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レコードの音

最近CDを聴くことが多くなった。元々CDをメインで長年聴いていたのに(長年というのはミニコンポ、ラジカセでの再生も含めて) ここ4~5年はアナログオンリーになっていた。自分でいうのもなんだがそういう時のエネルギーはすごいもので結局あれほど多く集めていたCDはほぼ売却 CDプレーヤーも売却し アナログしか聴けない状態に自分をもっていった。何か求道的にアナログを求めていたようだがアナログ再生の方が自分にとって心地よい音が出せたというのが大きいように思える ジャズの元の音を知りたかったというのは何度も書いてきたことだが古いジャズの当時のメディアはレコードでしかもモノラル音源も多い その初盤いわゆるオリジナルの音を知ることがオーディオ再生に役立つともその時は思っていた

レコード盤自体趣味性が高く 特にジャケット好きなキタサンはレコードに嵌ってしまった。センターレーベルの違いやマトリックス番号からオリジナルか否か判別するのもなかなか興味があり面白かった。レコードの音は一般的にはパチパチとノイズが多く 柔らかな、癒し系の音がするというイメージがあると思うが機器性能の向上や使い手の工夫、鳴らすまでの作業行程の熟練によりデジタル機器とさほど変わらずノイズレスに近くなる あと柔らかな音というは音出しの際 針により盤と接触し音以外のノイズを拾うそのノイズが混ざった音が意外と柔らかな音を印象付けるのではないかと思っている(何となくの想像である)今は高音質かそうでないものかという2極分化されているようなので音質の件で今更アナログ、デジタルと線引きするのはそれほど意味はないような気がする。※高音質という表現も実は曖昧ではあるが…

使い勝手が不便故 それに伴う一連の作業終了時の達成感、ブラックボックス化されたデジタル機器と違い見える化されているのでその安心感、レコードという媒体の存在感などレコードの音そのものより視覚による違いが大きいように感じる。

年齢的にはレコード世代の最後の方かと思っている 中学、高校と大学時代は主にカセットで社会人になりCDがメインになった といってもちゃんとしたオーディオ機器はなく ここ10年位で機器類は揃えた素人である。原体験としてもちろんレコードの音は色々なところで聴いていたがそれほどレコードの音を知っているわけではない ただここ4~5年ほど集中的にレコードばかり聴いていたのでひょっとしたらレコードの音は体に染みついたかもしれない…それでも音は目に見えないもので音色といっても人が頭の中で想像し比喩しているに過ぎない それぞれの感覚によりこの「色」も変わってくるように思う

アナログでもCDなどのデジタルでも最終的に音が出るスピーカー部分でその印象はだいぶ変わる。今まで聴いていたMinimaでは音色がオレンジ色をしている印象を持ったがアマトールにしてから赤と黒の音色に変化した あくまでも個人の感覚でありそれは人によっても違うはず レコードの音、CDの音はそれぞれが視覚からくるもの 体験からくる各自の捉え方、感性で大きくその音の印象は変わってくるはず。


オーディオは物理的特性を自分の感性に最適なように調整し音楽を楽しむ趣味かと思っている その特性をトコトン追及してそこで初めて音楽が生きてくるというアプローチの仕方と 音楽そのものは特性とは別というアプローチの仕方と両方あるように思う。オーディオマニアは前者が多い 後者はそもそもオーディオにはさほど興味がないし趣味と思っていない、自分は後者だが周りにマニアが多いのでそれを見ていると前者のような試みも「なるほど」と納得する事もあり面白さはあると感じている

レコードの音は同じアルバムでも盤の材質や製造国(製造機器)その工程により違いがあるらしい 更には録音方法、技術により違うなど物理的特性からすると何となく違っている気もするが一般の人はおそらくそんなこと考えもしないで聴く。 歌手や演奏者が同じであればその演奏や曲に何らかの感情を持ち自己判断(好き嫌い等)を下すだけである。

ひょっとするとレコードの音、いやCDの音、配信系の音云々なんてそもそも存在しないのではないだろうか? 見た目(再生する機器類など)で判断する自分の過去体験からの想像の音でしかないような気もする。そうオーディオの音は所詮 幻想の音でしかすぎない 実際にありもしない音を探しお金と時間をかけ時には音の違いとやらで喧嘩しもめる…当事者同士だけでもめる分には構わないがSNSの発達で他の人も巻き込んで大もめになってしまう。

最後は少し愚痴っぽくなってしまったがレコードの音にそれほど意味はあるようには思えない
自分にとっては過去に実際聴いた人の形見、思い出としてとらえている。

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ジミー・スミスの中では結構好きなアルバム 「サーモン」というタイトルからして鮭と思っていたら祈りのほうだった(;'∀') 大食漢のジミーのことだから鮭を抱えている姿にも思えた…
この人のフットペダルさばきはものすごいものがあり衝撃的だった 亡くなってから13年経つがオルガンの音よりフットペダルさばきとあのダミ声の印象が強く記憶に残っているのは音ではなくジミー・スミス本人を見ていたからだと思う そこにはオーディオやレコードが入り込む余地はない。
 
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by kurama66644 | 2018-05-20 11:55 | オーディオ | Comments(1)

