素のMinimaとアマトール

宙に浮かぶMinimaを聴いて1週間経つ スピーカー本来の素の状態に近い音を聴き色々な意味で感心している。
改めてMinimaのポテンシャルの高さが分かったようで当時スペック価格面で倍近くあったモニターオーディオPL-100から切り替えた事は間違えていなかった。
もちろんPL-100が悪いわけではない スピーカーの個性は様々で本人にとってその当時の音楽、オーディオに対する感じ方捉え方で機器の入れ替えはあると思っている かたくなに機器を変えないで追及していくのも一つの道でそういう方も沢山いる それはそれで結構であると思っている。

サイドプレススタンドという鉄製の華奢なスピーカースタンドは今までの常識と真逆な思想で作られている すなわちスタンド自体は何も仕事をしない いかに脇役に徹しられるかが勝負 それに対して従来のスタンドはそれ自体が主張しすぎていた 素材や構造に凝り主役と共に存在しようと目立っている そういう意味で本来のスピーカーの実力にスタンドの実力が相まって良くなったり逆に悪くなったりし スピーカーの素の音は殆ど聴いていなかったのだと思う。

ここでいったん宙に浮かぶMinimaを横に置き従来の専用スタンド+アマトールを設置してみた
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同じ部屋に2組置くのはこの狭い部屋がより狭くなる…専用部屋ではない普通の生活する部屋なのでどちらか撤去しなくてはいけないなぁと考えながらいくつかCDを視聴 専用スタンドも今までは一番低い高さにしていたが公正を期すため高さ調整しサイドプレスと同じ高さにスピーカーユニットがくるようにした。
リファレンスの音源は以前は色々あったが余り神経質に調整してもしょうがないと思い 今では特にないがヨーロッパの録音でボーカールのライブ盤あたり会場の拍手によるホールの響きや歌手の歌声と伴奏楽器の調和等 対比できるのではと思いこのリタ・ライスのライブ盤をかけてみた。
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宙に浮かぶMinimaで聴くこのCDは会場での拍手の広がりが大きく響き臨場感は以前より増すようになった ギターやドラムの音も鮮明になり位置関係がハッキリ分かる これが定位がいいという事なのだろう リタ・ライスの口元もけして大きくならずピンポイントで歌いかけてくる。
次にアマトールに専用スタンドを使って同じCDを同じボリュームで聴く、意外と変わらない…低域が膨らむようだ いわゆる低音の量が多いという事だろうか?そもそもウーファーの大きさが違っているので量は多くなる むしろMinimaの小さな筐体、ウーファーでアマトールと質は少し変わるが同程度の低域が出る事自体凄い事である。
あと音の広がりも宙に浮かぶMinimaの方が広がるようだ そして大きな違いは全体的な ざわつき感がアマトールの方にはある これはS/Nが圧倒的に宙に浮かぶMinimaの方が優れている いや優れているというよりこれはがスタンドに起因する音の濁りのようなものかと思う。ただしアマトール自体素晴らしいスピーカーでその音の存在感は相当のものだと思う Minimaと価格差で3倍違うしブックシェルフとはいえMinimaより2回りぐらい大きい、フランコ・セルブリンもこの大理石をベースにしたスタンドも込みでアマトールの音決めをしていたので「アマトールの音」=専用スタンドの音と一体になったのが本来の音として認知され称賛を得てきたのだと思う。

Minimaはアマトールが発売されてから2年後に同じくフランコ・セルブリンが手掛けた名機でもあるがフランコ・セルブリンの情念がのり移ったアマトールとは違い広く一般大衆に使ってもらえる普及機の位置づけであったのだと思っている その為 数値的なポテンシャルではアマトールに大きく水をあけられているが実は使い方によってアマトールに匹敵する作品である事が今回のサイドプレスを使用し分かった。

