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盤質

アナログを一度でも再生された事のある方はマニアが盤質へのこだわりを持つ気持ちは分かるかと思う。

盤自体の汚れや埃、そして傷はもちろん歪みも個体差があり様々である。ただ長く使われたものがそのまま悪くなるわけではなく逆に使われないでそのままにしていた場合 その環境(保管場所や方法)が悪い場合 使われたものより劣化する事も多く 扱いは厄介だ。

CDでも盤面の傷で音飛びするとか品質に注意を払うオーディオマニアの方もおられるがアナログほど神経質にならなくても音はちゃんと出る。

オリジナルにこだわり始めた初めの頃は盤質は二の次でオリジナルありきで購入していた。ただ最近はやはり盤質にも気を遣うようになりA,B,C,Dでいくと最低でもB+ぐらいであって欲しいと思っているし そういう盤を買うようにしている。


先日2~3か月振りで御茶ノ水のユニオンに行って来たのだが食指が動く盤は殆どなかった。もちろん持っていない盤で欲しい物もあったが数万円以上しているし それでいて盤質はB評価である。そういう盤が壁に沢山飾られていて いくらボーナスシーズンだからといっても どうなのか?と思ってしまった。

そういう中 ヨーロッパ盤で盤質がAのオリジナル?があった。Timeのフランス盤である。
ヨーロッパでもドイツやイギリス、イタリアは所有しているが はて?フランス盤なんて家にあったかなぁと思いつつ購入。
ジャケットは米盤ともちろん違うし 本来スタンリー・タレンタイン名義のザ・マンと同じ内容の盤である。
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ジャケットはペラペラで貼り付けも適当で弱い…金かけてないなぁ~と思いつつ 中身が肝心と思い視聴してみると これはモノラル盤なのである。
ステレオ針で再生したが それほど悪くないのでそのまま聴く。米盤ほど重量級の音はしないがピアノの音なんか軽やか、スタンリーのサックスやローチのドラミングもガッツがあり そこそこで悪くはない。おそらく最新の機材で鳴らせばもっとシャープに鳴り響くだろうなぁと思って聴き続けた。

この盤自体 はたしてモノラル用のカッティングマシンで作られているのか疑問があったが1ミルの太い専用モノラル針で再生してみると意外とステレオ針での再生とさほど変わらない…大抵は大きな違いがあるものだが 何か不思議な感じがした(笑)
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ドイツとスイスのプレーヤーで針は日本とアメリカ、イギリスのアンプを使いスピーカーはイタリア。かけた盤はフランス… もうごった煮状態である(笑)

それにしても盤質Aとうたっている割には溝がつぶれてインサイドフォースキャンセラーが効かない箇所があったり ボッソと大きな音がする箇所が数か所あったり これで盤質がAとは…査定する人の腕、目が衰えているのか 困ったものである。

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by kurama66644 | 2016-06-30 16:17 | ジャズ | Comments(2)

キング盤と東芝盤

興味がない人から見るとどうでもよい事なんだろうなぁと思いつつブログに書く。

ブルーノートのオリジナル盤は数えるほどしか持っていないが おそらく今後は もう増えないかと思う…。

最近はオフ会などに再び参加するようになってはいるが自分自身オーディオ的な話には余りついていけない…。セッティングやアクセサリー、部屋環境そして機器類など ほんと適当である故 それらに情熱を燃やす方たちを見て ちょっと遠目からみる感覚で その熱意に圧倒されるのである。 それでは音楽そのものを真面目に聴いているのかと言えば それとも違う。レコードもオリジナルを中心に集めてはいたが こちらは財力の問題で(笑) どうも進まない。ジャズの昔のレコードってなんでこんなに高価なのだろう? その最たるものがブルーノート そしてそのオリジナルである。

なんだかものすごく中途半端(^_^;) 聴くレコードも同じものを繰り返し聴く、 それでもよいレコード(自分にとって)は毎日聴いても飽きないのが救いか…

と ここまでは愚痴と最近の気持ち 本題のキング盤と東芝盤だが最近 新宿の中古レコード店の店主と話して気になった事がある。

ブルーノートの日本での版権はキングや東芝など行ったり来たりしているがジャズ好きの方はキング盤を好みにしている方が多いと聞く。
確かにキング盤と東芝盤では音の違いがある。キング盤は音に厚み、特に中域を厚めにしている盤が多い、それに対して東芝盤は全体的にバランスよく広帯域で鳴る。
そしてハイエンド機器を使っている人は東芝盤を好む傾向があるという。

