反体制の音楽

何やら大げさなタイトルだが今時反体制を意識して音楽を聴く人もいないと思う…ジャズやロックにそういう印象を持ってしまう自分はかなり古い人間なのかもしれない。

権力に対するレジスタンスとしては日本のフォークもかつてはそうであり歌謡曲の中にも時代を風刺し皮肉ったものも多かった。ロックなどは時代背景からまだ戦争の影響が大きかったように思う 資本主義と社会主義が対立しどちらの施策に対しても一定数の反抗分子は存在する それを増長させる手段としてロックと言う音楽は有効だったのかもしれない。ベースには貧困があり一部の富んだ者だけが裕福に贅沢をする姿はとてもハッキリしていた  その不条理さとやるせなさが若者のエネルギーと合致し反体制の動機づけとして大衆にも受け入れられたのだと思う。
ジャズの場合も反体制の姿勢は見られるがその根本は貧困だけではなく人種や肌の色といった差別によるその反抗と考える 生まれ持ったどうにもならない要素でもあり あきらめとして内包せざる負えない、そうした内なる叫び、心の叫びが「ブルース」でありジャズの根幹を支えている  ゆえにロックの直接的な叫びとジャズの内包した叫びでは反抗の表現は違っているように思う。

音楽は昔から政治宗教に利用されてきた歴史もある 前述したジャズやロックだけではなくクラシックなんかは階層(階級)の音楽であからさまな差別 立ち位置があった。
私の知り合いで音楽嫌いの人がいるがメロディーだけではなく歌詞、歌い手、演奏者の思想がメッセージ性が高く扇動する危険性があると言い 音楽は苦手で聴かないと今では珍しい存在である。

音楽は嫌いで聴かないと言っても今では街中の至るところで音楽は鳴っているしテレビはもとよりネット等で無料の配信?もあり受信機(携帯端末も含む)の小型化で持ち運びも出来る世の中になってしまった。先ほどの知り合いに「聴かないってどうやっているの?」と尋ねると 実際の演奏(生での演奏)はまず行かないという事らしい あとテレビやネット等でも意識的に聴かないようにしているという事だ 実際の演奏それは立派なホールでのコンサートばかりではなく市民活動のアマチュアの演奏や街中の生演奏など人がダイレクトに訴えて(歌う、演奏するなど)いるのは 機械を通して聴くのとはまるっきり違い恐ろしい感じがするとの事(;'∀') 失礼ながらちょっと病的な感じがしないでもないがただ言わんとしている事は何となく分かる気もする 人が発するものは単純に音(声)だけではなく気のような(オカルトっぽいが…)思い、念のようなものも存在する 生演奏の場合それを直接受け止めてしまうが機械を通すとその念のようなものは分からなくなってしまう。キタサンがこのブログで時々書いているオーディオでは「ジャズという音楽」は聴けるが「ジャズ」は聴けないというのに近いものがあるように思う。 人生の中の体験で聴く感度は違ってくる それからするとオーディオ機器の違い等は大したことはないように感じる。

歌謡曲は比較的好きであるが60年代とそれ以降70年代では全く捉え方が違っている これはあくまでも自分個人の体験からの話であるが炭鉱の町で生まれ育った子供時分親戚はもとより同級生の親は炭鉱夫が多かった 1番方~3番方と今でいう一日のローテーションがあり 親戚や知り合いの親父さんたちを見送る前 一緒にテレビの歌謡曲を見る(聴く)事が多かった 「行ってくるわ」と言ってそのまま帰らぬ人となる事は何度もあった その時聴いていた歌謡曲は「死」をイメージし身近で亡くなった人達の鎮魂歌のような感覚でいる 閉山する前ぐらいになると(70年初頭)さすがに落盤事故等は無くなっていたが60年代のその頃の歌謡曲は物悲しいイメージがある。

ジャズに関しても20代の食えない時代に聴いたカセットでのジャズの方が生々しく感じたし50歳手前で職も含めてすべてを無くした時(オーディオ機器はあった(笑))夜勤で一つ20kgはあるコピー用紙の箱を都合2000個 手で所定の場所に移動させる物流のアルバイトをしていた もちろん仕事はこれだけでは終わらない そうして朝方帰宅して手の感触が無くなりつつある中 聴いたジャズは音楽ではなくジャズそのものを自然と意識した感覚であった それでも何とか住む所はあったのでまだマシな方かと思いつつ少しではあるがジャズが身近に感じられたような気がした。


またいつものようにタイトルとは逸脱した内容になってしまったが音楽を自宅で気軽に聴けるなんて平和な世の中である証拠かもしれない。
雨風がしのげる場所がありのんびりオーディオ機器で音楽を聴く 本来持っていた(持っている)反体制とは真逆な状況でロックだジャズだと言っても心地の良いBGMでしかない 他人様の家に聴きに行って過去に2人だけ反骨精神が感じられる音を聴くことが出来た 家もあり装置もある状況では反体制ではないと上述したのと相反するかもしれないが おそらくはその所有者本人の生き方や気のようなものが鳴っている音から感じられたから なのかもしれない。

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「THE BLUES AND THE ABSTRACT TRUTH」 邦題で「ブルースの真実」として発売された半世紀前のアルバム そのジャケットの裏側に飾られた写真
再発されたアルバムやCDなどは この写真が削除されている。当時の新鋭 フレディ・ハバードや白人ピアニストの雄 ビル・エバンス、モダンジャズとフリーの架け橋を結んだエリック・ドルフィー、ビバップ世代のロイ・ヘインズなど新旧ジャズの精鋭をコンダクトしたリーダーのオリバー・ネルソン。
人種差別が顕著だったこの時代 お金のために白人の前で歌う(演奏する)自分は人種とは関係ない人ではなく「ロボット」と化し抵抗していたようにも見える。
本来内に秘めたブルースはあくまでも内面のもので露出するのは商業主義に屈した為のようにも思う その後 西洋音楽の基盤を無視したフリージャズが活発になってくる 内面を露出したブルースがフリージャズとしての表現であり フリージャズの亜流がロックへと進んでいったように個人的には考える。
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by kurama66644 | 2018-08-11 10:25 | Comments(0)

ジャズは好きです!


by キタサン
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