素のMinimaの音を知ったことでMinimaの優秀さを改めて知り更にはアマトールの存在感の大きさも知る事が出来た 今回スピーカースタンドそしてスピーカー自体の比較論的なものになったが どちらも特徴があり差ではなく違いという範疇で捉えればそれを選ぶのも好みという事になる  それよりもやはり音源、録音の違いでこうも音楽の表現、視聴する側の感じ方が違ってくることの方が重要であるように思う。 S/Nの良さ、音の広がり、低域の沈み方、定位の良さなどやり方、工夫により調整は出来るし それを追求していくのがオーディオマニアなのだろうが…普通の部屋、普通の装置で聴く分には音源のセレクトの方が大事なような気もする。

オーディオを詰めていくと色々な事にシビアになってくる ちょっとしたことでも違いが分かってくる(自分は分からないが…) こうなったらあーする、こうすると日々変化せざる負えない オーディオコミュなどを見ているとなるほどというのも分かってきた ただその行為が面白いと思う人もいるが敏感になりすぎ音楽より より良い音を出し満足するために色々な反応をせざる負えない状況になっていくのは際限がない事だと個人的には思っている。何気にサイドプレススタンドなんてマニアックなものを導入したのも程々にしないと際限なく進んでしまう その戒めだったのかとフッと思ってしまう。


# by kurama66644 | 2019-01-19 11:37 | オーディオ | Comments(0)

オーディオ機器の音

今更ながらこういう記事を書くのも恥ずかしいが…「これは何々(アンプやスピーカー)の音」「この素材の音が乗るから音が変わる」「これが原因で正しい音が出ていない」等々オーディオ評論や関連記事、ブログなどでよく聞く話である。今でもそうだがこれらの事がキタサンにはよく分からない…オーディオ機器は単体として音の発生源ではないからである 電気を通しアンプやプレーヤーなど複数の機器を介して始めてスピーカーから音が発生する アンプをひとつ置き外回りをコンコン叩けば素材の音の違いは分かる スピーカーなんかは木材を使っている事もありその違いはキタサンのような素人でも分かりやすい それは叩くという動的作用を起こした時そのもの自体が発生源として鳴っているから分かるのである。

アンプを変えた、CDPを変えた、アナログプレーヤーを変えた そして音は変わった…よくある話である キタサンも頻繁に(;^ω^)機器を変えるからそう思う事もしばしばであるが果たして原因はその機器を変えたからなのかといつも思っている。ちょっとした配置の違い、使っている機器との相性 極端な話 自分の体調具合など別の事の方が大いに影響している可能性もある。

以前使っていたオーディオデザインのアンプの社長さんへよくある質問として「お宅のアンプはどういう音がするの?」という問い合わせがあるらしい そこでの回答は「お使いのCDやレコードの音がします」という事で(笑) すごく的を得た回答だと思う。
結局は同一条件で色々なものと絶対比較をしない限り分からないように思う 凝ったオーディオマニアはそういう事もしているかもしれないが一般オーディオファンはそこまで出来る環境や資金的な余裕はないと思う そして面倒な事に先ほども触れたが個々の体調具合や聴く耳の熟練度にもより違う風に聴こえたりすることもある そうなると絶対条件といえども結果は違う事になりかねない…

そもそもオーディオ機器メーカーは他社製品との比較は当然行っているはず? それは限りなく同一条件下で行っている そうしないと自社製品の特長が出ない(分からない)装備の豪華さや部品の優劣などの違いより最終的には音で判断されるので違いはあって当たり前 その違いの差を確かめたいのがオーディオマニアのサガなのである。

オフ会を余りやらなくなったのはその違いの差に執着し比較対象されるのが苦痛になってきたからでもある。特に部屋自慢、機器自慢、設備自慢、音自慢されるお宅には極力行かないようにしている 一見そういう素振りを見せない方でもその雰囲気や気配等で分かってしまう その辺は伊達に歳を重ねてきたわけではない(笑) 別に立派な機器やご自宅をお持ちの方が全てそうではない  これは前にも書いた育ちの違いやその人の生き方の違いによるところも多々あると思っている。
なるべく機器好きより音楽好きな方と交流していきたいがあまりにも嗜好が違う方だと音楽好きでも馬が合わないかもしれない…
「差」ではなく「違い」と割り切ってしまえば済むことなのだが人はどうしても「差」の方をみてしまい優劣を競う その優越感が強まると「執念」に変わってくる。一見 努力、頑張りに見えるがそれは執念深さから来るもので余り健全と言えないような気がする。
「大体こんなもの」とアバウトなやり方では許してもらえないのがキタサンが感じたオーディオの世界、これはこうだ!と物事をイコール(=)で考える人も意外と多いのがオーディオの世界 そのイコールの思想を上手く利用しようとする業界がオーディオの世界… こんなことを言っては身も蓋もないが だからこそ普通のオーディオをしたくなった。個人が、家族がくつろげる普通の部屋で普通の機器を使い心地よく聴くそういうオーディオの世界とは付き合っていきたいと思っている

