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歌謡曲再生システム

狭い部屋に2系統のシステムを作って自分でも呆れてしまうのだが歌謡曲を聴けば聴くほど同じブルース感覚でもジャズと違うと分かってきた。
これが昔のようにテレビやミニコンポ等のお気楽システムだとそれほど気にかけなかったのだが今のジャズを聴く感じとは多少違う風にしないと上手くいかんと思い 機器の組み合わせ等を変え再生してみた。
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上流機器をオーディオデザインのプリとケンウッドのプレーヤー、ラックスマンのフォノイコの組み合わせ ケーブルの長さが丁度いいのがなくフォノイコの上でとぐろを巻いているのはお愛嬌…

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パワーアンプを同じくオーディオデザインのパワーにした。ジャズはある程度いい加減にやっているのだが歌謡曲は価格はともかくとして基礎部分がしっかりした機器類を使いたくこれらを選んだ 感情表現が下手な日本人の歌を西洋風に起伏激しく再現してもとたんに下品になってくる それこそ音源を素のままでが理想かと思っている
もっと理想を言うとスピーカーも日本製にしたかった…カートリッジも含めスピーカー以外は日本製である。そしてこの時はスピーカーもアマトールからMinimaに変えている アマトールは癖があり より西洋風に濃くなってしまうからである('◇')ゞ

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久しぶりのMinimaの登場 やはりキタサン部屋の狭さにはMinimaがジャストフィーリング(笑)

レコード等の音源がジャズが多いのでどうしてもQUAD3兄弟とトーレンスで聴くケースが多いが歌謡曲はこのシステムがややよく感じる。

QUADのアンプは元々 このMinimaのように低能率のアンプをドライブするのに適している アマトールはとても不思議なスピーカーで驚きの連続だったが現実的な選択肢としてはこのMinimaが価格的にもシックリくる。今は2系統として少し遊んでいるがもうそれほど複雑なシステムはいらなくなっている あくまでも一時的に試してみただけ ジャズのソフトも減らすことはあるがもうこれ以上増える事もない 歌謡曲は面白がって最近買っているがいずれ落ち着くことになると思う そうなると2系統も必要なくなり縮小されることであろう  ソフトだけではなくオーディオ機器ももうこれ以上必要ない 最後に残るものは何か ある程度自分の中では予想がついている

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by kurama66644 | 2018-11-11 08:39 | オーディオ | Comments(0)

CD再生が好調な理由

QUAD44プリの後期型を迎えてからCD再生が好調である。オーディオを始める前からミニコンポ等でCDは再生していたがその期間も含めてここ何十年かの中で今が一番シックリきている。現在と違いオーディオを始めた当初は分不相応にCDプレーヤーも数十万のものを使っていた その時に比べても今の再生の方が良く感じる。

前にも書いたがQUAD44の後期型はゲインを3つ選べるそれが上手くはまった事とアンプ(プリ+パワー)とCDプレーヤーが同じ時期のQUAD製で統一できたからだと思う。
厳密にいうとQUAD初のCDプレーヤーと後期型のプリはシリーズが違うがほぼ同じ時期の物であるそしてこのCDプレーヤーはマルチビット方式のスイングアーム搭載のプレーヤーである 現代の制振性を強化した強固なプレーヤーと違い筐体も弱く そばに近寄るとディスクが回転する音も聞こえる(笑) ただ出てくる音は実にアナログっぽい優しくそして激しいものだ 現代のプレーヤーでは表現できない世界がある それを今までの機器類等の組み合わせではアンマッチ状態でプレーヤーが持っている本来の力を発揮できていなかったのではないかと想像する。もちろん電源環境を変えた、部屋を変えた等 変化する原因はいくらでも作る事は出来る ただそういうのは自分はそれほど興味がなくマニアの方にお任せする事案なのである。

上記にも書いたがCDがアナログっぽいとはどういうことなのか…色々人によって感じ方があると思うが音色が柔らかいとかきついキンキンした音がしない、ゆったりした浸透する音がするなどあるが自分が感じたことは「音が混ざる」という事ではないかと思う。
音が混ざる、混濁するなんてオーディオでは余りよいイメージはない 特に現代ハイエンドはこれでもかと言うぐらい音の分離がハッキリし音像が手に取るように分かるのを善しとしているように感じる 俗にいうリアルにとか目の前で演奏しているかのようにとか言われる。

そもそも集団で音楽を鳴らすのは各個人の音色をブレンドし新たなものを作るのにそれを分離させてどうするのかと常日頃思っている。特にオフ会など行くと混ぜるより分離する方向のお宅が殆どである それはテレビや映画などの影響で「見る」事に慣れたせいもあるかと思う 音は聴くもの感じるものが目で確認できる「音像」を出すのがすごいオーディオとなっている もちろんそれはそれですごい事なのだが本来は感じる聴き方をして見る聴き方はしていなかったのではないだろうか?そう思うようになったのはアマトールを導入してからより感じる。アマトールは音像を出さない 傍目には何となくどこで鳴っているか分からない感覚に陥る 定位がシッカリするのが現代スピーカーの絶対条件のようだがそれと相反する それでは無指向性スピーカーかというとそれとも違う 無指向性スピーカーは逆に定位がハッキリしている。

