忘れ去られていたプリアンプ

年末から年始にかけオーディオ断捨離を行い 結局使っていない機器同士の組み合わせでデスクトップオーディオを構築した。そしてあと1台大物?が残っていた…オーディオを始めた初期の頃 購入したオーディオデザインのプリアンプDCP-105である。

キタサンがオーディオを始めたのが2007年からで知識もないままプリメインそしてセパレートとわずか1年半の間に5回ぐらい買い換えた(汗)…その当時ラックスマンの中級機のセパレートを購入し初心者にはもうこれで十分と思ったのもつかの間 有楽町のオーディオショーの視聴で感激し即 このオーディオデザインのプリアンプに買い換えたのである ラックスマンの半分の値段であったが性能はとても優れており買い換えるのに躊躇は無かった この視聴時でパワーアンプはまだテスト品として製品化されていなかったがプリアンプ導入後半年して製品化され こちらもラックスマンのパワーアンプから買い替え使い続けていた。

この頃はアナログプレーヤーは所有していたが実質使っておらずCD再生中心であった。スピーカーもモニター系のものを使い いかに音源を正確に出せるか そしてキレの良い低音、明確な音など現在の再生とは違う方向で進んでいた。そういう中でこのオーディオデザインのアンプはその当時のキタサンにとって価格的にも納得がいく製品であった DCP-105は20万ちょっと パワーアンプのDCPW-100は20万円後半ぐらいだったと思う。オーディオデザインはこの当時まだまだマイナーでオーディオ仲間でも使っている方は殆どおらず しかもセパレートアンプの価格が新品で20万円台というのも市場では余り見かけなかった記憶がある。大手メーカーが価格に加算する宣伝費や人件費などガレージメーカーゆえ余計な金額を上乗せしなかったのでこの価格でいけたのだと思う。最近はオーディオデザインも以前より名が知られてきて色々な製品も出すようになった そしてそのことは価格にも反映され…ちょっと高くなったというのが正直な感想である それでも技術力や製品の出来具合からみてもまだ価格は抑えている様子も感じられる。

こちらの製品はS/N比やダンピングファクターの高さなど数値的な凄さが強調されるが社長の大藤さんは数値は丁寧な作りと適切な設計を詰めていくとたまたまこうなっただけでそれほど意味はないと言っている。工学博士で数値的な理論には長けている大藤社長だが最後は各自の感性がものをいう それを常に念頭にいれ製品を作っていくという考えなのだろうと思う。

ラックスマンのC-06αを手に入れてからもこのDCP-105は使い続けていたがQUAD、Minimaと古い音源をアナログで再生する方向にシフトし いつのまにかDCP-105は追いやられていた… パワーアンプは時々取り出してQUADと併用して使う事もあるがこのDCP-105のプリアンプはそれから棚にしまったままでほぼ使わなくなってしまった。断捨離を行った時 このプリアンプを久しぶりに出し電源を入れてみた。問題なく動く しかしボリュームにガリが出る(汗) ボリュームは確かセイデン社製のLパッド型アッティネーターと音響用カーボン抵抗を使っていたはず いいもの使っているんだよな。ガリはでるが実際音楽を鳴らしてみたく何年か振り?に音出し。
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相変わらずいい加減なセッティング…プリアンプの2段重ね(汗) 軽いからまぁいいか 最近はパワーアンプをオーディオデザインのDCPW-100にしているからこれで純正のプリ、パワーの組み合わせになる スピーカーはモニター系のスピーカーではなくなったがどんな感じの音になるのか興味津々。

音出しするとラックスマンをプリとして使っていた時より帯域が広くなったように聴こえる そして低域のダンピングが歯切れよい これはQUADをパワーにしていた時からオーディオデザインのパワーに変えた時にも感じたがプリを純正の組み合わせにした時のほうが更に現代的な音がする それを少し和らげているのがMinimaなのであろう。
確認の為 もう1度プリをラックスマンに変えたが上述した印象通りである。オーディオデザインのプリの方がスピーカー間より広く音場が形成され低域の弾みがボーンボーンからボンッ、ボンッと小気味良くなる これはこれで良いというかこういう音を以前は好んで聴いていた。
しかしこういう音って更に良くなるのでは?と次なる展開を求めてしまうんだよね~ それを音源に求めたり機器性能であったり使いこなし、セッティングや身近なところではアクセサリーに走ってしまう…音楽も聴くけどそちらにも頭がいってしまう それを楽しみに行っている方もいるんだけどね…

