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昭和が終わった日

昭和が終わった日とは昭和天皇が崩御された日でもあるが続く元号が平成そして現在令和と30年以上経ったがようやくキタサンの中で昭和が終わったようである…

筒美京平さんが亡くなった

世の中政治的、経済的に色々変化しているが文化的変化も人に与える影響は大きいものである キタサンにとって歌謡曲は時代の音楽であり同時に昭和でもあった 音楽のジャンル分けでクラシックやジャズ等と分けるが音楽そのものにさほど関心がないキタサンにとってそれは余り意味がなさない 表現であの人は女性的とか男らしいとかいうが「らしい」や「的」ではなく実態は男であり女なのである(中間もいるが…)

歌謡とは流行歌で歌謡曲となると一般的には昭和に流行ったポピュラー音楽を指すようである 昭和であるからレコードの音楽であり媒体はテレビが主体だ そういう中で昭和歌謡の名曲を数多く作曲したのが筒美京平さんだ。日本人の中で筒美さんの作った曲を聞いたことが無い人はまずいないぐらい浸透していた 政府もこの方に国民栄誉賞の一つも与える事を検討してもらいたいものである。

筒美さんの曲は多すぎてブログでは紹介しきれないがアイドルを中心にデビューしたての子に楽曲を提供していた印象がある それは商売として売れてもらいたいというプロダクションからの要望が当然あり それに応えるられる人の一人が筒美さんであったという職人としての気質が備わっていたのだと思う いわゆる芸術家で自分の作品は大衆に理解されなくても構わない そういう独善的な気持ちはなく依頼を受けたものは期待以上に応えるというプロフェッショナルを感じるのである おそらくだが有名な曲や売れた曲なども芸術作品とは本人は思っていなかったのではないだろうか 歌い手の素性や特性、プロダクションからの意向など考慮してそれを最大限に発揮できる曲を思い描いて作っていったのだと思う。その為には作詞家の力も必要であり それ以外でも作品を作る関係者 今風に言うとステークホルダーが重要であることは確かである。

昭和は分担の時代であった 皆で分かち合い助け合う時代でもあった それは効率とは遠い世界かもしれない 無駄な事が多かった その無駄が多くの仕事を作り労働が生まれたとも言える。昭和の歌謡曲はハッキリ分担していた 詞を作る人、曲を作る人、そして歌い手と歌そのものをトライアングルで支えて我々に提供していた事が多かった 今はマルチで作詞作曲し歌も歌うシンガーソングライターは珍しくない存在であるが 人それぞれ得手不得手がある 時には分担して事をなす方がよい場合もある 何でも一人でやり時間や手間を省くという効率化するのが善しと言うのは考えものである。

かつてのテレビ(昭和時代)は歌番組が多かった いつも言っているが音楽は好きでも嫌いでもないがテレビっ子であったキタサンは自然と歌番組も見てそこで歌われる(演奏される)音楽を聞いていた 知らぬうちに自然とメロディや歌詞も記憶に残る その歌が歌われていた時とその時に起こった出来事がオーバーラップする 昭和イコール歌謡曲であった その歌謡曲の巨人が筒美京平さんであった事に疑いはない。
マイルスやマクリーン、エバンスなどのジャズの巨人が亡くなった時以上に感慨深いものがある…ようやく昭和が終わったと今 感じている。

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すっかり涼しくなってきた 街も徐々に色づいてきたようだ 今見ても美しい 南沙織 この曲も筒美京平さんの曲だ 作詞は有馬美恵子さん 松本隆 筒美京平のコンビは有名だが 南沙織の作詞は有馬美恵子さんで良かったと思っている…。

# by kurama66644 | 2020-10-17 10:32 | 昭和 | Comments(4)

お城のエバンス

ビル・エバンスのアルバムで聴く頻度が高かったのはトリオ65と有名なワルツ・フォー・デビー そしてこのお城のエバンスこと「At The Montreux Jazz Festival」である。