誤解があると困るのだが分離が悪いわけではない むしろ分離することで情景がより分かるので良いことでもある これはあくまでも個人の嗜好の問題で否定ではない。
しいて言うならば音だけ聞く分には分離されていたほうがハッキリ分かり気持ち良いのかもしれないがまぜこぜになった音楽も面白いということである。

えーっと何の話していたのだっけ? CD再生が好調な理由でしたね… アナログっぽい音がするから好調 と言っても最近はアナログブームとやらでその再生の考え方が昔とは違っているようにも思うので形だけアナログでも実態はデジタルに酷似した再生もあり区別がつかなくなってきているようにも思っている…

結局は何となく好調に感じているというただそれだけ…
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QUAD3兄弟である。普通の木製の棚使用 専用の高価なラックでしっかり置くなんて そこまで要求していなかった時代の物 本来はこれぐらいで十分。
今は やりすぎの人が多い、これとスピーカーがあればあとはもういらないかも?と思える今日この頃。

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by kurama66644 | 2018-11-04 10:19 | オーディオ | Comments(2)

QUAD44の後期型

QUAD44のプリアンプ 右側のスピーカーから音が出なくなりオーディオデザインのプリを現在 使用しているが端正すぎていささか面白みに欠ける…
年末まで修理を控えていて どうしたものかと考えている中 同じQUAD44のプリで中古だが掘り出し物を見つけた コンデンサーも新しいものに代えメンテナンス済のものである 修理代と大して変わらない金額なので少し悩んだ末 後期型を購入した。
現在使用していたのが中期型と言われているものでCDのセレクトボタンがついている事から84年頃の物だと思われる 44のこのプリは初期、中期、後期とあり筐体は同じだがセレクトのボタンの色 外部接続のインターフェースの違いがある 使用中の中期型で使い難かったのはDIN端子ケーブルが必要であったことだ CD/AUX接続はRCA端子だったが他はDIN端子であった 当初はCDは聴かなかったので問題なかったがCDプレーヤーを再び買い直して聴くようになったので最低2系統接続の必要があったその切り替えが面倒であった。(DIN端子からRCA端子切り替えケーブルが必要)
この後期型は全てRCA端子で更にパワーアンプへの出力ゲインが3つ選べる 中期型は2つだけだった。KP-1100のプレーヤーにしてからシュアーM44-7の出力が高いカートリッジを使う関係上 いくつかのゲインが選べるのは非常にありがたいことである
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(写真上は中期型 下が後期型)
2台重ねて撮影したものだがボタンの色と外観の塗装の色が違う ボタンの色に赤や黄色がある方が遊び心があって好みであるがグレー一色も精悍な顔つきをしているようで慣れれば良いかも(笑)

シリーズは違うがこれでプリとパワーCDプレーヤーと同時期のQUAD製になった。早速CDを再生するととても良くなった(笑) 具体的な表現は書かないが兎に角良くなったと思う シックリくる感じである ところがアナログを再生すると超元気な再生に驚いた…  これはゲインが高すぎ(;´・ω・) 今までのプリで使っていた5Vでは高すぎるようだ つなぎ直し中間の1.6Vにしてようやく普通に近くなった まぁこんなものかなと思いながらしばらくこのままで使ってみようと思っている。ちなみにCDに切り替えると音は弱まったがボリュームを少し上げると元気よくなり問題はない。これより下だと弱すぎるのと思うのだが試していない あとカートリッジが高出力のMMを使っているのでこれをMCにすると又 違ってくるように思う。

QUADのこの機種の音質調整は独特であり以前にも書いたが音源の質を変えないで音質調整が出来る優れものである イコライザー機能と言ってしまえばそれまでだがデジタル的に極端に変えるのではなく自然に変化していくのは素晴らしい ゲインの問題と言いこの音質調整と言いポン置きで手軽に鳴らすアンプではない事が分かる。

あくまでも家庭内で聴くものなので部屋等様々なファクターが影響して原音に最も近い再生が生まれるなどありえないと取説にも書いてある 変化を分かるのは良い録音を良い機器で聴く事 それはけして高価な機器ではないなど 社名のQUADから由来するその意味 家庭用でハイクオリティのある機器を推奨し音楽を楽しむために役立ってもらうその姿勢は見習うべきものがある。普通に生活する部屋で専用室でもない そういう場でこそ活躍できる質素で価格を抑え音質調整などリスナーに快適な味わいをしてもらうこの時代のQUAD製はハイエンドとは一線を画く。現代オーディオは高性能、高価格と特別な人を意識した製品作りになっている 部屋自慢、機器自慢など競争が好きな人は自然とそういう方向に行ってお互いに集うことだろう 選ぶのは個人の自由なので何を選んでもよいと思う ただそういう人たちとはおそらく話も合わないし食い違いもでてくるだろう 自ずと疎遠になってくることと思う。

自分好みのジャズ再生に今まで調整(合わせて)していたので歌謡曲 特に昭和のものは再生に苦労する 同じ大衆音楽でもジャズと歌謡曲ではブルースのフィーリングが違う ある程度下世話になってもジャズは何とか聴けるが歌謡曲では本当に品が無くなってしまう その辺の塩梅が今の  自分のオーディオの腕では難しい。中々オーディオも手ごわいと感じている。


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by kurama66644 | 2018-10-28 09:15 | オーディオ | Comments(2)

