音が逃げる?

実はこの記事を書くのは誤解を生みやすいので以前から感じていたのだが書くのを少しためらっていた。

音カメラというのはご存じだろうか?音の様子(大小、高低、周波数など)を可視化できるカメラである。
具体的には音が存在する箇所に円が現れ それの大きさや色で音の大きさや高音や低音などが表される仕組み、画像が表示される。

実験でトランぺッターが雑木林と竹林で音だしして それを音カメラでとらえたものがある。
雑木林での演奏は 奏者のまわりに大小の様々な大きさの円が現れた。一方 竹林での演奏は見事なまでに円が奏者から離れて四方に点在し その円の大きさも小さくなっていた。

通常 音と言うのはどこから出ているか ある程度分かる。分かるからこそ存在感が感じられるはず。特に緊急時はその存在が分からないとパニックになると思う。

部屋の調音材は昔から平板を使ってその角度を変えたり、その盤に張られている素材などでルームチューニングを行っている場合が多い。
昨今 超高価な円柱形の(竹林のような)ルームチューニング材も人気のようである。私も分不相応に2台も買って しかも私の持っている機器単価より高いというアンバランスなものだった((^_^;)。「だった」というのは今はその調音材は部屋にはない。 当初導入して音楽を聴いていた時は心地よさがあり部屋に調和していると思った。

ある日オフ会に来たベテランオーディオファイルの方から音が分散され逃げていると指摘があった。その時は余り気にしなかったがアナログを聴きだしてから何となく逃げているというより その円柱状から音が離れない感じで いつまでもそこに音が残っているといっていいのか? そんな感じである。

部屋の中の どこかしらから音楽が流れてきてフワッとした気持ちになるのは心地良いものである。まさに癒しの感覚だ。
BGMとして聴く分には全く構わない。ただし奏者の思い、熱意、伝えようとする意志のようなものを その音楽から聴き取ろうとした時、何となく不自然な気持ちになってしまった。生身の人間が演奏、あるいは歌っている音像が現れないと不安になってしまった自分がいる。
隣の部屋でドアを開けっ放しで聴いている事もしばしばだが 奏者の気配が感じられないようではダメな音源、あるいは私のオーディオの調整がマズイ?のだろうとガッカリする。音像が現れる、現れないのは お前の頭の中の妄想だろうと言われてしまうかもしれないのだが…。

調音材も単に音を整えられるというだけで使うのも考え物である。メリットもあるしデメリットもある。
低域が膨らむから 部屋の響をよくしたいからと単純に考えて導入してしまうが いっそうのこと何もしないのが一番自然かとも考えてしまう。

生活している場所にふさわしい音楽美を求めるなら。




[PR]
# by kurama66644 | 2014-08-17 11:56 | オーディオ | Comments(0)

無人島に持って行く1枚だけのピアノ・トリオ・アルバム

私が良く拝見させていただくジャズアルバムの批評、感想などが載っているブログがある。
その方の最近の記事で ウォルター・ビショップJRの「スピーク・ロウ」がオークションで6桁で落札された記事があった。
私も思わずコメントを書いてしまったが このアルバムは一時期幻のアルバムとして市場の中では喧騒されていた。

私も国内盤だが(70年代ぐらい?) MONO音源のものを持っている。
b0323858_10415409.jpg
ミューズ原盤、発売元は当時オリジナルをよく聴き研究しているエンジニアが多数いたキングレコードだ。
基本的には国内盤はあまり揃えないのだが このキングの一連の再発盤は音質的にも原音にかなり忠実に再生している雰囲気があり何枚も持っている。

CDでは過去に何度も聴いてきたが ジミー・ギャリソンのベースを強調しまくって聴くに堪えない感じであった。
それではアナログはどうかと言うと 実はCDとさほど変わらないような気がする(私の所有する盤での話です)

本当のオリジナルを聴くようになって生意気な事を言うようだが良い録音のもの(作品)は機器や部屋にはそれほど影響されないのでは?と思うほどズンズン心に浸透する音がする。
私は以前にも書いたが正面の特等席?いわゆる定位置ではあまり聴かない事が多い。ドアを開けっ放しにして隣の部屋で聴いたりもするが良い物はどこでも良い音がする。(単なる錯覚かもしれないのだが…)

このジミー・ギャリソンのベースの音がたまらなくズッシリ感があってよいのだよと言う人もいたが 私の所では不快な音でしかない。
やはり部屋の広さも関係するのだろうか? ベースの音が強烈なアルバムもあるが非常に心地よい物もある、それは私の所のような狭い部屋でもやはり心地よく聴こえる。

