カテゴリ:ジャズ( 137 )

ベースの音

ベースをリーダーするアルバムは全体数から見ると少ないがそれなりにある。リズム楽器として定着していたのでジャズの場合 リーダーが一応ベース奏者であるがホーンセクションをフューチャーしながらも比較的普通のアルバムよりベースの出番が多いという感じで控えめな構成になっていると思う。

ジャズオーディオ愛好家はベースやドラムの音に惹かれる人が多い 録音もそういう音を強調してマスターリング、編集等行っている場合が多い。
その為 スピーカーなどもベースの音がよりハッキリ出る方が快感でそのような調整をしているオーディオマニアも沢山いる。
ただし実際のステージなどではベースの音はPAを通さないと聞こえにくい、狭いこじんまりとした会場ならばまだしも広いホールなどでは生のベース音は観客席には聞こえずらい ステージ上でもベースの生のパッキングは近くにいる人でないと分かり難いと思う。

そういう事で生のベースに近い音で聴く事はあたかも自分が演奏者(共演者)になった気分にもなれる(笑)
ただし自分が演る方ではなく第三者として音楽を聴く上ではベースの過度の音は邪魔になってしまうと感じている。ジャズ喫茶は好きで昔よく行っていたが大口径からの鈍い大きなベースの音は個人的には馴染めなかった。それはその時代並行してライブ等にも通っていた影響もあると思う 生演奏が良い悪い、好き嫌いは別としてオーディオと決定的に違うのは「人」を感じられるかどうかだと思っている。オーディオは別の意味でレコードやCDなどの制作者やオーディオ機器を開発した人の意気込みや情念を感じる事ができるが生演奏にある目の前の演奏者から発せられる熱のようなもの そしてその演奏の瞬間は感じる事は出来ない。(収録されたその時からレコードやCDなどは過去の記録になってしまう)

感じられないと書いたがあくまでもキタサン個人の感覚であるから中には感じられる人もいるかもしれないので ご勘弁を。

最近 気に入ってよく聴くアルバムがある。
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こちらはベース奏者兼録音技師でもあるピーター・インドのアルバム。WAVE盤で再発ものである。
レニー・トリスターノの門下生でもあり滋味深い味わいのするベース奏者である。シーラ―・ジョーダンの歌が入るがところどころでボンボン鳴るベースがご愛嬌。
正直言うと中身は期待しておらずジャケ買いだったがいつの間のかお気に入りの1枚になっていた。


ベースの巨人 チャールス・ミンガスのアルバムは何枚も出されているが意外とこのユナイテッドアーティストの「ジャズポートレイト」は話題にもならない。
お決まりのリチャード・ワイアンズのピアノにミンガスグループの大番頭 ダニー・リッチモンドのドラム 客人はブッカー・アービンにジョン・ハンディという見た目はヤ〇ザ顔負けの面々で知性は感じられないが不思議と品格は感じられる好アルバムだと思っている。
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最後に真正ジャズ愛好家からは余り見向きもされない いまやクラッシックの巨匠とされるアンドレ・プレビンのこちらのアルバム
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フレッド・アステアをトリュビュートしたトリオアルバム。ベースは白人ベーシストの巨匠 レッド・ミッチェル。控えめどころか相変わらずブンブンベースが冴えている それでいて邪魔にならないのが不思議 心地よいベースの見本のような人。

本来 生ベースの音はそんなにハッキリ聴こえはしないのに何故かオーディオではベースの音の強弱でシステムの善し悪しを判断する人が多い。
音ありきのオーディオシステムも面白いがここ1~2年は別の角度からオーディオに興味を持ちだしている。



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by kurama66644 | 2017-07-14 12:46 | ジャズ | Comments(2)

ジミー・レイニー

昔からジャズギターには疎く CDを集めていた頃でもケニー・バレルやジム・ホールなど実際ライブ等で聴いた奏者のアルバムしか所有していなかった。

CDの数が増えだすと食指を伸ばして余り聴かないジャズギターのCDも少しづつ増えてきた。バーニー・ケッセル、ウェス・モンゴメリー、チャーリー・バード、タル・ファーロー等々 今はどうだか知らないが昔はジャズでは余り人気が無かった?とされるギターもアルバムとしてそれなりの枚数は出ているんだなぁとその当時は感心した。