いずれにしても改めてこのプリアンプの優秀さを再確認したのだけどボリュームのガリが気になる所 修理して使った方が無難であろう。(※味わい深さはQUADの方が魅力的) 年始からデスクトップオーディオで聴くことが多くなったからもう余り色々なシステムはいらない。 今度断捨離する時はオーディオシステム全体がいらなくなったりして(笑)

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# by kurama66644 | 2018-01-12 09:40 | オーディオ | Comments(6)

デスクトップオーディオ 2

年末から年始にかけ家にあった100枚ほどのCDをこのシステムで聴きなおした。ニアフィールドの視聴は思いのほか良く 俗に言うオーディオ的な快感は無いが自分にとってこれで十分ではと感じている。ヘッドフォンに近い感覚ではあるが耳にダイレクトに来ず多少の空気感(空間を介すので)があるのでこれもオーディオの一つといえよう。
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華奢な木製のデスクにはサンシャインの薄型シートを置きスピーカーのインシュレーターは3点支持から前方2点支持にしやや上向きに設置し直した。配線も邪魔にならないように整理したがCDプレーヤーの上に真空管アンプを置くという掟破りはそのまま継続(笑) いい加減なものである。
この部屋には以前使っていた小型スピーカー用のスタンドがありスピーカーケーブル等長くすればスタンドに設置して聴ける。PL-100やクラッシック1などの海外製のスピーカーでそれを試し 狭い部屋内で試行錯誤したが音場やら定位など求めすぎ壁にぶち当たる そして音も壁にぶち当たる距離が短いので上手くいかず…そういう中 たまたま使用頻度が低い機種同士を組み合わせたデスクトップオーディオなのである。

昔からこんな小振りなシステムでBGM的に聴いていた ただしニアフィールドではなく視聴位置は様々な所で聴く形であったので音自体気になったり ならなかったりで好きなジャズとはいえ音だけをかけ流していたように感じる。しかしこちらのデスクトップオーディオでは音より音楽に心が奪われる こういう感覚はひょっとして今まで無かったのでは?とも思える。

視聴位置が真横に近い感じで機器が目の前にある その為音楽を聴きながらスピーカーやら真空管アンプ、プレーヤーと機器類をまじまじと眺める(汗)そうすると不思議な感覚になる 真空管から音が出てるような…いやCDプレーヤかな? やはりスピーカー本体から出ているような… 機器類が音を発しているような気がするのである。
もちろん発信元はスピーカーなのだが音場や空間を意識しないとそうなってしまう。

オーディオは部屋が色々な意味で重視される 音場や音像を正確に再現する為に部屋の構造、形は重要な要素になるからである。スピーカーが視界から消える事が良いオーディオの条件の一つであることはよく聞く それだけ部屋の中で音場や音像が自然に出るからだと思う そういう音が部屋中に行き渡りどこで聴いても正しく?聴こえるのが正解だというベテランも多い。

キタサンのデスクトップオーディオの意識として観るオーディオだと思っている。花や観葉植物を眺める 動いていないようで日々変化している 電気仕掛けのオーディオであるが音楽という養分を得て日々変化している様を音で確認する。(本来電化製品は変化するのは不良品なのだが…)それはすぐ近く、身近にそれが無いと感じにくい くしくも所有のスピーカーの別名は「BONSAI」 盆栽を見て感じる事(人それぞれだが)に似ているような気がする。Minimaほど筐体に重厚さは無いがとてもきれいな木目の表層が ラウンドされたリュート型にとても合っている 真空管アンプは安物だが安物なりにしっかり働いてくれる CDプレーヤーも同様である 何でもそうだがそれぞれ世界観がある それを認めるか認めないか人それぞれ MinimaとQUADの組み合わせは箱庭の世界で こちらのデスクトップオーディオは更に小さい盆栽いじりというところである。何か爺くさいなぁ~ でも爺だからしょうがないか…