うーん やはりオリジナル(MONO)を聴いてみないと分からないなぁ。

ところでタイトルにある「無人島に持って行く1枚だけのピアノ・トリオ・アルバム」というのはレコードの帯に書いていた宣伝?文句である。
おそらくスィング・ジャーナルのゴールドディスクアルバムにもなっていたので編集者が書いたものだろう。あるいはライナー・ノーツを書いた人かもしれない。

少なくとも私はこのアルバムを無人島に持って行く1枚には今の所しないだろう。
ただし ジャケットデザインは◎だと思う。


[PR]
# by kurama66644 | 2014-08-15 11:11 | ジャズ | Comments(8)

金継ぎ

金継ぎというのはご存じだろうか? 金継ぎとは、割れたり欠けたりした焼きものをで接着し、繕った部分を金を装飾していく修理方法のことである。
一時期 流行った?「もったいない」精神にも通ずる 日本人の物を大切にする表れだと思う。
b0323858_10375631.jpg
現在デジタル機器がオーディオの中でも多くなってきている。デジタルだから音が固い?とかアナログならではの音の滑らかさなど こと音に関しての表現でデジタルとアナログは比較対象の言葉として使われる。測定器を使って音の波形をグラフ化したり難しい専門用語で解説されたりで機械音痴のキタサンは恥ずかしながらよく分からない。
よくわからないなりに説明としてアナログは連続してつながっている。デジタルは分断され細分化している。という事でOKだろうか?

細分化されて元のようにつながっていなくても人の目にわからないほど細かく砕き繋ぎ合わせれば 元と同じように連続してつながっているように見えてくるかもしれない。
おそらく技術の発達でそういう事も可能になっていくような気がする。連続性のあるものは途中で変える事ができないので融通がきかない(アナログ)。それに対して分割したものは色々な組み合わせができるので自由に変化できる。それがデジタルの良い所だと思う。

80年以降はたとえアナログレコードだとしても編集にデジタル技術を使って加工されている。私がよく聴く今から半世紀前のジャズレコードは近年(ここ20年ぐらいの間)の再発に関してデジタルリマスターと称するものが多い。そうなると当時のオリジナルの物とは別物になっていると思う。
別物になったからといって必ずしも悪いとは限らない。別物は別物として新たな価値が出てくるものもある。そう、ご紹介した金継ぎのように。

「覆水盆に返らず」は中国の故事でことわざだが 一度壊れたものは元には戻らなく それで終わり。その通りで全世界共通の認識だと思う。ただ日本人だけは元に戻らない物を新たな価値観でとらえ 新たなものとして尊重する。ものすごい美意識だと思う。

アナログであろうとデジタルであろうと それぞれの価値観をもって尊重し大事に扱う。金継ぎ技法はアナログだけどデジタルという日本人の中庸の精神であると思う。
b0323858_11480842.jpg

[PR]
# by kurama66644 | 2014-08-11 19:27 | Comments(2)

遮音性

オーディオの視聴環境(部屋)は重要だと思っていた。思っていたと過去形の書き方をしたが今は重要ではないかと言えば必ずしもそうではない?

オーディオマニアの会話では機器が中心になる事が多いが私がオフ会でおじゃましたお宅では 視聴環境の構築に腐心されている方が結構多かった。
機器より部屋だよ!と言い切る方もいるぐらいだ。私はオーディオを始める7年前まで それを趣味としている方は大音量でバンバン鳴らしているイメージがあったが
オフ会を重ねるうちに必ずしも そうでない事がわかってきた。

私は昔のオーディオ事情は知らないが 大音量でバンバン鳴らしていたのはごく一部の人で大部分は周りを気にしながら鳴らしていたのではないだろうか?
だから大音量で聴けるジャズ喫茶等が流行ったのかと考える。現在もオーディオ用?に建てられた、作られた部屋なんて それほどない。
一般的な家?部屋で皆 四苦八苦 工夫しながら調整しているのだと思う。この調整は大変な労力がいる。素人がやるのは中々大変だと思う。
仮にプロが行ったとしても今度は聴く人の好みも影響されるのでベストにはなりにくいのではないだろうか?せいぜいベターどまりか。

そうなると一般家庭で注意する点は遮音性ぐらいと考える。要は他人に迷惑をかけないというところだ。
なにも完全防音にする必要もない。民家ならまわりに誰もいない一軒家にするとか、集合住宅なら同じく隣、階下に誰もいない時に鳴らす、ないしは音を出しても苦情がこないように根回しをしておく等々。なに?現実的ではない? おっしゃる通りです(笑)

