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武士道と騎士道

武士道というと新渡戸稲造の著書でしか思い浮かばなかったが江戸以前と以後では又 微妙に考え方が違ったりで色々考えさせられたりするが そもそもは日本の「道徳」を海外に紹介するために書かれたらしい。

葉隠の一節で「武士とは死ぬ事と見つけたり」なんて恐ろしい事が書かれているが そんな簡単に死なれては武士の存在すら無くなっていただろう。
要は死ぬ気になったつもりで一生懸命精進せよという教えのようだが日本人=切腹、忍耐、特攻というイメージが西洋人にいまだにあるらしい、現在の日本人の姿を目の当たりに見ると「あれ?」と思う外国の方が多いのではないかと思う。それだけ武士道精神なる物は跡形もなくなりつつある。

それに対して騎士道はどうなんだろう?とちょっと興味があり調べてみた。
同じ戦う人でありながらキリスト教を守るというのが根本のようで弱者への憐みはあるがキリスト教を守るという前提か 異教徒へのあくなきまでの闘い、悪への対向という他者の立場、状況ににより極端な態度を示すような感じを受ける。

まぁ一応カテゴリーを「オーディオ」としたのでオーディオと関連付けてみると オーディオ業界は「騎士道」精神にのっとり進んでいるのかと思ったりで…
かなり強引なんだけど直感的に思ってしまったので間違いはあると思うが個人ブログなのでその辺は勘弁してもらいたい。

そのキリスト教に当たるのがいわゆる「良い音」に当たるのではないかと思う。良い音はオーディオ業界ではもう思想的なもので良い音を目指して、良い音で聴きたい、良い音にするためには等々 そのベクトルが決まっている。良い音は正義なのかもしれないが その正義を疑う人は騎士道の中では少ない。

それに対して武士道は他者が弱者であれ強者であれ 仲間であれ敵であれ 善であれ悪であれ分類せず 単なる他者としか見ておらず 常に正義とは何かを考え他人に押し付けることなく行動する。良い音ってなんだろう? 良い音を目指す必要があるのか? ナァーンてオーディオ武士道(サムライ)なる人が存在するならこんなこと考えているのではないかと 真昼間から妄想してしまった。(^_^;)


そもそも何で武士道と騎士道を思い浮かんだかと言うと以前住んでいた所でパワースポット「天祖神社」に久しぶりに寄った帰り道 時々食べていた「麺屋騎士」があり懐かしいなぁと思い ふと横(線路の反対真向い)になんと「武志道」というラーメン屋がある… (武士ではなく武志というのが気合いが入っている感じである)
そんな下らない事から今回 オーディオにかこつけて書いてみた次第である。最近はその騎士道精神あふれるオーディオファイルとの邂逅が多く 野武士的なオーディオサムライとの出会いが少ないのでフラストレーションがたまっている。 やはり生演奏の荒々しさ、場の雰囲気はオーディオシステム(機器や部屋等)の精度が上がれば上がるほど却って偽物ぽく感じオーディオでは限界があるのかな~

まぁ愚痴?はこれぐらいにして 良い音を目指す情熱はオーディオの世界では必須でそれがないと面白みが無くなるのは事実である。
そして良い音を目指すには自分のだけではなく他人のシステムの音を聴いて良い音、良い所を認める事も重要、だからオフ会も馬鹿に出来ないと最近は思う。
そう思うようになったのはオーディオの世界から離れて引いた所から見るようになったから。当事者だと夢中になって分からなかったと思っている。

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もう10年ぐらい前の著書になるが評論家の小川隆夫さんのもの
直接ジャズメンにインタビューした感想を書いているのでキタサンがライブ等で接してきたジャズメン達とは突っ込みどころが遥かに深い。(小川さんは業界人だし こちらは単なるジャズ好きの素人)
そりゃ片言の英語しかしゃべれなかったから(笑)握手と笑顔しかかわせなかったってね(笑) 演奏は真面目に聴いたけど(^_^;)。

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by kurama66644 | 2017-04-29 08:49 | オーディオ | Comments(0)

知らなかった方がよかった世界

だいたい察していると思うがいわゆるオーディオの世界の事である。

音楽を聴くだけなら今や色々な手段がありヘッドフォンや携帯プレーヤー、ミニコンポ等はオーディオの世界とはここで言わない。(そのヘッドフォンすら物凄い高価な物も存在するのだが…)

自ずと高級オーディオということになる。ただし高級という感覚が人によって色々なので10万円をもって高級と言うのか100万円、はたまた1000万円かは分からない。

趣味の世界、自分の人生(ちょっと大げさ…)なので自己完結すればよいのだが どうしてもその姿を他人に見てもらいたい、認めてもらいたいという欲求は生じてくるものである。自分も含めてだがオフ会などは正にその欲求の成すものの一つである。