スイスで行われるこのモントルージャズフェスティバルは67年から現在に至る約半世紀の歴史をもつジャズライブでいまやジャズ以外でも多彩なライブを行っている 世界三大ジャズフェスティバルの一つで68年にベース エディ・ゴメス、ドラム ジャック・ディジョネットという当時の若手を従えてエバンスがクールかつ情熱的に挑んだ記録が残されたアルバムでもある。

キタサンがジャズを本格的に聴き出したのは80年台終わり頃でエバンスのアルバムで最初に買ったのがこのお城のエバンスなのである その当時はオーディオ機器が無かったのでアルバムではなくカセットで購入(確か3000円位したと思う) ラジカセでよく聴いていた その後ポートレイト・イン・ジャズ、 ワルツ・フォー・デビーという流れで徐々にエバンスのアルバムを買うようになっていった ジャズ自体は80年初頭からジャズ好きな先輩から薦められ時々聴いてはいたがやはり当時はテレビの影響で歌謡曲が好きでそちらの方ばかり聴いていた(笑) そこでこのエバンスのジャズはこちらのイメージしていたジャズと異質な感じがしそれが却ってジャズに引き寄せられた要因になったのでは?と今にして思う。

そこで考えたのは直接この人に会いたい 直に演奏を聴きたいと思った事である(;^ω^) しかしエバンスは80年に他界していた…それからである レコードやカセット、CDなどの音源で聴くより直接会って演奏を聴く方が手っ取り早いと思うようになりライブ等に行くようになった。おかげで当時は晩年に差し掛かっていたジャズマンも多かったが50~60年台に活躍していたジャズマンを直に聴く機会を得られた事は幸運な事であったと今にして思う 機器を購入するのではなく直接聴きに行くという行動を起こさせてくれたきっかけになったのがこの「お城のエバンス」と言えるかもしれない。

それから20年後ようやく?オーディオ機器なるものを買うようになったがこのお城のエバンスは録音が非常に良いという評判を聞いた それまで音質云々にはそれほど関心が向かなかったがなるほどそう言われると確かにそうなのかもしれない…ただジャズ好き、オーディオ好きなファンの人からオーディオに於けるこのアルバムの聴きどころを詳しくレクチャーしてもらった事があるが少し困惑してしまった(-_-;)
余り詳しい事は書かないが一時情報が少ないオーディオでは色々な想像を働かせて聴かないといけないのかと思うと結構疲れるものだなぁと感じた…

いずれにしろエバンスは生前に直接聴きたかった一人である事に違いはない  近年日本では芸能界でも薬物騒動であれやこれや言われているがエバンスは長年薬物依存症の中51歳の生涯を閉じた ある意味時間をかけた自殺と言ってもいいだろう メディア(レコードやCDなど)で聴くエバンスの音楽はきれいで官能的と言われるが実際の彼の生きた足跡を見ていくととても暗く重い音楽に思えてしまう(聴こえてしまう)

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最後暗い話になってしまったが…アルバムジャケットにあるスイス レマン湖に建つ美しいシオン城 モントルージャズフェスティバルというイベントの持つキャラクターを世界中のジャズファンに印象付けたといっても過言ではない。

# by kurama66644 | 2020-10-10 10:02 | ジャズ | Comments(0)

時代の音

涼しくなってきた 気が付けばもう10月 そろそろ紅葉の季節である 真っ赤に色づく自然に合わせ キタサン宅でも燃え上がるあのアンプを復活させる準備ができている そうMusical Fidelity A1である。購入したのが昨年の11月だからもう1年近く経つ しかしながらその熱さで夏場は殆ど使えず寒くなるのをまっていたのである…なんだか冬眠の逆パターンで可笑しな話である。

安い機材が色々あるので曲やアーティストに合わせ繋ぎ変えて聴いているのだが流石に面倒くさくなった(-_-;) 最近はCREEKのアンプに波動スピーカーでながら聞きをしている状態だがリファレンスとしてはオールQUADである プレーヤーからスピーカーまで同一メーカーで揃えるのは初めてだったが統一性がとれている ただ年代が合っていない…プレーヤーとアンプはほぼ同じ年代(80年台)に出来たものだがスピーカーだけ新しい(2004年製)

