーン、モンクやエリントン、ミンガスなどジャズの巨人たちと共演し日本のジャズ進展に大いに影響を与えた人物でもある。

個人の音楽とは個性の音楽でもあり スタンダートな曲を演奏してもこれはマイルスの音楽、ロリンズの音、ペッパーの叫びなど個人に帰結していく 基本のスコアーはあるが殆どが崩されアドリブで曲そのものが変形し中には原曲の面影も無くなる演奏もある。
曲そのものが受け継がれ様々な指揮者、演奏家達により演じられるクラシックと違い曲より誰が演じたかに重きを置くジャズは1話完結のドラマのようでその場その場一瞬の輝きと儚さがある。
クラシックも同じ曲を同一指揮者で同じオーケストラで行っても人がする事なので多少の違いは出てくるかもしれないがジャズはもう同じ演奏は二度と出来ない

昔から家にはオーディオ装置がなかったので実際演奏を聴きに行くしかなかった。音楽は好きでも嫌いでもなかったのが何故かジャズ演奏は好きで今でも飽きていない 飽きっぽい性格の自分としてはとても珍しい事である。 楽しく面白いから聴きに行っていたのだと思う とても単純な事だ 当時聴いていたミュージシャン自体が面白く個性があったからなのかもしれないし平和になり ある意味無機質になりつつあった時代背景の中 ジャズミュージシャンはその世の中から浮いていたのかもしれない それが自分にはとてもまぶしく輝いていたようにも思える。

オーディオを始めた当初ベテランオーディオマニアの方たちから生(演奏)は聴いていた方が良いと結構言われた 別に自分に対してだけではなく他のオーディオ初心者達や生を余り聴かないオーディオマニア達にもそう言っていた。実を言うととても違和感を覚えていた それは今現在でもそう感じる 生演奏を聴きに行くのは良い事であるが面白く楽しい 自分がそう感じればいいのだがオーディオの音の方が楽しいし良いと思えば無理に行く事は無いと思っている。オーディオ再生に役立つから聴きに行けと言うのはちょっと違うような気がする 演奏を記録した音源は製作者により元の音とは違うようにいじられている そうしてありもしない音に対してそれを生演奏のようにとかリアルな再生とかいって作られた音場や音像を追っかけて違う方向に行っている気がしてならない。逆にベテランの方はその事実が分かっているので生の演奏は聴いておいた方が良いと言っているのだとは思うが…

ひょんなことから始めたオーディオももう11年が過ぎた ちょうど始めた頃は実際の演奏を聴いてきたジャズミュージシャンが次々と鬼籍に入っていた頃である 聴いていたアルバムも最初の頃は引き続きCDが多かったがそのうちアナログに変わってきた 個人の音楽としてのジャズのアルバムは希少価値の高い物は高価であり手に入りにくいのも個人の音楽ゆえであるので最近は納得しつつある。

年単位では半年に一回位の割合でしか演奏を聴きに行かなくなった…国内外でも中々面白い人、食指をそそられるジャズミュージシャンは自分の中では少なくなった。
時代が無機質になりとても冷めてしまったので人も同じような感じになってきたせいもあるのかもしれない そういう中 オーディオで再生する音楽が結構楽しくなってきた ジャズはジャズとしてではなく歌謡曲と同様大衆の音楽としてボーっと聴いている マニアがお金をかけて部屋だ機器だ電源だと投資しまくるのとは真逆な方向で進んでいる。

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58年のハーレムでの奇跡のショット ジャズを作ってきた人が57人(実際は58人)集まった集合写真である。今 生きているのはソニー・ロリンズとベニー・ゴルソンの2人だけになった…自分にとってジャズは個人の音楽から故人の音楽になりつつある。

by kurama66644 | 2018-07-16 13:10 | ジャズ | Comments(0)

大野雄二を聴く

大野雄二と言えばルパン3世を思い出す そうルパン3世の音楽は大野雄二の印象が強いがこの人は れっきとしたジャズピアニストなのである。

ルパン3世は60年代後半の漫画であるがアニメ化されテレビ放映されたのが70年代初頭である。この頃は大人向けのアニメとしていたので視聴率も低かったようだがその後子供向け画風や表現に替え徐々に人気を博したようだ 