若い頃からジャズを聴いたりしていたがオーディオの世界に嵌る事は無かった、おそらくお金がかかるというブレーキがかかっていたのだろう。貧乏性だった事もあるのだが そちらにお金をかけるならもっと別なものに使いたいというその当時の価値観はあったのだと思う。

たまたま40代の半ば頃に続けていた幾つかの趣味がポッカリ無くなり空白期間が1年ぐらいあった。その時にJBLのスピーカーと出会い この世界に入ったのがオーディオとの出会いであった(これは過去のブログにも書いてある)それから10年経ったが出会いが無ければ良かったかなぁ~と少し後悔している。

オーディオは音との戦いであり音楽の世界とは別物。どちらが優れてどちらが劣っているかとは関係なく別の世界であると思っている。
音を極めようとしている方がたくさんおり それにはそれ相応の費用も掛かる。機械だけではなく住環境も関係してくることだから余り素人?は手を出さないほうが懸命かもしれない。

これはコレクターの世界も似ている。3年前辺りからジャズのオリジナルを中心としたアナログに目覚めたが一般人が踏み込む世界ではないと感じた。
沢山もっていた好きなジャズのCDはオリジナルを見るとその何十倍もするモノばかり…もはや骨董品、お宝といってもいいだろう。
元の音を知りたくオリジナルレコードに興味を持ったのだがメディア媒体、再加工により相当印象が変わってくるのは分かった。
音を追及するオーディオの世界の人はこの差をもう少し認識した上でオーディオにお金をかけてもいいのではないかと3年間それに凝った自分の感想である。

それでも結局はオリジナルレコードもオーディオの世界と絡んでくるのであくまでも音の追及のための素材にしかならない と言うのが現在の結論である。
CDやネット配信の音源であれば普通の人も楽しめるし音楽は聴ける。

ポンコツオーディオしか今は無くなったが更に規模は縮小しようと思っている。レコードもオリジナル、再発に拘らずよく聴くものは多少は残すつもりだが何百枚も必要としなくなったのでたまにいくオフ会などでお土産にオリジナルなどは差し上げている状況である。

オーディオの音を聴きたくなれば又 オフ会などで聴かせてもらえばよいし都内のジャズ喫茶はまだ残っているので聴きに行くことは出来る。
ジャズの巨匠が殆ど亡くなったので彼らを聴きに行けなくなった現在 昔ほどライブは聴く気にならないが音楽を聴く分には今の若い人でも有能で味のある方がいるのでそれも有りかなと思っている。

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レイ・ブライアントは6年前に亡くなったがカーメン・マクレアなどの歌伴をしており目立たない存在であった ジャズファンにとって隠れ名盤をいくつか出している。2回ほどクラブで聴いたが登場のしかたがカッコ良かったのを覚えている。日本人では中々真似できないであろう登場の仕方がジャズを感じる。
こういうのは高価なオリジナルレコードや高級オーディオであっても味わえないものだ そういうところにジャズが存在するしオーディオの世界とは別のところにある。(※ジャズオーディオの世界を否定はしないし ジャズオーディオの世界にもジャズは存在するのであしからず)

いかにも中古CDという感じの写真だが こちらのオリジナルは これまた高価な物(^_^;) この何十倍は するかも?

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by kurama66644 | 2017-04-26 12:04 | オーディオ | Comments(0)

オフ会考 その2

今年に入ってから月1回位のペースでオフ会を行っている。キタサンのオフ会はオーディオのオフ会と言うより酔いどれオフ会なのでいい加減なものである。

それでも他人のオーディオシステムから出る音は真面目に聴くようにしている。音の感想はよく聞かれるが「良い」と答えるようにしている。
お世辞でもなんでもなく本当に良いから良いと素直に答える。好みも もちろんあるが高価な機器類から鳴る音で変な音はないと思っている、もし変な音ならその機械は壊れているのであろう。

オーディオオフ会は相手のシステムを観、その造り出す音を鑑賞するものであると 以前「オフ会考」の中でも述べた。
オフ会に否定的な考えを持っている方もいるかもしれないが自分にとっては生演奏やライブを聴きに行く番外編(音のコンサート?)のような位置づけである。
そう音の作品を聴きに行くのである。その証拠に今日の音はどんな感じでしたか?と暗に聞いてくる方もいる…この音楽はどうですか?とは聞いてこない それでいいと思っている。

それと普段聴かない、聴けない楽曲を高価な装置で聴く体験もできる。これはこれで中々面白いものである。

SNSが発達し場所や時間の制約なしに色々なやり取りが出来るようになった。オフ会を自由に行えるようになったのはSNSのおかげだと思う 初めて会う方のご自宅に訪問する(出来る)というのはある意味 特異性がある。普通は付き合って暫くしてからご自宅に招待するのだろうが その過程を通り越してダイレクトなのだから…
オーディオ自体閉鎖的で限られた空間で行う趣味であるが仲間とやりとりする機会を得た事でやや開放的になってきたのではないだろうか?

