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モノラル音源と音量

使っているモノラル用カートリッジは安いが出力が高いためステレオ用カートリッジで聴く時よりアンプのボリュームを下げて聴く事が多い。

私の所は狭いのでスピーカーまでの視聴距離はおよそ2.0~2.3mぐらいの位置で聴いている。いわゆるニアフィールドの範囲かと思われる。
そしてモノラルレコードをかけた時の音の大きさだが音圧計で測ると90dB前後で聴いている。狭い部屋の割にはソコソコの音量だと思うが壁や床がそれほど強固ではないので体に音圧を感じてしまう(^_^;) オーディオ的には壁や床の共振等の影響で音に歪が出来余り良くないのだろうがオーディオマニアでもないので もうそれほど気にしない。一応100dBぐらいまで音量を上げられない事もないが部屋の容積の関係からも変に圧迫感を覚えるのでそこまではしない。

狭い部屋は狭い部屋なりに自分の好みも考えての音のバランスがあると思う。自分にとってはモノラル音源(モノラルレコード)をモノラルカートリッジで聴く場合は この90dBぐらいで十分そのレコードの素晴らしさを味わえると思っている。
これがステレオ録音のレコードだと このモノラルより音量の調整がすごくシビアになる。モノラルに比べて広がりや空気感をより この狭い部屋(^_^;)で表現しようとするとボリュームのちょっとしたずれでかなり雰囲気が違ってくるように思う。 
そういえば1月にも「美味しい音量」のタイトルで似通った記事を書いたのを思い出した。歳のせいもあり?物忘れが激しいのか、あるいはネタがないのか過去に書いた記事と同じような内容のものも多くなってきたなぁ… わずか1年でこれだから長くブログを続けている方は大したものである。

そうそう最初の話に戻って90dBで聴くのはいいが朝などはボリュームを下げて70dB前後でモノラルを聴く。音量を下げてもモノラルの重くて深い感じはそう変わらない。
今朝もブルーノートのこの名盤を70dBで聴いて出社した。
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そういえばこの写真も以前書いた記事の使い回し…やはり最近マンネリ化が続いているのか。


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by kurama66644 | 2015-02-27 22:26 | オーディオ | Comments(0)

アナログレコードの復権か?

アメリカもそうだが日本でもレコードの販売 そして売れ行きが伸びているらしい?と このブログでも何度か記事にした事があったと思う。
アナログに関する雑誌も私がCDをせっせと買い集めていた頃に比べ 最近になり少ないながら書店でも見かけるようになってきた。

「ハイレゾ時代を迎えてデジタル全盛の今 アナログレコードの復権が話題になっている」とある雑誌に書かれていた…

アナログ、アナログとここ1年ぐらい騒いでいた私が言うのもなんだが 復権する事は無いように思う。
実際 自分で試行錯誤行ってみて感じる事だが 利便性が悪い、レコード自体 場所を取る。単純に音質という面だけみるとデジタルに比べ微妙?である(調整が難しい)。
音楽を聴く事が無料である(ユーチューブなどのストリーミングなどで)事が当たり前の若い世代からみるとパッケージ自体無駄と考えられなくもない。
せっかくデーター配信で高音質(いわゆるハイレゾ音源など)な音源をポータブルな機器(比較的安価である,※もちろん高額な機械も存在するが)で再生できるのにわざわざアナログの道を行く人は少ないのではないだろうか? 更にいうならばメンテナンスも大変である。

悪口ばかり述べてしまったが それならお前は何故アナログに回帰したの?と聞かれそうである。

ジャケットが大きくてアートぽいからとか アナログの方が温かみがある音がするとか…なのかもしれないが 「それが非日常的なものだから」が自分にとってアナログを行う一番の理由かもしれない。 CD再生やPC,ネットワーク再生は楽に出来るので(操作性です)日常生活の一部分になってきているように思う。もちろん悪い事ではない、音楽と共存する生活や部屋に音楽が満ち溢れている生活は素晴らしいものだ。BGM的に聴く分には問題ないと思う。