オーディオとは旅のようなものである

オーディオは旅(旅行)のようなものだと思っている。行って観る(聴く)場所は音楽の風景であり行く手段として車やバス、電車、飛行機等々色々ある その手段としての乗り物がオーディオ機器ともいえる。音楽の風景が見える場所は旅をしなくても散歩していても見る事ができる そこで何かを感じるかあるいは何も感じないかはその人の感受性にもよりけりである そして身近な風景より旅先での自分の知らない世界の方が何かしらの刺激を受けやすいのは皆が感ずることであろう。 だからそういう装置(手段)を持ちえた人は旅に出て心の変化を求めさまよい続けるのである。

いきなり変な例えを出してしまったがそれにはわけがある。最近よく耳にする「PCオーディオ」がよく分からない…キタサンの周りにも使っている人が増えてきたが もちろんPC自体から音が出るわけではない CDプレーヤーでいうとDACとトランスポートのトランスポートの役割と聞いた 一応これでもオーディオを10年近くやっているのでその説明で何となく分かるのだが なぜ音がすごい事になるのか(そういう評判も聞く)よく分からない。PC自体の中身をよく知らないないので分かりようもないが要は音が良くなったり凄い事になったりするのは正直言ってどうでもよい 何となく頭の中がモヤモヤして正体がつかめないのである。

そこで冒頭に出した「オーディオは旅である」と仮定したらPCオーディオは旅のどの部分になるのか自分なりに考えてみた。
PCと言うぐらいだからハードである。そうなると移動手段である車や電車ということだろうか? でもそれはオーディオ機器であってPCとは違う CDプレーヤーのトランスポート部分と説明されたからやはりオーディオ機器なのだろうか?やはりよく分からない…

先般参加しているオーディオコミュでPCオーディオ体験記?のような記事を見た。長文の記事だが技術的な事に触れないで率直な感想が述べられていた そこでピーンッときた PCオーディオとは旅をするナビゲーターではないのかと。

目的地まで行く過程、経路は人それぞれだが最短で効率よく行ける経路(手段)がもし分かれば人はそれを利用する。 ある目的地がありそこへは電車で行って途中から車に乗り換え最後は少し歩いてたどり着くのが普通の行き方だとしても そのナビゲーターでは通常使う列車ではなく別の路線の電車で行けば車に乗り換えなくても目的地に近い所にいけると指示する、あるいは電車じゃなく特定の車を使えば乗り換えなしで目的地までストレートに行けると案内するなど 従来それが一般的と考えていたものが実はもっと色々な行き方があり それを示唆してくれるナビゲーターのようなものではないのだろうか? 現時点では玉石混交の情報が入り組んで却って不安定な状態だが先々 より快適な旅の行路を導いてくれるようにも思った次第である。

とまぁ こちらの勝手な想像を述べたわけだが当たっているのかどうかもわからない いい加減な想像なのだがオーディオにおける色々な可能性を秘めているような気もする。そして従来のハードが売れなくなるのではないかと思っている 代わりにオーディオとは関係のない業界が低価格で別のハードを推奨し視聴者の満足をいくものだとしたら質の良い音楽を提供するというオーディオ業界の使命の一端が無くなる危険性があるような気がする。そうなると腕時計と同じ運命をたどるのではないかと懸念する スマホ等で時間はいつでも分かるのでわざわざ買う必要なない それこそ奢侈品で超高価な物としての存在になってしまうのではないだろうか?業界はただでさえ体力が無くなっている中 そちらに新規参入するのはリスクが大きいので尻込みする そうして個人レベル、ガレージメーカーレベルで開発が進み、ネットを媒体とした口コミで評価を上げていく。
何だか新たな自作の世界が広がっていくような感じだ 昔は自作としてアンプやスピーカー作成が盛んだった それがPCオーディオとして新たな自作の世界を開拓していくことになるのではないだろうか。

自分は音への追及にはそれほど興味が無いので いくら音が良いよ!と言われてもそれだけではPCオーディオに進むつもりはない。ただ音の伝達媒体がPCを使って行うのが普通になってくる可能性はある つまりパッケージメディアが消えるという事だ オーディオ装置(アンプやスピーカーなど)は無くならないかもしれないが形を持たない音源が一般的になってくる。音自体 形がないのでそれもありなのか?

先ほど腕時計と同じ運命をたどるのではないだろうかと書いた。腕時計は今の時間が正確に分かり それに対して今どう行動するのかを測る貴重な道具である。その貴重な物が単なる飾りになってしまうということは別の同じような価値観の物が存在し貴重では無くなったということだと思う それはスマホであったりテレビやパソコンの時報表記であったり街中のあらゆるところにある共有している時計であったり時間を知る手段が一般化したからその希少価値がなくなってきたのだと思っている。 ただし時間そのものは個々によりその大切さの感覚は違ってくる。旅が音楽の風景を観る(聴く)ものだとしたらその手段は人それぞれ最終的にはその音楽の風景をどう感じるかが大事なはずである。オーディオというものがややっこしいのは音楽の風景を観 それをどう感じるかのほか 旅そのものが目的となりそれをどう快適に過ごしていくかで必ずしも音楽の風景を観て感じる事がすべてではないこと その辺の捉え方が人により様々なので意思の疎通に誤解が生まれてくるのではなかいと思う。

それではキタサンはどっちなの?と言われると 「気儘に(きままに)」旅するのが第一であると思っている 音楽の風景も旅の手段もその場その場で考えるという すごくいい加減な意識の元 行っている。だから統一性がないんだろうな~ 一つ言える事は原資がないのでお金をかけられないこと 限りなく散歩に近い旅のようなものである。ナビゲーターも車も電車も特に必要なし ましてや飛行機や客船など夢の又夢