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最近よく聴いているバッハの平均律 クラヴィーア曲集 何?キタサンらしくない…普通のシステムにして がぜんクラシックを聴くことが多くなった。
クリーク社のアンプとCDPで鳴るピアノの響きが美しい ジャズの美しさとも違い えらく感心している 単体では分からないオーディオ機器の音 しかし現在の普通のシステムで聴く音楽は今までになく美しく感じる。

# by kurama66644 | 2019-01-14 10:15 | オーディオ | Comments(2)

宙に浮かぶスピーカー

最近は音楽を楽しく、面白く聴くと言うより心地よく聴きたいと思うようになってきた 歳のせいなのか普通のシステムにしてから力が抜けたのか自分でもよく分からない。

監督や演出家でもあるアンプとプレーヤーを英国のクリーク製にしてから役者であるスピーカーの立ち位置(演技)が変わったと前にブログで書いたhttps://andokan.exblog.jp/29061184/  演技をする場所がこんな狭い所では申し訳ないと思いつつ布団部屋には音響機器は置きたくないし他に部屋も無し、別の場所に引っ越す事も当面は無いので それならば素の演技が出来るように環境を整えるのもオーナーであるキタサンの責任 このようなものを導入した。

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そうスピーカースタンドである。小型ブックシェルフには必須のアイテムで FAPSさんから発売されているサイドプレススタンドである。
従来の剛性が高く音の濁りの元凶であるスピーカーからの振動を抑えるものとは真逆の作りである。このサイドプレススタンドは華奢な鉄製のフレームを使っておりモロにフレーム自体が響く(鳴く) そして天板が無くサイドでスピーカーを押さえ底面は1本のスパイクの先端で支えるだけのものである こちらの製品はキタサンが参加しているオーディコミュでも使っている人が何人かいて実際聴いてみたこともある 特徴としてスタンドの天板を無くしほぼ宙に浮かんだ形態をとる為 本来のスピーカーの素の音が聴け音場が広がる傾向にある 付帯音が減るので一聴すると音が小さくなった、低域のボリュームが減った そんな感想を持ってしまうが実はそれが今まで聴いていたスタンドの影響からきている事が分かる。

このスタンドを導入された方が皆 従来より音量を上げる方向に行く 普通だとうるさく感じてしまうのがうるささはなく音場が広がり包み込むようなサウンドを感じるはず 逆にボリュームを小さくした場合小型スピーカーの点音源的なスポットライトを照射するような感じになり音場感は減少する。

苦心して(;´・ω・)水平その他調整しながら組み上げ最初にジャズのアルバムを聴いた時 実はかなり落ち込んだ(笑) 昔の録音で一応ステレオ録音なのだが音がスピーカーからポツ、ポツと出てスピーカーに音が張り付くそして音の塊が出ない なんじゃこれ?と思った この時音量は今まで聴いていたスタンドの時と同じである。気を取り直して今度はボーカルを聴くと大型スピーカーから出るような等身大のボーカルが出て驚いた…更にはクラシックを聴くとバイオリンやピアノの余韻がそして弾くニュアンスが今まで以上によく分かりこれまた驚き(笑) そうこの時点で音量を大きくしたのである 今までだと部屋の広さも考え音量自体は大きくできたが飽和しかねないので適正な音量で聴いていたのだが このスタンドを使用してその適正音量の目盛りが大きくなった しかし飽和しないで音場は広がるのである。あとこのスタンドは従来のスタンドより10~15cm高くなっている その辺りもある程度の音場の広がりがないと変に高い位置からポツンポツンと音が聴こえてき違和感を覚えてしまう、先ほど一番最初に聴いたジャズアルバムは音源を左右に振っておりソロ演奏が多かったせいもある もう一度音量を上げて聴くと上手く音場の中に単一の音がブレンドされ最初に聴いた印象とは違う感じになってきた。