趣味でバイクに乗っていた時 その当時 はやり出した大型?スクーターも乗ったが 楽ちんで乗りやすかった。ツーリングも出来るし目的地にはクラッチ操作をしないだけ気を使わずに運転でき体力的にも疲労が少なかった。しかし「バイク」に乗っている気がしなかった。同じ風を感じて走っていたのだが何かが違う…やり遂げた感じと言うか充実感が違うような気がした。 オーディオはもちろんスピーカー等のセッティングや音楽をより良く表現するためのあらゆる努力が必要であることはわかるしそういう努力を行って結果的にそれを出す機器がワンタッチで操作できる仕組みであっても構わない。

色々な音楽を音質重視で聴いたり方法論で再生の仕方を選んだり様々でありそれが趣味である。そこには対立は存在しない。

非日常的であり何となく長く続けられそうで自分にとってシックリくる事 今の所 レコード再生と蒐集はその条件に合っている。
条件はあっているが 万人向けの趣味ではないような気もするが…。

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by kurama66644 | 2015-02-22 17:05 | オーディオ | Comments(0)

1周年

おかげさまで このブログを始めてから1年が経過する。

正確に言うと その前に別のプロバイダーでブログを3か月ほど書いていたのだが一部の編集機能が使えなくなり止めてしまった。

基本はアナログ盤のネタが多いと思うが 特に蒐集家といえるほど全然枚数は揃っていないのでアナログ以外のネタも掲載してきた。

現在の趣味は?と聞かれると 「ターンテーブルを時々回す事」と答えるかもしれない。お前はDJかよ!と一人突っ込みをしそうであるが もちろんアナログを再生すると言う意味である。

趣味は非日常的な事が条件であると思っている。いまや一般の人?特に若い人はレコードの存在すら知らない人も多いようだ。年寄りの趣味と侮るなかれ!
気軽に出来る趣味ではないぞ(笑) 立派に非日常的な行為である。


という事で話は変わり(笑)又 レコード、オーディオと関係無い話です…。

私の友人がフェイスブックに登録しており キタサンも登録は簡単だから参加してみれば?と誘われる。
共通の趣味や考え、興味のある事で世界中の人とつながる事ができるようで面白いよ!とも言われた。

某チャンネルやこのブログもそうだが 私も「キタサン」という名称、所謂 匿名を使っている。
基本的にはオープンな性格?なので言わなくてもよいような過去の出来事や失敗、考え方を披露しているつもりだが これがパソコンの検索で趣味だけならともかく一挙手一投足が他人に知られるのは嫌だなと思う。 このフェイスブックで自分のプロフィールに顔写真を載せている人も多い。おそらく膨大な数の顔認証データーベースが蓄積されているように思われる。カメラの精度も年々高度化しており、携帯などで何気なく街角で気になった人などを写真にとれば その顔認証からフェイスブックだけではなく あらゆるSNSのデーターベースから その人の日常生活の行動もわかる可能性もある。

会社内でも昨今は個人情報の保護について過剰なほどの対策を取るケースも珍しくない。その反面 その個人がなんとなく楽しそうで便利だから、あるいは見知らぬ人とつながりを持てるからという理由で日常の生活行動や趣味,嗜好をオープンにさらけ出してしまう。(このブログも一部そうかもしれませんが…)
結局いたちごっこで保護規制を強化するが安易な便利さを追求する限り情報はダダ漏れになってしまうような気がする。

試しに小学校時代の友達の名前を検索したら何人か同姓同名の人もヒットしたが明らかにこの人だと言う人物が見つけられた。顔も面影が残っている、ただ詳細を覗いてはいない。この人は特段仲の良い友達でもない、離れていた場所でも簡単にその存在や行動様式を素人?の私でも知る事が出来る事に怖くなってしまった。


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by kurama66644 | 2015-02-19 21:53 | Comments(2)

フリージャズ

モダンジャズ命?のキタサンだが60年初頭から流行り出したフリージャズは酔っぱらった時にたまに聴くことがあるぐらいだ(笑)
フリージャズの開祖?といえるオーネットコールマンの作品はCDでは意外と所有していたがCDは殆ど売り払い今はフリージャズといえるものが家には置いていない。
せいぜいエリック・ドルフィーの幾つかの作品ぐらいだろうか?(純粋なフリージャズかどうかは別として)

当初まともだったコルトレーンやマクリーン、ロリンズ、マイルスまでこのフリージャズの洗練は受けている。やはりフリージャズは芸術家の音楽だったのだろうか?と考えた事もあった。ただやはり私の感性では理解できないようである…