オーディオを始めてアナログも行うようになってからもジャズギターのアルバムはそれほど買う事はなかったが何気に買ったアルバムがある それがこちら。
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ジミー・レイニーの「The Influence」ザナドゥーレーベルでベースがサム・ジョーンズ、ドラムがビリー・ヒギンスのピアノレストリオのものである。
こちらを購入した時はオリジナルかどうかなんて全く気にしていな頃で 切なそうな表情をしたジミー・レイニーのポートレイトに何故か惹かれて購入した ジャケ買いゆえ たまにしか聴かずにレコード棚の奥にしまったきりであった。(多分オリジナルかと思う)

そしてつい先日 ユニオンにてエサ箱を覗いていた時 物憂げな表情でこちらを見ているアルバムがあった。
それがこの「TWO JIMS AND ZOOT」である。
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タイトル通り二人のジム(ジミー・レイニーとジム・ホール)のツインギターにゲストとしてズートのテナーが加わったものである。
確かこのアルバム以前CDで持っていたと思うがステレオ録音だった気がしたのでステレオ針で最初は再生した。ところが中央部分に音が定位するので「アレ?」と思った
これはモノラル録音? 64年頃の録音だからまだモノラルでも録音していたのかなと思いつつ 途中から入るズートの爽快なテナーに心奪われる(^_^;)。
綺麗なギターの音色を出しているのがレイニーで ちょっとモコッとしたような感じの音色がホールのもの(だと思う)でそれが交互に現れ 中々面白いと思いながら聴いていたらあっという間にA面が終ってしまった。ギターアルバムでこんなに熱心に聴き入ったのは久しぶりで それならばと前述したジミー・レイニーのアルバムを久し振りに棚の奥から引っ張り出し聴いてみる。

先のズートのようなホーンが入っていないので物足りないかなぁ~と思ったが やはりレイニーのギターの音色が輝かしく魅力的であった。
これは今まで気づかなかったのは使っていたスピーカーがモニター調のものばかりだったからなのか…? それだけ現使用のMinimaがギターの音色をより良く出しているからなのかもしれない。ソナス製品は声楽や弦の音がとても美しいと評判であるがジャズ再生にとって美しさより むしろ泥臭さを表現できるかの方に重きを置く傾向にある。まぁそこは考え方なのだが泥臭さの中にも美しさは存在する そのスポットの当て方の違いと捉えればいいのかもしれないと思ったりして…

Minimaはその小さな筐体から想像もつかないほどゴリッとした低音が出るが それはあくまでもその大きさからとの注釈がつく 以前使用していたモニター調スピーカー群やJBLのスピーカー(これもモニター系だけど)に比べるとたかが知れている。楽器のフワッとした質感表現など他のスピーカーでは表現できないような鳴り方をする珍しいスピーカーであると思う。

最後はMinima自慢になってしまったが おそらくこのようなジャズ聴きの人はそんなにいないかと思う。部屋の大きさに余裕があればソナスの大型のスピーカーでジャズを聴いてみたいともジミー・レイニーのアルバムを聴いて思ってしまった。

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by kurama66644 | 2017-06-28 09:31 | ジャズ | Comments(0)

ページ・ワン

新主流派なる言葉を初めて聞いたのはもう何十年も前の事 ブルーノートのアルバムで4000番台辺りから活躍していた従来のバップやハードバップではない演奏をする新人たちのイメージがあったと思う。

実はその頃から その新主流派なる人達の演奏はそれほど興味は無かった それは今でも変わらない。
ところが興味は無かったが意外と面白いと思った奏者はいる その中の一人がジョー・ヘンダーソンである。
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リーダー作のデビューアルバムである 4140番「ページ・ワン」 最初はケニー・ドーハムが参加しているのでアルバム(その時はCD)を購入した。
これまで聴いたブルーノートのアルバム群に比べ音圧が少し低い様な感じを受け 普段よりもボリュームを少し上げて聴いていた。
相変わらずのドーハムの朴訥したペットの音の後にウネウネクネクネのサックス…同時期の新主流派テナー?のウェイン・ショーターと比べるとドーハム同様 朴訥とした音である。コルトレーンもある種ウネウネクネクネしていたが それをもう少し感情を抑えた音、音色と言ったらいいのか 正直言うと最初聴き初めの頃は余り魅力的とは思わなかった。

このアルバムの冒頭「ブルー・ボッサ」はドーハムが書いた曲でのちにジャズマンがよく取り上げる人気曲になったが この曲自体ドーハムが彼の為に書いた作品でライナーノーツでも彼を褒めちぎっている。