スピーカースタンド

大型スピーカーやトールボーイ型のスピーカーの場合特に必要ないが小型スピーカーなどにはスピーカースタンドを用意する場合もある。
用意する場合もあると書いたのはマニア以外は実は結構適当に設置する場合も少なくはないからである。カタログなどを見ると意外とこのスピーカースタンドは高価な物が多い、メーカーサイドに聞くと需要が少ないのでそれだけ割高になるようなのである(本当かな?)ブックシェルフスピーカーには大抵はオプションとしてスタンドも売られているが見た目重視で必ずしもそれを用いて音決めをしたかは疑問である。

ソナスのMinimaを購入した時 スピーカースタンドは木工家具を手掛けている方に作ってもらった。というのも専用のスタンドはかなり高価でそして古いものであったため中々市場には流通していなかったからである。サイズもMinimaに合うように作ってもらったが高さが少し低く椅子に座って聴く高さと床に座って聴く高さの中間位の位置であった。
Minimaの取説を見るとツイーターが視聴する時 顎から胸の位置の場合とおなかの位置でのそれぞれの周波数特性のデーターが載っていた。その図には専用のスピーカースタンドを用いた場合の説明であったのでこのスピーカーには専用のスピーカースタンドを用いるのがマストであることを想定し音決めをしていたのであろう。

3月にアマトールを導入し専用台(スピーカースタンド)も購入した、逆にアマトールを導入するのが遅れたのはこの専用台が中々見つからなかったせいでもある。本体が程度の良いものがあってもスピーカースタンドが無かったり その逆のパターンもあった 決して安いものでもなかったので両方見つけてもその時 お金が無かったのも遅れた原因の一つでもあった(;'∀')

このスピーカースタンドは4つの異なる材質を使っている。一番下のベースが大理石で支える支柱が天然木、天板が鉄製である 更には天板の4隅にはゴムが付いており滑り止めになっている こうしたいくつかの素材の違う組み合わせのスタンドは初めての経験だがアマトールは間違いなくこの専用スタンドによる音決めをしている。
気になるのが天板の大きさでアマトールを乗せると半分は外にはみ出す…多少はみ出す分には構わないがただ乗せているだけなので何かの拍子に落っこちはしないか不安である。重量があるのと4隅のゴムで滑り止めが効いているので大丈夫かと思うのだが…

よく素材の音がスピーカーにのる ないしは被ると聞くが単一素材の場合はその傾向が強いと聞いた そうするとこのスタンドのように素材の違うものを複合して使うと素材同士が音を打ち消して固有の音を消す効果があるので結構有効なのかもしれない。

明るい音が聴きたくなりアマトールからMinimaに代え今週初めから聴いている。アマトール用のスピーカースタンドに乗せているのだがこのようにサイズ的にはピッタリする。Minima専用スピーカースタンドも基本的には同じ形だが支柱の木製の間が確か空いており耐荷重が軽くなっていたような気がする。
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家具屋さんに作っていただいた木製の特注スタンドより軽快に鳴り以前に比べ低音も深く沈む 
昔 JBLのスピーカーを持っていた先輩はコンクリートブロックの上に置いて使っていた キタサンが初めて使ったJBL4318には木製のスタンドの上に置いて使った。
電気的な影響とは別にこの振動系の影響は現代のオーディオを行う人の興味の一つだと思う。ガチガチに固めた筐体をいかに振動を消すかと腐心した作りの現代機器に比べ昔の筐体は逆に響きを利用する作りの物も少なくはない 実を言うと周りのオーディオマニアが言う素材の違いによる音の違い等 自分にはよく分からない…
きっと経験が足りないからなのだろう 耳も悪いのかもしれない 「音は何をしても変わる」とよく言われているが それならばそれが素材の音なのかどうか判別できるのだろうか?オーディオは総合的な結果として音が出てくるので単体での音の区別は難しいような気がすると最近になって思うようになった。今までアンプの音、スピーカーの音、プレーヤーの音はどうこうと書いてきたがそれがはたして本当にアンプの音だったりスピーカーの音なのか?そもそも単体では音はしない…。

スピーカースタンドの話はどこへやら(笑) 

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by kurama66644 | 2018-05-13 09:58 | オーディオ | Comments(2)

人に聴いてもらうという事

自分のオーディオの音を人に聴いてもらうという事は色々な発見が得られる。それまで気づかなかった事、理解出来なかった事が氷解するなど有意義であると思っている。

自分はオーディオを知ってから5年位一人黙々と調整していた 周りにオーディオを行っている人がいなかったしそもそも一人で弄っているのが好きだったこともある  
2年目位の時に身近に(職場)オーディオを何十年もやっている同僚がいる事を知った その人には技術的な事や素人にありがちな疑問など聞くことがあったが実際に家に来てもらって音を聴いてもらったのはそれから4年後ぐらいであった その方はこのブログでも時々登場する私のオーディオの師匠である。