最近手に入れたアルバムでアーチ・シップの初期のアルバムがある。
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アーチ・シップといえば後年フリージャズの権化と化したコルトレーンの薫陶を受けたファラオ・サンダースと同様、コルトレーンの弟子のような存在だと私は認識している。
この作品は1966年のサンフランシスコでのライブ盤で、名門インパルスでのバンゲルダー録音、ステレオ盤のオリジナルである。
ところどころで音楽ではなく嘆きのような朗読が入っていたりするところは この時代の雰囲気を感じさせる。曲全部がフリーと言うわけではないがメロディを楽しむというBGM的な音楽とは違っている。 実はメンバーもアーチ・シップ以外知らない… ことフリーに関しては知識が乏しいキタサンで申し訳ない。

フリーを演奏していたジャズマンは後年 オーソドックスなジャズを演奏する事も多い。このアーチ・シップも普通のモダンジャズを演奏し大御所が大勢亡くなっている現在 レジェンドとかベテランと崇められているようだがいまや時代のアダ花(失礼)となったフリージャズを演じていた頃のアーチ・シップにこそ愛着を感じる。

このアルバムはオークションで見ると結構な価格設定がなされていたがユニオンでは2000円ちょっとで売られていた、しかも盤質がAである。
確かにハチャメチャな?メロディーラインで(素人目にです)演奏された音がご近所に漏れてしまうと この人どういう人?と訝しい目でみられるかもしれない。



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by kurama66644 | 2015-02-16 10:15 | ジャズ | Comments(0)

誰が買うの?

先週 オーディオ仲間であり呑み友達のKさん、Hさんと秋葉原でお会いした。ずばり呑み会なのだがHさんが遅れるという連絡を受け 最初にKさんと二人で駅近くの感じの良い飲み屋で呑んでいた時に 今CDの購買層がよく分からないという話になった。CD自体年々売れなくなり右肩下がりでいる中 オーディオ機器のCDプレーヤーは売れなくなってきているように思う。メーカーは次世代のネット配信に繋ぐプレーヤーを模索し新たにPCオーディオ、ネットワークオーディオ、ハイレゾというカテゴリーを喧騒し購買を喚起しているようである。
一概には言えないが若い世代は(30前後まで?)は音楽は有料で聴く概念は薄く又パッケージメディアに興味を持っている人は少ないように感じる。
単純に音楽を聴くだけならユーチューブで事足り、あるいはライヴを観に行く、この2択ぐらいしかない人も多いのではないか(本当かな?)
そうすると40代以降がCDの購買層だと思うが 最近のアナログブームによりアナログを離れていた人達の回帰で少ないがアナログに行く人もいるように思える。

CD盤の材質を色々替えて過去 出荷し高音質と訴えてきたが疑似ハイレゾは別として利便性も含め今後の流れはハイレズ再生に移行していくと思う。現時点ではネットワークの設定など一部の機械でまだまだ改善点、問題点が多いので中々敷居が高くそちら方面には移行が出来ない人も多いときく。

そうなるとCDはネットワーク、PCオーディオ用のリッピングで使用するか高価なCDプレーヤーを所有する人 いずれもオーディオマニアしか買わなくなるのかもしれない。
そのオーディオを趣味とする人が減ってきているので尚更 CDの出番は無くなってしまうのかもしれない。結局 誰も買わなくなるのだろうか?

長年CDを聴いて それなりの数を集めていた事もあるので CDが売れる?脚光を浴びる方法がないのか色々考えてみた。

「残念ながら思い浮かばない…」


話は変わり久しぶりに村下孝蔵さんの「初恋-浅き夢みし」を聴いてみた。確か4枚目のアルバムだと思う。
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40代後半で亡くなられ その早い死にショックを受けたファンも多かったと思う。歌声もさることながら和声英語?など使わない日本語の歌詞でしっかり歌っている そういう表現も今の歌謡界では殆どみられなくなった。
たまたまライナーノーツをみようとしたらアルバムジャケットの中に以下のような直筆サイン入りの紙が入っていた。
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当時の貸しレコードの横行(今でいうレンタル)で安易な複製が増えレコードの売り上げが減少してしまった事に対する音楽業界の危機を訴えた文面である。
このアルバムが出た頃にCDが登場している。アナログからCDに移行し そして現在はデーター配信へと音楽業界は変わってきている。
まわりまわって生み出す側、作る側、聴く側、誰が得をするかではなく 皆 幸福になるにはどうしたらよいかを考えて行動すれば打開策があるのかもしれない。