実際 ジョー・ヘンダーソンのライブステージを聴いたのは彼が亡くなる5年ぐらい前でレコード等で聴くサックスの音とはかなり違い大きな音であったのは驚いた。
(※ライブの音と家のミニコンポの出す音量では違うのは当たり前という意味ではない)
ただ うねるようなフレーズは健在でその特徴のある音に嵌ってしまい。「ページ・ワン」以降のブルーノートの諸作品を片っ端から買いあさり聴いていたのを思い出す。もっともその頃はまだオーディオ機器がなかったのでCDで気軽に聴いていたのだが今回アナログで自宅でちゃんとして聴くのは初めてと言っていいだろう。

ジャズ喫茶でもこのジョー・ヘンダーソンをリクエストする人は余り見た事が無かったように思うが彼はサイドメンとしても色々なアルバムに参加していたのでアナログでは多分聴いていたのかもしれない。モードやフリー、フュージョンもこなす器用さもあるが そこはバップを基礎として土台がしっかりしているからジャズを演奏するのに安定感がある。目立たないようでシッカリ主張している稀代のサックス奏者 ジョー・ヘンダーソン 64歳と比較的若い年齢で無くなったのは残念である。

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by kurama66644 | 2017-06-22 09:50 | ジャズ | Comments(2)

バーバラ・キャロル

今年の2月に亡くなったバーバラ・キャロルは亡くなる前まで現役でピアノを弾いていた女流ジャズピアニストである。(享年92歳)

女流バップ・ピアニストとしては元祖的な存在であったが元々はクラッシックを演奏していたらしく結婚後暫く引退していた事もありジャズピアニストとしては一般的には今一つなじみが薄い存在である。 女流ジャズピアニストは今では珍しくないが当時はごく少数の存在であった マリアン・マクパートランドやユタ・ヒップ、日本では秋吉敏子などアルバム等残しているので知っている人もいるだろうがバーバラはそれほど沢山のアルバムを残していない。

昨年新宿のHMVで76年頃ブルーノートに録音したバーバラの作品を買って初期の作品を聴いてみたいと思いつつ1年が経過してしまったが「ララバイ・イン・リズム」という54年のモノラルオリジナルを手に入れる事が出来た。
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ジャケットは少し汚れているが盤はDG入りでシッカリしている 盤質自体Bクラスだがそれほど汚れもなくまぁまぁの状態である。
そのエサ箱には再発盤できれいな「ララバイ・イン・リズム」が2枚ほどあった もちろん盤質はAである。価格はオリジナルより若干高めであったがオリジナルのセンターレーベルRCAニッパ犬に導かれ(笑) オリジナルを購入した。
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淡々と弾くピアノは好みもあるが考えてみると自宅の小さなMinimaからなる響きの良い音はこういうタッチのピアノの音がよく似合う。
黒いピアノでもなく白いピアノでもない凛としたピアノ それでバップを演奏するのだから独特と言える表現であろう。

JAZZLANDで同じ女流ピアニストのジョイス・コリンズも似たような感じを受けるが こちらの方は若干大らかな余裕のものが感じられる。
それは時代による差であると思う。ララバイ・イン・リズムを演奏していた頃は男性主流でまだ女性はジャズに対してそれほど市民権を持っていない頃であったように思う。女性がジャズピアノを奏でる事にどのような意味を持って接してきたのか迷いのようなものをピアノに感じられる(…ような気もする(^_^;))それから10年以上経ったコリンズのピアノには気負いが感じられない 我が道を行くというスタイルを通している。
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個人的にはそういう気迫、気負いの様なものがジャズにはないとスイングしないのでは?と思ったりする。一見ユッタリしている演奏でも凄みを感じるアルバムは沢山出ている それは単純に演奏時の気迫という事だけではなく時代に対する挑む姿勢と言ったらよいのか その辺りは圧倒的に昔の(50~60年代)アルバムに多いと個人的には思う。



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by kurama66644 | 2017-06-12 08:37 | ジャズ | Comments(0)

和ジャズレコード 2

超久しぶりにレコードを買った…。ターンテーブルシートを買いに秋葉原に寄った帰り道 御茶ノ水まで歩き ユニオンへ 何か月振りだろう?

