白いキャンバスを求めて

子供の頃から絵が好きで学校では美術部に所属していた。高校、大学と運動部にも所属していたが絵は社会人になってからも時々書いていた。

今 オーディオをやっているがオーディオの事も絵や美術目線で色々考えてしまう。

他の方のオーディオを拝見(聴く)する機会も増えて感じた事を話そうと思う。 例えると白いキャンバスを求めて奮闘している方が多いのかな?と…

白いキャンバスに自分の好きな絵を描く 素晴らしい事である。キタサンも描きたい(笑) ところがその白いキャンバスを見つける、あるいは作るのが困難である事がオーディオを始めてすぐ分かった。多少良いと思われる機器類を購入してもキャンバス全体の一部は白くなっても他の箇所は違う色ないしは濃淡が異なる下地になってしまう…。
機器だけではダメで元になる電源環境を整えないと白くならない、いや部屋そのものをオーディオ用に適した?ものにしないとダメのようだ…そう白いキャンバスを作るのに大変な労力、時間、資金が必要 それでも白いキャンバスを求めて奮闘されている方々が沢山いると感じてしまう。

最初の5~6年ぐらいは出来る範囲で白いキャンバスに近づけようとしたが身の丈に合わない事をするとやはりダメである お恥ずかしい話 金銭的にも厳しくなる、そしてセンスがないのであろう 創意工夫したつもりも白いキャンバスではなく別の色にしかもまばらになってしまう(-_-;) 絵を(音楽)描く気が失せてしまう。そういう中 4年前からアナログに回帰し同時にオリジナル音源を探すようになった。 元々CDで聴いていたのでその元の音源はアナログのオリジナルである。(厳密に言えばマスターテープかも) 更にはアナログでも再発盤なども聴くようになり いわゆる聴き比べをする事になった。

古い音源が多く しかもアナログだとプチパチノイズも聞こえる。盤が歪んでいたり 針圧の調整がイマイチ上手くいかなかったり…四苦八苦しながらも続けていった。何年か続けていく内に 意外とオリジナル音源はキタサンの狭い部屋 そしてそれほど高くない機器類でも心地よく鳴ってくれる事に気づいた。

知らず知らずの内に白いキャンバスではないけどベージュやグレーの色が付いたキャンバス地を見るかのような感覚。そしてそのキャンバス地はまだらな濃淡はなく色は付いているけど真っ新キャンバスのような気がした それが今でも続いている。

CD再生を1年半前に再開した。廉価品だが改造してもらいアナログチックに鳴るようにしてもらった。当然プチパチノイズはない(当たり前) アナログでは白いキャンバスを作れないがそれよりは白い感じである。これは中々いいぞと思ったのもつかのま 白いけどオーディオを始めた時に感じたキャンバスの部分部分の濃淡が違っている。 この濃淡を無くす事はちょっと大変 セッティング等で改善も出来るがもちろん一部分の改善でまばらは相変わらず うーん難しい。


お気づきかもしれないが この内容 絵のキャンバスをオーディオ再生に例えた話だが 先日書いた「CD再生は難しい…」の記事を別角度から見て同じ意味合いで書いた。

キャンバスの大きさはその視聴環境の広さと考える。皆 大きなキャンバスに雄大に描いてみたいと思っている ただキタサンはFサイズの8号位のキャンバスが好みでそのサイズに風景画、ポートレイト等描く事が多く 手ごろな大きさである。その位のサイズだと全体像が把握しやすく調整しやすい 大きければ大きいほど全体像を把握するのが困難になり難しい。 その難しい事にチャレンジしていくのがオーディオの趣味で醍醐味と言われればその通りだと思うし反論はしない。

キタサンは おそらく今後も大きな白いキャンバスに絵を描く事は無いと思う… それはFサイズの8号キャンパスの大きさが好きで白より生成りや薄いベージュの下地が好きだからである 白は少し眩しすぎる。