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# by kurama66644 | 2018-01-08 10:06 | オーディオ | Comments(2)

オフ会のマナー

オフ会は呼ぶ方も呼ばれる方も相当神経を使う…と個人的には思っている。特にキタサンはアガリ性なのでとても緊張してしまう 何度か訪れた家でもやはり緊張はする。

よく音は人となりを表わすというが少し違うと思う。優しい人だから優しい音がする その逆に性格のきつい人だから音もきついかというとそうではない。あくまでも視聴する建物、部屋などの風情(整っている、雑である、色使い、家具の配置、センスetc…)などからそういう印象を受け あたかも性格と一致するかのような錯覚に捉われる事も少なくない。かなり攻撃的な性格の人で心優しい静かな音楽を好む人もいるし、誰にも親切で温和な方が暴力的な音楽を愛聴する場合もあったりで様々である。

今はオフ会を行う事は少なくなったが一時期 月に何度か行うなど熱心な時期があった。それは他の人の音を聴いてみたくなった事しいては自分の出している音が人とどう違うのか確認したくなったからである。考えてみると個人的な趣味のオーディオにおいて部屋環境、機器類など違うのに比べる事はナンセンスなのであるが その時分は心の中でどちらが優れているのかなど比べたかったのだろう。

当時オフ会を行ったあとブログなど日記として感想を書いたものだが(今も書く事は書く) 音の表現を文章にするのが難しく相手に伝わりにくいので比喩をよく使った。絵画に例えたり事象に例えたりとストレートな感想を避けてきたが所々で本音が出るようで(汗) 後から相手から不満のメールを頂いたりして対応に困った経験がある。
自分自身がオーディオの事をまだよく分からない未熟な面も多々あるので軽く受け流してくれればよいのにとも思ったが 長年付き添った愛器やシステム構成に四苦八苦しながら構築してきた物を貶されるのはやはり気分はよくないものである 自分も逆の立場ならやはりいい気分はしないであろう。

実際 訪問して感想を聞かれる事は多い「どうですか~?」と… 相手も気にしていると思う 感想とはオフ会そのものの進め方、接待?の仕方や居心地などのオーディオ以外の事とオーディオ機器から出てくる音、ソフトの質などオーディオの事に対してで 「どうですか~?」にはそれらが総合して含まれていると思う。

そして感想には必ず比較、対象とするものがある。それは自分のシステム、環境やオフ会を何度か経験している人は更に別宅との比較である。そうなると本人が出している音、音楽そのものは機器類が壊れて変な異音がでるとか相手に対してよほど思いやりの無い態度をとり続けているとか特別な事がない限り 悪いと言う評価、感想は無いと思う。頻繁にその相手に会ってそのシステムを毎日聴いているとか相手の音楽の好みを熟知しているとかいう状況でないと所詮他人の事なんて分かるはずもない。

一時期 オフ会を頻繁に行っていたことは先に述べたが正直言って相手のシステム 出音が悪いと思った事は1度も無い 殆どが良いと思った。
自分とは当然違うので そこで相手にこうした方がいい、ああした方がいいというのは個人的には出すぎた行為かと思っている。好みがあるので一般論として音響的にこういう手法が使われているとかこういうお宅があるという事実だけに留めておいたほうが無難である アクションを起こす事はどうしても主観が入る プロとして商売をしている方で常識のある方はならまだしも一般人で趣味程度やられている方だと客観視するのは難しいような気もする。

あとはどうしても見た目で判断しがちである。豪華な建物、部屋、高級そうな?システム等々 あとは広さかな 普段見慣れない光景を見ると圧倒され 何となく凄いと思ってしまう。万引きGメンをしていた時も相方の元刑事の人から見た目でだまされるな!と何度も教わった 紳士然としている方や小奇麗な服装をした婦人などでも平気で盗んでしまうケースに何度も出くわした…人の善と悪を目の当たりにし精神的ショックで辞めてしまう人もいるぐらい 人は表と裏がある。 自分は相手宅では 目を閉じて聴くケースが多い音だけではなく気配や雰囲気で違いを体感する それだけ心地よいと思ったら自宅でもそういう心地よさが出せるかなぁとか 違和感を覚えたら何が違和感の原因かと考える。そしてそれは相手に話す事ではなく 自分自身を振り返る材料になるだけである。