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by kurama66644 | 2015-02-15 09:57 | Comments(4)

マックス・ローチ

ジャズドラムが好きなキタサンだがドラマーがリーダーのアルバムは変にバランスが悪いものがある。どちらかというと脇役のドラムだが主役という事でドラムソロを前面に出すケースもみられ アルバム全体の印象としてあまり好ましくないものもある。

よくモダンジャズドラマーの系譜として大ざっぱながらケニー・クラークを開祖としてマックス・ローチ、エルビン・ジョーンズ、トニー・ウイリアムスいうその時代に代表されるドラマーがいる。これは演奏と言うか曲のビートの細分化とポリリズムが複雑になるにつれそれに対応する技術が必要になり それを上手く表現出来た代表的な人達が前述した3人だと思われる。もちろんその他にも有名なドラマーで時代を革新する人達も沢山いるがケニー・クラークはチャーリー・パーカー。マックス・ローチはバド・パウエルやクリフォード・ブラウン。エルビン・ジョーンズはジョン・コルトレーン。トニー・ウィリアムスはマイルス・ディビスとモダンジャズの歴史を変えていった人達のドラマーでもあった。(共演した)

地味なアルバムだがマックス・ローチのオン・ザ・シカゴ・シーンと言うアルバムがある。
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1958年のシカゴ録音のアルバムだがメンバーも私の好きなサックスのジョージ・コールマンがいる。更に特筆するのは早逝の天才トランぺッター ブッカー・リトルが参加している事であろう。確かブッカー・リトルの処女録音でもあったと思う。
日本の再発盤ではあるがローチの奔放でありながら端正なドラムが心地よいアルバムなのである。所有するのはステレオ盤だがモノラル録音を左右が極端に分かれる変な録り方(マスターリング)をしないでモノラルの押し出し感もしっかりとらえ上手くまとめている。
こういう何の変哲のないアルバムではあるが そこはやはりオリジナルを聴いてみたくなる。

結構前だがユニオンのエサ箱を探しているうちに このモノラルのオリジナルを見つけた。
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マックス・ローチ自体 それほど好んで聴く人も余りいないのか このような盤が意外と安い値段で売られていた。
音に関して当然ながら日本盤再発ステレオ盤に比べ押し出し感は強いのだが 日本盤再発も中々健闘しているなぁというのが実感である。販売元が日本フォノグラムであるがいい仕事をしている(笑)と思ってしまった。

ドラムの打ち付ける音に違いを見受けられるがサックスの分厚い音はオリジナルが圧倒的に凄いと思った。これはアルバムによって違うのかもしれないがCDでは 装置、機械が良くてもこの音は出ないような気がする。やはりオリジナルという元の音の凄みであると思う。

ジャズ喫茶では大口径のウーハーでスピードの遅い緩い低音をたまに聞く事はあるが現代の反応の早いスピーカーを使っているのでドラムのはじける音は爽快である。
しかし どうしても現代の市販のスピーカーは能率が低いものが多く 音場が引っ込んだ感じは否めない。性能の良いこのモニターオーディオのスピーカーには不満はないが場所が広ければホーン型の能率の高いスピーカーで聴いてみたい気がする。


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by kurama66644 | 2015-02-11 16:46 | ジャズ | Comments(0)

盤を磨く

アームを磨くに続いて今度は盤を磨く!である。音源を最重視と言いながら やはり物理的に盤の状態いかんにより再生が変わってくるアナログレコード。
扱いが面倒である。昨年は呑み友達のKさんの紹介で使用する事になったFDR(フラッシュディスクランチ)洗浄剤。相変わらず重宝している。

ただこの所 アナログレコードは頻繁に買ってない事もあり更にはオリジナル盤もご無沙汰で余り使用していない状況が続いていた。
レコードを聴く頻度自体減ってきたのでFDRも棚の中にしまいぱなしであった。

