全てをさらけ出すのは良い事なのか

ソフトに収録された全ての情報を知りたいと思うのがオーディオマニアの性だと思う。その為解像度を重視しこれまで聴こえない音を探るようになる 音源にある素のままの状態を素直に再現できるのが良い機器の条件の一つというのも分かる気がする。自分がオーディオを始めた時はこの考えに近かった そうなると高音質ソフトや機器類も高価な物を買わないといけない ただし原資は各自限られているので出来る範囲でやるのが普通である。原資が少ないとそこで色々な工夫をする セッティングしかりアクセサリーでカバーするなど方法はいくつかある。

ここ何年かビンテージとはいかないまでも昔の機械を使って再生していた。音源が古い物が多くそれに合わせた形だが今年に入り使っていない機器類の整理の際 以前使用していた現代のアンプを使うとこれまでどことなくぼやけた音だったアナログがとても元気に鳴るようになった(全てではないが昔のオリジナルの一部など)こりゃぁ面白いとばかりに余り聴かなかった音源など聴き直してみて新たな発見をしたかのような感じである。

新たな発見とは進歩ということでもある とても大事な事だが聴き続けているととても疲れてきた…何となく違和感を覚える 体がついていけないといった感じである。
最初は面白いと思ったのだがついには以前の機器に繋げ直し聴いている自分がいた。今まで聴こえていた音が所々聴こえなくなる 元気な音ではなく少し憂いを持った音に戻った こちらの方がアルバムの本来の音のような気がする。(本当かな?)

音源が持っている正しい情報を素直に出せる機器が優れた機器とも言える それは昔も今も変わらない。その技術が進化している現代は本来聴こえないような音をも(昔は出せなかった音等)正確に出せるようになってきた 待ち望んだ結果だが時と場合あるいは人により残念な結果になっている事も多いような気がする。

よりディテールがハッキリした音像を再現できるよう工夫しているオーディオマニアも多い その奏者の凄いところ又は欠点のようなもの(情報など?)までより分かるようになるからだと思う。 しかしオーディオは幻影の音だと思っている その奏者の出す音は人格に反映するわけでもないし出している音も本物ではない。機械を通した音であり録音時のエンジニアが加工した音でもある。音自体 大きくても小さくてもよいのだが理想は霞(かすみ)のような音である 実態が無い音といったほうがよいのかもしれない。バカな事を言っているなぁと思われても結構 そう感じているのだから仕方が無い… 最近オフ会に参加しないのも実態のある音を目指して躍起になっている人が多いので自分とは合わなくなってきているからである。在りもしない音を目指して愛おしいほど頑張っている その姿には感動するが心はどんどん離れていってしまっている。
自分にとって全てをさらけ出す音は余り必要としない。ハイレゾや高音質という定義もよく分からないが体が受け付けなくなっている 単なる老化現象なのかもしれないのだが…
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(※相変わらずのいい加減なセッティング 3段重ね…軽いからまぁいいか)
ラックスマンのC-06αからプリをQUAD44に切り替えて聴いてみる。パワーは同じQUAD405を使っているので純正の組み合わせだ。以前この組み合わせで少し聴いていた事があるのだが常用しているトランス内蔵のフォノイコE-06を通さないで使っていた 今回は初めてE-06を通して聴いてみたがとても素敵な音楽を奏でてくれる。
ラックスマンのこの時代のアンプは「全てをさらけ出す」を命題に作られたバブル期の傑作である アナログ時代を決別しデジタル再生に舵を切り出した時代のものであるが現代のアンプに比べまだ温もりがあるように感じる。それより10年程古いQUADのアンプは「美味しい部分を抽出する」かなり割り切ったアンプである この美味しい部分というのがポイントで日本のメーカーはこの美味しい部分の抽出が中々できないように思う(あくまでも私見) 技術力があってこそ良い物が作れるのだが最後はやはりセンスなのかと思わせる名機である 価格的にも(笑)
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再発盤だがQUADのアンプで鳴らすと生き生きとしてくるのが不思議? このオリジナルは盤質が余りにも悪すぎて売却してしまった 持っていたのはモノラルだったので今度はステレオオリジナルを聴いてみたい。

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by kurama66644 | 2018-01-14 10:03 | オーディオ | Comments(0)

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