開放的になってきた故 人に聴いてもらい自分の作り出した?音の感想を聞きたい欲求に駆られるのは当然のような気がする。もちろん音だけではなくそれを作る機械(オーディオ機器、システム)を観て感想をもらいたいのも同様な事である。そのことが自慢と受け止められるかどうかは当事者の品位に関わってくる事なので冷静に見るようにしている。

先日 お伺いしたオーディオ仲間のNさんは高齢層(笑)が多い中でも若手である。沢山のオフ会を経験している故か今回は今までとひと味違うサウンドを奏でていた。
色々なサウンドに接し自己の好きな音を見つけてきたように思う。おそらくおじゃましているお宅(オフ会)ではハイエンドの音をよく機いているのであろう ハイエンドの音は緻密で正確 逆の意味で面白みに欠けると揶揄する人もいるが個人的には凄い音なのだと感じる 誰もが出せる音ではない。そういう音を好んで聴いていると自然とその音に引っ張られる 今回はその片鱗を感じさせられた。

オーディオと言う道を進んで行くと色々な指針(道標)に遭遇する。その道標の意味を理解してその通り進むと上記のようなハイエンドの音に近づく。
大抵は途中で別の道に寄り道しその別の道を進む場合も多い それを経験して又 オーディオの道を進むのも深みが出て面白いと思う。
真面目な人ほど寄り道をしないで真っ直ぐ進もうとする それだと凄い音は出せるが感動する音には中々行き着けないと考えてしまう。

オーディオが閉鎖的な趣味であるので人付き合いが苦手な方も多くいるように見えるがオフ会となると人と人との付き合いで自己主張だけでは成り立たない世界になってしまう。そういう意味でコレクターや昔からコツコツとオーディオを行っている方には不向きかもしれない。ただしオーディオという道から逸れて別の道を幾つか経験してくると このオフ会も結構楽しいものである。キタサンも人付き合いは苦手な方だが今はオーディオやコレクターの世界から逃れているので客観的にオーディオオフ会を楽しめる。

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復活した名門テクニクスのSL-1200G 若手オーディオファイルNさんの愛機である。大切に使って下さい、良いプレーヤーです。

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by kurama66644 | 2017-04-23 12:54 | オーディオ | Comments(0)

まともな姿?

半年ぶりにスピーカーを部屋の縦配置に戻してみた…

春になり壁面収納庫の奥からコート等を出し入れする必要が無くなり左側にスピーカーを置いてもさほど問題が無くなったので戻してみる。
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やはりツイーターが自分の真正面に来ると音が体にぶつかってくる感覚であるので勢いが出てくるものだ。普通はこのような位置で音の調整を行ってあーでもないこーでもないと弄り回す。ステレオ再生や音を意識するとどうしてもスピーカーの配置、角度、置く台やインシュレーターに拘ってしまうのは仕方がない事だと改めて思う。

半年ぐらい続けていた部屋の横使いの対向法は部屋に於けるスピーカーの位置の制約を解放してくれた。専用部屋であればどこに置いても構わないだろうが それでも壁際に置いてスピーカー前方並びに後方のスペースを空けてステージを作る形式を取る人が多い。本当に部屋の中でよく鳴る位置は思いもよらない所にあるかもしれないのに その可能性を自ら排除するのは惜しい。

今回は縦配置といっても以前より前方にスピーカーを持ってきた。よりニアフィールドになってしまったが全然構わない、直接音がよく聴こえるようになってこの方がいいかもしれない。部屋の響を人為的に良くしようと高価なルームチューニング材を買うのはもうコリゴリだし、安価な物で代用し部屋のあちらこちらにペタペタ貼るのもみっともない、専用部屋なら自分だけの責任で飾れるが生活部屋だと勝手が違ってくる シンプルにいきたい。

最近は歳のせいか?和室の畳の部屋で過ごしたいと思ってきた。ここの部屋は見晴らしも良いし何より音に関して隣近所が寛容なのがありがたい。
不満はないのだが人生最後の?引っ越しをしようかとも考えている今日この頃である。