SNSの発達で同じ趣味同士の交流がとても簡単にできるようになった。更にはそこからリアルな付き合い、出会いが生まれオフ会なるものも行えるようになった。お金と時間があれば場所や距離に関係なく日本全国いや世界中でも行き来できるのはすごい事である。キタサンもオーディオコミュで知り合った人たちと実際の交流をし相互オフ会なるものを行ったりしたが今は正直言って積極的ではない… 人付き合いはそれほど苦にならないがご招待するには狭すぎる環境なので一人ぐらいならまだしもそれ以上だと窮屈になり ゆったりできないだろうというのが一番の理由である。それとオーディオ以外の事を色々と観察してしまい極端な話相手の人生観のような事にも踏み込んで想像してしまう変な癖?があるの落ち着かない事が挙げられる 考えてみるとこれだけ世の中が個人情報漏えい云々と言われている中でネットで知り合ったというだけで初めての人でも自宅に案内、招待してしまうオフ会なるものはある意味非常に危険でもあり恐ろしい事でもある 日本人は島国で閉鎖的な人種であると海外から言われるが本当はオープンな人種なのではないかとも思えてしまう(笑)

そういう中 1年振りに若手オーディオファンのNさんのお宅に訪問した。オフ会には積極的ではないと言いながらの訪問で上記に書いた事と相反するかもしれないが他人宅でそれなりのスペースがあるお宅では問題ない(笑) 自宅が狭くて呼ぶのに申し訳ないというだけである(相変わらずいい加減ですね…) ただどうしてもオーディオ以外の所も見てしまう…歳が離れているせいもあり余計なおせっかいかもしれないが気になる事もあったので訪問に至った。

最近高価なカートリッジを購入したと聞くそのカートリッジでアナログ中心に聴かせていただいた
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最初に聴かせていただいたのが25年振りの復活「ABBA」の昔のアルバム この手の音楽は当時余り聴かなかったが同時代を生きていた自分にはとても懐かしく感じた
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ただ正直に言うとそれほどこのアルバムには感動はしなかった(;'∀') おそらく音源の影響だとすぐ分かった。次にかけていただいたのがクラッシックギターのアルバム とても奥行き感と臨場感がある素晴らしい再生である。ジャズ好きのキタサンのリクエストでコルトレーンの「ブルートレイン」を次にかけてもらった このアルバム キタサンはオリジナルではないがセカンド盤を所有しておりバンゲルダー録音の凄さを認識しているつもりだ。かけていただいたのがディアゴスティーニの復刻盤 この盤もキタサンは所有しており 本家との違いは認識しており余り期待はしていなかったがコルトレーンのサックスがいやに生々しく再生される おそらく自宅のシステムでこのディアゴスティーニ盤だとこれほどサックスの質感は望めない ちょっと驚いてしまった。ここまで聴いて1年前とシステム自体殆ど変わっていない 最近購入されたカートリッジによる影響が大きいのとご自身のアナログへの探求心と興味が再生技術を上達させたのではないかと想像する。次にカートリッジによる音の違いと称して3種類のカートリッジを手際よく交換していたのも慣れた手つきで行っていた。

その後オフ会では余りやらないのだが自分で持ってきたジャズのアナログ盤をNさんにことわりを入れ勝手に再生させてもらった(笑)
70年代の渡辺貞夫とクリフォード・ジョーダンのアルバムだが いやはやとても爽快に鳴ってくれる こんな再生久しぶりでとても楽しくなってしまった。今のキタサンシステムでは音色がダークになってこんな快活に鳴ってくれない(-_-;) ナベサダやジョーダンが10歳は若くなったようでこれはこれで良いと感じる。

8割りがたアナログで2割りはCDだったが個人的にはアナログの方が好みである。CD再生も高価なプレーヤーを持っているので悪いわけはないのだがアナログのほうがとても自然で奥行き感もある。 最後に総括でNさんから1年前と比べて音が良くなったか?アナログの音はどうだったか?等々…怒涛の如く回答を迫られ困ってしまった…

というのも良かったものもあるし余り好みでないものもあり相対的にはアナログの方がCD再生より好みであった。より詳しく言うとアナログ再生でも素晴らしく良かったものもあるし普通に聴こえたものもある CD再生でも良いものもあれば好みでないものもあった… これは何を意味するかというと音源に対してシビアな再生になっているという事だと思う システム自体フラットになりモニタールームで聴いている感覚なのである。良いものは良く聴こえそうでないものはそれなりに聴こえる 音源を選別するシステムとしては理想の姿ともいえるのではないだろうか? 部屋は一般の普通の部屋でありながら稀有な音出しかと思う。

オーディオに非常に熱心なNさんは自宅に人を呼びシステムの様子を聞く いわゆるオフ会を多くされる方である。人の言われる事を聞き参考にし改良して向上していく事は当然のプロセスだと思うがそこに落とし穴があるように個人的には思う。余りにも色々な意見を聞くとその人の個性が消えてしまいかねない、人は自分の理想を他人にも押し付けてしまう 結果万人に受けようと思うといいどこ取りをしてしまうものである もちろん自分の考えも持っていて参考にするだけと自身は思っていても権威やブランド、他の人の経験に流されてしまうのである。これは若かろうが年寄だろうがそうなる危険性はある。

オーディオの音は所詮 音源の音を機械で再生するだけに過ぎない。抽象的だがそこにその人の生き方が反映され自分はその音を聴きたいと思っている。
誰しも人生の音は持っていると思う その人の人生が見えない音は機器性能が良くても視聴環境に恵まれていても魅力は感じない 少し大げさな言い方かもしれないが人に聴かせるというのはそれだけの覚悟がいると思っている。