単に感じた事で戯言である 変な例えをする奴がいるなぁぐらいの気持ちで読み過ごしていただければと思う。

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ブルーノートのオリジナルは数少ないが持っている。このホレスのアルバムは盤質もよくジャケットも経年劣化していない良盤である。
それにも関わらず比較的安い値段で購入できた。人気が無いのであろう ホレスも3年前に亡くなりモダンジャズを体現できた奏者は殆どいなくなってきた。
このアルバムもキタサンには必要なくなりつつある 20年前にホレスを実際聴いた感覚は多少なりとも心のどこかに残っている。

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# by kurama66644 | 2017-09-09 08:58 | オーディオ | Comments(2)

ライブ感

ビル・エバンスの「ワルツ・フォー・デビー」はジャズアルバムの中でも人気があり必ずと言っていいほど取り上げられるアルバムである。

演奏はもとより観客のざわめき、話し声、グラスや皿のカチャカチャ鳴る音、地下鉄の通り過ぎる音…など演奏会場にいる雰囲気が味わえる録音とピアノトリオの三位一体の妙がなす演奏でも人気があるのであろう。

夏場によく行われる野外フェスのようなライブは別としてジャズの場合比較的小さな会場でのライブ録音アルバムは沢山存在する。どうしても少人数、小コンポでの演奏が多いので演奏者と聴衆の距離感が短く 一体感があるように思う。

音だけでのライブ感をもたらすには音楽以外の別の音が混じっていないとそのリアル感は出にくい、冒頭に書いたエバンスのアルバムのように演奏者以外の聴衆のリアルな動き?話し声や身体的な音などあって演奏会場にいる雰囲気にはなりやすい。ただし一番は目に見える事である それは先月映像関係(AV)で再生されているオーディオファンのお宅に伺い改めて感じた。ピュアオーディオをやられている方のお宅に訪問するたびに(全てではないが)ライブ録音のアルバムを聴かされると音楽以外の音のリアルさを強調されて話される方に出くわす。聴衆のざわめき感や物音の聞え方など音楽とは余り関係ない事を話し すなわち機器類の性能や使いこなし?の自慢話とでもいおうか…正直言ってそれらには余り興味がないので困ってしまう。

そういえばオーディオをやるようになってからキタサンもそれらの音楽に関係のない音について聞える、聞えないなど言って装置の優劣あるいはセッティングなど弄っていた事があるので人の事をとやかく言う資格はないのだが(汗)

オーディオそのものは疑似体験をする装置のようなものだから「身近で演奏しているような」「ホールの中にいるよう」とかそれらの部分がよりリアルに感じられるのが良い装置であり環境も含めて追求していく人が多いのだと思う。

5感の中の聴覚で音像や音場の雰囲気を出し視覚が必要の無いリアルな再現をするのが昨今の高級オーディオ(ピュアオーディオ)志向のような気もするが結局は実際の演奏会場で直に聴いた原体験がいかに多いかでその想像する範疇、範囲が変わってくる。生演奏とオーディオの再生音は違っているのは当然で自分で再生している音でどのように感じ聴こえるかは本来自分しか出来ない それは他人の頭の中を知る事が出来ないからである。

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ようやく手に入れる事が出来たアルバム。「マッコイ・タイナー ライブ アット ニューポート」:ステレオ録音
昔CDでは当然持っていたがアナログに回帰したとき買おうと思っても中々見つからなかった。先月たまたまユニオンのえさ箱を見ているとこれが出てきた。
再発かな?と思ってみるとオリジナルである 思わず周りを見回し小脇に抱えてその場を移動 もう一度確認してみるとオリジナルである。(説明文にオリジナルと書いてあったけど…)確かエンジニアはバンゲルダーではないはず しかし昨今のリアル風な?ライブアルバムではなく程よいライブ感がちょうど良い。
マッコイといいクラーク・テリーといい余り人気が無いのか5桁をはるかに下回る値段設定であったのはうれしいところである。モノラルは高いかも?

