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肌(皮膚)で感ずる

部屋にいるときは裸足でいる事が多い そして仕事以外の時は靴底が薄いコンバースのシューズを履いて出かける。

先日 久しぶりに運動シューズ(表現がオジサンくさいかも…)を履いて出かけるとものすごく違和感を覚えてしまった。
昨今の運動靴は軽く機能的に出来ている 軽いのは良いのだが靴底にジェルのような緩衝材があり足の保護というよりか ひざにかかる負担を軽減するように出来ているらしい。歩くとふわふわと浮いているような感覚で足裏が落ち着かない 歩きやすいといえばそうなのかも知れないがとても変な感触である。慣れれば大した事がないのかもしれないが今はこれが普通なのだろうか?

高校と大学時代に空手をやっており道場はもちろん外のランニングなどは素足である。田舎の高校だったので当時はまだ舗装されていない道路も多く石や砂利は当たり前のようにあり時にはガラスのような生身の皮膚には危険なものも多かった。しかしながら石や砂利は意外と足裏には無害で殆ど怪我をする事もなかった 危険なのは人工物で鉄や先ほどのガラスなど人の手で作られたものは危なかったのでその辺には気をつけて注意深くランニングをしていたような気がする。

更に遡る事 小学生時代 運動会がありその時は足袋を履いていた。もちろん昔とはいえ運動靴ぐらいはあったが何故か足袋で走る方が爽快で速く走れたような気がする。
雨の日は泥の中に素足で入り 足に絡まる泥のヌメッとした感触も今思い出すと快感だったのでそういう行為をしたのかもしれない。
足の裏には神経がいきわたっていて第二の心臓とも言われている。本物の心臓は直接触る事は出来ないがこの第二の心臓には様々な刺激を与える事が出来るのに人はそれを保護するようにしているのはもったいない話である。

たまたま足の裏の話をしたが要は肌で皮膚で感じる事に無頓着になってはいないかと考える。頭で考え理屈で効率化を目指す それほど現代人は急ぎ 触覚を軽視する
目で見た事、聴いた事がそのまま脳で実感として捉えるが意外と皮膚感覚の方が実態に合っているのではないかと思う事がある。

前回記事にしたオフ会に行った時のホールや演奏会場とも言える広い場所での空気感は皮膚にとても心地よかった。座った椅子の木質の感じや2階窓のステンドグラスから漏れる陽の光がホールに陰影を与え 音楽の波がその陰影を揺らす 視覚や聴覚より肌に感じる感触が最優先していたような気がした。

ジャズやオーディオ、音楽の事を主に書いているが実はそのどれもが自分はよく分かっていないのだと思う。良い悪い(好き嫌い)の判断基準は案外この皮膚感覚に合っているかどうかで決めているような気もする。子供の頃 山の中の自然で育った 頭で考えるより(肌)感覚で色々なものに接してきたそんな生活が今でも基準になっているからだと思う。

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by kurama66644 | 2017-10-01 11:04 | Comments(2)

電話恐怖症

遥か何十年も前 新入社員だった頃 何が嫌だったかというと電話である。

あのけたたましく鳴る呼び出し音(今の人には分からないかも…)にはビクビクしていた そして電話での会話も苦手であった(汗) これでよく社会人がつとまっていたなぁと自分でも思うがなぜか人と直に話すのはそれほど苦でもなく普通にしゃべれていた。これでも営業職は都合10年以上経験していたが当時のポケベルが鳴りそばに公衆電話がないかどうか あたふたと探す こんな光景は今の人には想像もつかないのではないだろうか。

それから携帯が普及し今はスマートフォーンに変わり若い人だけではなく高年齢層もスマートフォンを所有している人も多いようだ。

ネットで電話恐怖症の人が増えている記事を見かけた 固定電話があった昔に比べ格段に通信手段としての端末が増えたのに何故?と思ってしまったが考えてみると会話すると言うよりメールやラインなど文字での双方向会話で直接話す事が(電話での会話)逆に減ってきたからなのだろう。スマートフォンも電話機というより小型のパソコンだから一方的にこちらの好きな事をする道具で直接会話の手段としての道具とは違ったものである。

接客業の人達を見て自分の言葉で話せている人は減ってきたなぁと感じる。店員向けのマニュアルで差しさわりの無い言葉の羅列を話し会話が続かない 更には人件費抑制かどうか分からないが外国人も多くなった もともと日本語に流暢な人は少ないので必要最低限の言葉だけ教えて機械的な接客になる。せめて表情だけでもにこやかにしていればいいのだが 仕方なくやってあげているんだという投げやりな態度の人もいるので辟易してしまう。もちろん客側にも問題がある場合も多い 客も提供してもらったのだからお金と言う対価だけではなく「ありがとう」という言葉も必要だと思うし それができなければせめて軽く会釈するぐらいはした方が良いような気がする。