キタサン自体 ルパン3世のアニメにはそれほど思い入れはないが(リアルタイムでは見ていた)大野雄二の曲に関しては結構惹かれるものがあった。
その中でも日テレ系で70年代後半に放映されていた「大追跡」のテーマーが印象に残っている。主演は加山雄三、藤竜也、沖雅也、長谷直美、柴田恭兵が扮する5人の刑事 遊撃捜査班の活躍するアクションドラマである ナレーターは森山周一郎であった。藤竜也はこの後 プロハンターやベイシティ刑事などの同系統の路線に進んでいく、柴田恭兵は確かこの番組が連ドラ初出演だったと思う、このメンバーの中で加山雄三が少し浮いていた感じはあった あの若大将のさわやかな印象があったのに強面の刑事役にはマッチしていなかったと今でも思っている(笑) 

この頃は刑事ドラマが多かった そして勧善懲悪が徹底されていたので悪者の配役は見ていてすぐわかった(笑) 八名信夫、阿藤海、川合伸旺、丹古母鬼馬二、片桐竜次…等々名悪役に徹していた こういうアクの強い人ほど普段はまじめで気さくな人が多い 実際会ってみるとそのギャップに驚かされるものである。
火曜の夜9時からの番組で視聴率としては15%平均 当時としては御の字であったと思う テレビ全盛時代で化け物視聴率番組が乱立する中まぁまぁの成績であったがこの番組の続編は無い 元々大都会というこれまた人気番組の間を埋める為に作られた事と配役のスケジュール等が合わなかったのであろう 残念である。
その後放映された大激闘マッドポリスもまた面白く こちらも大野雄二作のテーマーが軽快に展開する。

大野雄二を聴くと言いながら昔の懐かしテレビドラマの解説のようになってしまったが映画音楽「人間の証明」「野生の証明」などの音楽も担当している。

以前お伺いしたジャズ床屋さんでのJBL4343などの大型スピーカーではこの手の音楽は楽しく聴けるはず どうもキタサン宅のアマトールでは消化不良だ(;´・ω・)

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大野雄二が手掛けた名曲が沢山入っているCDベスト盤 買おう買おうと思いながらようやく購入した…(;'∀')

by kurama66644 | 2018-07-01 08:49 | ジャズ | Comments(2)

肉体としてのジャズ

最近は昔の(60~70年代)ジャズ評論、批評を読むことが多くなってきた。その時代は実際自分も生きていたがジャズには無縁でありその当時の人はどういう感覚でジャズを聴いていたのか興味がある そういう中で 中平卓馬さんの「肉体としてのジャズ」が中々面白かった。

中平さんは肉体が本来持っていたエロス(笑)ー無限定な性の発散、暴力、歌、踊りといったものは個体内部に於いては抑圧され、ひきのばされ、こまぎれにされてしまった、そしてその代わりにそれぞれの専門分野が出来 中性化されてしまった それを眺めるもの鑑賞するものと化して欲望の代償行為として受け入られる。と述べている。
何やら難しい事を言っているが結局は自らの肉体を使っていなく代わりを求めているので肉体自体は喪失している 空っぽであるという事なのだろう。
そうなると今の時代はさらに代償行為を求めてばかりいるのでその空っぽさは大きくなって身体は単なる「精神の容器」といってもよいような気がする。

「ジャズは文化であり芸術としてもてはやされるようになった」(この時代でもそうであったのか?)と中平さんは続けている「ただし聴衆を聴き手、奏者を演奏者と化した姿ではジャズが本当に幸福かどうかわからない ジャズが芸術としてに地歩を固めれば固めるほど演奏者と聴衆との距離は離れていく それは本来のジャズからその本質的な肉体性を失わせることになるのではないだろうか」
これまた難しそうなことを言っている(-_-;)昔の人は理屈っぽい事を話すのが好きなのか? でも何となく分かる気もする。演奏者と聴衆と区分することで肉体的にも精神的にも中身が薄れていくような感じにはなる 演奏という専門の分野が出来それが本来なら自らの肉体を使ってやるのが道理であるのに代わりに行ってもらい自分は聴衆として見て聴いている分には感動はするがその度合いは減るんだろうな~