時のキングの技術陣はオリジナルをよく聴きかなり研究してオリジナルに近い風にマスターリングしていたようだ。それに対して東芝の方はオリジナル盤というよりそれ以前のマスターテープに近い音で再生していたようである。どちらも元の音源に近いようにとの要望に対しキングは米国オリジナル盤にそって再生、東芝は元々の音源 マスターテープに近い感じで忠実に再現。その結果 こうも違って出来上がってきたのである。

結局は生の音は空中に解き放たれると永遠に帰ってこない。それを収録した段階で色々な加工がされ元の音とは違ったものができる。
演奏者の意思とは別に製作側の影響はかなり大きいのかと改めて思ってしまった。

更に店主に最近の録音やレコード等の出来具合?について聞いてみたが機器性能に合わせてどんどん広帯域で細部まで出すようにしていると話された。
高域と低域が「カッーン」「ドーンッ」と響くと それは凄いと大抵の人は感じてしまう、今まで聞こえていない音まで聴こえる…そして素晴らしい録音だと…。

現実に普及している機器はそういう風に鳴るように作って、レコードなりCDもそういう録音の仕方をしているから それに合うように鳴らすしかないと まぁこのような話をされていた。 昔の機器を使い そういう風な?録音取りをしているもので再生しないと その当時の音は出ないし それを追及するとなると お金もかかる。

自分は当時の音を聴きたくオーディオ機器を揃えているわけではないしオリジナルを買うようになったのも価値があるからとか 人と違う物を持ちたいからというコレクター的な気持ちではない。などと考えながらマーキュリーのオスカー・ピーターソントリオ+クラーク・テリーを部屋越しに聴いている。
部屋越しに聴いているのでスピーカーの配置や機器の状況も分からない ただ音楽が漂って聴こえてくるだけ。
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余り人気がないのはクラーク・テリーのダミ声が入っているせいか? でもマーキュリーの音は好きだ。

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私の好きなルイ・スミスのブルーノート1584 こちらはキング盤である。やはりオリジナルとは違っているが…一応本人の演奏は聴いた事があるのでまぁこんなものなのかなぁという感想。生演奏の音と比較しても余り意味がないかもしれない…。



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by kurama66644 | 2016-06-27 19:33 | ジャズ | Comments(3)

Jazz POET

新宿のHal'Sさんで又 良いレコードを見つけてきた。

「Jazz POET」トミー・フラナガントリオ後期のアルバムである。ひと月ほど前に勧められていたが手持ちのお金がなくその時は買わずじまいだった。
先日 ひと月振りに寄った時 まだ壁に飾ってあったので購入した。1989年作である。
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このアルバムはCDでは聴いた事があったがアナログは初めてである。店主曰く 国内では殆どアナログでは流通していなく海外に買付に行った時 偶然見つけてきたそうである。そして盤の状態もすこぶる良い。

トミー・フラナガンといえばジャズ名盤請負人と言われモダンジャズの有名盤には必ず名を連ねるピアニストで自身のリーダー作は有名なオーバーシーズなどはあるが どちらかといえば脇役に徹したバイプレーヤーである。

そんな脇役も80年、90年位から日本でもスポットライトを浴び人気が出てきて知名度は上がってきたような記憶がある。

余り癖が無い流暢なピアノで主役の邪魔にならない弾き語りは時にはBGM的な音楽に捉えられるが彼はれっきとしたハードバッパーで硬軟どちらにも対応できる名人であると思っている。

トミー・フラナガンは2001年に亡くなったがキタサンは亡くなる1年前ぐらいに彼のトリオ演奏を聴いている。
ベースはピーター・ワシントン、ドラムはケニー・ワシントンであった。2~3曲演奏後 自己紹介でベースとドラムの紹介をし 自身を「ジョージ・ワシントン」と締め括った。ワシントンつながりで自身もワシントンであると茶目っ気たっぷりに言ったのだと思うが客自体がその意味をよく分からなかったのか 飲食に夢中であったのか 今一つのうけであったのは残念であった(笑)

話は本アルバムに戻るがフラナガン後期の円熟した手さばきで料理した前菜を味わっているような感覚で聴いた。
正直に言うともうメイン料理にはならない。(手厳しい評価であるが…)しかしながらその前菜があるおかげで その後運ばれてくるメイン料理に華を咲かせる気品のようなものを感じた。自身の年齢的な事もあるのかもしれないし時代はデジタル録音がもう中心になった頃 ジャズとしての泥臭さはない。

ひょっとするとわざとそういう弾き方をしたのかもしれない、録音技師がバンゲルダーである事もライナーノーツを読むまでは分からないぐらい バンゲルダー臭さを無くしている。
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でもこのアルバムはそれでいいと思っている。なぜならタイトルが「Jazz Poet」ジャズの詩人なのだから。騒音のようなドッタンバッタンしたジャズじゃタイトルにマッチしない。

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by kurama66644 | 2016-06-26 08:15 | ジャズ | Comments(4)