結論的には部屋に合わせた音を出すしかないのかも。音に合わせた部屋を作るのは お金に余裕のある人だけ…
昔ジャズ喫茶に通っていた頃 マスターから皿回しを頼まれた事があり鳴らしたことがあった。同じ機器、同じレコードでもマスターがかけた時と違う。
最初はわからなかったが よく観察すると音量を微妙にいじっていた。部屋に合わせた そのレコードごとの適音を熟知していたのだろう。
私がレコードをかけた時とマスターがかけた時では お客の反応も違っていた。この時点では私自身 オーディオには興味をもっていなかったので それほど感じる事はなかったが 後年 このように自分でオーディオ機器、しかもアナログをいじり出して 当時の記憶が蘇ってきた。

ジャズ喫茶自体 それほど広くない環境だが音量はある程度自由に出せる。私の今の視聴環境もオーディオをやるには狭い環境で不満も多かったが幸いなことに隣人環境も恵まれ 大きな音を出しても苦情は来ない。そういう意味で部屋に合った音?の音量など大きい音から小さな音まで色々試す事ができる。

ルームチューニングは凝った時期もあったが やっている時は楽しくもあり大変でもあった。前回も書いたが色々イジッテいると元の音もわからなくなり迷走しそうなのでやめた。部屋は適度な遮音性(構造的にあるいは周りに迷惑をかけないような工夫とかの意味です)が備わっていれば 良しとしている。



[PR]
# by kurama66644 | 2014-08-10 09:31 | オーディオ | Comments(0)

ビレッジバンガードのコルトレーン

ジャズは長年聴いてきたつもりだが コルトレーンやドルフィーは余り聴いていない。その割には 一通りアルバムだけは揃えてあった(コンプリートとまではいかないが) ただしCDではあったが(^_^;)  私がジャズを聴き始めの頃は未だコルトレーンやドルフィーを神扱いにするほど熱中していた人が多く、私にジャズを勧めてくれた先輩もその一人だった。 その反動かどうかわからないが 敬遠するようになってしまった。

以前のブログでコルトレーンの唯一ブルーノートでのリーダー作「ブルートレイン」をバリレラカートリッジで聴いてCDでは味わえない音色、雰囲気に満足した。
これはもちろん同じアナログでも音源の違いによる差はあるのだと思うのだが… こうなれば他のコルトレーンのアルバムも聴きたくなりインパルス時代のコルトレーンを購入した。それはこちらのアルバムである。

b0323858_14003880.jpg
そうビレッジバンガードのライブ盤である。ご存じルディ・バンゲルダーがエンジニアをしておりステレオ盤でもいいかなぁ?と思ったがMONO盤のオリジナルで状態の良いものがあり それを購入。

b0323858_14043012.jpg
厳密にいうと正真正銘のオリジナルかどうか?若干不明な部分もあるが 初期盤には間違いがないと思う。
このインパルスのオリジナル?はブルーノートやプレステッジ、リバーサイドの3大レーベルに比べて格安な印象を受ける。人気がないのだろうか?
プレステッジでも後期のものはかなり安くなっていると思うが 3大レーベルは簡単にオリジナル盤には手が出ない。

それはさておき肝心のこのアルバムだが意外と聴きやすかった。コルトレーンの初期の頃は別として後期になればなるほど長尺演奏が多くなり 正直言って辟易していた。写真に写っているB面も15分ぐらいはあると思うが全然苦にならなく楽しめた。
ブルーノート盤「ブルートレイン」でのコルトレーンは喜怒哀楽がハッキリしていてジャズの楽しさ、激しさ、哀愁などが味わえる分かりやすいアルバムだと思う。
それに対してインパルス盤「ビレッジバンガード・ライブ」は抑揚を抑えた中 繰り広げられるメロディ、リズムの中に微妙な変化が度々感じられる。その微妙な変化はいわゆるジャズでいうノリとも違うものだが琴線に触れる感覚を受けてしまう。 こちらの方がやはり難解なのかもしれない。

ただ気になる点がある ライブ盤となると私のチンケな装置でも ある程度は生々しい感じにはなるのだが この演奏は激しさはあるがある意味淡々としている印象を受ける。 先ほどジャズでいうノリとは違うと話したが 聴衆のそのノリが余りなかったのではないかと思う、そうコルトレーンの演奏に圧倒されて。

後期のコルトレーンは更にスピリチュアルになっていく。後期のアルバムまで このアナログで聴こうかどうか迷っている。



[PR]
# by kurama66644 | 2014-08-07 19:57 | ジャズ | Comments(2)

ジャズは好きです!


by キタサン
プロフィールを見る
画像一覧