それと音楽的素養と生の音をどれだけ聴いたかはオーディオ趣味に於いて大事なのかだが これはどうなのだろう? この趣味を行う目的によって違うのだろうと思っている。「好きな音楽を良い音で」「良い機器で好きな音を」「機器弄りがあってこそオーディオ」「音楽再生の為の大事な道具」「コンサートホールを我が家で」等々始めるきっかけや目的は人それぞれなので各自で大事だと考えていることがその人にとって正解なのだろうと思う。

オーディオだけではないが仕事以外のこのような趣味では意外とその人の人生や生き方が見えてくる。自分の場合 音よりその人の生き方、人生が垣間見えてしまうので疲れる事が多い… あれっ結局何書いているんだろう? オフ会のマナーでしたね マナーとしては「余計な事はしゃべらない」 その一言が相手の人生に影響を与えるかも そうオフ会は案外怖いものなんです(笑)

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年末ユニオンのセールで「スピークロウ」の他にこの1枚を購入。まさかこれがエサ箱にあるとは思わなかった…ジャケットが汚れている分価格も安かった 盤質はBクラスだがノイズはさほど気にならないレベル この1枚があれば今年はもうオリジナルはいらないかな それほど欲しかった盤である。当時の定価を上まらない価格でしかオリジナルは購入しないというポリシーを早速破ってしまった(汗)

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# by kurama66644 | 2018-01-07 09:24 | オーディオ | Comments(0)

レコード大賞

お正月を過ぎてレコード大賞のことを語るのも何だが まだレコード大賞なるものを行っていた事に驚いた。

キタサン宅にはテレビが無いし そもそもレコードブーム復活とはいえ歌手のアルバムってCDやネット配信になっているのに未だ「レコード大賞」って?
何年か前にネットで賞はお金で買われているという記事を見て今はそうなっているのかとガッカリした。審査方法も何だかよく分からないし単純な売り上げ枚数だけで競っても現在の歌謡曲は殆どメガヒットは無い状態で人気や知名度を優先しているのか?

テレビが娯楽だった子供時分 キタサンは歌謡曲が好きでこのレコード大賞も楽しみにしていた。実際はっきり覚えているのが69年「いいじゃないの幸せならば」の佐良直美の時からで司会はこの年から三木鮎郎さんから高橋圭三さんに代わっていたと思う。先に審査方法はよく分からないと書いたが この頃はレコードの売れ行き枚数、人気、知名度、有線のランク、そして重要なのが歌唱力が評価基準にあったと子供ながら感じていた。翌年70年は菅原洋一の「今日でお別れ」そして71年は「また逢う日まで」の尾崎紀世彦が大賞を受賞した。
テレビを見ていて大賞は誰がとる?と父親に言われ 下馬評では「おふくろさん」をヒットさせた森進一が優位であったが自分は尾崎紀世彦と その時は余り知名度は高くなかったが勘で答えた。そうすると1000円かけるか?と言われ 当時の1000円は子供にとって大金であったので躊躇してしまい その賭けには応じなかった(汗) 結果 尾崎が大賞をとり悔しい思いをしたのは懐かしい思い出である(笑) 72年 ちあきなおみの「喝采」73年 五木ひろしの「夜空」74年 森進一の「襟裳岬」75年 布施明「しくらめんのかほり」76年 都はるみ「北の宿から」人気度、歌唱力、知名度と文句が無い人選であった。

自分の中で微妙な変化が起きたのは翌年77年「勝手にしやがれ」で受賞した沢田研二(ジュリー)辺りからである。この時はジュリーはそれほど歌は上手いとは思っていなくて…ただ人気はとてもありテレビでジュリーの姿を見ない日は無いほど勢いは凄かった。グループサウンズ タイガースからソロデビューして年数は経つがレコード大賞は何となく場違いのような気がした。もちろん「ブルーシャトウ」で大賞を受賞したブルーコメッツもGS(グループサウンズ)であったが何となく違和感を覚えていた。