聴こえる音、聴こえない音

人の耳には聞こえない音の周波数限界があるのはよく言われている事である。年齢を重ねる毎に高音域の聞こえる限界が低くなっていくようだ。

巷で販売されているスピーカーの数々 おこずかい程度で買える物からマンションの一室が買える物まで価格差は大きいが再生周波数帯域は極端には違わない。
今では人の耳に聞こえる高音域限度の20kHz以上の周波数特性を持っているスピーカーはざらである。

そんな聴こえない音まで再生出来る能力は必要ないのでは?と思ってしまうが その能力に余裕があるほうが境界線ギリギリのところであっても楽に再生出来る事や収録される音自体 一般的に聴こえない音も含めて収められている、それを耳だけではなく体全体?で感知出来ているとの研究もされていたりで 可能な限り再生能力は高いに越した事がないのかもしれない。

CDの音は20KHz以上の音が入っていないから音が悪いと以前聞いた事がある。仮に耳で聞こえない音が入っていても先ほど供述した からだ全体(特に皮膚)で音を感じる事があるのなら確かに耳で聞こえないある特定帯域以上、以下の音も入っていないと違いはあるのではないか あるいは音の良し悪しに関係するのだろうと思っていた。アナログは特定帯域をカットしないで(編集の時はカットしたりもする)ダイレクトに収録されているので音の鮮度が高く 良いとも思っていた。

しかしながら最近は可聴帯域以外の音が入っていないからといって音の良し悪しには余り関係がないような気がしている。
それどころか聴こえるぎりぎりの高域や低域が聴こえるからより良いとも言えないような気がしてならない。一番心地よい?中域が充実している音楽は真っ直ぐで爽快である。

低域がシッカリ出ると音楽が安定し躍動感がある。高域が限りなく?出ると高揚感が増す。それでは中域は…音楽の音の芯の部分であると思う。
芯の部分をないがしろにしてはいけないと思っている。

オーディオ技術の発展はこれまで聞こえなかった音まで可能な限り出す事に腐心してきたように思うが別の方向性もあってよいのではないだろうか?
テレビ等の画像と同じく立体的な音像が目の前に映しだされなくても その音の持つ生命力と余韻にしたる事ができればそれでよし!とも今は思っている。


少ない物の中から そこに隠されている多くの物、事を見つける。 それが想像力であり、豊かな感性を持つことであると思う。
ただ いき過ぎると単なる妄想に終わってしまうかもしれない(^_^;)

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こちらのCDは私の友人から頂いた新譜である。「I WISH I KNEW」トランペットの五十嵐一生とピアノの辛島文雄のデュオ。
いまやCDプレーヤーが家にないので(笑) オフ会などで聴かせてもらっている(笑) 「命」の旋律が聴こえる。

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by kurama66644 | 2016-06-24 10:43 | オーディオ | Comments(2)

痕跡

時々中古のアルバムジャケットに書き込みがあるものを見かける。流石に表面には余り無いが裏面のライナーノーツにボールペンなどで書きこんでいるものに時々遭遇する。

自分はジャケットの装丁も結構大事にするので価格が安くてもジャケットがボロボロであったりすると購入対象から外れる。
ただオークションなどではジャケットの表面写真は大抵載せているが裏面まで載せない場合も結構あり 見過ごしてしまう。
書き込みがあるのは主に海外のものが多く それに比べると日本のものはとてもきれいな状態で保存されている。(ものによってかな?)

久保田早紀の初版アルバムで帯付きだが中古レコード屋のエサ箱の片隅に置かれていた…500円であった(笑)
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そしてこちらのアルバム 私の好きなアルトサックスのソニー・レッドがリーダーのアルバム「Images」
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トランペットにブルー・ミッチェル、ピアノにバリー・ハリス、ギターにグラント・グリーンが参加している。
ユニオンで検盤までして買ったのだが 裏面ジャケットまで見ないで購入、帰宅して聴こうと思った時初めて書き込みがあるのを発見した。
余り市場では見かけなかったアルバムなので冒頭で装丁も大事にすると言っていた割にはテープなどで所々補修してあり 冷静に見ると余り良くない状態のものである。(笑)

日本のレコードは日本人の気質だろうか時代が経ってもきれいな状態の物も多いがアメリカの50~60年代の物で流通しているものは盤はもちろんジャケットもボロボロのものが多く それを平気で高い?価格で売っている 何でもヴィンテージ扱いすればいいってものではない。古い物とヴィンテージは違うのである それはレコードにも言える事だと思う。(製品がボロボロになっているのはジュークボックスやオートチェンジャー機器で気軽に、雑に扱っていたせいもあると思う)