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by kurama66644 | 2017-04-20 21:22 | オーディオ | Comments(0)

英国と独国と米国

オーディオ歴はまだ10年位しかないので色々な国の機械を判別するほど聴いていないが国柄によりオーディオ機器の特徴があるような気がする。

オーディオ機器自体の精密さ、造りに関して日本も優れていると思うが鳴らした音楽、音作りはまだまだ発展途上にあるように思う。それは日本人が人工的に?作られた音楽を楽しむ歴史が短かったせいもあると思う 日本人は自然の音を声として捉える感性があり その音を言葉にして表す。虫の鳴く音を声として捉えるのは日本人とポリネシア人だけらしい。どうやら左脳と右脳の使い分けが西洋人と少し違うと何かの本に書いてあった。

最近自宅にあるオーディオ機器では日本製を使う頻度が高くなったてきたが それは音質云々ではなく使い勝手からくるものである。日常生活で使う分にはこの使いやすさが一番ストレスを感じない。ステレオ再生をそれほど意識しなくなり音場や定位など気にしなくなると便利なものが優先される。
それでも最終の音が出るスピーカーはイタリアのMinimaでモニタースピーカーが多い中 ひと味違うこのスピーカーは国内外問わず現在では珍しい存在だと思う。

以前の記事で愛用していたドイツ製のDualのアナログプレーヤーが片側からしか音が出なくなり休眠中であったのだが 考えてみるとモノラル再生用に特化して使うと公言していたわけであるのでスピーカーは1本で足りる。それとQUADのプリをそのモノラル用のプリとして使う前提でいた為こちらも休眠中。それではという事で久しぶりにスピーカー1本のモノラル再生を行って見る事にした。
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英国のQUAD、独国のDual、米国のRCAユニットのフルレンジスピーカー 3か国の織りなすモノラル音源ははたしてどんな感じであろうか…

まぁ見事にユニットに音がへばりついたラジオの音(笑) 先日オフ会で見事なステレオ再生を聴いたので こりゃ話にならん!
能率が高いので音の勢い、前に出る迫力はあるが繊細さは全くない… これをMinimaに繋げると中々味のある音がでるが却って中途半端な感じ。
従来通りの対向法でラックスマン+Quadパワー+Minimaの方がバランスが圧倒的に良い。

考えてみると昔ジャズを聴いていた黒人などそれほど裕福でなく普通ラジオの様な粗末なオーディオ機器しかなかったのではないか。(オーディオ機器自体が高級品)
ジャズは生演奏が一番だが家で粗末な装置で聴くジャズも味わいを持って聴いていたような気もする。
そうなると この迫力のあるラジオの音も決して悪くない…ような(^_^;) シュアーのN44-1カモメマークの古い純正モノ針にトランスを通さないQUADのプリMM入力 清いシンプル接続 安けりゃいいってもんでもないが高けりゃいいってもんでもない。こういうのはホンカ―ジャズやオルガンジャズが似合う。

家で聴く分にはこれで十分。

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by kurama66644 | 2017-04-16 08:42 | オーディオ | Comments(2)

トーレンスTD-124その後

基本的に飽きやすい性格だと思っている。AB型だから仕方がないと思いつつ表題のトーレンスのその後?である。

トーレンスTD-124は昔は普及機であったが現在はヴィンテージプレーヤーの代表的存在になっている名機である。
ただし時代が古い物なのでメンテナンス等シッカリしたものでないとその性能の半分も出ないと某ブログで念を押すかのように書かれていた。

4年前ぐらいから急に?アナログに目覚め それまでお飾りで置いてあった(もったいない)LINN LP-12を売却しトーレンスTD521に変えた。
こちらも名機ではあるが流行のベルトドライブ アナログの楽しさを実感させてくれたプレーヤーである。
モノラル録音のアナログを試したくダブルアームなどを考えたが手っ取り早く もう1台ぐらいあれば切り替え無しに試せるぞ と国産のプレーヤーを導入。
それが現在も使用中のケンウッドそしてヤマハのGT-750であった。こちらは当時流行のダイレクトドライブ 扱いやすさと国産らしい精度の高さでとても重宝している。ヤマハは売却してしまったがケンウッドKP-990はセミオート式でとても使いやすく現在一番稼働率が高いと思う。

そういう中 ジャズのアナログを真面目に聴きたい?と選択したのがTD-124である。同じアイドラー型でガラードやEMTも選択肢にはあったがサイズ的に厳しい、それと価格も厳しかった(笑) TD-124もシッカリメンテナンスされたものは おいそれと手に入れられる価格ではなくなっているが無理して購入。