実はナベサダさんのCDを1枚買う予定だったのが そこにはなく吸い寄せられるように(笑)レコード売り場に行くと偶然にもエサ箱に欲しかったそれが入っていた。
300円である(笑) CDより安い… ターンテーブルシートを新調したのでレコードを買え!というお告げなのか(^_^;) 300円ならもう少し買えるかなと思い 和ジャズコーナーを物色する。 そう和ジャズコーナーなのである 壁に飾ってある物は見ないようにしたが 自分の持っているオリジナルも何枚か飾ってあった。(盤質はBクラスが多かった)日曜日の昼下がり思ったよりレコードコーナーに客はいない ましてや壁に飾られているものを見ようともしない人ばかりである。世の中景気が良いと言っているがまだまだ不安要素が多いのだろう 安心して高価なレコードなど買うのも躊躇してしまうのだろうか?

今回は都合3枚買ってしまった。1枚目はこちら
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そうCDで購入しようとしていたナベサダさんの「アイム・オールド・ファッション」である。76年渡米してレコーディング ハンク・ジョーンズ、ロン・カーター、トニー・ウィリアムスとのカルテット編成。敬愛する マクリーンがこのアルバムの中の「コンフォメーション」を聴いて日本人のサダオがここまでのビ・バップを演奏できるなんて…パーカーが生きていたらさぞビックリしたに違いない、ビ・バップの本質を理解していると褒めていたようだ。「日本人としては 」の発言かもしれないが本質は理解しているという意見は同意である。しかしながらフィーリングが黒人と黄色人種の違い、メロディ重視とリズム重視の違いなど差異はあるのだろうが素晴らしい演奏には違いない。

2枚目はビ・バップつながりで日本人としてある意味ナベサダさんよりビ・バップに精通しているこの方のアルバム
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アルトサックス奏者 大森明さんの2枚目のリーダーアルバム「バック・トゥ・ザ・ウッド」
ジャケットが顔の無いサラリーマン風のイラスト ジャズアルバムらしくない いでたちだが彼の渾身の4ビートが聴ける素晴らしいアルバムである。
大森さんはジャズベースの巨人 チャールス・ミンガスのグループに在籍していた日本人として有名な方でニューヨークではリー・コニッツ、ソニー・ステット、ディジー・ガレスビーなどの大御所とも共演を重ねたベテランである。
このアルバムではレイ・ブライアントがピアニストとしてゲスト出演して華を咲かせている。ジャズの本意を知る大森さんを日本のジャズファンはもっとは知ってほしいと思う。

最後はこちら ジャズというよりフュージョン,コンテンポラリー歌手と思っている笠井紀美子のアルバム「WE CAN FALL IN LOVE」
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フュージョンと言ったがマル・ウォンドロンやギル・エバンス、ハービー・ハンコックなど超有名なジャズマンとの共演も多数ある。
和ジャズは聴くが和の女性ジャズボーカルは余り聴かない…でも日本の女性歌手 ジャズが上手い人が多い 美空ひばりや江利ちえみ、弘田三枝子 そう青江三奈や八代亜紀 最近ではあの松田聖子もジャズアルバムを出すなどしているなぁ~。

知らなかったがこの笠井紀美子 宝石デザイナーもしているようで歌手と二足のわらじをはいて活躍しているとの事。才能あるなぁと思いつつ中々ジャズ一筋では食っていけないのかも。ジャケットは中々の雰囲気である 和製ダイアナ・ロスと言う感じか。

それにしても300円か…ナベサダさんのオリジナル盤で盤質Aですよ… 大森 明さんのこのアルバムも似たような価格 新品同様。 このところオークションも殆ど見ていないが相変わらず三大ジャズレーベルのオリジナル辺りは5桁6桁で取引されているのであろうか? 見た目も盤質もさほど良くない状態でも価値があるから仕方がないのだろうか?久しぶりにレコードを買って色々考えさせられた。

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by kurama66644 | 2017-05-27 09:16 | ジャズ | Comments(0)

和ジャズレコード

前回の「武士道と騎士道」に触発されてか和ジャズを何枚か聴いている。昔は馬鹿にして聴かなかったのだが根底にある日本人の血が騒ぐのか歌謡曲、昔のアニソンとともにこの和ジャズも 「キタサン日本人の心」3ジャンルと称して聴きだした。

しかし見事に和ジャズのアナログが少ない…ジャズレコードはどんどん減らしていっている中 和ジャズはその中の1%ぐらいかな(^_^;)。

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和ジャズといえば秋吉敏子さんとこの渡辺貞夫さんが日本人ジャズここにありと世界に(アメリカに)知らしめた貢献者として両巨頭であろう。
takt jazzのボサノバをフューチャーしたこのアルバムは当時のボサノバブームの中 製作されたもの 確か66年位の録音のはずである。
録音が良いのか貞夫さんのアルトの音色が野太く聴こえる。後年発売された数々のアルバムは外人が吹くアルトに比べ軽いと感じているが このアルバムではそれは感じられなかった。ときおり持ち替えるフルートの哀愁を帯びた音色もボサノバに合っている。 しかしながらこれを手にした時ジャケットも含めて中身もボロボロの状態 最悪のコンディションだった、なんとか掃除等をマメに行い復活させたがそれでもプチパチ音は消えない箇所も沢山あり 盤質評価ではC+からB-位の状態。それでも手放さなかったのは音楽が良かったからだろう。