音楽や音は目に見えないので最近はパッケージされた商品は減りつつありデーター化し配信での流通が徐々に増えてきた。
製作側はコストの問題があるのでこのノーパッケージは経営的には助かるし魅力だと思う。購買側も音楽が手軽に聴けるので便利になり良かったと思っている。
いわゆるWin,Winの関係だろうが このパッケージも含めての音楽と考えている輩もまだまだ存在する。そうキタサンもその一人である。

アナログに回帰したのはCDに比べて音がいいとか悪いとかそんなことではなく どちらかと言うと作品に関わっていた人達の思いが具現化しているその製品に意気を感じているところもあった。アルバムアートとして画面で手軽に見る事が出来るのでジャケット自体 無意味であるという意見もあるがパソコンやモニターの画面に無機質に映っているジャケットを見てもなぁ~(^_^;)  それでいいと思う人もいるのでありと思うが…何となく虚しく感じてしまう。



話は書き込みの件に戻るが書き込む人はオーディオマニアに多いのではないだろうか?(違っていたらごめんなさい) 写真を良く見ると演奏曲の時間の横に自分で測ったであろう曲の時間が書き込んである。ライナーノーツに印刷されている時間と1~数秒ぐらいしか違っていないが 何かの資料として調べていたのだろうか?
それとも音楽評論家なりがライナーノーツを書いたアイラ―・ギトラーに反論するために調べて書いたとか…色々な想像、妄想は出来る。
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とにかくアルバムに思い入れがある人が書いたのは間違いない。でもこれがただのいたずら書き、メモ代わりとして単に書き込んだだけだと とんでもない事だ(笑)
こういう貴重なオリジナルレコードはそれこそ重要文化財である(本当かよ) それに落書きするのは修学旅行で学生が奈良や京都の遺跡にいたずらするのと同じくらい いけない事である。

ボロボロのジャケットだから気軽に書き込めたのか いったん書き込んでしまったからジャケットもぞんざいに扱ってボロボロになったのか  いずれにしろ中身のレコード盤だけではなくジャケットも大切に扱おう。 何?自分のものだから何をしようと勝手だろうって… そういわず棺桶まで持っていけないのでお願いしますよ (^_^;)


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by kurama66644 | 2016-06-15 08:21 | ジャズ | Comments(2)

人生の音

先日 とあるベテランオーディオファイルのお宅に訪問した。いわゆるオフ会である。

オフ会自体 先月から2年半振りに行っていたが元々は人の音を聴くのは嫌いでなかったので楽しんできた。

以前オフ会に頻繁に参加していた時は そのお宅の音の欠点やアラを探していたような気がする。もちろんその欠点やアラを直接本人に言ってどうこうする訳では無かったのだが 家に帰って自分のシステムと比較し その欠点は自分の所にはないので安心?だなどと内心ホッとしていた感がある。それよりもその相手側の方が優れた点が多く自分はいつも落ち込んでいたような気がする(笑) それゆえに人と比較するのがいやになりオフ会自体参加しなくなったのかもしれない。

家や部屋、オーディオ機器等 今の自分には それほどお金をかけられないし 今後もかけられないと思う中 オフ会の他人の音、システムを見て聴いて それに負けまいと気負っていたのだと思う。

今年に入り システムがこれまでとガラッと変わった。イギリスの小さなアンプとイタリアのこれまた小さなスピーカー、2台の古いアナログプレーヤー。
自分で言うのもなんだが この小さな部屋サイズに合っているし安心して聴けるシステムだと思う。
気負いなく聴けるし 帯域は狭いが一番おいしい中域の音が良く鳴ってくれている。

そういう中 今回もそうだが他人のシステムを聴いて これまでの欠点をあら捜しするような気持ちは全く無くなった。それよりもその方のオーディオに対する音の配慮、理想の音を出すための努力等 色々発見し まさにその人の「人生の音」なのだと冷静に聴けるようになった。

5月にも1度 オフ会を行い そして今回と 帰宅して改めて自宅の音を聴くと 自分の所は粗い音だなぁとか静寂感が足りないなぁとか違いはあるが何故か安心して聴けるのである。もちろん客観的には陳腐な音なのかもしれないが自分の部屋のシステムで聴く音や音楽はいいなぁと思ってしまう。

なぜならそれが自分の歩んできた「人生の音」だから。人生の音は反省はあっても否定は出来ない、ここまで来れた事に感謝しつつ前に進むだけである。

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天才が歩んできた音楽。50年代の華やかさから60年代は麻薬で人生を棒に振り70年代に復帰 その第二弾の作品。
オリジナルではないが愛聴盤である。後期ペッパーの中でも好きな1枚。

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by kurama66644 | 2016-06-07 09:07 | Comments(2)

ジャズは好きです!


by キタサン
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