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2019年 03月 03日 ( 1 )

レコードの話

好きか嫌いかで言うと好きである ただ興味は薄れてしまった…そうレコードの事である。ビンテージオーディオやらアナログオリジナルと言う言葉に輝きを見つけ夢中になっていたが現実は かなり厳しかった まぁ身の丈に合わない事をやると余り良くないと分かっただけ勉強になった。 レコード収集家の方々からみるとレコード愛が足りないということなのかもしれないが元々音楽は好きでも嫌いでもないというスタンスであるので尚更かも…。

普通のオーディオをやるようになり トーレンスTD-124も手放した レコード自体ほぼ聴かなくなったが特に不自由しない。(それでもたまに聴きたくなる魅力はある)
オリジナルは機会があるごとに徐々に売却するか人に差し上げている コレクターほど枚数は持っていないがそれでも数百枚ぐらいは残っている。夏場ぐらいを目安にそれも処分しようと思っている ただ以前CDをほぼ売却した時のように全て売ろうとは思わない ケンウッドのプレーヤーが残っているから取りあえず聴けるようにはしておきたい。

自分はとても器が小さい人間だと思っている すぐ容量オーバーになってしまう そうするとどうするか 今あるものを捨てて容量を広くしなくてはいけない…
物だけではなく悩み事や思いなど抱えているものは出し切らないとそれが充満して体には良くない 汚い話だが便秘のようなものだ 何かを取り入れたら貯めておくのではなくある程度納得(実感、体験)したら吐き出さなくてはいけにように思う。たとえそれが良い事や満足しているものでも同じところにあっては執着心が生まれてしまう、それに囚われて動きが鈍くなってしまうような気がする

まぁ恰好つけた言い方をしたが先のレコードに関してはうちのような狭い所は場所も取ってしまい物理的な事も要因なのである それでは流行りのPCオーディオやネットワークオーディオでHDに音源を何万曲も格納すれば場所は取らなくても済むという事なのだろうが それは目に見えないだけで想像以上に心の負担になるような気がする そしてそこまで音楽に執着しない。以前ブログを書かれていたレコード収集家の方が大体1000枚ぐらいまでで十分?と発言されていたが とてもバランスの良い考えをお持ちだと思っていた。自分は500枚ぐらいがちょうどいいと思っていたが人によって多少のバラつきはあるだろう 
レコードからCDを再び聴くようになりCDの数も150枚ぐらいになった。昔数千枚ぐらい持っていた時はジャズが殆どだったが今はジャズが50%残りはクラシックと歌謡曲である そしてこの150枚のうちの何枚かは繰り返し聴いている 繰り返し聴くのは結構クラシックが多い 頻繁に聴くのはやはり慣れ親しんでいるジャズか歌謡曲 それで満足している。

わずか5年余りだが夢中にさせてくれたレコード とても充実した日々をおくらせてもらった  最初のとっかかりが純粋に音楽が好きでその帰結としてのレコードという事で無かったことも興味を薄くさせてしまった原因かと思われる 器の小さな自分にはそろそろ容量オーバーになってしまったようだ。
何かを得る為には何かを失わなくてはいけない 現代社会が文明の発達で便利になり快適になっているがそれと同じぐらい大事なものも失っている 自分が得した、儲かったなどと喜んでいるがその裏で損をしている人や犠牲になっている人が同じくらいいる 世の中不公平にみえて冷静に俯瞰して見ると意外とバランスを保っているものだとわかる。

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そんな妄想をしながらポロンポロンとピアノを弾いている。
「Skylark」ジャズのスタンダートでホーギー・カーマイケルの曲である 日本名でヒバリ(雲雀) 春を告げる鳥だが今や絶滅危惧種とはちょっと驚いた(東京都区部で絶滅危惧Ⅱ種) ヒバリのように青空を舞うよう軽やかにこの曲を弾けたら良いのだがキタサンの今の腕前ではペンギンのごとくトロトロ オタオタと…華麗に空を飛ぶかのごとくはまだ先の話である 譜面はコード進行だけ参考にしている メロディーは何度も聴いて覚えているのでそこそこ耳コピーで弾ける それでも今の弾き方はジャズとはかけ離れている 何十年もジャズは聴いているのにリズム感覚はイマイチである(-_-;)。

※全然レコードの話ではなかったですね…

by kurama66644 | 2019-03-03 08:24 | Comments(0)

感じた事を素直に書きます 一日一つは何かを得、逆に何かを手放すように心がけています


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