こちらは製作された時代にもよりマーク1とマーク2がある。最初に手に入れたのはマーク1、シリアル番号が50000台の最後でおそらく部品の一部もマーク2のものを流用していた可能性もある。時代を感じさせない溌剌とした鳴りっぷりでメカ部分もとても綺麗であった。しかしアームが特殊なもので専用のカートリッジホルダーを使わないとカートリッジが使えないという不便さがありアームを1本これ用に購入、そちらのアームで暫く使っていた。

もうこうなればこちらをモノラル用にしもう1台追加モノラル、ステレオ用と2台体制で行こうと考えた。これまた悪いクセで後先考えずこうと決めたらまっしぐら…
マーク2も購入することになった。

2台体制になったもののシリアル番号が限りなくマーク2に近いマーク1は鳴り方がマーク2に近く 同じ物は2台もいらないと後悔した買い物になってしまった。
結局はお金の問題もありマーク1は売却する羽目になってしまった。ちょうどこの頃はアナログのオリジナルに没頭していた頃でもあり そちらの方にも出費がかさなった。一つの事に熱中すると周りが見えなくなる馬鹿な性格故である。

前置きはものすごく長くなってしまったが現在のトーレンスTD-124がこちらである。
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一見普通に見えるが…使用されている方は見た目で気づかれていると思うがアウタープラッターを外して使用している。

現在のアウタープラッター
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ハハハッ…ターンテーブルシート破損、それとアウタープラッター自体の歪みがあり使用中止にしている。
当初回転の歪みは付属のシートによるものが多いと考えていたが中心部分が物凄く固く固定され剥がせないでいた、そこで力を入れて剥がすと御覧のように破けてしまった…ヤレヤレ プラッターも持ちながらそれを行ったので歪みも益々酷くなってしまった。アウタープラッターは結構な値段がするのですぐには買えない状況。
現在はオヤイデの厚手のターンテーブルシートをインナープラッターの上に敷いて使用。歪みもなくきれいに回っているのでこのままでもいいか?とも思っている。

私的な感想だがマーク2はステレオ録音の再生がすごく良いと感じる。ベルトドライブやダイレクトドライブとは違った味がある。
モノラル録音再生はケンウッドKP-990という廉価品のプレーヤーで再生しているがカートリッジとイコライザーの昇圧が上手くマッチィングしたのか鳴りっぷりはかなりよく成り満足している。スピーカーがMinimaという小さなもので本格ジャズオーディオ?をやられている方には物足りないかもしれないが自分的にはこれで十分すぎると思っている。

先日伺ったお宅のNさんはとても質素なシステムで今まで数多くの?オフ会を経験した感想から家庭用オーディオではトップレベルの音楽を奏でる。
結局一つの機器が優れていたとしても最終的にはトータル的なバランスの良さで音は決まるので部屋も含めて俯瞰して見る目がオーディオには必要なのだと思う。
当然ながら規模が大きくなればなるほど難しくなる そんな難しい事は自分には出来ないのでもう少し規模は縮小したいと思っている。

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by kurama66644 | 2017-04-12 08:57 | オーディオ | Comments(0)

ステージの端で聴く

昨年11月に対向法なる変わったセッティングをして半年近く経った。春先 暖かくなってから元のように縦配置で通常の?セッティングに戻してみるかと当初考えていたが これはこれで中々居心地が良いので変えずじまいでいる。