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久しぶりに聴いたけどこのアルバムもgood! Nさん辛辣な意見申し訳ない レコード棚、CD棚は整理整頓して下さい ありがとうございました。

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by kurama66644 | 2018-05-06 09:12 | オーディオ | Comments(4)

ニアフィールドリスニング

昔のオーディオ雑誌にオーディオ評論家で音楽家の和田博已さんが「ニアフィールドリスニングの快楽」という記事を書いているのを見つけた。
この雑誌の発売時期を見ると2008年だから自分がオーディオを知って1年目位の時で夢中になっていた時期でもある。まだオフ会等は行っていない時期でオーディオ店や視聴会、イベントなどに参加し 高価な機器類を羨望していたのを思い出す。機器だけではなく聴く場所も広くなきゃとかケーブルも高いのはどんな音がするのだとか日々妄想していた(;'∀') あくまでも一人でコツコツ行っていたので妄想するだけでお金が増えるわけでも使えるわけでもない それなりのペースで行っていた。ただせっかちな性格な事もあり色々試したいと思い 買える範囲で機器類も買い替えていた それを私のオーディオの師匠が買い替えは早すぎるとたしなめてくれた 確かにペースは速かったので言わんとすることは分かるがその当時は好奇心旺盛だったのでその忠告も余り聞かず短期間で色々試していたことを思い出す。前回のブログにも書いたがちょうどそれからほどなくして会社が無くなったので散財も出来なくなった…まぁ金の切れ目が縁の切れ目でちょうどよかったのかもしれないがオーディオ機器はそのままだったので今のオーディオスタイルがあるのかもしれない。その時に色々試したことが今は余りやらないがオフ会などでオーディオのベテランや猛者が沢山いる中 その会話でオーディオ的な話に何とかついていける下地にもなっていたので場をしらけさせないで済んでいるのかもしれないと思っていた。

話は脱線してしまったが和田さんがいうニアフィールドとは正確に何m以内とか正しい数字があるわけではない、和田さん自体は1.8m位の位置で聴いているようだが本人曰く 日本の一般オーディオファイルもそれに近いか若干遠い位 だそうだ。確かにキタサンも今の視聴距離は2.3m 以前の10帖位の部屋でも2.5mぐらいであった。
あーっ自分も結構普通なのかと思って記事を読んでいると 今度はスピーカー間隔の事も付して書かれていた ニアフィールドでもスピーカー間は2mぐらいはあった方が好みであり狭いと奏者がその中で窮屈に演奏しているようで申し訳ないとの事…実際大きなスピーカーを所有されているので2.15mぐらいの間隔で聴かれているらしい。

キタサンは以前の部屋では1.7mぐらい間隔を開けていたが現在は1.4mである(-_-;) これは部屋の使い勝手、広さ、構造上MAXの位置で変えようがない。横配置という手もありそのために試したのが対向法という向かい合わせにする特殊な配置で部屋の横使いで聴いていたこともあるが見た目上変な感じでもあった(笑)

一般的にサウンドステージを再現するのがオーディオの醍醐味のようなものであるから部屋の広さに関係なくたとえ箱庭的にもそのステージが出現できれば面白いと思うのだが 今は音が立体的に出るとか奏者がそこにいるようだとかその辺りは余り興味が無くなったのでどうでもよいように思っている。それより奏者の情念が聴き取れる音色の方に興味が湧く アマトールを導入してから意識はそちらの方にいくようになった。

作曲者の思いを奏者が解釈し演奏する 本来はその場限りだったものが録音という技術で不特定多数の人々に伝わる それを再生する機器類を作った人にも思いや情熱がある。最終的には聴いているリスナーが判断し色々な思いを持つわけだが部屋というのはその副次的なもので本来それほど意味を持たない オーディオは部屋の音でそれがとても影響を与えるというが確かにその通りだと思うし このブログの前のタイトルが「部屋の音とレコードの音」というぐらいで部屋について意識はしていた。
それはあくまでも音の話で奏者や機器製作者の情念の話とは違うところにあると思っている。(部屋そのものについては否定していない)

「キタサン 部屋はオーディオ(音楽)には余り関係がないよ」と言ってくれたベテランオーディオファイルの言葉を今実感している。

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最近よく聴くヘイリー・ロレンのアルバム 私的には青い影が好みである。ちなみにニアフィールドでは聴いていない 隣の部屋でその音色を聴いている そのため音像や定位など意識しないで済む。

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by kurama66644 | 2018-04-29 13:02 | オーディオ | Comments(0)

オーディオの終着点

果てしなき道で死ぬまで到達出来ないと あるベテランオーディオファイルから聞かされた事がある。山も頂上が到達点だとすると自分はまだ4~5合目位だよと何十年もオーディオに関わっている方からも言われた事がある。

オーディオを知ってから10年経つが死ぬまで到達できるのかなんて全然分からないし 自分が山の頂上を目指しているわけでもないのでどれぐらいの位置にいるのかも分からない。ただ到達出来ないのは何かしら目的、目標が合ってその基準に達していないからそう感じるのだと思う  そして比較する何かしらの音?装置?環境?など体験してそれに比べてどうこう考えているからではないかと思っている。