アナログ再生で特に機械や付属品を新たに買うわけでもなく 欲しいジャズのオリジナルは高く 中々買えない状況、オリジナルを研究?してきてはいるが目利きも1年前に比べるとだいぶ腕が上がったと思える(あくまでも自己満足の範疇)少し閉塞感と何かしらの焦燥感が混じった状況が続いている。

そういう中 久しぶりにこちらのアルバムを聴いてみた
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リンダ・ロンシュタットのHASTEN DOWN THE WINDだ。 最初は日本盤を買ったがのちにオリジナル盤を手に入れた。
ジャズの50、60年代のものよりオリジナルとはいえ状態の良い盤が結構出回っている。見た目も良く購入した当時は日本盤と比べてやはりオリジナルは良いなぁと
感心したのだが 久しぶりに聴くと何やらプチパチが聴こえる。 冬場なので乾燥し静電気が発生 どうやら埃が針に付着するようである。それだけ盤に埃がのっているのであろう。

ここでFDRの久しぶりの出番である。シュッシュッとふりかけ盤を水浸しにし しばらく放置、目の細かい専用の布で溝に添って丁寧に磨く、磨く、磨く…そして同じく専用の目の粗い布で仕上げに磨く、磨く、磨く… 盤に艶が出てきて再度 聴いてみる。

「うーん」やはり磨いた後の音が違う。ただ埃が浮き上がってくるので 盤自体すごい状態に最初はなってしまうのだが(^_^;)
2~3回繰り返してみると70年代のサウンドが蘇ってくるようで素晴らしいの一言。もちろんCDなどに比べると静寂感など違うのだが何となくだが「生きた音」がするようだ。 使う人によって盤の保管状態や愛着は違ってくると思う、音源は無形だが盤は有形である 改めて大事にきれいに使ってあげてこそ真価を発揮すると思い 所有の盤を1枚1枚丁寧に洗浄しようと思っている次第である。

※ここまでくるとかなりマニアック?



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by kurama66644 | 2015-02-08 21:53 | オーディオ | Comments(0)

ゲームと達成感

北海道教育委員会が「ノーゲームディ」を定めたと言う記事を読んだ。学校、家庭、地域におけるルール作りの促進の為 コンピューターゲーム、携帯、スマホによるゲームをしない日を設けて実践するのだとか…。

昨年このブログでも電車に乗っている人がスマホでのゲームに夢中になっている事の記事を書いたと思う。私自身ゲームは今はやらないが実は子供の頃はゲームっ子だった。
とはいっても当時は携帯もコンピューターゲームも無い時代でアナログのゲームばかりで有名な所では人生ゲームとか野球盤やボーリングゲーム(時代が分かりますね(笑))
サッカー盤、魚雷船ゲーム等々 外で野球をしている時以外は家でゲームばかりしていた。

という事で大人になったからやらなくなったのではなく やるきっかけが無いだけで本質的にはゲームに嵌る人間だと思っている。
コンピューターゲームでは難易度の高いものも多いようだがスマホでのゲームがものすごく流行っているのは「手軽な達成感」が得られるからと とあるブログの著者が述べていた。 どういう事かと言うと人は自分の計画したとおりに 物事が進めば大きな喜びを感じ 満足感や肯定感を得られるようである。これは仕事や人間関係、家庭でもそうだと思う。しかし現実は中々思うようにならない。

そこで安易な達成感を得られるゲームに嵌ってしまうのかもしれないだろうと。一概には言えないが趣味であれ体験活動やら読書、家庭での団らんetcが提供する達成感がゲームのそれに負けていると言える可能性もあるのではないかと思う。

常日頃自分はAB型だから飽きっぽいと考えているふしがあるが それは自分の中である程度の達成感を得たので飽きてくるのかもしれない。ただその達成感のレベル、ここでは難易度と言った方がいいのか ものすごく低いレベルで満足しているのかもしれないと最近思う事がある。

広く浅くも大事だが深く追求していくことが飽きない秘訣なのかもしれない その深く追求するものの一つとしてオーディオやレコードが今の自分にとってそれにあたるのかどうかはまだよくわからない。


※下記はエポック社の魚雷船ゲームである。今の子供が見たら「何これ?」と思うのだろうな…
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by kurama66644 | 2015-02-06 09:52 | Comments(2)

ジャズは好きです!


by キタサン
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