この配置をしたのは縦配置だと左側の壁面収納を開け閉めするのにスピーカーが邪魔になる事も変えた原因である。それならば単に部屋の横配置にすればよいだけなのだがそうすると視聴位置が近すぎ 更には視聴する場所の後ろが壁面収納棚でこれまた邪魔になる…とまぁ専用部屋ではないので色々制約がある中の奇想天外な方法なのである。
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世の中色々なオーディオマニアが存在するがおそらくこのような配置 視聴位置で聴くマニアは殆ど存在しないであろう。
ある意味オーディオ的な概念を捨てない限り実践する人も少ないと思う。これは従来の仮想ステレオ再生を諦めれば気にならなくなる。演奏会場に行けば正面の一番近い席が特等席で値段も高いかもしれないが その会場の中に入っていれさえすれば会場の熱気、奏者の意気込みはどこでも感じられるとは思っている。現に偏屈なキタサンは いつも端っこの変な席で聴く事が多かった、ジャズ喫茶なんかは(演奏会場ではないが…)トイレの中の方が心地よいとさえ思った。
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有名なライブアルバム ビル・エバンスの「ワルツ・フォー・デビー」※アナログプロダクツ180g重量盤   CDに負けず劣らず綺麗な音がする…が…
ジャズアルバムでも5本の指に入るぐらいの名盤と称され人気がある 既にマスターテープが擦り切れるほど再発されている。
当時の(今でもそうだが)ジャズクラブで熱心にジャズを聴く聴衆はそれほどいないと思う。熱心なのは日本人位?あとはお酒を飲みながら談笑する ジャズはそのBGM的な雰囲気の味付けに過ぎない。そこではジャズは「聴く」のではなく「聞く」程度なのである。余りにも不真面目な聴衆に嫌気がさしピアノだけを見つめて一心不乱に演奏していたビル・エバンス、夭折の天才ベーシスト スコット・ラファロは薬を買うためのお金欲しさに 控室で出演料(ギャラ)が少ないと不満タラタラ やけくそ気味にベースをブンブン鳴らしていた。その間に入っていたドラマーのポール・モチアンも 演奏前にギャラの事でゴチャゴチャ言うなよと呆れ顔…早く終わってくれないかなと仕方なくリズムを合わす… 実情はそんなもの 時として後世に残る名演、名盤の裏側には様々な事情、人間模様がある。 特にジャズはそんないい加減さが漂っているものなのである。 そんなジャズを「聞く」のに定位だ、音場だ、音質云々は無粋である 音だけを激しく、熱くするのも所詮観賞用のジャズだと思っている。

なぁーんて事考えながら「ステージの端の席」で白霧島を呑みながらへらへらして「聞いている」キタサンであった。オフ会では「聴く」ように努力している(^_^;)
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by kurama66644 | 2017-04-08 08:44 | オーディオ | Comments(0)

オフ会考

オーディオのオフ会と言うのを経験したのが始めてから5年目ぐらいの頃であった。

それまで一人で黙々と行う趣味であると思っていたが仲間内同士でお互いの音を聴きあう?オフ会なるものがあり興味を抱いた。

どれぐらいの音量で聴くのか、聴く場所の広さはどれぐらいあるのか、どんなオーディオ装置をどのように使っているか、配置しているか等々…
なによりどんな「音」がするのかは一番知りたいところだと思う。

その頃はオーディオコミュにも参加しだした頃で2回ほど他人宅を訪れたが まず驚いたのがオーディオそのものより家や部屋が立派な事である。
この趣味は当然部屋の中で聴く趣味でもあり 住環境が大きく影響する。専用部屋では無くても立派な佇まいの所が多く キタサンのボロ家 しかも狭い部屋とは大違い(笑) 聴く環境が悪いといくら機器を奮発してもダメなのかと打ちひしがれた気分になった。
それから暫くはオフ会には参加しなかったが とあるお宅に複数人で参加することになり参加した方が年齢も様々でそれぞれ個性的であったことから話が弾み とても楽しいオフ会となった。その後その参加した方達と交互にオフ会を行うようになり それぞれ別の友人も参加するなど交流が広まった。 もうそうなるとオーディオというよりかワイワイ騒ぐのが目的になり 最初こそオーディオの音は真面目に聴くがあとは酒をかわし 又ワイワイと騒ぐ…その繰り返し(^_^;) オーディオのオフ会ではなく 単なる飲み会と化す事が多かった。 
一方でオフ会というと真面目にオーディオの音を追及する方も多い中 自分は不真面目で場に合わないなぁと思っている。

そこで今 自分のシステムを以前のようにミニコンポに変えたらオーディオ仲間が聴きに来るだろうか?と考えた(笑)
殆どは何らかの理由をつけて断ってくるような気がする。オーディオオフ会とは他人のシステムを観てその音を聴くもの、オーディオの趣味とは高価な機器類(あるいは自作した機器)から自分で工夫した自分の音を鳴らし いかに満足するかの趣味。色々な考え方はあると思うが個人的にはそう思う。
そうなるとお酒を飲みワイワイガヤガヤ行っているのは単なる飲み会?… 自分はそちらの方が合っている、オーディオの事よく知らないし…

人の音を聴いて自分のシステムの為にするなんて考えた事もない。人の音はしょせん人の音、自分の音ではないし…オーディオの趣味自体 自分の音を追及し音という自分の作品を作り満足して行く趣味、音楽をそこで見いだすのは中々難しいと思う。