工業製品と言うのは日々進化しており企業理念やポリシーは当初と変わらないかもしれないがミクロ的に見ると相当変わってくる
製作が機械化されているとはいえ作る人や設計する人が変わると企業理念やポリシーなども歪められていく事も多々ある。
80年台に作られた製品とQUAD11Lのスピーカーでは20年の違いがあるが私感としてギリギリQUADの音?の範疇にあるかなという印象である 中域重視で上と下に帯域を無理に伸ばさない 刺激的な音をさせないなどキタサン宅のオールQUADはそんな感じなので音源も比較的古めのものをそれで聴いている。

今回久しぶりのMusical Fidelity A1であるがQUADのスピーカーで聴いたのはこれまた久しぶりでこのA1ではほぼMinimaを使い聴いていた 改めて聴くとQUADのアンプ群で聴くのとは結構違っている 特に90年以降の音源が目が覚めるように良くなったいや良くなったというよりかこれが本来の音源の姿なのだろう 帯域を上下に伸ばさないと先ほどQUAD使用時の印象を述べたがMusical Fidelity A1ではワイドレンジになり音が広がり音の輪郭がよりハッキリするなど違いは大きい
ちなみにMusical Fidelity A1は95年製でプレーヤーのCREEKは2006年、QUAD11Lは2004年製で10年位の差異はあるが同年台の範疇に入れてもよいと思う あとは音源が90~2000年台のものであればその時代の音が聴ける。

ここまで述べてきたことはあくまでも機械の製造時における視聴者の嗜好やその時の世の中の雰囲気による「時代」の音であって音楽性云々を言っているわけではない 機器の製作年代が古くても新しくても音源が古くても新しくても製作者やアーティストが訴えたい事は同じであり変わり様がない あくまでも表面上の印象が科学技術の進化と世の中の風潮により変わっていくというだけで その時代の音と言うのはそれを体験したものが当時をプレイバックしてこそより心に響くものである それでは今の若い人は対象外かというとそうではない今聞いている音をかみしめ時が経てばその時代の音を聴けるようになる

それにしてもMusical Fidelity A1は良い機器だ ビンテージとハイエンドを結ぶ懸け橋のような存在だ(価格的な事は抜かして)アンプだけでオーディオは決まらないが良いものを手に入れた 静のQUADと動のMusical Fidelity A1 これが合わさると普遍的な時代の音が聴けるようだ 有難い事である。

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# by kurama66644 | 2020-10-03 13:03 | オーディオ | Comments(0)

真空管アンプの音

中華製の安い真空管アンプを時々使っているがこれはこれで中々良いと感じている 色々違うスピーカーに接続して聴いているのでスピーカーの違いにより印象が変わる場合もある 以前短期間だがイタリアのユニゾンリサーチの真空管アンプを使っていて同じくイタリア製のMinimaに繋げて聴くととても温かみのある音に聴こえた記憶がある この時はまだアナログ主体でやっていた時でどうしてもスピーカーから大きなノイズが発生し(CD再生の時はなかった)原因がイマイチ分からず手放してしまった インテリア的にも見た目も良かっただけにちょっと残念であった。

色々な機器を繋ぎ変え音楽再生し楽しんでいるがこれは完全に実験である。 日頃からオーディオは実験であり自分は実験は余り得意ではなく興味はないと言っておきながら実際は実験しているというこの矛盾(-_-;) これが計測し数値で解析するのなら客観的にわかりやすいがあくまでも自分の聴覚、感覚だけでいい悪いを判断しているのでとてもいい加減な実験である 小さなアクセサリーや物の位置を少し変えての判断はよほど耳の良い人や注意深く観察しないと分からないので このように機器ごと変えて聴くのがずぼらな自分でも違いは分かりやすいと弄っている