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こういうプレーヤーでも旅は出来る 音楽の風景も見えてくる このあとモノラルカートリッジをつけて再生したがトーレンスTD124とは違う音楽の風景を見せてくれた。

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by kurama66644 | 2018-10-07 08:47 | オーディオ | Comments(0)

裸よりアメリカンチェリー

オーディオとは何の関係もないようなタイトルだが関係があるのである。

愛用しているケンウッドKP-990のクオーツロックの反応が遅い事を少し気にしていたのだが  たまたまネットでこの機種を検索すると上位機種のKP-1100の(キャビネット)台座カバーを外し裸で使用している人をみかけた いわゆるスケルトン仕様である。

高剛性なX字フレームシャーシにすべてのパーツがつけられている事からキャビネットを外して使う事がどうやら可能らしい。どうせ武骨な外観なら取っ払ってしまえ! なんだかウルトラセブンに出ていた好敵手キングジョーのような面持ちで面白いかも(笑) 壊すのは得意なキタサンだがいくら中古で買った品とは言え4万円位したものをバラして不調な折 更に使用不可になると…なんて想像しているうちに躊躇して止めてしまった(;'∀')

最近このケンウッドのプレーヤーを気にするようになったのはこちらの雑誌の特集を読んでからである
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もう1年以上前に出たステレオ時代 vol.10の特集 銘機礼賛 国産レコードプレーヤー最後の傑作「KENWOOD KP-1100」
銘機は一日にして成らず! ケンウッドプレーヤー設計部門の7年にわたる研究開発の集大成なのである。研究に関わっていた長さん、小出さん、立沢さんなどOBが当時の事を語っている 3人ともとても良い顔をしている 困難に立ち向かいやり遂げた男の顔である。最近中々そういう顔をした人に出会わない…
何となくドラマの「下町ロケット」が思い浮かぶ ケンウッド(トリオ)は中小企業ではないが」研究開発の為 営業、販売部門との衝突 予算の壁、技術の壁 色々な困難にぶち当たるが情熱とより良い製品をと各自の使命感がその困難を乗り越えて行く とてもいいドラマだ(キタサンの家にはテレビがないので最近オンデマンド無料放送をネットで見る事が出来た)来週からテレビではパート2が始まるらしい 楽しみである(見れないけど…)

話は横道に逸れてしまったが歳をとるとこの手の話には弱くなる そしてすぐに泣いてしまう… 情けない事である。
雑誌の特集にはキタサンが持っているKP-990も小さく載っていた。KP-1100とシャーシ、構造はほぼ同じでコストパフォーマンスは高いそうだ 知り合いにも確かKP-1100使っている人もいたなぁなんて思い出しながら さりげに中古情報並びにオークション等見たが意外と安くない…当時の定価が99,800円 物価の関係もあるが80年代半ばはまだオーディオ全盛期 今では信じられないぐらいの価格で良いものが沢山あった。それだけに殆ど値が下がっていないのである もちろんオークション等でジャンク品や完動品でありながらさびや汚れ パーツの不備などで極単に安いものもあるがそれなりのものだと2~3割ぐらいしか値が下がっていない それだけ名品だといえるのであろう。

スケルトン仕様にする話からKP-1100開発物語を見 中古価格情報を確認する流れからして既に 購入の構えである事はもうお分かりかと思う(笑)
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そう前回のブログに掲載していた木目のプレーヤーはKP-1100のカスタムなのである。
パネルのオリジナルのシートを剥がし、アメリカンチェリーの突板を貼り、アンティーク調塗装を施し、フラットクリアで仕上げた。
やはり裸(スケルトン)より木目(アメリカンチェリー)がかっこいい。カスタムといっても中身は弄っていなく外側だけ塗装を変えた。アクリルケースは特注で作ったので新品である ターンテーブル、アーム等磨き上げ 見た目は新品に近い状態である。そういう良品を信じられない価格で購入する事が出来た 申し訳ないやらありがたいやらで複雑な気持ちである(※弟機KP-990を買った時より安い価格である…) 大手家電店に行ってもアナログブームとやらでプレーヤーもそこそこ置いてあるが高い、高い('◇')ゞ とてもじゃないが買おうとも思わない価格体系である  アナログブームも一部の富裕層向けでは終焉は近いと思われる、片や廉価品も存在するが安ければいいってもんでもない。
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ついでにパワーアンプもオーディオデザインからQUAD405へCDPもDENONからQUADへと  これで日英共同のシステムへ。改めてQUADのパワーアンプは躍動感があって面白い 
肝心のKP-1100の評価、感想だが正直言ってよく分からない…アーム以外殆どKP-990と同じなので傾向はすごく似ていると思う 更にパワーアンプ等QUADに変えたりして以前と同じ条件下でないせいもあり もう少し聴いてみないと何とも言えない。 

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by kurama66644 | 2018-10-06 07:30 | オーディオ | Comments(2)

自分の体のように

経年劣化と言う言葉がある 人だけではなく製品にも同じことが言える。

無理な使い方により少しづつバランスが崩れそして機能しなくなる…そもそも全機能まんべんなく使う事は少なくどうしてもバランスが崩れる事は仕方がない事だと思っている 歳と共に色々考えさせられる(-_-;)