昨年11月 対向法という特殊なスピーカーのセッティングを行ってからオーディオは殆どいじっていない。ステレオ再生を諦め、音の追及(初めからそんなものはしていないが…)を諦めると 不思議と不満も無くなってくる。何となく音楽が部屋から聴こえるなぁという程度に音を意識しなくなる。
相変わらず隣の布団部屋でドアを少しあけ 漏れ聴こえる音楽鑑賞をしているが セミオートではないトーレンスのプレーヤーだといつの間にか演奏が終わり 針を無駄に摩耗してしまう事もしばしば、もっぱらCDプレーヤーやケンウッドのセミオートプレーヤーを使う事が多くなった。これ最新のミニコンポより安い価格でコストパフォーマンスは物凄く良い  これがキタサンの最近の音楽の聴き方。

全然 オフ会考ではないですね(-_-;) 単なる酔いどれ日記でした。

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マッコイ・タイナーはコルトレーンカルテットの一員で最初は余り好きではなかったがカルテットを離れて紆余曲折 色々な遍歴を経た後のマッコイはいい歳の取り方をしていると思った。もう20年ぐらい前 来日した時にトリオ演奏で聴いたが芳醇なピアノの音色がした。一緒に行った音楽関係の友人も褒めていたのを思い出す。 マッコイのレコードで今あるのはこの1枚だけ、インパルスもオリジナルはどんどん高額になって もう余り買おうとも思わなくなった。

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by kurama66644 | 2017-03-25 10:26 | オーディオ | Comments(2)

音の標準化

音楽を聴く時の環境はどういう状態が自分にとって好ましいか考えた事がある。
それはオーディオ機器を手に入れた10年前の事であった。自分がオーディオ機器を手にするなどそれまで考えた事がなかったので世間一般のオーディオに対するイメージで考えた。部屋は広い方が良い、オーディオ機器は高価で質の良いものが揃っていた方が良い、ソファーやリクライニングチェアーでユッタリ、ベランダから陽光が射して明るい部屋、観葉植物がある、壁面収納庫がありソフト(CDやレコード)が理路整然と並んでいる、防音設備が整っており天井が高い等々 思い浮かべていた。

実際そういう部屋があるのかどうか分からないが色々な制約のある中 少なくともオーディオマニアは音響に関する事はアクセサリー関連で不備を補うぐらいはしていると思う。部屋の響を防音対策グッズを使ったり、コーナーの反射を調整したり、オーディオボードを部屋のあちらこちらに置いたりと対策を行う。かくいうキタサンも部屋のコーナーに三角の反射、吸音板を取り付けたり、定在波防止のため天井に反射板を付けたりそれなりの工夫はした。それは今も残っており そのままの状態にしてある。このアクセサリーと言う代物は高価な物が多く、他では転用できないのが残念である。

いつのまにかものぐさの為 部屋のルームチューニングは行わなくなったが部屋の整理整頓はしているつもりだ。
このルームチューニングは部屋の存在を無くし音そのものを純粋に聴く為のものであると個人的には思っている。逆に考えるといかに部屋の存在が音に影響しているかということであろう。なるほど部屋そのものを音の為に作り替える気持ちは分かるし実際改装したり 新しい専用部屋を作った人は何人も見てきた。

人の音への感覚は様々なのに音響学的に心地よい音を出す部屋の構造は結構共通点があるようだ。材質等によって又変わってくるかもしれないが意外と似た作りになってしまう。

ところでオーディオでの再生では中々音楽が見えにくいと感じてしまう、その原因は音だと思う。
何を馬鹿な事を言っているんだと思われるかもしれないが「音」がじゃまして音楽が聴きとり難いと表現した方がいいのかも…(※ここでいう音は雑音やノイズ、生活音ではなくオーディオ(スピーカーから鳴る)音そのものである)
音を気にし過ぎ音楽の存在が二の次になる、オーディオは情報が音だけというのも音楽を分かり難くしていると思う。

生演奏は視覚的にも実際の演奏者の姿(楽器も含めて)が見え 聴いている聴衆の姿、雰囲気、熱気なども感じる、もちろんそこから発せられる楽器や歌声も音だが会場全体から醸し出す雰囲気など(上記の事など)音だけを気にすることなく雑多な情報から音楽を感じられる。
とキタサンは思っている。

その生演奏の雰囲気を自宅のオーディオで再現しようとする方は昔から今現在まで存在する。
非常に難解な試みである。経験と知識、そして努力あるいはお金が相当いるだろうと推測する。しかしそのチャレンジする姿は美しい、そして尊敬に値すると思う。
キタサンが参加しているオーディオコミュでも超ベテランのオーディオファイルがその試みをしている。理論を理解するには自分には知識がないが従来の5.1chやサラウンドとは違い音と音とを衝突?させ臨場感を出す試みのようだ。この音と音との衝突というのは確かに新しい試みで従来のオーディオ再生とは逆の発想で面白い。
この方は生演奏とオーディオを両立させているので このような考えが生まれたのだろうなぁと想像する。たいていはどちらかに片寄っているケースが多い中 稀な存在だと思う。