実はオーディオはもう止めようかと思っている(;'∀') 別にオーディオ機器を無くすとか音楽は聴かないというわけではない…

今年に入り布団部屋のデスクトップオーディオに始まりアマトール、真空管アンプ、CDプレーヤー導入そしてアナログ(特にオリジナル)収集の終息、モノラル再生の停止などオーディオに関わる色々な変化があった。特にアマトールの音を聴いてから心の中が空っぽになってしまった… 理想の音 優れた音、バランスの取れた音などの優秀な音では決してない それどころか今まで聴いてきたそして自分の奏でていた音からするとアンバランスな音のような気がする 結論からしてもう弄りたくないし あれこれ変化を楽しむという感覚も薄れてきた。セッティングやアクセサリー、アナログならカートリッジを変えてどうこうとか殆どする気になれない…。
これは音がヘンテコリン?になりイヤな感じの音しかでないから もう面倒くさいとかそういう事ではない オーディオ機器を含み そこから奏でる音が生活空間の一部になってしまったからなのかもしれない 何かしら求めているとその行為は達成されるまで続く 趣味とはそういう側面があり下手にのめり込むと大変な目にあうこともしばしば…それが楽しいという人もいるのかもしれないが家電や調度品を始終弄る人はそう多くない 適度な手入れをするぐらいが普通であろう 過剰なぐらい日々あれやこれや弄るのはそこに思い入れがあるからなのかもしれないが普通ではない (それが悪い事では決してない) 愛情と執着心は表裏一体でもある。

最近は真空管アンプとCDプレーヤーの組み合わせでアマトールを鳴らす事が多い、時折QUADアンプにつなぎ直しアナログを聴く 部屋の中のどこかしら空間を割いて濃厚な音で音楽が聴こえてきている 気づくとジャズだけではなくクラッシックやPOPSをかけている。

山の頂上を目指すのではない 道なき道を歩き続けるのでもない 普通にそこにある道を歩く  その道が起伏があり上り下りがあるかもしれないし平坦な道かもしれない それでも普通に歩く 山に登るような重装備の必要もない 雨や風がある時に少し備えておくだけで十分。
所詮趣味なのである。人生の大事な時、危機の時に趣味なんて余裕は生まれない 50歳を目前としたところで会社が無くなり社会に放り出された その時はまだオーディオを始めて間もない頃であったがオーディオ機器は売却することなく音楽を聴いていた。高い機器類ではなかった、それでも売れば生活の足しになっていたと思うが何故か売らないでそのまま音楽を聴いていた その時も生活空間の一部として音を音楽を聴いていたのだと思う 人生の危機なのに平常心を保たせてくれた それはごく普通の音であったように記憶する。

3年後に社会にようやく復帰し人並みの生活が徐々にできるようになった。この歳である程度まともに?社会復帰できたのは運が良かったとしかいいようがない オーディオ機器はそのままであったので今度は「趣味」としてオーディオを弄るようになった。
オーディオコミュの参加もそれに拍車をかけた 立派なオーディオ装置、豪華な部屋、専用部屋など驚く事ばかり 自分とは世界が違うと感じる それは今現在でもそう感じている。それは趣味としてとらえると納得出来る 経済的余裕からくるヒエラルキーや自己主張、自慢などどうしても存在する しかしそれなりの立派な意見をいわれても何百万もする機器類を所有していたり ちゃんと住むところもあるのなら自分には何も説得力は感じない。もちろんそこまでいくには目に見えない努力と情熱、才能があってのこと お見それしましたと言うしかない。

アマトールから空間を割いて不思議な音が聴こえる 近くの古くなった冷蔵庫のヴーンッという唸る音とちょうどユニゾンで生活空間を奏でる 最近では導入した空気清浄機のfanの音も音楽と共に鳴る 音を追及するのならノイズはご法度であるが生活空間にはノイズがあるのは当たり前 生活音と音楽が同居しているのだ これって普通だよな~(というかそういう環境で長年聴いてきたので…)
ユニゾンリサーチの真空管アンプのハム音が気になる こちらの手入れ修理から始めようか お金がかかりそうだ…QUADアンプの方が音楽聴かせてくれるから元通りそちら1本で聴こうか 真空管アンプの濃い音も魅力的だし…これだから趣味は煩悩が巡る 困ったもんだ「趣味としての」オーディオは自分の中では終着点を迎えた感じが一瞬したが 中々達観するにはまだまだ先の話のようである。  

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布団部屋のCDプレーヤーが完全にオシャカになった… 今はDualのプレーヤーでBONSAIスピーカーをドライブ CDプレーヤーの方がやはり楽である。


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by kurama66644 | 2018-04-27 11:12 | オーディオ | Comments(5)

ジャズ床屋再び

昨年10月オーディオコミュのMさんからの誘いでお伺いした都内「ジャズ床屋」 半年ぶりでおじゃました。今回もそうだが髪を切りにいったわけではない…そう夜のオフ会なのである 昼間はお客さんがきているので終わってからのオーディオオフ会で店主には疲れているところ申し訳ない気分である。

今回の誘いは今年の初めくらいからあったのだがキタサンの都合で延期になりようやく実現できた次第である 更にはあのじゃじゃ馬の4343をジャンルを問わず自然に鳴らせるよう店主の嗜好を考え調整アドバイスした店主のオーディオ師匠が同席されるというのでかなり緊張してしまった(;'∀')