購入された方の評判が良いのもうなずける 今まで聞こえなかった音やニュアンスも感じる事が出来るし狭い部屋でも広いステージが手に入るという文言も伊達ではない事が分かる オーディオマニアや音楽好きな方からは好評であろう…。ここで困ったことが起きた!スピーカーの素の音が聴くことが出来ると色々アンプやCDPによる違いも聴きたくなってきた…クリークとクォードで感じた違いなど本当にそうだったのかとかCDPを3台所有しているバカ者であるがそれぞれの音そしてアンプを変えた時の違いなど うーんマニアさながらになってしまう((;´・ω・) 結局何かが良くなったりするとさらに良くなるのでは と欲が出てくる。本当は普通のシステムでは付帯音だらけの多少ノイズが入った音でも構わない 使用しているMinimaやアマトールの専用台は大理石、天然木、鉄の複合されたスタンドだがスピーカーを脚色した音色にわざとするように作られている 音場は狭いけどこれはこれで十分いいと思っている。※取りあえず従来の専用スタンドは布団部屋に撤去したが移動は簡単なのでいつでも交換して聴く事が出来る

この宙に浮かぶスタンドはスパイクや台座受けの長さで色々チューニング出来るらしい、FAPSの志賀さんに組み上げたスタンドと現状の視聴環境の写真をメールしたら的確なアドバイスを色々いただいた 久しぶりにオーディオマニアっぽい事をやりそれも中々楽しいものである こ慣れてきたら又 感想など書いてみようかな それと今回Minimaを試したが重量20kgまで対応可能という事でアマトールもその範疇に入っている アマトールの素の音も聴いてみたいので機会があれば試してみようと思っている。

なに?普通のシステムが段々特殊なシステムになっているだと?まぁオーディオ機器本体の価格が普通という事で…勘弁してください。


# by kurama66644 | 2019-01-13 10:20 | オーディオ | Comments(0)

メイティング・コール

コルトレーンとタッド・ダメロンが邂逅したこのアルバムを名盤と紹介するのに違和感を覚える方も少なくないだろう。

「MATING CALL」タッド・ダメロンwithジョン・コルトレーン 56年作だからもう60年以上経つ 元の音源はモノラルである。
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ジャズに多少親しんできて さぁ次に何を聴こうか?となった時この手のアルバムはよく登場するつまりお気に入りのあるいは特定のミュージシャンのアルバムをまず人気のあるものから聴いてその内 直球ではなく変化球も求めていくうちに出会っていく過程のアルバムでもある。

キタサンはコルトレーンに関して後期の神と化したコルトレーンは苦手でもっぱら初期の頃 マイルスなんかと絡んで進化していったコルトレーン ビレッジバンガード辺りまではよく聴いていた。そしてこのメイティング・コールはCDから聴いたのだが始めて聴いたのが92年頃かと思う 最初はジャケットに鳥が沢山いて 思わず浅草の浅草寺かよ!と突っ込みを入れたくなった印象的なジャケットであったが そもそもこのメイティング・コールというのは繁殖期に雄鳥(無尾類)が鳴くいわゆる繁殖音の事らしい…どうりでそのようなジャケット写真を用いていたのが分かったのは相当後になってからである。

このアルバムのタッド・ダメロンは作曲者でアレンジャーでもあり優秀であるが名盤として名を遺す作者(演奏者)でもない。ただファッツ・ナバロやクリフォード・ブラウンそしてコルトレーンなど有望な若者をピックアップし曲を提供 世に出すきっかけを作ったのは名伯楽さながらで見事なものであると思っている。
余りアルバム数が多くないので一概には言えないかもしれないが前作のフォンテーヌブローもそうだがとても品のある曲が多い 演奏者により印象も変わってくると思うがキタサンの普通のシステムでは?とても優雅に聴こえる(;'∀') おそらくはジャズのらしさを余り出さないように鳴らしているのでそう感じるのかもしれない。