音楽を気持ちよく聴きたいと思い、オーディオ用の専用部屋を作ったり既存の部屋を改装する。それは音と言う情報しかないオーディオ再生で音を標準化してしまうのでは?と危惧する。もちろん「音」を気持ちよく誰にも邪魔されずに「聞いて」いたいと思う方には大きなお世話かもしれないのだが…。

最後に「部屋の音とレコードの音」のタイトルのこのブログはこれで終わりにしたいと思う。
部屋の音とレコードの音にこだわり意識したこの10年間で(正味4年位かな?)得られるものもあったが失うものも大きかった。
いったんリセットしたいと思っている。
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by kurama66644 | 2017-03-20 07:56 | オーディオ | Comments(0)

音楽鑑賞

趣味は?と聞かれ「音楽鑑賞です」という方は結構いると思う。一昔前だとコンサートに行く、しっかりとしたオーディオ機器で聴く、あるいはミニコンポ等の機器でもソフトは沢山持ってよく聴くなどが挙げられたが現在は携帯オーディオ、スマートフォーンなどが普及しいつでも手軽に音楽を聴ける状態にあり(更には配信が主流になりつつある)定額の金額を支払えば聴き放題というプランもあったりで 音楽に興味のある人であれば全て「音楽鑑賞が趣味」と言える状態にあるのではないかと思う。

最近 あるコメントで絵画や読書はその作品を変える事は出来ないが音楽鑑賞、特にオーディオでの音楽鑑賞は作品を変えられるとあり、なるほどと思ってしまった。

確かに音楽は編曲だけでも聴く印象が変わってしまうし、元の音は一つだがオーディオ機器を介すると音の印象がかなり変わる、屋外ライブは別としても基本構造物の中で音が鳴る限り 構造物の作りで音自体変貌してしまう。 その音の変化を楽しむのがオーディオ趣味の醍醐味と考えて皆試行錯誤し好みの、理想の音を求めている。

そうなると音楽は音の次にきて 元の音楽はおざなりになっているのであろうな~と思ってしまった。
もっとも録音した段階でその音楽(音)自体違う風に収録されてしまう事もあり 更にそれを編集するのだからその過程が多ければ多いほど元とは違う作品、音楽になる。
結局は自分の目の前で演奏する(聴いた)音楽が唯一の音楽作品なのかもしれない…このブログでも何度も書いたが音楽は一期一会でその一瞬を味わう喜びが感動につながる。(※生演奏が必ずしも上手い演奏、感動する演奏とは限らない、音楽作品というには稚拙なものも存在するのは確かであるが…)

オーディオマニアの方と多数?お付き合いはあるが殆どの方が音への追及に腐心している。もちろん音楽好きの方も多数いるが結局は音ありきで展開している。
それは音を変える事で自分の作品になるからではないのかと最近思う。自分の作品は唯一自分だけの物 自分の作品を作るのは楽しいし励みにもなる。
その作品は「音」なのである。音の作品を作るのは情熱と時間が必要で更には お金がかけられると色々な選択肢が生まれる ただし「音」であり「音楽」ではない

稀に「音楽」をオーディオで追及しようとする人に遭遇する。難解である…オーディオで再生する限りは音楽ではないとキタサンは考える しいて言えばそれに近づけるのは録音された元の音(オリジナル)をその時の(その時代)の装置でベストな状況で鳴らす事ぐらいだろうか?
それは「音」を追及する以上に大変で才能とお金も時間もかかるような気がする。

オーディオを始める前の約15年間は生演奏ばかり聴いていた。何となくだが聴いた感触、風景は体の中に残っている 良い体験、経験であったと思う。
現在のキタサン宅のオーディオの「音」はよく鳴っている。心地よい音でそれには感動する、ステレオ再生を捨て、オリジナルも捨て、音楽再生を諦めると 今の音には結構満足する。余計なものを捨てて行くと本質が見えてくるのかもしれない。

そろそろ又 以前のように「音楽」を求めて行動したくなった。それはもちろん難解なオーディオを介しての音楽再生ではない事は確かである。
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1958年のハーレム。 アート・カーンによる当時のジャズメンの集合写真 奇跡の1枚である。ジャズの歴史に残る人達。
この中の1/3ぐらいの人達の演奏を(晩年が多かったが)聴く事が出来たのはキタサンにとって宝であると思っている。


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by kurama66644 | 2017-03-12 10:59 | オーディオ | Comments(0)

ジャズは好きです!


by キタサン
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