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こちらは以前このブログでも紹介したアナログプレーヤーメーカーのマイクロが新製品発表会の後のレセプションとしてゲストを招いて演奏会を行ったライブ盤
北村英治の巧妙な司会進行や中本マリの実質上のデビューアルバムでもあるので「お宝」といえるのだが多くのジャズファンは見向きもしない捨て値で買った(落札した)もの。録音機材や演奏位置関係等鮮明に解説されているライナーノーツ等みると当時のオーディオマニアが音質調整等しやすいように書かれたものでプロ向きの盤なのかなとも思ったりして…。クラリネットのほのぼのとした雰囲気が和にピッタリするアルバム。


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最後にこちらのアルバムも以前紹介したかと思うが90年代初頭彗星の如く現れたテナーの新生 今津雅仁のセカンドアルバム。
数々のジャズ賞を総なめにしてジャズ界の寵児としてマスコミにも取り上げられた。この人は日本人では珍しく破天荒なジャズメンでそれはプレーにも表れている。
近年復活して順調にいっている噂を聞いたが身内が立て続けに亡くなったりで人生の浮き沈みが激しい中 頑張っておられるようだ。ここ最近は指導者として堅実に後進の指導に当たっているようで又 ひのき舞台に上がってきてほしい。あなたの豪快で情緒あふれるサックスプレーは日本人では貴重です。


和ジャズは基本的にアナログで聴きたい。よく見させていただいているsenriyanさんの文才豊かなジャズブログがあるが武田和命さんのジェントルノヴェンバーが紹介されていた。あのアルバムはホント特別でアルバム自体ジャズ喫茶で聴いただけで家ではCDなのでアナログ盤は手に入れたいと思っている。
今では結構な金額になっているような気がする。

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by kurama66644 | 2017-04-30 08:58 | ジャズ | Comments(2)

一杯のラーメン

先日とある都内のラーメン店に行って来た。ラーメン店に入るのは久しぶりである それにしても最近のラーメン店は高い!
そこのラーメンは850円で特製ラーメンだと1100円もする…それでも久しぶりのラーメン店なのでその特製とやらを注文した(^_^;)

私ぐらいの世代だと一杯が100円ぐらいが普通であった いわゆるワンコインである。大盛りにするとプラス20円 あるいはチャーシューメンにすると200円とか
そういう感覚であるからだと思う。もちろん当時と物価が違うから当然かもしれないが学生が部活のあと気軽に食べられるソウルフードとしての位置づけがラーメンであった。 今から考えると味付けも店によって大差はなくシナチク、ナルトと薄いチャーシュー1枚 (チャーシューがない素ラーメンもあったような…)、ネギとのりが定番であったように思う。 これはあくまでもキタサンの田舎で高校生ぐらいまでの話であり(北海道から) 上京してきた80年前後の頃はもう少し価格が上がっていたようにも思う。それでも500円以下だった。

社会人になり4年ぐらい吉祥寺に住んでいた時がある。 ジャズ喫茶「メグ」に行ったあとは駅前の黄色の看板が目立つ「ホ…軒」で食べたがその当時の価格は600~800円ぐらいだったような…今はいくらぐらいになっているのだろう? 普通の中華そばしか食べる機会がなかったのでこの豚骨味は結構強烈でファンになった。
90年あたりから徐々に創作系ラーメンが増えて2000年代になるとラーメンブームが起こり今も増え続けているようだ。

環七の交通渋滞が起きるほどの長蛇の列で有名なラーメン店がある徒歩1~2分圏内の所に住んでいた時は友達がラーメン目当てでよく遊びに来た(笑)
結局 そばに住んでいながら自分自身はそこへは1度しか行っていない。立ち食い形式で結構不衛生であり春先で暖かくなった頃45分位並んだが並ぶほどでもないと思いその後は行かなくなる 遊びに来た友人同士はよく並んで食べに行ったようだがキタサンは家で留守番をしていた。