知らなかったのだが「電話応対技能検定」なるものがあるらしく そこの主催者は「若い人で固定電話に慣れていないせいか電話で知らない人と話す事に恐怖を覚える人も多く 特に社会人になった時 支障をきたす」と話されていた。

自分も若い時は似たような感じだったので気持ちは分からなくはないが 電車内で座っている殆どの人が下を向いてスマートフォンをいじっている姿を見るとなるほど今後もますます話せない人が増えてくるような予感もする。

視覚だけの文字と聴覚だけの声では声(音声)の方がダイレクトに響くと思う。それは視覚の場合 思考が伴い 聴覚の場合 脳を通さない(実際は通ると思うが)感覚が伴う その違いではないかと思う。

若い人のスマートフォンで会話するとき右手で右耳の方で会話する人が多い 逆に私のような年配者は左側で会話する これは固定電話に慣れている世代は左側で聞き右手でメモ書きをする癖があるからだと記事には書いていた。なるほど。

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このアルバムを見つけたが手元にお金が無かったので近くのコンビニにお金をおろしに出かけた隙にもう無くなっていた(汗)
状態はそれほど良くなかったがオリジナルで結構安かったのに… ジャケット写真の電話機はいまや骨董品である(笑)
このアルバムを聴いてJJのトロンボーンが凄いと皆が言っている意味が分かった。名盤である。

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by kurama66644 | 2017-09-12 09:31 | Comments(4)

過去に生きるジャズ 現代に生きるクラッシック

50~60年代のジャズが好きで30年以上聴いている。音楽そのものは好きでも嫌いでもないのに何故かその頃のジャズに惹かれる。
モダンジャズと言われるのは一般的に50~60年代にジャズが一番ジャズらしく盛んな時代であった頃のジャズをさす。
そしてジャズは個性の音楽と言われる 個性とは個人で 曲より誰それの音、誰の音楽(ジャズ)と個人名で呼び合う ※マイルスの音楽、コルトレーンの音、エリントンサウンド等々。スタンダード曲に限らずオリジナルでも個人の捉え方で曲想も全く違う風になる そこでも誰それのサウンドと個人に還ってくる。

現代のジャズは はっきり言ってつまらなくなっていると思う。個性的で有能なミュージシャンも沢山出ているが結局は50~60年代の焼き直しに過ぎない。
現代の彼、彼女達が悪いわけではない 50~60年代で既にジャズは終わっていると思っている。70年代あたりからとたんにクールになって今は凍り付いているように感じる。雅と俗で言えば雅ばかりになった感じではある。

それに対してクラッシックはジャズに比べさらに過去の音楽?だが見事に現代に生きていると感じる。指揮者やソリストなどもちろん個性的な人も多いが曲に対して古い新しいは関係なく現代の演奏として聴衆を魅了する。ジャズは50~60年代に活躍した人は殆ど亡くなった 毎年訃報を聞く その度にそのアルバムをかけて聴いたりする その人が亡くなっても永遠に語り継がれるというが自分はその人が亡くなったらそれでその人のジャズは終わったと思う。そのアルバムは遺品であるとも思っているのでそれほど持っていたくない。オリジナル等持っているのは未練なだけで徐々に減ってきている 音楽好きは名盤、名曲であれば奏者が生きていようが死んでいようが気にしないと思うがキタサンはジャズが好きなだけで音楽は好きでも嫌いでもないのである。

以前 クラッシックをよく聴かれる方にオリジナルに こだわるかどうか聞いた事があったがオリジナルでも再発でも音楽やホール感などすばらしければ気にしないと話されていた。それは再生する装置が古くても新しくても今 この瞬間がシッカリしていれば構わないというスタンスなのだと思う 正に今を生きるである。

キタサンは過去を引きずっているが過去のジャズを聴いて懐かしがっているわけでもない。過去のジャズはまだ雅俗の混交があった その混交に心のどこかで揺さぶられるものがありそれがスイングとして現れる  今のジャズは本当にスイングする事が減ってきた  スイングしないことでジャズはかろうじて現代に生きている。でもそれをジャズとは言い難い気もする…

若い人の新しいジャズも認めてあげたらと 人から言われたことがある。CDを集めていた頃 むしろそういう人(若手中心)のジャズも沢山持っていた しかし最終的によく聴くのは50~60年代のジャズになってしまう。肌に馴染めなかった 感覚が古く頭が固くなっているのだろう

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オリジナルではないが中々よく再現されている。CDも悪くはないがこの時代のジャズはアナログの方がまだ雅俗の混交が体現しやすいと感じた。


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by kurama66644 | 2017-08-19 08:28 | Comments(2)

麦と芋

何年か振りで麦焼酎を飲んでみた。いや何年かというよりは何十年振りだろうか?