自分が使っているオーディオ機器も似たような感じである。最近復活させた日本製システム まぁまぁ調子は良いのだがオーディオデザインのプリアンプなどは以前同じ音量で聴くことが多くボリューム位置は固定であった その為かボリュームを回すとガリが発生するようになった 音楽再生には特に問題はないが音源により音量調整しているので変える時 余計な音が発生する 同じくパワーアンプも当初から だがトランスのうなりがする この製品を購入した他の方も同じようにうなりがすると言っていた 仕様上仕方がないのかもしれない…昔使っていた時は視聴位置から離していたのでうなりといってもさほど気にしていなかったが今回はプリのすぐ横 視聴位置のすぐそばなので意外とそのうなりが気になってしまう('◇')ゞ 改造CDプレーヤーも一時読み込みしなくなったのでQUADを購入 そしてしばらく振りに使用すると症状は無くなったかのように思ったが読み込みにくいCDもあるようでやはり不調である。それとケンウッドのプレーヤーはクオーツロックがかかりにくくなった おそらく接触不良かと思う ボタンを長押しすると問題なくターンテーブルは回る 回転数も正確である。

このように完璧でないかもしれないがそれぞれ不具合を生じている 普通に聴ける分 修理やメンテナンスの前段階のようで微妙なところである。
先に話した人の体と似て 少し不具合があるが問題なく動く まぁいいか!とそのままにしておき年数が経ちバランスが崩れてそのうち症状が顕著化する こんな流れであろうか?

この日本製システムの他 QUADを中心とした英国システムがありトーレンスのプレーヤーを鳴らす時使用するのだが先日 片側から音が出なくなった(;´・ω・)
原因を調べてみるとプリアンプの出力部分の接触不良のような気がする スピーカーは問題なく日本製システムでは鳴るしパワーの出力もOK プレーヤーも問題なさそうだ 接続系も他のコード類で変えてみたがこちらも問題なし こちらは要修理かもしれない ただお金がないので12月かな~修理は… 日本製システムを普段聴く配置にしたのでへそを曲げたのか? このQUAD44と405は中古市場で沢山出回っている 音楽性がありこれを初めて聴いたとき今までに聴いたことのない独特の世界をもったとても良いアンプだと思った  (それなら すぐ修理しろよ!)

しばらくは日本製システムで聴くことになるが以前写真をアップしたように武骨な面構えに加え黒とシルバーの堅い印象 見た目がもう少し優しい感じにならないかと思っている QUADのパワーアンプ405は健在だし 同じく不調の改造CDプレーヤーがいつまたダメになるかもしれない、日本製、英国製問わず ある機器類でまわしていくしかない。
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アレアレ木目のプレーヤーが…ケンウッドのプレーヤーはどこにいった? いやいやこれケンウッドのプレーヤーです ー 次回に続く…

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by kurama66644 | 2018-10-05 07:58 | オーディオ | Comments(0)

CDを目指したアナログとアナログを目指したCD

普段聴く装置でスピーカー以外は全て日本製になってしまった…。考えてみるとオーディオを始めた時もスピーカーはJBLやエラックの外国製だったが国産のプレーヤーやアンプを使っていた  結局10年経ち元に戻った形になったが何も知らないで選んでいたつもりが感覚的に好みであったのだろうと思う。

部屋に置くのだから見た目を大事にしていたつもりだが武骨な面構えの機器ばかり…
そしてシルバーと黒という遊びご心のない色使いである。
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使っているうちにある事に気づいた。CDPでの再生の方がアナログっぽいことだ 比較したのが上記写真にもあるケンウッドのKP-990である
CDPはDENON製最後のマルチビット機DCD-755Ⅱ 普及帯価格の入門機の位置づけだが中身をチューンナップしている ケンウッドのアナログプレーヤーはノーマル状態だがこちらも入門機クラスの価格帯 オフ会にいっても高級機ばかりでこれらの普及帯価格の製品は殆ど見る事が出来ないのは残念だ。

マルチビット機は元々アナログライクな鳴り方をすると言われており同じマルチビット機で今年QUAD初のCDP CD66を手に入れ聴いていた というのもDCD-755Ⅱがピックアップの老朽化のせいなのだろうか 読み込み出来なかったり遅かったりすることが増えてきてQUADを手に入れたのだが先日 南沙織のCDを聴くため簡易的にシステムを組み直しこのDENON製のCDPを再登場させたら普通に読み込み出来機能的に問題がなさそうな状態に戻っていた それでQUADに替えてCDPの聴き比べをするとこの改造品のCDPの方がいい鳴り方をすることに気づいたのである。QUAD製ももちろん悪くはないのだがちょっとモッサリとした感じでキレが今一つな感じである。

アナログプレーヤーのKP-990は名機KP-1100の弟機であるが価格差は殆どアームの部分のようで筐体、構造はほぼ同じである。ケンウッドがこの当時CDPが世に出てアナログプレーヤーが過去の物になろうとしていた流れの中アナログで最高の製品を後世に残しておこうとケンウッド技術者が奮起して作った名品である。ただ目指した先は「CDに負けないアナログ製品」であったのでCDPに近似したそのS/Nの良さが売りものであった気がする。そうなると見た目はアナログだが静寂性などCDに酷似してもおかしくない そういえば私のオーディオの師匠もトーレンスと比べてカッチリした鳴り方をしますね~と言っていたのを思い出した。