最近はラーメン店といえどもおしゃれになってBGMにジャズを鳴らすところもある。確かに家でラーメンを食べる時BGMでジャズを流しながら食べた事もあるが外食でしかもラーメン店でジャズを聴くとは…不思議な感覚である。 ラーメンは中華だがもはや和食や洋食ぽいものもあるしBGMは何でも構わないが出来ればラジオのニュースをダラダラ流しながら あるいはブラウン管の14インチぐらいのテレビが角の柱の上の方にありそれを見ながら餃子とラーメン+ビールあたりを食べていたい。

ラーメンとジャズ…相性は余りよくないと感じる(個人的に)

そば屋の出前持ちも口ずさんだという伝説の「モーニン」 
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親日派として知られるアート・ブレイキーだが残念ながらこの人の生演奏は聴けずじまいだった。
キタサンには珍しくブルーノートのこちらのアルバムはオリジナルである。凄い音が入っているとマニアの所有者から言われ実際聴いてみると確かにCDなどでは出ない音が入っているようだ。生で聴けなかったジャズプレーヤーは その雰囲気が一番近いオリジナルは持っていた方がよいかも (本当かよ?) それが全てではないですがね。

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by kurama66644 | 2017-04-14 20:31 | ジャズ | Comments(0)

傷ついたレコード

中古レコードを買って傷のついたレコードに遭遇する。中古なんだから汚れや埃はしょうがないか と思うが傷はいただけない。

レコード針で傷ついた?いやいや乱暴に扱っていたからなのか? それにしても国産のものは余り傷ついたものは少ない、海外のものは多いなぁ~…。
流通経路が長く移動、運送時間が多いからしょうがないのかもしれない。あとは国民性かな?

オーディオに関わるようになってからレコードが身近な存在になった。世代的にはレコードの最後の方の世代であるが余り興味が無かったころは消耗品に近い感覚でいた。カセットテープも併用して聴いていたので尚更だったのかもしれない。
オーディオマニアの方とお付き合いするようになるとCD,ハイレゾの時代ではあるがレコードも所有されている方は意外と多い。
それと大事に扱っている。それゃそうだ むき身の溝付き平面盤に針をダイレクトに押し付け音を鳴らすので状態の良し悪しで音が変わる、下手したら音が出なくなる場合もある 丁寧に扱うのが基本だ。手袋をつけてレコードを取り扱う人も中にはいるぐらい(鑑定団か?)シビアになる。

あとは下衆な話になるが高価だからであろう。全てが高いわけではなく二束三文の値が付いたものもあるが5桁、6桁なんてレコードは(キタサンは無いが)自然と扱う手が震える様な気もする…

キタサンはとりたてシビアには扱っていないが かと言って乱暴にも取り扱わない 先日キタサン邸では珍しいオリジナルでありながらピカピカの盤面のレコード
ナット・アダレイの こちらのアルバムをかけようとジャケットから取り出しアナログリラックスで静電、埃除去をしていた時であった。
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普段はターンテーブルに置いて静電、埃除去をするのだが本来は手に持って行うのが基本なのである。乾燥時だったのでシッカリ除電させるかと手に持って作業をしていると手からするりと…盤を落としてしまいコロコロと転がる おーぃ どこ行くんだ~と盤をそのまま持ち上げないでバタンと倒してしまった…
倒したその下は絨毯ではなくちょうど台所との境の仕切りがありそこが金属になっていた場所 しまった…と思ったがあとのまつり 見事に傷が(^_^;)
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貴重な傷無し、綺麗な盤だったのに…
レコードって盤も大きいし 自分は指が太く短いので持つのも一苦労 その点CDは小さくて扱いやすいと思いながら傷ついたレコードの事で頭の中は動揺していた。

考えてみると何かとポロポロ物を落とすようになった つまずいたりする事が多くなってきた。加齢によるものであろう 大事に扱っていてもポロポロ落とすようじゃね~ レコードもっと耐久性のある素材にしてくれないかな? そうなるとレコードではなくなる(^_^;) CDは小さいし少しぐらい落としても余り問題はなさそうだ。流行のPCオーディオはソフトの実態がないのでそもそも落とす事は無い。しかしハードディスクがいかれるとデーターが全部飛んでしまう…結構リスクはありそう。