昔 レイ・ブライアントというピアニストが演奏を始める前にキタサンとその友人の隣で演奏仲間と知人かナンパしたのか知らないが何人かの若い女性達とワイワイ騒いでいた姿を思い出す。
キタサンも最初はそれがレイ・ブライアントとは知らなく陽気な外国人のオッサンかと思っていたのだが演奏開始時間になるとスクッと立ち上がり演台のピアノの方に向かった時はカッコよかった~。実際の演奏よりバカ騒ぎしていた姿の方にジャズを感じた その後レイ・ブライアントのCDを何枚か購入しミニコンポで家で聴いたが普通だった(笑) それから20年後に生意気にもオーディオ装置なるものを揃えてジャズを聴いているが演奏者と聴衆の関係のジャズはジャズではなく普通の音楽である。かろうじてその当時 演奏していた奏者の指使い、汗、体の動き等思い出しながら「肉体としてのジャズ」を想起し普通の音楽と化したジャズを今ではのんびり聴いている。
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レイ・ブライアントのLPは現在これしか持っていない。オスカー・ピーターソンの代役として予想外の喝采を受けたこちらのライブアルバム 地味だったレイ・ブライアントが脚光を浴びるきっかけとなったアルバムである。72年というモダンジャズにとっては中途半端な年代である それゆえCDと同じぐらいの価格で手に入る名盤である。コンサートやライブではサインを貰わない代わりに握手してもらうことにしている、レイの手はそれほど大きくない印象であったがとてもふくよかな感触であったのは今でも覚えている。

by kurama66644 | 2018-06-23 09:22 | ジャズ | Comments(0)

名も知らぬピアニスト

レコードを買わなくなったがCDは時々買う 横着してアマゾンなどで単品買いするがやはり店頭で実物を見て買うのがシックリくる 何よりもこんな小さなものをわざわざ大掛かりな梱包で宅配の方に持ってきてもらうのは申し訳ない気がしている 僻地でお店がないとか自分自身 体が動かないというわけではないのに…更には送料が無料というのはどこかにしわ寄せがいっているはず 久しぶりにお店の様子を見に御茶ノ水のユニオンに行ってきた。

配信ダウンロード、ストリーミングが流行りの中 店頭には結構人が多かった 形あるCDやレコードは日本ではまだまだ需要がありそうだ しかし売り上げ的には右肩下がり一部のマニアや愛好家が欲しているだけなのかもしれない…
いつもの癖でまずはレコード棚を覗く 壁にある7~8万のレコードは殆ど見向きもされない様子 それに混じり6~8千円程度の盤も飾ってあった。以前のキタサンなら6~8千円で盤質が良ければゲットしていたがもう食指が動かない 感覚的にソフトでこの価格自体「高価」と感じ ようやく普通の感覚に戻りつつあると思いながらCD棚を覗く ユニオンさんも昔の米国ジャズだけではなく現代のヨーロッパ、南米、中近東と面白そうなジャズのアーティストを探し 販促していると感心するがどうもピーンと来るものがない それでも2枚ほど購入してきた。

1枚目はオランダ出身ヴォーカリスト シスビー・フォスの2012年作「UNDER YOUR SPELL」
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とても自然な歌声で冒頭のShanbhai Bluesのアレンジの面白さ、2曲目のUnder Your Spell こちらもオリジナルだがストリングスと相まってとても美しい、リンダ・ロンシュタットのストリングス3部作をややポップス調にした感じで好ましい。税込みで3000円を超すが下手なアナログより価格的にもこちらの方がいい。


2枚目はスティープル・チェイス盤のリマスター版 62,64年録音の「CRY ME A RIVER」
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ご存じ渡欧したデクスター・ゴードンのライブレコーディングである ブルーノート等で聴きつくした感があるデクスターであるが個人的にクライ・ミー・リバーを吹くデクスターに惹かれて購入。ライナーノーツを眺めていると知らないピアニストの名が…アトリ・ビョルン?  どうやら地元(デンマーク)のピアニストのようである。
地元では有名らしいがこの時代のヨーロッパジャズはまだまだアメリカを追っかけていた感があるので対外的にも殆ど知られていない 無名の存在である。
デクスターのサックスは相変わらずだがこちらは何とも言えない哀愁をもったピアノである。微妙なスイング感の中に愁いをもったトーン アメリカ人じゃ出ない音色 と彼の弾くピアノにしばし心を奪われてしまった。

デクスターもそうだが渡欧したケニー・ドリューなんかも徐々にだがジャズではなくヨーロッパの「音楽」に変貌しつつあったように思う。アメリカ本土でもヨーロッパ音楽の影響を受けアドリブすら定型化してしまった節があるのでましてやヨーロッパの大地に触れた時からはその勢いは加速していったように思う。

会場で実際生演奏を聴くのとは違い 自宅でその熱気や汗を感じないオーディオ装置を介して聴くにはこの「音楽」と化したジャズを聴くにはちょうど良いのかもしれないなぁとこの無名ピアニスト「アトリ・ビョルン」を聴いて感じてしまった。そうオーディオではジャズは体感出来ないと改めて感じている今日この頃である。

by kurama66644 | 2018-06-06 10:18 | ジャズ | Comments(0)

感じた事を素直に書きます 一日一つは何かを得、逆に何かを手放すように心がけています


by キタサン
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