今になってCDのデジタル臭さをではなくアナログの自然な鳴りの良さを見直しアナログブームとかなっているようだが当時はCDはアナログの欠点を無くした素晴らしいものであると喧騒していたように思う。最近の高級CDプレーヤーを聴く機会は何度かあったがテクノロジーの進化というかやはり素晴らしいと感じた その安定感と静寂性 音の広がり等高いだけあるなぁと感心する そして最近のアナログプレーヤーもCDプレーヤーに負けないほど高級化している 生産量の少なさや部品代、金型等で高くなっているのだろうか? 立派な値段だが高級CDプレーヤーに似た鳴り方をするなぁと思ったりする…
それならCDで十分じゃんとも思うが手間がかかるのがいかにもオーディオしているという満足感があるからあんな高い物買うのかなぁ~なんとなく道楽の道具のような気もするというのが正直なところである。
ただこれらの機器から鳴る音を生音と比較してはいけないように思う それはあまりにも静かすぎて不自然そのものだからだ あくまでも家庭用オーディオ?として聴く分には申し分ない このブログでもよく書く事で「幻の音」として聴くのにはとてもよろしいと思う。人が求めている事に対応するその価値が人により違うので価格差というものが生じる 高けりゃいいってもんでもないし逆に安けりゃいいってもんでもない、それではその中間が無難か?といわれるとそれも面白くない…中々難しい問題でもある。

CDを目指したアナログ アナログを目指すCD しかしメディア(CDやLPなど)という媒体自体が今は消えようとしている。 オーディオ自体目に見えない「音」を扱う趣味であるので媒体どころかハードも小さくなり そのうち目に見えなくなるのかもしれないと妄想する。 

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by kurama66644 | 2018-09-24 09:21 | オーディオ | Comments(0)

音量と音質

狭い部屋と言っても例えば同じ6畳間で隣室につながった空間がある場合と密室では居心地はかなり違ってくる。
オーディオを始める前は6畳という空間は決して狭いとは思っていなかった 自分が貧乏という事もあるが所詮「座って半畳、寝て一畳」の空間で十分だと思っていた ところが周りを見るとホール感とか音の広がりとかでより広い空間をみな望んでいるようだ。音を出してみると確かに大きなスピーカーを使った場合低音が過多になりとても聴きにくくなったりする音の逃げ道が必要な事はやっているうちにすぐわかった そこでマニアは吸音やら反射やら一般人からみると不可思議なパネルを使ったり 挙句の果てに部屋を改造したりあるいは部屋ごと新たに作ったりする。そうなるとオーディオ機器自体高級機器が多い中更に多大な費用が掛かる 言葉は悪いが「金持ちの道楽、遊び」といわれても仕方がないように思う。
一応オーディオに興味を持ちだし10年が過ぎた 自分自身もマニアに近い部分はあると思うが狭い部屋に慣れてしまったのでマニアのような切望は正直言って余り起こらない…

最初に戻るが今の部屋は約7畳強だが壁面収納庫がせり出し実質6畳弱である 更に間口が狭い… 一応台所につながっているが台所も3畳ぐらいしかない。一般家庭のリビングとは違っている リビングオーディオをやられている方も多いと思う オーディオ機器を置くスペースは限られているがその他の空間はそれなりに取れているのではないだろうか?今の部屋は密室に近く天井高も普通であり 音の逃げ道があまりないので音がこもりがちである 人と話すと声色が変わることでも分かる。音響的には良くない部屋と言えるだろう でも音楽を聴くための部屋ではないから当然でそれが普通かと思う 雨風がしのげゆっくりとご飯が食べれ休むことが目的であるので音がどう聴こえようと部屋の設計主は知ったことではないのである。

だいぶ前になるがジャズ好きの人が来られ聴いてもらうと「部屋のドアは閉めて」と言われ更に換気の簡易的な開閉口も閉じてと言われた…要は音を逃がさないでわざとこもるようにしたいらしい 確かにそのほうがジャズの圧を感じる ジャズ喫茶ではよくある環境でそれが好きな人もいるのは確かである。自分の所は間口が狭い環境なのでわざとドアは開けるようにして音を逃がすようにしているのだ 最近は余りやらないがベランダさえ少し開けて聴いていたこともあった そうした状態で音量を調整している。

オーディオを始めた時 皆どのような音量で聴いているのかネットで質問したことがある…考えてみると部屋の大きさや聴く音楽のジャンル、好みも千差万別なのに馬鹿な質問をしたと思っている(笑) ただその中でボリュームを固定して聴いている方と音源によって微妙に変えている方と二通りいる事が分かり固定派の方が多かった もちろん固定派といっても全くボリュームを変えないわけではなく音圧の高い録音や深夜など大きさを変えて聴くが音量に関してはどちらかというと無関心という意味である。
今の部屋は音響的には良くないと上述したが唯一良かったと思えるのは音量を上げても苦情がこない事である 音量の違いによりその音楽の印象、風景がこれほど変わるのかと恥ずかしながらその時初めて分かった 以前の環境は今より部屋は広かったが音量を上げる事が出来なかったのでその違いは分からなかった。 知り合いのベテランオーディオファイルは自身の環境下でそれぞれの音源での最適と思える音量の位置をメモ書きしてその位置に合わせ聴いている。傍から見るとそこまでしなくてもよいのにと思うかもしれないがその方の環境も自分と似た環境で狭い部屋なのである そういう環境下では音量調整はとても大事なことでセッティングと同等かそれ以上に音楽の景色が変わってくる 個人的な意見だが音量固定派は音好きな方が多く音の違いを意識するのに対し音源により音量を微妙に変えるの方は音ではなく音楽の色々な表情を楽しもうとしているように感じる 前者は音マニアで後者は音楽好きというところであろうか。