レコード自体どんどん減らして行く中 残っているレコードは自分にとって貴重なのである。落ち込むなぁと思いながら傷ついていないA面を繰り返し聴くキタサンであった。


ナットの晩年は兄貴のキャノンボールを彷彿させるアルトサックス ビンセント・ハーリングとの共演でハードバッパー魂に火が付き復活したといえる。
このビンセント・ハーリングは日本語も結構上手かった。ブルーノートで一度ナットとビンセント・ハーリングを聴いたが元気溌剌 絶対レコードよりいいと感じたが 哀愁感はレコードの方がいい感じで出ていた。ドラマーとしてメンバーに参加していた伝説のジミー・コブはステージがひけた後でも一人残り何か納得していない様子?でドラムのセットをいじっていた。職人魂を感じる 印象的であった。

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by kurama66644 | 2017-04-05 08:52 | ジャズ | Comments(2)

ひしゃげた音

ジャッキー・マクリーンのひしゃげた音色が好きである。パーカーに憧れパーカーを目指したがパーカーほど偉大にはなれなかった。
パーカーに憧れるのもいいがドラッグまで真似する事もなかった。後年は自らの体験も踏まえてドラッグ撲滅の運動を推進していた。

マクリーンはミストーンもなんのその 平然と何事も無かったように吹ききってしまう。同じパーカー派のアルト奏者でもフィル・ウッズやソニー・ステットほど上手くはなかったが哀愁があった。いわゆるマクリーン節というやつである。その音色にノックアウトさせられる事もしばしばで日本の独自文化「ジャズ喫茶」のアイドルでもあった。

もう無くなったが神保町の「響」や上野の「イトウ」吉祥寺の「ファンキー」など都内ジャズ喫茶でマクリーンをリクエストした。
キタサンがリクエストしたのは「4.5&6」や「ア・ロング・ドリンク・オブ・ザ・ブルース」などのプレステッジ時代のものが多かったような気がする。
そしてブルーノート時代ではマクリーンには珍しい正統派の印象を受けたこのアルバムをよくリクエストした
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「スィング・スワング・スインギン」である。
のちにオーネット・コールマンのフリーの洗礼を受けたアルバムやモードっぽいものが多かったがこちらのアルバムは結構まともで聴きやすかった。
今も愛聴盤ではあるが アナログオリジナルなんて高価で手に入らない。CDでもう十分である。
それにしても このアルバム独特の蒼さを感じる。何かに向かってひたむきに吹いているようだ、切実な思いが込められているといった方がよいのか?
青年から大人に変わる狭間の何とも言えない蒼さなのである。この蒼さを持った演奏はマクリーンだけのもの キャノンボールやフィル・ウッズ、そしてパーカーでも出ない マクリーンだけだと思っている。

パーカーは遥か昔に亡くなっていたがマクリーンは存命中だったので80年代と90年代 2回ほど聴きにいった。

聴いて驚いたのは あのひしゃげた音色はそのままであった事。そしてあの蒼さも残っていたのはとてもうれしかった。
当時はオーディオ機器なんてものは家には無かったし アナログプレーヤーも当然ない。ミニコンポで「スイング・スワング・スインギン」やマル・ウォルドロンの「レフト・アローン」、ソニー・クラーク「クール・ストラッティン」を帰宅してから何度も聴いた。そばで吹いていたマクリーンの詰まったようなひしゃげた音がミニコンポから鳴る、そうすると脳内でシンクロし目の前で吹いているような錯覚を覚えた。 あの頃は いつもそうだった 演奏を聴きに行き帰宅し家の小さなミニコンポでCDをかける。そうすると演奏時の余韻がミニコンポの音を変える 立派なステレオ装置は必要なかった。その体験が今でも体の中に残っている…。

オーディオを始めてから その感触が希薄になってきたような気がする。
年に1回ぐらいしか外で聴かなくなり 聴いてもオーディオ脳が邪魔をする…素直に聴けなくなってきた

今年に入り ステレオ再生を諦め 音を意識しないように聴くようになった。 すると段々昔の体験が蘇ってくる Minimaから鳴るマクリーンの「スィング・スワング・スインギン」 あのひしゃげた音はCDながら 実物の音とそっくりに脳内をこだまし マクリーンの音楽が聴こえる瞬間である。

キタサンの癖でジャズの巨人たちと逢った時はサインを貰わず 握手してもらう「この手でこの指でアルトサックスを吹いているのか」と感激する。
自分もちょうどサックスを吹いていた時期なのでマクリーンの指の感触が残って さぞ上手く吹けるだろうと思ったが 上手くは鳴らなかった…何事もコツコツと練習が必要なのは言うまでもない。



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by kurama66644 | 2017-04-02 08:35 | ジャズ | Comments(0)