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# by kurama66644 | 2017-09-03 10:07 | オーディオ | Comments(0)

CD再生は難しい…

アナログに回帰して4年が経つ その間 CDの大部分とCDプレーヤーは売却して手元には無くひたすらアナログ(オリジナル中心)を再生して楽しんでいた。

昨年の7月に廉価品のCDプレーヤーを元ソニーの技術者だった方に改造してもらいCD再生を復活させたが頻繁に聴くのはどうしてもアナログになってしまう。
CD自体は1987年ごろからミニコンポではあったが聴いておりオーディオを始めた10年前もアナログではなくCDを中心に聴いていた。決してCDは嫌いなわけではないのだが今では聴く頻度はアナログ8~9に対しCDは1ぐらいである。色々考えてみたのだがCD再生は結構難しいからではないかと思うようになった。

CD再生が難しい? 「CDをプレーヤーに挿入してボタンを押すだけ アナログの再生に比べ圧倒的に簡単ではないのか」と大半の方は思われるであろうが操作性ではなく再生音のバランスが上手くいかないように思う。レコード録音は高音域が大きな信号になるように補正して録音されている、高音域は低音域の100倍のレベルに増幅して補正され それを再生時には1/100に抑制するという特殊な方法を用いる。それに対してCDは信号強度を変えずにそのままのレベルで録音している マスターリングその他 音源の調整過程でエンジニアの腕、個性により音は変わっていくがいったん製品化されたCDは再生する側からすると録音された素のままが如実に出てアンプやスピーカーその他セッティング等で好み(あわせる)にするしかない。 そうすると自分の納得するような音?にするための解答が無限に存在し その組み合わせで試行錯誤 機器の入れ替えやセッティングなどやればやるほど深みにはまり 無限ループに陥りかねないように感じる。

アナログは外的要因でプレーヤーの水平化や盤そのものの傷み、埃、針と盤の接触面の圧など調整度合いにより時にはひどい音が再生されかねないが録音自体は結構自然なものが多く基本さえ抑えておけば帯域バランスも自然で部屋環境に余り縛られなくても心地よく聴ける。

CDもデジタルイコライザー等で部屋の音場を補正する手もあるが自然に持って来ようとすればするほど却って生気がなくなり不自然になってしまうことが多い。
あと最近のアンプは音質調整機能が付いていないものが殆どなのでアルバムによって自分好みに出来ないのも問題である。シンプル イズ ベストで清いのだが何でも簡単過ぎるのも考えものである。

ただCDは便利なので音にこだわらなければ曲想も分かるし音楽そのものを楽しむ事が出来る。自分はアナログ世代だがCDを聞いていた時間の方が圧倒的に多かったのでCD肯定派だが世の中はそれがPCオーディオやネットワークオーディオの配信系に変わってきた。

場所はとるし操作性はよくない、機器類もデジタルに比べ高額なものも少なくないアナログだがデジタルに比べ音質の調整は不用意にいじらなくとも意外と自然で心地よく聴ける。 省スペース簡単便利なデジタルは音質の調整は難航する どちらも長所、短所はあるが何に主体を置くかで選択も変わってくる 単純に音なのか音楽なのか使い勝手、再生する環境、お金の問題…様々な要素があり人によりまちまちである。

ここまで録音が自然だとか帯域等自然な感じがすると書いてきたが これはアナログのオリジナルと再発ならびにCDなど(これも再発に分類されると思う…82年以前のものは) を聴き比べてみての感想なので人によっては感じ方が違うかもしれないのであしからず。

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こちらのアルバムは最新のリマスター?したアナログよりCDの方が良かったような気がする…。(このアナログは強調される部分が多く聴いていて疲れたので売却)

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# by kurama66644 | 2017-09-01 09:21 | オーディオ | Comments(6)