人はとかく先入観で判断する傾向が強い 特にオーディオなんてその最たるもので実際自分もそういう判断はよくしていた。硬いケーブル、柔らかいケーブル、細いケーブル、太いケーブル、トランジスタのアンプ、真空管アンプ、木製の素材、金属の素材等々 その見た目で音色まで想像してしまう 特にオーディオを始めた頃 価格の高いものは良い音がする なんて本気で思っていた自分がいる その良い音というのも自分の中では世間一般の抽象的なイメージでしかなく確固たるものもないまま 何となく思っていたので尚更である。

最近YouTubeで「真空管アンプでいい音は聴けるのか」というタイトルに興味を惹かれ視聴した。何やら挑発するようなタイトルだが案の定様々なコメントが返されている 興味のある方はリンクを貼っておくので覗いてみてほしい https://www.youtube.com/watch?v=HsBoLoehpP8&t=94s これを試された主さんはメカニカル的なものに詳しいらしくタブーを恐れず素直な意見を述べている 実験の前提に文句を言っている人もいるようだがこれはこれで一つの見解とし受け取ってもいいように思う。
個人的には真空管やら機器本体より聴く人間が変わると180度意見や感じ方が変わる場合がある そちらの方が違いが大きいと感じている。

初めてオーディオオフ会で人を自宅に招いた時 音が乱反射するようでキレキレですね~ と来てくれた人が言ってくれたのを覚えている。オーディオの知識がろくにない時で(今も大して変わらないが…) 中低域が締まる音をその時は意識していた 狭い部屋なので広がりを持った音が出るように広帯域の現代的なスピーカーを使っていた それが180度変わり帯域が狭くてもしっとりと鳴る方向に舵をきるようになっていった 所謂ビンテージ寄りである そのうち音場が分かる再現性に興味を持ち音そのものの興味は段々薄れていく…そして今ではその音場も所詮偽物であると確信し オーディオにおける音楽の再現性に関してはどうでもよくなってきたように感じる 結局音に関しては自分にとって聴きやすい音が良い音という漠然とした感じで今は捉えている。
真空管の音はノイズが多くそれが音の味付けをしているという意見も多い 仮にそれが事実だとしてもそのノイズが人にとって心地よく感じるものであれば結果オーライでその人にとってはよいオーディオ製品となる 見た目がレトロで現代にはない素子を使っているので異色の味わいを感じる人もいるはずである。

先ほどから実験という言葉を使っているが自分が行っている実験は自分の感覚を試すものでデーター化しそれを人に披露するためでも証明するためでもない オーディオではこういう感覚の軽い実験が好きである 本格的実験はメーカーや求道者がやって披露すればよい。 先のYouTubeでの実験も正解があるわけではない 2項対立の正しいか正しくないのかの判断はその人にとって納得がいけばよいだけで人を説得したりひれ伏したりするものではない 尚 先ほど紹介したYouTubeでの動画 その後 真空管でのブラインドテストなるものも試されたようだ 玉と石の音の判別は中々難しいものである。

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久しぶりに聴いたけど真空管がブチ切れるほど(;^ω^)激しくブローするフィル・ウッズ このアルバム68年だからもう半世紀以上経つ ジャズにとって低迷期をヨーロッパに渡り活路を開いたウッズはその後帰国しても色々な場所に引っ張りだこで(音楽関係)食い扶持に困らなかったようだ 長きにわたり音楽活動をされた転換期にあたる記念すべきアルバムである。

# by kurama66644 | 2020-09-26 10:39 | オーディオ | Comments(0)

美しきチャレンジャー

美しきチャレンジャーである。 またまたキタサンお得意の昭和ネタであるが前回書いた「アテンションプリーズ」の確か次に放映された(日曜PM7:30~8:00)のが「美しきチャレンジャー」いわゆるスポ根である ボーリングをスポ根ものとみるのは多少疑問は残るが…時は1971年日本全国ボーリングブームの真っ只中であった 猫も杓子もボーリング、ボーリング、で全国ボーリング場の建設ラッシュでどこのボーリング場も盛況であり何時間も待ち時間があった記憶がある マイボールにマイシューズ 子供心に憧れたが自分はボーリングゲームをお正月のお年玉で買ってよく遊んでいた。卓上用で少し長いレーンがありちょっと高い傾斜がついた投球口から玉を落とし10本ピンに当てるという単純なものだ(この説明で分かるかな?)野球盤も人生ゲームも魚雷戦ゲームもそしてサッカーゲームもこの60~70年頃のおもちゃは非常にアナログ的である 実物を縮小化し頭と指先、腕を使い攻略する 今のPC,エレクトロニクスと違うのはバーチャルな世界ではなくリアルな縮小の世界(それが嘘である事がすぐわかる)の中で繰り広げられる 故に現実と混同しない あくまでも遊びと割り切れるのである 昨今のテレビゲームなどはリアルとバーチャルな世界を同一視し仮想現実の世界に入ってしまう恐れがある 怖い事である…