前回は駅の近くなのに迷ってしまったので今回は早めに到着 当然ながらまだお仕事中…待合室で座り待機していた ほどなくして最後のお客様も帰り師匠のAさんが到着ごあいさつした。店主から厳しい人とうわさを聞いていたが柔和な感じでとても話しやすい方であった そして一本筋が通っている厳しさも伏せ持っている そう梅澤富美男のようなオーラーが漂っていた。

師匠は私と同世代で同じ時代の空気を吸っていたこともあり話は弾んだ 更にこのブログも短期間で熟読?されていたこともありこちらの言わんとしている事もなんとなく分かってくれたようである 過去に書いた記事などもしっかりと読んでいただいて恥ずかしいやら そういえばそんなことも書いたっけな?と書いた当時を思い起こしたりで懐かしい気分にもなってしまった。

若いころからオーディオを行っている大ベテランで色々な機械をとっかえひっかえされ試行錯誤しながら現在に至る SNSがなかった時代からだから自分で試すしかない 今のようにネットで検索なんてお手軽なことはできなかったのでベテランの人やオーディオ店の方に聞いたり最後は自分の感性で決めるという その時代では当たり前の事をシッカリ行ってきた。師匠曰く「ここ2~3年でようやく音楽が楽しく聴けるようになってきた」色々自分で試した結果として素直にその結論に行き着く事は誰でもできる事ではないと思う。オーディオは科学であり物理でもある それと音楽が融合したものが自分の感性に合うのかどうか試される趣味でもある キタサンが足りないのはその物理であり科学である事実をおざなりにして感性だけで進めていっている事なのではと今回改めて考えてしまった。(※そのことに関しては自分なりに結論がでたので又 別の機会に書こうと思う)

肝心のオーディオオフ会の方だが壮観なJBL4343から奏でる音はJBLらしくない?とても素直な音であった これは明らかに店主の好みの音に作ってある 前回来た時よりさらにジャンルを問わず鳴らせるように調整されたような気がする。仕事がら色々なお客様が心地よい気分で聴く前提もあるだろうし何より店主が気分よく聴けるには今では少ない大型の広いバッフル面を持つこのスピーカーの押し出し感を若干セーブする必要があったに違いない。単純に趣味で自分だけ聴く分にはもっと色濃く出るようにする方は多いと思う。
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ジャズも多少はかかったが森進一、青江美奈、八神純子、稲垣潤一、高木麻早など昭和歌謡大会になってしまった(笑) 送り出しのHDプレーヤーの影響もあるのだろうか自宅で聴く(アナログ)癖のある歌声ではなく素直な歌声がビールを飲みながらほろ酔い気分で聴くにはとても心地よかった。 今回もマッキンのプリ使用、マークレビンソンは余り好みではないよう…写真は前回にはなかったローテルのアンプ

夜7時からのスタートで11時過ぎまで長居してしまい店主並びに師匠申し訳ございませんでした そしてお疲れさまでした。とても楽しい時間でした。


本日のアナログ… 昨日の余韻と共に
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by kurama66644 | 2018-04-22 11:03 | オーディオ | Comments(2)

ネオビンテージ

知らず知らずのうちに揃えた機器類は80~90年代の今から30年前の製品が多い。ちょうどオーディオが元気な時期の物である その頃は家にはオーディオ装置は無かったし第一全く興味はなかった 逆にその時分のオーディオ熱が時空を超え今頃になって蘇り機器を通して自分を引き寄せたのかもしれないなどと夢想する。

Minimaも良いがアマトールのその不格好な姿(自分ではそう感じている)と蠱惑的な音色は好みである。真空管EL-34の炎がシンプリーフォー本体の天然木を照らす時 音に渋みがのる。マルチビットのスィングアーム方式CDは古典的だがとても優雅な音を出す そしてそのコンパクトな外観も同じメーカーQUADのアンプ同様 小粋である。
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アナログに回帰した時 欲しくて欲しくてたまらなかったのはこのE-06のフォノイコライザーであった。ようやく手に入った時の喜びは今でも覚えている。それ以来自分のアナログ再生の基点ともなっている。

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アナログからCDへ移行する時期 アナログプレーヤー製作者の最後の意地を見せたのがケンウッドKP-1100でありその弟機のKP-990であった。
ひょんなことからそのKP-990を購入しLP-12やTD-521などの名機を使っていたが最後に残っているのはこの普及帯価格のKP-990である。

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ラックスマンの中級機 C-600fやM-600Aを所有していた事もあるが90年発のプリアンプC-06αはまた別格の魅力を持っている。昔のマッタリとした緩さと現代の切れ味鋭い音のいいどころを付している。汎用性が高いこともあり現在でもメインで使っている。

QUADはプリよりパワーの405に衝撃を受けた 今まで国産のパワーしか使ったことがなかったがこちらの405を使い部屋の空気感が変わった。とてもシンプルな構造で比較的安価な製品なのに音楽性豊かである。プリの44は使ったり使わなかったりだがこのパワー405は部屋の中心的存在である。(※CDプレーヤーの後ろに置いたので見えないが…)