ビンテージとまでいかなくてもひと昔前の機器はこの音量、ボリュームに凝っていたものが多かった、そして音質調整機能も普通に完備していた。それは今ある部屋、状態のまま最適化にしようとする最低限の機能、調整だったと思う イコライザー等の手段もあるが音質劣化や不自然さがあり採用していた人も限られていたのではないだろうか? 部屋そのものを変えるのは特別な人だけでオーディオ自体普通の人が普通に接する事が出来たものだったのが金満オーディオ化してきたのは世の中の流れと似ているように思う。

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先日購入したEPの一部 キタサンの青春の音楽である(笑) 八神純子や財津和夫あたりは有名だが「サヨナラ模様」の伊藤敏博あたりはもっと評価されてもいいのではないだろうか? この時期はEP盤も600~700円位していたが これ5枚で100円ですよ! 安けりゃいいってもんでもないでしょう 全てオリジナル 名作ばかり ジャケット表紙は多少くたびれているが盤質も良い 
アーそれなのに 人気ないんですかね? 需要と供給の問題だけでは無いような気もするが…。

音量と音質の問題が最後は又アルバムの価値、価格に至ってしまった(-_-;)  ジャズアルバムの高騰化がよっぽど悔しんでしょうね(本音)買いたくても買えない懐のさみしさ(笑)お恥ずかしい限りです…


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by kurama66644 | 2018-09-23 11:30 | オーディオ | Comments(0)

配置換え

狭い部屋なので機器の置き場所も工夫をしなくてはいけない。ラックスマンC-06αが旅立ち そのスペースにはQUAD44+405を押し込む 小さな筐体なので1枚の棚板の上に2台置ける 2段重ねよりはまだましであろう トーレンスのプレーヤー専用のアンプとしまだまだ頑張ってもらわないといけない。
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それはそうと簡易的に設置したBONSAIスピーカーを移動しオーディオデザインのアンプ群を正式に置くことにした。家では一番長く付き合いのあるアンプである パワーアンプを床に置いて仮設置したがどうにもシックリこない 動線のじゃまになる…それならばとユニゾンリサーチのアンプをどける事にした。実はこのアンプ ハム音で悩まされたことは何度か記事にした フォノイコライザーを変えてハム音が小さくなりひとまず安心したわけだが今度はCD接続でもハム音がするようになった 修理に出したが今一つ原因が分からない? 以前中華製の真空管アンプでも悩まされ(結局アンプのせいではなかったが)今回もこのようになり真空管とは相性が合わないのだろうか…
中々味のある濃い音を出してくれるのだが不振の選手は交代させなければいけない という事でユニゾンリサーチの置いてあった場所にオーディオデザインのパワーアンプを置くことにした。そうだついでにCSEのレギュレーターも置いてみようと移動開始
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随分 センスのない置き方である…パワーアンプがパソコンみたい(笑) 違和感あるなぁ~ プリにCDプレーヤー合研ラボのフォノイコと3段重ねである(-_-;)
やはり見た目はイタリアの真空管アンプには華がある そういえばこのラインナップ ほぼ日本製 かろうじてCDプレーヤーだけ英国製でアクセントになっている。
余り期待せずにアナログから再生してみると思いのほか力強さがありグイグイ前に来る音がする シュアーの針を使っているからかもしれないがユニゾンリサーチの時とは違い繊細な音も兼ねているので中々良い塩梅である ちょっと意外な感じ 次にCD再生するとこちらもアナログほど力強くはないが繊細さが増している それでもそれほど神経質な感じはしない こちらも想定外の鳴りっぷりである。オーディオデザインのアンプのせいかと思うがひょっとするとCSEのレギュレーターも関係しているのかもしれない クリーン電源とは違うこちらのレギュレーター今まで使ったり使わなかったりで違いもよく分からなかったがオーディオに凝りだした初期の頃購入 オーディオデザインと同じく10年選手 苦労の末レギュラー スタメンになりようやく日の目を見て張り切りだしたか(ロクに使わなかったキタサンが悪い(-_-;)

力強くなったはオーディオデザインのパワーアンプの低音の出方の差によるものかもしれない。昔このアンプを購入した一つとして低音のダンピングの良さにある。
とにかくボワつかない低音の歯切れの良さを出したくこのアンプを選んだ Minimaもアマトールも吸音材を殆ど使っていないので低音がストレートに出てくる これを良いと考えるか過剰と考えるかは鳴らす音楽の種類にもより好みが分かれるだろう。ジャズを鳴らすならストレートにボワボワ出た方が雰囲気は出るが所詮オーディオではジャズ表現は難しい それならばジャズという音楽を心地よく聴くには低音が引き締まった方が歯切れが良く躍動感も出る しばらくはこの日本製のシステムで様子見である。

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by kurama66644 | 2018-09-15 08:45 | オーディオ | Comments(0)

4年周期

前回のブログ内容に多少かぶってしまうがオーディオを始めて1~1年半位の間 頻繁に機器の入れ替えをしていた。オーディオ機器に対する興味と実験的な意味合いがあっての事だが それまでオーディオに対して全く興味がなかったのがひょんなことから火がついてしまった…ラジカセやミニコンポは家にはあったが2~3万円もしないもので数万円でも高いと思っていたのが単体で云十万もする機器類を短期間(数か月)で入れ替えするのは傍から見て異常と見えるだろう。 それでも百万以上するものは生活に支障が来たすので購入はしなかった 今 自分の周りをみると7桁クラスの機器類を持っている方も多いがすごいというか それがこの趣味の(価格的)レベルなのだろうか?