いつのまにか昭和レトロゲームの話に逸れてしまったが美しきチャレンジャーの話に戻る…この美しきチャレンジャーの主人公はハードルの選手であったが朝のランニングで出会った男性(のちのコーチになる人物)に影響され次第にボーリングの魅力に引き込まれていく 最初は遊びやゲームと高を括っていたがボーリングと言うスポーツ?が己に勝つという自分が打ち込んでいた陸上と同じぐらい厳しくそしてやりがいのあるものであることを感じていく 同僚や他の社会人チームのライバルに勝ち世界に羽ばたいていくというストーリーだったような気がする…。

主人公を演じていた新藤恵美は当時松竹の新人でこれがテレビドラマのデビュー作である 目力が強い黒髪のきれいなお姉さんと思って見ていた少年少女は多かったであろう そのコーチ役の男性がウルトラセブンの森次晃嗣なのである ウルトラセブンが放映されてからそれほど時間が経っていなかったので熱心なウルトラシリーズのファンは何故ダンがボーリングをやっているのか?と相当な違和感を覚えたに違いない それほど初期のウルトラシリーズ(ウルトラQ、ウルトラマン、ウルトラセブン)の俳優達は後年もウルトラ役者のイメージを持たれ続けていたほど当時はウルトラシリーズはインパクトがあった。

また脱線してしまったが主人公 小鹿みどり(新藤恵美)とコーチ高峰(森次晃嗣)との選手とコーチの間に芽生える恋心にも思春期前の子供たちはドキドキしていたように思う(笑) そして見どころは何といっても「魔球」である! 60~70年台は秘技や魔球が大流行りした時代でもある 美しきチャレンジャーでも当然あり 第一投で残したピン4本 4.6.7.10という変形のピン 通称ビッグ4という難易度の高いスプリットを攻略する魔球なのである 極端なスピンをかける為かなり腕や指に負担がかかるとは子供心に思っていたが案の定 右腕が使えなくなり左腕に転向するという まるで新巨人の星のような展開(;^ω^) 結局はまた右腕投法に戻ってしまうのだけど(笑) この当時の実写版の魔球や秘技の特撮は今のCGの技術からすると笑ってしまうレベルだが当時はとても興奮していたし役者の演技が真剣そのものだったので何の疑いもなく見ていたものである もっとも大人が見ると違った見方だったのかもしれないが…

今はボーリングは殆どやらなくなったが このビッグ4に近い形のピンが残った時 必ずといっていいほどこの美しきチャレンジャーの小鹿みどりの真似をして魔球を意識したものである

最後に主題歌だが新藤恵美が自ら歌っている 今聞いてもとても味のある歌い方だ 作詞 岩谷時子 作曲 筒美京平 別バージョンで歌手の中村晃子が歌ったものもあるが個人的には歌手としては素人の新藤恵美が歌ったオリジナルの方が好みである。

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上記はSlate Magazineに数々の記事を寄せているBen Blattさんによるスプリットをとれる難易度の統計の数値だそうだ(全米プロボーラーズ協会における競技の集計から割り出した) ビッグ4は100回投げて1回取れるかどうかだから素人にはまず無理なんだろうな

# by kurama66644 | 2020-09-19 09:11 | 昭和 | Comments(0)

感じた事を素直に書きます 一日一つは何かを得、逆に何かを手放すように心がけています


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