オーディオに凝ってくると特にジャズをよく聴かれる方は そのらしさを大事にする ジャズ喫茶なんかの影響もあるが優雅に鳴らすなんてクラシックじゃないんだから勢いや情熱がないとグーッとこない こんな感じではないかと思う。キタサンは以前「プライベートジャズ喫茶」なんて勝手にジャズ喫茶のイメージでこのオーディオを始めたのだが ジャズ喫茶で出ない、出さない音で聴きたいと思っていた(;'∀') 要は狭い部屋で圧力のある音は疲れてしまうのである JBLだマッキントッシュ、アルテック、ガラードなどそれらしい機材は避けてきた 元々スペースもないしガサのある機材は置けない 珈琲が美味く感じる音でいい それだけである。そしてオーディオを進めていくうちに知らぬ間に そのらしさを求める人が多く感化されていった…「そういう軟弱な音はジャズではない」と しばらくは感化され続けていったが2~3年前 ソナスのSPに変えた辺りから そのらしさを徐々に消していった 体が受け付けなかったのだろう そうして今 普通のシステム、中庸な音でジャズやクラシック、歌謡曲を聴いている。それっぽさを求めたいなら生を聴きに行けばいい らしさではなくジャズそのものを聴ける ただし自分の好きなアーティストたちが殆ど亡くなってそのものを聴けなくなってしまった…有望なジャズミュージシャンも沢山いるが らしさはあるがジャズとは言い難い人も多いのは事実である。

いかんいかん話が逸れてしまった(;^ω^) そのジャズのらしさを差し引いて聴くと このメイティング・コールのアルバムはとても優雅で秀作の曲だらけなのである。
その優雅さに華を添えているのが若き日のコルトレーンの抒情性のある音色であり 少し荒々しい艶が これはやはりジャズなんだという事を思い出させてくれる。

このアルバムのアナログは持っていなかったがライナーノーツなど見るとCDとは曲順が違うように思う。曲順が違う事はアルバム全体でみるとまた印象が変わってくる 収録時間の容量がアナログとCDでは違っているので「別テイク」などおまけで付くことがCDには多いが初期のアナログの雰囲気はそのままにしておいてほしい 残念な事である。キタサンは普通のシステムにしてジャズのアナログオリジナルを敵対視しているわけではない 相変わらずオリジナルはそこそこ持っているしたまに聴く いいなぁ~と思ってしまうこともしばしば ただ非常識な価格で一般庶民が気楽に買えない状態を危惧しているだけである そうであるなら常識的な価格のCD(中古も含む)でこれらの名盤を紹介していこうと思っているにすぎない。

# by kurama66644 | 2019-01-11 10:50 | ジャズ | Comments(0)

蓮の花

とにかく久しぶりである このアルバムを聴いたのは

「静かなるケニー」ケニー・ドーハム
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ジャズの名盤の中に必ず入っているアルバムでありジャズ入門書でもよく紹介されている。トランペットで激しくブロウーしない控え目で弱々しい音色が日本人向きなのか内容的にはごく普通のアルバムだが何故か名盤扱いされるこのアルバム  当然のことながらジャズ初心者の頃CDで購入オーディオ装置がないのでミニコンポで再生していた 確か90年初頭頃だと思う 抑制の効いたマイナー調の曲が多く端正なトミー・フラナガンのピアノと相まってジャズの難解さを緩和していたようにも思えた。
そしてこの頃からCDのパッケージがアナログに似せた紙ジャケットも出始めたように思う このCDはビクターが開発した20ビットCDの紙ジャケットでジャズの名盤をリマスターして当時話題になった 銘柄はプレステッジやリバーサイド、コンテンラリーなどの大手レーベルから再リリースしたものである。