オーディオと空間

オーディオを始めた頃 機器類の事もそうだが聴く場所(環境)について色々考えさせられた。

今から思うと何故そのように場所 空間の事を考えたかというと世間一般のオーディオスタイルの影響かと思われる。
その頃はインターネットはあったが情報としては専門雑誌やテレビなどが一般的でそちらでオーディオを行っている方達を見る事はできた。
理想と言われるのが専用部屋で音が漏れない構造(適度に逃げる構造)そして広い事である。専用部屋ではなくてもリビングルームなどで素敵な調度品に囲まれ広いスペースでゆったり聴く そういう写真等が掲載されていた。広い事はおそらくクラッシックをよく聴かれる方に要望が多いのかと思う コンサート会場そしてそのホール感を疑似体験したいが故であろう それは現在もさほど変わっていないと思う。

それまでミニコンポやラジカセで長い間聴いていたが音に対して良い悪いというのはあくまでもソフトの中身(録音状態など)に対して感じていたのでスペースの事は考えになかった。それがミニコンポの何倍も大きなスピーカーを入れてから部屋に反響する音の影響をもろに感ずるようになった そうなるともう少し広い場所で聴きたいと自然に思うようになる。

あとは音量の問題である。BGM的にしか聴いてこなかったミニコンポ時代 賃貸住宅でもあったので音量は小さめであった。
この音量が小さいという事は低音領域では耳の感度が低下し大きな音量が必要になる。すなわち小さな音量では低音が聞こえにくいので低音をより大きくしないと同じ帯域バランスにはなり難いのである。

そういう事で音量をそれなりに大きくするにはそれなりの広さとご近所への配慮が必要で「音」に対して満足するには機器類のみならず環境も整えないといけない、投資するお金も必要になり本格的な?オーディオを行うのは お金持ちでないと出来ないなどと考えられてきたようにも思う。

近頃はオーディオ機器が中々売れないのでその環境を変える提案を出す関係者も増えてきた。聴く環境でオーディオの音が変わるのでリフォームやオーディオルームの新設など売り込む。オーディオ機器もデジタル化され簡易的ではあるが高性能で安い機器も多くはなってきているが逆に一般庶民が今まで買えていたであろう機器類が高価格になりお金持ち仕様で売られ2極化されてきている。それに輪をかけるのが視聴環境の改造、新築などである これはある意味機器類より高価格になる。

個人的にはどんな形であれ住む事になった部屋で それに合わせた大きさの機器類を揃え適度なボリュームであれば普通に音楽を楽しむ事が出来るのにわざわざ部屋を改築し専用部屋化したり部屋に会わない大きな機器類を買ったりし 無理をしているなぁと思うお宅も沢山あるように感じる。趣味の世界なので大きなお世話だと思われるが結局無理している分 どこかでしわ寄せが出てくるのではないかと自分のつたない経験からもそう思う。

ラジカセやミニコンポで俺は十分 音楽は分かるとは思っていない。オーディオ機器をたまたま導入してミニコンポなどと違う世界がある事が分かった よいオーディオ機器が奏でる素晴らしい音楽はミニコンポでは決して味わえない事もある。だが6~7桁以上もする金額の機器や広い音響設備が整った部屋でないと駄目かというとそれも違うと思う。貧乏性なのかそういう部屋で聴く音楽は緊張感が漂い却ってゆっくり聴けない 立派な音だけが聞こえ体が自然に揺れ動く感覚が余りないように感じた。

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メータのロサンジェルス・フィルのアルバム。キタサンところのMinimaでも結構雄大な音がするが あくまでも想像力で雄大にしているだけ(笑)
それなりに広い部屋 よい機器類で聴くとより感激するのかもしれない…。

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# by kurama66644 | 2017-08-27 07:46 | クラッシック | Comments(2)