決定的だったのは翌年のピンクレディ「UFO」である。先の沢田研二もピンクレディも今から考えると歌はとても上手くエンターティナーである。単なる歌が上手いだけではなく魅せる歌い手でありスターなのである。ただレコード大賞発足時からの受賞者の傾向といささか変わってきた感じは否めないような気がした。
その後ジュディーオングや八代亜紀、細川たかしなど実力者が受賞するようになってからも見るようになったが87年の近藤正彦、光GENJI以降は自分の中ではレコード大賞は無くなっていた…。 この頃になると歌謡曲よりジャズに傾倒しておりオーディオ装置はなかったが よく生を聴きに行った時代である。歌謡曲の俗の部分がモダンジャズと一致していた事もあり幼稚化した歌謡曲に見切りをつけた時でもあった。歌謡曲の俗の部分は演歌ではまだ見受けられるがリズムが嫌いで余り好まない 情の部分も今の歌手はそれほど実体験とし持っていなく上面だけ真似しているだけで伝わってこない。

あと気づいた事なのだが昔は作詞家、作曲家、歌い手とはっきり分業化していたことだ。作詞 阿久悠、作曲 平尾昌晃、 あるいは松本隆 筒美京平なんてヒットメーカーだったし 今は一人で全部やる事も少なくない 良い面もあるけど それぞれ得て不得手があるから専門は任せておいたほうが結果的には良い作品が出来る事も多かったのではないだろうか。
それとレコード会社の遍歴にも注目が行く 大手レコード会社が圧倒的な力をもっていて日本ビクター、日本コロンビア、キングレコード、テイチクなんて幅を利かせていたが 今は余り聞いた事がないような新興メーカーが多いような…ワーナーやソニーは健在だけどね 音楽産業が娯楽の担い手として大きかったので物量を投じる事が出来る大手会社は予算もあり宣伝が出来たし採算も取れていた。現在右肩下がりになっている音楽業界では安全な道を進んで冒険が出来ない状況だ。

お金を払ってまでソフトを買わない、ネット配信で音楽はただで聴ける(有料が普通なのだが…) お金をかけるならライブに行く。そういう状況ではレコード大賞という存在はもう意味が無いのかもしれない。

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第一回レコード大賞「黒い花びら」で大賞を受賞した水原弘 波乱万丈の一生だったがモダンジャズのアーティストに共通する雅俗の混交を感じさせる。
水原の歌を聴いた後では現代の歌謡曲は幼稚園のお遊戯会の歌にしか聴こえない それだけ大人の歌を表現できる歌謡曲の歌手は少なくなった。

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# by kurama66644 | 2018-01-06 09:22 | 歌謡曲 | Comments(2)

この音!

予定通り?年末最終日のユニオンのセールに2年ぶりに行って来た。といっても整理券を貰って開店前に並ぶあの争奪戦の地獄絵図はもう味わいたくないので午後2時ぐらいの時間に訪問。店内はすっかり落ち着いていた ちょうど2時位までがタイムセールで割引(15%だったか20%だったか?)終了のアナウンスをしていた。元よりお金が無いのでせいぜい1枚か2枚いいのがあれば買うぐらいの気持ちでいたので売れ残りをじっくり見ていた。マニアらしき人が何人か残っていて念入りにエサ箱を探していたが すでに人気の盤などは売れていた様子であった。

壁には高価な盤がまだ残っていたが同時に有名盤の復刻盤も飾っており値段的には3~5千円位のプライスである。しかしマニアはそれらには余り目を向けずエサ箱に集中している そう復刻盤は中身もそうだがジャケットの色使い等明らかにオリジナルと違い いかにもコピーを繰り返した面持ちでそれからして食指が動かない もちろん新品できれいなのだが正直言って一部を除いて買う気にはなれない。