オリジナルと再発盤

ジャズオーディオの世界でオリジナルは特別な存在だと思う。それはジャズの進化、歴史にも関係してくる。
ダンスミュージックであったスィングからビ・バップ、ハードバップへとモードを経てフリー、フュージョンと進化し現在に至る、その中でも50~60年代にかけて名演、名盤が数多く誕生している いわゆるモダンジャズと言われ一般的にはジャズ=モダンジャズとも考えられ その時代におけるオリジナル盤が非常に貴重な価値を持って重宝されている。80年代以降は録音もアナログからデジタル録音に移り メディア媒体もLPからCDへそしてデーター配信へと変わっていった。
同じオリジナルでも50~60年代のオリジナルと80年以降のオリジナルでは市場に於いての価格(価値)に相当違いがあるのは何度も再生できるデジタルと1枚1枚違うアナログとしての希少価値、ジャズの進化の頂点が50~60年代でそれ以降 演奏技術は進んだがマンネリ、停滞が現在進行形中であるという証なのかもしれない。

ジャズ好き、オーディオ好きでもこの音源を重視する方は意外と少ないように思う。かくいうキタサンも30年以上ジャズに接しているが音源を意識し出したのはここ3~4年ぐらい オーディオを始めた10年前はミニコンポを長年聴いていた延長上と考えCD再生がメインであった。
きっかけは50~60年代のモノラルオリジナルをモノラル針で聴いた事であるのは過去のブログでも何度か書いた。今まで聴いていたCDはいったいなんだったのだろう?と思い そこから元の音(オリジナル)に興味を持ち調べ、実際購入していった。

聴けば聴くほど再発盤やCDとの違いが駄耳の自分でもハッキリ分かりオリジナルでなければジャズでは無いとさえ思った時期もあった。
しかしジャズオーディオをやられている方 すべてがオリジナルに拘っているわけではなくCDやデーター配信で楽しんでいる方も沢山いる。
コレクターは違う観点から蒐集しているのかもしれないがオリジナルを所有している事に対して優越感を持っていたのは事実である。(数は少ないが…)
オフ会などで聴く音源をつい自分が所有している音源と比べたりして心の中で評論、判断を下すようになったのは今思えば大いに反省する点であったと思っている。
それは意識しなくても自然と態度に出ていたのかもしれない… 大抵は自分の所より機材も高価で部屋も広い それに対抗出来るのはオリジナルを所有しているかどうかという狭い心になっていたのだろう。

遥か昔の貴重な演奏が集約されているオリジナル音源は歴史的にもとても大切なものである。再発盤はそこに手が加えられているので再発なわけだが音楽は聴きとれると思うので受け取り側の感性や心持次第でいかようにも楽しめる。
音を重視するオーディオマニアがオリジナルに余り興味を持たないのは不思議であるが機器や部屋環境に目がいって音源は後回しだからなのか?

冒頭にも書いたようにデジタル録音になりオリジナルの複製技術が格段の進歩をとげ 近い将来もはやオリジナルかそうでないかは意識されなくなるのかもしれない。コレクターの為のオリジナルになってしまうのは少しさみしいような気がする。

ところで以前 クラッシックをよく聴かれる方でアナログ専門だが殆どオリジナル盤を所有している方と話をしたことがある。
やはりオリジナル盤はいいですか?と何気に聞くと「同じ盤なら最初に発売されたほうがいいですからね~」とさりげなく答えてくれた。
同じ物なら古いより新しいものがよい…のか? いや そういう意味ではないだろう、今一つ真意が分からない。

何となく拍子抜けしてしまったのだが そういえばクラッシックを聴かれる方でオリジナルに拘っている人(所有している)は少ない様な気がする…
ジャズファンのオリジナルに対するものと捉え方が違うのだろうか? 今度ご近所のクラッシックの大家と飲み会があるので聞いてみよう。

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有名なサキソフォン・コロッサスの再再発盤… 結構いい雰囲気なんだけど… これの日本盤のモノラルはちょっと残念な感じであった(笑)
ロリンズは何度も来日しているが90年初頭に一度だけ聴いた。ライブ会場ではなくホールだったのでもろPAの音、それでも本物がいるだけで感激した。
メンバーの一人ボブ・クランショウは この頃はもう腰を痛めて重いウッドベースを弾かなくなったのはちょっとがっかりであった。







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by kurama66644 | 2017-03-23 21:37 | ジャズ | Comments(2)

ジャズは好きです!


by キタサン
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