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古い製品ばかりだがまだビンテージになり切っていない「ネオビンテージ」オーディオが盛んで元気だった頃の製品でこれからが熟成期であろう。

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こちらのトーレンスは年代的にビンテージであるが このネオビンテージ品類の中では少し浮いてしまうかもしれない。元々は大衆機であったのが周りが神格視しすぎて高額なものになってしまった。当時の雰囲気と今にはない独特な風味は味わえるがこれだけではその当時の再生の全容は表現できない…かろうじてステレオ再生を意識した時期(65年前後)の製品なので現代の機器に合わせられないこともないが自分には宝の持ち腐れなのかもしれないと感じてきている。


 


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by kurama66644 | 2018-04-15 10:12 | オーディオ | Comments(2)

蠱惑的(こわくてき)なオーディオ

あえて魅力的とか魅惑的という表現を使わないで蠱惑的と表すにふさわしいと感じている。

オーディオ機器に対して愛着が持てるなど使っていて感じる事はあるが導入したソナス・ファベール エレクタ・アマトールとユニゾンリサーチ シンプリーフォーの組み合わせはそれほど蠱惑的なのである。

オーディオがある部屋は普通の洋間だがこのスピーカーとアンプで雰囲気はかなり変わる。音を聴く前にその特徴的な外観からなにやら怪しい?気配が感じられる。

所有しているQUAD405パワーアンプの意匠も日本にはない独特なもので そこから発する音は力強く品位が感じられたがエレクタ・アマトールは音楽を発信したい熱望のようなものが感じられる。きめ細やかな正確な音では決してない どちらかとルーズで大らかである そのある種いい加減さが心のゆとりをもたらす。
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フロントバッフルのはみ出たウーファー ちょっと不格好だ(;´・ω・) ツイーターとウーファーを可能な限り近づけているのはより点音源に近づけようと工夫したのだろうか…。
専用台は大理石と天然木材そして天板が鉄製と3種の違う素材を使っている、更に天板の鉄の4隅にゴムを配置 明らかにアマトールより小さな面積の天板に乗せるだけ これで地震でも来たらひとたまりもない(笑) イタリアも地震国なのに大丈夫なのだろうか?
今では手に入らないブラジリアンウッドのハカランダ材は叩くと硬質な音がする。Minimaも天然木材を使っているが響きが明らかに違う Minimaのほうがギューッと固めた感じがしエンクロージャー自体の鳴きを抑えているように感じられる それに対してアマトールは硬質でありながらあえて鳴かすようにしているようだ。
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真空管の魅力はまだ素人なので上手く説明できないが今まで聴いてきた真空管アンプの中でもこのシンプリーフォーはかなり濃い音がするようだ。もちろん真空管の種類、国籍?により多少は変わるのだろうが国内外のいくつかの既成メーカー品のなかでもこのユニゾンリサーチは石のアンプに比べより真空管らしさ(濃さ、柔らかさ、暖かさ)が強いように思う。

アマトールで聴くボーカルや弦は何ものにも代え難いとの批評を読んだ記憶があるが実際聴くまでは多少大げさに書いたものかと思っていた。そうしてアマトールでボーカルや弦を聴き、更にアンプをユニゾンリサーチの真空管アンプに替えると…批評は決して大げさではなかったと感じてしまったのである 参りました。

最近のジャズは余り聴かないがこのシステムから奏でるこちらの歌手 ヘイリー・ロレンの歌声はまさに蠱惑的である
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by kurama66644 | 2018-04-08 09:24 | オーディオ | Comments(0)

モノラル再生の挫折

ユニゾンリサーチの真空管アンプは私的にはとても面白く色濃い音を出してくれる  外観も木を一部使うなど味わい深いものがある…そういう事を考えながらアナログに回帰し約5年 そのきっかけはモノラル再生であった事を思い出す。

好きなジャズの元の音を知りたい!  そうなるとCDでは所詮再発 50、60年代はCDではなくレコード更にその前はLPではなくSP、蓄音機の世界  その元の音を知るため当時のオリジナル盤を探っていった。 どれがオリジナルなのかネットも含めてマニアの方から教えてもらい自分でも勉強?した 当時のカッティングマシンが当然モノラル用で溝の深さも違う、針の太さもモノラルでは違ってくる、針圧も違う 現在のステレオアナログ再生とは違ってくる。
モノラルのオリジナル盤も色々買った、当時のモノラル専用太い針も買った、50年代~60年代のプレーヤーも買った。
そこで再生するモノラル音源はステレオ再生とは違う深いものがあった。しかし自分に出来るのはここまでであった…

ベストは当時の機器類で再生するのが良いとの意見も多い その通りだと思う。スピーカーもモノラル時代のハーツフィールドやらクリプシュホーンなどあり プレーヤーだけではなくフォノイコライザー等も重要である。アームもSMEの当時のアームは揃えたがモノラルではやや軽量級か? そしてなによりも部屋にそんな当時の馬鹿でかいスピーカーが置けるのか? オリジナル特にモノラルの現在の馬鹿げた高価な盤を買い続ける事が出来るのか? そういう事が出来るのはおそらく一部の人だけだろう。