その中に有名盤の復刻盤でウォルター・ビショップJrの「スピーク・ロウ」が飾ってあり値段は4200円ぐらいであった。この盤はピアノトリオでベースのジミー・ギャリソンのベース音に注目がいく盤でオリジナルを探していた時期 確かネットで350,000円ぐらいで落札され驚いた記憶がある その後時々オークションでも見かけるが6桁は軽くいくトンでもない価格のものである。CDではもちろん所有していたが部屋や装置の関係かベースの音が強調されうるさいだけで上手く再生出来なく 自分にとっては敬遠していたアルバムでもある アナログに回帰した時もこの再発盤を持っていたがCDと同様上手く鳴らせなくその後売却した。

そんな事を思い出しながら又 エサ箱を探すと今回のセール品の中に「スピーク・ロウ」が混ざっていた…もちろんオリジナルではない オリジナルだとおそらく壁の一等地に(そんな場所があるのか分からないが)飾ってあるはず。そうこれは2009年にユニオンで限定発売された復刻盤である サブタイトルに「この音!今までのスピーク ロウは何だったんだ」by寺島靖国 と書かれている。解説はジャズ評論家の原田和典さんで 可能な限りジャケットやレーベル面もオリジナルに忠実に、マスターテープから正確にカッティングなどかなり力を入れている文言が書かれている。ジャケットも中々いい感じで盤も重量盤らしくずっしりとしている 価格を見ると「5400円」?これ定価は3990円なのに中古の復刻盤が高くなっている…壁に飾っている新規の復刻盤より高いぞ~ということは貴重盤になっているのか?キタサンのポリシーとしてオリジナルに関しては当時の定価より高いものは買うのは止めている しかもオリジナルではない復刻盤が2009年時より高いなんて当然買わない!と決めていたが…一応検盤だけでも そうすると1本の傷のような線が盤を横断している…音に影響があるか視聴すると問題は無い 結局 買ってしまった(汗)タイムセールの時間が過ぎたとはいえ10%オフなんですって(笑) まぁお正月だしたまには贅沢してもねぇ。

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しかし上手く出来ているもんだ…センターレーベルに溝はあるし ジャケットのビニールや帯を取ると色合いは本物にかなり近い感じがする(※本物は見た事がないのであくまでも想像)アルバムは61年のものだからこの時期はまだ凸版印刷で作られた物もある 現在は殆どオフセット印刷になっているが文字の輪郭等はオフセットの方がハッキリしているが黒文字などのインクの濃度が凸版に比べ薄い こういうところでもオリジナルと後年出された再発のジャケットは雰囲気が違ってくる。

帰宅し視聴はQUADとDualのプレーヤーで行った。M44-7のシュアーのステレオ針を使用 モノラル音源だが復刻盤なので1ミルのモノラル針は敢えて使わず(当時のモノラルカッティングマシンではなくステレオカッティングマシンを使用の為)やはりというか低域 ベースの音を少し強調し過ぎか?大型のスピーカー、広い部屋などを使っている方は大いに楽しめる?かもしれないがキタサンシステムでは部屋の関係もありちょっと過剰に聴こえる。そこは昔のアンプQUAD44だけにBASSやTILTという独自の音質調整機能を上手く使い聴きやすく出来た。 このアルバムの肝はベースとよく言われるがキタサン的にはリズムと速度だと思う 昨今のピアノトリオはスピード、早弾きで視聴者の気を引く 時折バラード等でスローに弾くがこのアルバムは終始ゆったりとして全体的におおらかな印象だ そういう中 加速したり減速をしたりアルバム内の曲に変化をもたらしている。この手のアルバムは中々あるようでないものである 音だけに気をとられベース音をどう再生するかという事に腐心しているとその部分を見落としがちである。

それにしても350,000円で買う人ってどういう人なんだろう?機器類やケーブル類に何千万と使っている人なのか コツコツと貯めたお金をここぞとばかりにつぎ込んだ人なのか 価値観は人それぞれだが どういう人なのか会ってみたい気もする…(ちょっと怖いかも)



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# by kurama66644 | 2018-01-03 10:35 | ジャズ | Comments(2)

ジャズは好きです!


by キタサン
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