頻繁な買い替えに歯止めをかけてくれたのは私のオーディオの師匠で「もう少しじっくり聴いてから買い替えた方がいい」と言われ 更にその頃 長く勤めていた会社が自主廃業になり失業したのでおのずと買い替えは出来なくなった 自業自得というか情けない話である。趣味としてオーディオなんてやっている場合ではないのに手元にあったオーディオ機器は売らないで部屋の中にはジャズが一日中流れていた ちょうどその頃は失うものは殆ど無くなっていたので流れに身を任せていた 意外と冷静になれていたのはその時流れていたジャズのおかげとそれを流してくれたオーディオのおかげだと思っている。

頻繁に買い替えていた機器類も落ち着き4年が過ぎようとしていた その時あの東北大震災が起こりスピーカーは転倒し傷ついてしまった…ユニット自体壊れなかったがもう少し小さなスピーカーの方が使いやすくていいなぁと漠然と思い 次に購入したのがモニターオーディオPL-100というスピーカーである。和歌山の業者さんから購入したもので前のオーナーが1年近く使ってはいたが実質半年ぐらいしか稼働させておらずほぼ新品に近い新古品であった とても性能が良いスピーカーで満足いく製品でもあった。

このスピーカーを購入してしばらく経ち現在の家に引っ越す事になったが部屋が狭くなりこの性能の良いスピーカーを鳴らすのに苦労した 今の部屋は音がこもりがちになり抜けが良くない それで低音が筐体の大きさのわりにすごく出るので音量過多になりがちである 最初の頃は部屋の音響を考え色々なルームチューニング材を試してみたがそのうちに面倒くさくなってそれも止めた。それまでCDばかり聴いていたのがあるきっかけでアナログに回帰しアナログに順応するような機器類を見直すようになった いわゆるビンテージ品だがこちらも中々厄介で余程メンテナンスがしっかりしたものでないと新品を買った方が利口であると少ない経験だが実感した。それならばオーディオが盛んだった70~90年位の製品が自分の中ではマッチするのではと直感し そちらの方に食指を伸ばしていった その時見つけたのがソナスファベールのMinima(初代)である。PL-100を購入して4年後の事である しばらくMinimaと併用して使っていたが年代の古いアナログというメディアを主体として聴くようになり同世代のスピーカーMinimaに落ち着く事になる PL-100には全く不満を持たなかったしこれを売却する時に業者の方から「こんなピカピカの良いスピーカー本当に買い取っていいんですか?」と念を押された時は心が揺れたが(笑) 感謝の気持ちで送り出した。

Minimaを使いはじめて2年が経つが今年同じソナスのアマトールというスピーカーを購入した 元々Minimaではなくアマトールを想定していたが市場には中々出ない品で手に入りにくかった中 良品のMinimaを見つけ購入 現在もアマトールと併用しているがあと2年すると購入してから4年が経つ その時はどうなっているのか…

おもにスピーカーの事を書いてきたがアンプやプレーヤーも初期の頃を抜かせば4年周期に近いものも多い もちろん例外もありオーディオデザインのアンプは休止期間も長かったが10年ぐらい経つし逆にクラウン(アメリカの業務用メーカー)のアンプはこのブログでも過去に書いたが「最後のプリアンプ」とまで称していたにもかかわらず半年ぐらいで売却した(-_-;) ここまで書いて わずか4年ぐらいで買い替えるなんてもう少し機器を大事に扱えとか 本来の性能を出し切るように使えとか思われる方もいるかもしれない  機器に関しては大切に使っている 掃除はマメに行っている方だ それと性能を出し切ろうとは思っていない 性能を出せる環境はそもそも普通の家庭環境では少ない それこそ音響を考えた特別な環境下でないと発揮出来ないと当初から感じていた それでもそこそこの価格のオーディオ製品は発売されそれを買う人がいるのはオーディオ製品自体に「夢」を持っている人が多いのではないかと考える 夢は現実ではなく現実逃避の行き着く先が夢で追及していくのは幻の音なのであろうと思う。

音への追及には興味がなくミニコンポの音の方が好きで長年聴いていた自分でも10年前から始めたオーディオ機器を全て捨てきれないでいるのは見栄と欲が残っているからだと思う。その見栄と欲のバランスが崩れ我に返るのがちょうど4年間隔 それを繰り返している…愚かな事である
そうそうちょうど4年が経つ愛機がある ラックスマンのC-06αである。調子が良くない時期もありオーバーホールもして大事に扱っていたがこんな狭い部屋で機器類が多くなり活躍する機会が減ってきた そろそろお別れの時期でもある
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by kurama66644 | 2018-09-09 09:20 | オーディオ | Comments(6)

歌謡曲とジャズは好きです!


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