今回アマトールを買ったのもそしてその前にMinima、QUADのアンプ類を買ったのもいったんは捨てたCDをもう一度再生するようになったのも自分のオーディオの指針が自然とそうさせたのだと思う。
オーディオ自体幻想の音として捉えると今の自分のモノラル再生はとても中途半端 それよりもごく普通の生活している部屋でアマトールやユニゾンリサーチの真空管アンプを使いCDやアナログのステレオ再生するほうがとてもシックリくる。オリジナルの音はとても魅力的だが今ではあまりにも高級品となってしまった。オーディオのビンテージ品も人気の為かそのものの価値が本当にあるのかないのか分からないまま高額化してしまっている。

ビンテージ化までいっていないQUADの昔の製品など品位はありながらまだまだ庶民的である。アマトールはそこそこの価格であったが所有する初代Minimaの状態の良い物は15万で京都の方から譲り受けた。2008年に復刻したMinimaビンテージは50万ぐらいの価格に跳ね上がっていた  驚きというよりはあきれ返ってしまった。性能はアップしたようだが初代Minimaを作ったフランコ・セルブリンの魂は復刻版には感じられない。

アナログプレーヤー2台をステレオ、モノラル再生用と分けていたが今は両方ともステレオ針を付けている。トーレンスには先日も書いたがMC20MKⅡの低出力のMC針、ケンウッドのプレーヤーには廉価品のシュアーM44-7のMM針 中々良い感じで鳴っている。

元の音を知りたいとオリジナルを探っていったが本当の元の音は盤だけでは再現できない。オリジナルを知って不完全だがその凄さやニュアンスの一部は感じる事は出来たと思うし知らない世界を体験でき 自分なりに満足がいってよかった 80~90年代に国内外のジャズの巨匠達の音楽を生で聴く機会が沢山ありその音楽は自分の中には生きている オーディオに出会わなければ実際に聴いてきたその音楽を思い起こす事は少なかったであろう 感謝である。

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好きなアルバムの一つだがもちろんオリジナルではない。この中のドーハムとヘイズ以外は何度か実際の演奏を聴いている。オーディオで幻想の音として聴くには再発でも充分である。

集めてきたモノラルオリジナルは一部を除いて売却しようと思っている。
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by kurama66644 | 2018-04-07 09:55 | オーディオ | Comments(0)

ハム音

真空管アンプ シンプリーフォーを購入して困ったことが一つ出て来た…それはハム音である。

基本CD接続で聴く前提でありCDプレーヤーに繋げていたがアナログでも面白そうと思い狭い場所ながら配置等見直しトーレンスのプレーヤーに繋げてみた。今までモノラル針をトランス経由で聴いていたが昨年12月に購入した「濡れた音」の出るカートリッジMC20MKⅡに変え 音出しをした。まぁ普通に聴けるなぁと思っていると静かな音の際「ブーン」というなにやら怪しい音… これはもしやと思いプレーヤーを止め音量だけを上げてみる そうするとブーンという嫌な音(笑)

ハム音は色々な理由が考えられるがフォノイコのアースに接続されていない場合など単純な理由からプレーヤー内のアースシールドが不完全であったり交錯するケーブル同士が干渉してハム音を誘発したり トランス同士の接近によるものだったりと中々一筋縄ではいかない場合も多い。今までラックスマンやQUADの石のアンプを使っていた時は特に問題がなかったのが真空管アンプに変えアナログに接続したときだけ起こる (CDでは問題無し)。部屋の中は生活音のノイズ等普通にするので特段神経質にはなっていないがこのハム音は勘弁だ(^_^;) もっともジャズ中心なので音にハム音が消されて聴けない事もないのだが このハム音意外と音楽にも影響していつも聴いているのとニュアンスが違って聴こえるので厄介である。

結局は視聴位置横のプレーヤー等置いてある棚に置きそこでCDとアナログを接続聴く配置にしたのだが再考し真空管アンプとCDプレーヤーをスピーカー間に置き アナログは2台体制で元の視聴位置横の棚に設置し直し送り出しはラックスマンかQUADのプリアンプそしてパワーをQUAD405とアナログ、CD2系統の設置に変えた(^_^;)
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本当はスピーカー間に何も置かないシンプルなものにするつもりだったのだが仕方がない。
逆にアマトールに真空管アンプ更にアナログだとちょっと濃すぎてしまう(^_^;) CDに接続するのがちょうど良い感じではある。久しぶりにケンウッドのプレーヤーにシュアM44-7を付けて聴くと押し出し感と濃度が増していい感じに聴こえる 安いプレーヤーと安いカートリッジでも繋ぐシステムにより色々変化があり面白い。

先日アマトールを聴きに私のオーディオの師匠が遊びに来られた その時点ではまだ真空管アンプは導入していなかったのでアマトール以外は従来の機器類で聴いてもらったのだがアマトールに対して面白い批評をしてもらった。
「音の中心線(芯)は1本ビシッと存在しているが音がどこから飛んでくるのか分からない」と体の位置をやたら変えながら横にいったり前にいったりのけぞったりと音の所在を確認していた。あくまでもオーディオ鑑賞という視点でとらえると定位や音像は気になるがそういう事はこのスピーカーの前では無意味である事を改めて認識した。

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by kurama66644 | 2018-04-06 13:16 | オーディオ | Comments(0)

ジャズは好きです!


by キタサン
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