映像と音楽

先日 久しぶりにオフ会を行った。お相手は映像関係(AV)のオーディオの方でこれまで親交を重ねた方たちは殆どがピュアオーディオであったのでとても新鮮であった。

キタサン宅にテレビがなくなり4年以上経つが子供の頃はテレビっ子で社会人になってもテレビはかかせない娯楽であった。
芸能関係、お笑いなど特に好きで毎日見ていたが2005年あたりから徐々にテレビを見る事は減ってきた。その頃には特定のドラマか夜のニュースしか見なくなりテレビの必要性は自分の中では無くなってきていた。 レンタルビデオ(DVD)は借りてパソコンのモニターを使ってみていたが映像機器として大昔のブラウン管に比べ確実に画像が良くなり楽しめていた テレビもどんどん画面が大きくなりテレビ自体も薄くなってきていたので狭い部屋でも場所をそれほどとられずに置けるようになってきたのはよい事であると思っていた。

ちょうどオーディオを始めたのは2007年からでオーディオと映像関連を同時に行う事も少しは考えた事があったが やはり生の演奏を沢山見続けて(聴き続けて)いたので映像が中津半端な大きさで還ってうそっぽく音とのバランスも考えると両立させるのは難しいと感じていた。更には再現する場所の大きさも関係すると思っていたのでなおさらであった。

お伺いしたお宅の部屋はそれほど広くは無かったが60インチのテレビと大型のスピーカーあとは後方のサラウンド用のスピーカーとサブウーハーなどを使いかなり臨場感ある映像と音楽を展開していた。自分がオーディオを始めた時に感じていた映像とオーディオでの音楽の再生の不自然さはこちらのお宅を見る限り余り感じられなかったのは ご本人の調整技術の賜物と機器類の進化によるものであろう。今は亡きアーティスト達の映像とそこから奏でる音楽が結構生々しくこういう音楽鑑賞もありかなぁと再認識した。

音楽を聴く事は ある意味本を読む(文字を読む)ことに似ていると思う。音や活字だけでは判断できない そこにあるニュアンス、訴え等 聴き手あるいは読み手が想像力を働かせ解釈する その解釈はその人により様々なであり決して答えはひとつではない それが無限にあり面白い。それに対して映像は同じ本でも漫画やイラスト、絵本のようなもので見て瞬時に分かることが多い ある意味考えないでも見て分かるので楽である。楽ではあるが想像が限定されかねないので認識も有限になるおそれもある。

あと感じたことは実際に演奏したことのある方が映像とオーディオから鳴る音を聴いたときオーディオの音は特に楽器の音などの調整はし易いだろうなぁとも思った。
その方は打楽器を長年やられていたのでドラム関係の叩き方を見 どういう音がでるか映像で分かるようだ この叩き方では実際こういう音が出るのに我が家ではその音が出ないなど 音の調整は絵があるのとないのでは又 違ってくるように思う。もちろん画像がなくても音だけでこのように叩いている、吹いているなど熟練したプロの方は分かるとは思うが…

自分はテレビも見なくなったしスマホも持っていないガラケーはあるが殆ど持ち歩かないし見ない。唯一パソコンは仕事上使うし このブログも自宅パソコンで作成している 映像より音のほうに敏感になっている 視力は徐々に落ちているので耳と触覚に頼ることが多くなった もちろん聴力も落ちてきているだろうが見た目上の視覚や聴力だけではなく心の目や心の叫びを感じ取れるようになっていければとも思っている。

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チャールス・ミンガスの晩年の作品だがカーネギーホールでの大演奏会 ミンガスはもちろんジョージ・アダムス、ドン・プーレン、チャールズ・マクファーソン、ジョン・ハンディ、ローランド・カークと視覚的に?面白い面子だらけ こういうのは映像で見てみたかった。記録映画か何かで残っていないかなぁ。

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# by kurama66644 | 2017-08-23 07:59 | オーディオ | Comments(0)

ジャズは好きです!


by キタサン
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