定価は2500円 アナログ新譜と変わらない値段で出ていたが当時は発売を楽しみにしていた。

さて名盤を無性に聴きたくなりこのように順次紹介していこうと今年は思っているのだが(※アナログ盤ではなくあくまでもCDで) 名盤とはそもそも ①ジャズの歴史を変えたとされるアルバムなのか ②ビッグアーティストが放った渾身の1枚なのか ③ジャズ評論家並びにその関係者が推薦する1枚なのか はたまた④それなりに長く色々なジャズアルバムを聴いてきた中の個人的に思うアルバムなのか…結論としては③と④の合わせ技で直感で聴きたいと思うものにする いずれも長くジャズを聴いてきた人(自分も含め)が選ぶアルバムで好みも関係するだろうが最終的には心にグーッとくる記憶に残るようなアルバムであると思う。

さて全曲聴いたこのアルバムの感想であるが…ごく普通(-_-;)の中の最上級の心地良さ とこんな感じであろうか
「何?名盤のらしさが感じられない」当たり前である普通のシステムで聴いているのだから凄い音や際立つ音色などしないのである(笑)

1曲目の蓮の花(ロータス・ブロッサム)流れるように弾む曲調であるがバックが煽っている中 お構いなしのポワポワッとどこ吹く風で鳴るトランペット…思わずこけてしまいそうになる(;'∀') よーし次の曲に期待しよう「マイ・アイデアル」1曲目とうって変わりスローテンポで相変わらず朴訥なペットの音である 3曲目は「ブルーフライディ」だ 今は死後になっているが花の金曜日 花金は次の日が休みなのでワクワクソワソワするものである なのに何なのこの哀愁に満ちた曲?そっかだからブルー・フライディなんだ キタサンは土曜も出勤の日が多いので花金は余り関係ない。えーっと「アローン・トゥゲザー」は飛ばしてB面じゃなく5曲目の「ブルー・スプリング・シャッフル」 あれ?ブルー・スプリングじゃなかったけ…シャッフルなんてつけて別の曲かな いや同じだ まぁいいや おっとミドルテンポでドーハムもようやくエンジンがかかってきたかなぁ ポワポワからパッパッと歯切れが良い音になってきた そりゃアート・テイラーやらポール・チェンバースが張り切って鼓舞しているのに それに応えないと と傍から見てもそう思う トミー・フラナガンも淡々と弾いているが「はよ~本気出せや」と心の中では思っているだろう。
うーん中々いいぞ その調子 6曲目「クレイジェスト・ドリーム」あれあれ? また若干ポワポワに戻ってきたぞ…まだ疲れる歳ではない この録音時35歳だ 成熟したトランペットにはまだ早い しかしながら朗々と吹くその姿はベテランを感じさせる(録音風景は見ていないのであくまでも想像)
7曲目と8曲目「オールド・フォックス」に「マック・ザ・ナイフ」好きな曲が続く ポワポワでもパッパッでも何でもいいがいい曲だなこの2曲
オールド・フォックスなんか淡々としたポップ調の曲に聴こえたりして 普通情緒深く演奏するんだけど完全にドーハムのペースに仕立てているなぁ~ 
「マック・ザ・ナイフ」同じく名盤サキソフォン・コロッサスのロリンズが演奏した曲とかぶってしまう これは比較してはいけない 別物と考えた方がよい。
いくら技術が良くても演奏の情景が見えてこないとダメである 昨今のアルバム(曲)は皆 演奏技術が優れている すごい事だと思うが本当にご自身が演奏しているの?と疑ってしまう事も多い  紅白歌合戦の口パクじゃダメである どうせ音しか聴こえないのだからと力を抜いたり他の力を借りたり要は頼り過ぎはよくない。

ケニー・ドーハムは頼りない音でピロピロ吹きテクニック的には優秀な奏者が周りに沢山いた  それでも尚 人気があるのは音楽家として別の何かがあったのだろう。
それは影の部分の明るさを表現できる才能から来るものだと思う 影は暗いものと誰もが思うが濃淡はある そこを焦点にするととても明るい影もある 自身の演奏はマイナー調の暗い部分も多かったろうがその暗い部分の中の明るさにスポットライトを当てて演奏しているので悲壮感は少ないのである。

繰り返し聴いてもいいなぁ~このアルバム やはり名盤である。


# by kurama66644 | 2019-01-05 11:37 | ジャズ | Comments(0)

歌謡曲とジャズは好きです!


by キタサン
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