昨今 焼酎ブームやら日本酒ブームなどお酒に対しての寛容さが世の中を蔓延しているが それはもう一つの嗜好品「煙草」に対する反動とも思える。

煙草はキタサンも10年以上前に卒業したが 愛煙家の現在の肩身の狭さには同情してしまう。そうは言っても食事をする処での喫煙は確かにキツイと今は感じてしまう(^_^;) 飲み屋内ならまだしも食事をしている時はあの煙とにおいは耐えられなくなってしまった。

オーディオ愛好家の中でも喫煙される方はそれなりにいると思うが煙の中に含まれるヤニが機器内に入り込んで故障の原因になる時も多々あり注意が必要だと思う。
もちろんそんな事承知で色々対策をされているであろうから 大きなお世話かもしれない…。

話は焼酎に戻して 久しぶりに飲んだ麦焼酎は何とも言えない無味無臭のアルコールくささを感じてしまい こんな味してたっけ?という感想であった。
元々ビール党で日本酒や焼酎はそれほど飲んでいなかったが ここの所飲んでいた芋焼酎に比べての話でそれだけ芋の方が香りが良いのかもしれない。
焼酎好きの方に聞くと昔は芋はかなり癖のある味、香りで飲めたもんじゃないと話されており 昨今の芋焼酎は改良?されすごく美味しくなったとの事 なるほどなぁと思う。
ちなみに飲んだ麦焼酎はそれほど高価な物ではなくロックで飲んでいた。せっかく瓶で買ったのに捨てるのももったいなく何か良い飲み方がないか思案し それなら香りの高いミントやバジルなど加え更にはソーダ水でわり カクテル風にすれば飲みやすくなるかもと思い試してみた。
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うん これなら口当たりが良い、更にソーダ―水をレモン入りなどにすれば又 違うティストになるだろう。夏場はビールが美味いが腹にたまるのでここ何年か飲む量も減ってきた。ソーダ―水割りとなるとウィスキーでのハイボールも試したくなる。ウィスキーなんて学生時代 高価な物だったが今は舶来物が驚くほど安くなった。社会人になりたての頃お金も無いのに無理してショットバーに行きワイルド・ターキーやらフォア・ローゼズなんて恰好つけて頼んだのはいいが本当に美味いとは思わなかった まだまだ当時は子供の舌だったのだろう。 かかっていたジャズも大人のBGMとして雰囲気で聴いていたのを思い出す。

焼酎のソーダ割りはよくスーパーで売っている缶酎ハイとは違う 厳密に言うとそれほど違いは無いのかもしれないが甲類焼酎を使うか乙類焼酎を使うかの違いで乙類焼酎の方が素材の味、風味をよく生かした焼酎であるがキタサンの飲んだ麦焼酎は安かったせいかそれほど特徴的な麦の香りがしなかったのかな?

その辺は焼酎自体頻繁に飲んでいたわけではないからよく分からなかったのだろう。ジャズを知らない人がレッド・ガーランドとケニー・ドリューのピアノの音の細かな違いなど分からない(気にしない)ように…。どちらもカクテルピアノと揶揄された時期もあった(笑)

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オリジナルに目覚めた頃 欲しくて欲しくてたまらなかったアルバム。ジャケットも傷んでおり盤の状態もさほど良くない。
確か9800円位で購入したと思った。それを境にオリジナル盤の価格に翻弄される日々が続いた 音源は同じでも相場によって左右されるのは株に似たところがある。
価値がある人には貴重だが興味の無い人からするとガラクタに近い感覚なのかもしれない。自分にとって価値があるかどうかは何年後かに「やはり買って良かった」と思えるかどうかだと思う はたしてこのアルバム 既に3年経過しているが…

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by kurama66644 | 2017-05-28 09:07 | Comments(0)

サイボーグ009

アニメソングが好きである。と言っても遥か昔のアニメで現代のものは殆ど知らない。時代的には60年代から70年代のものでその辺りは好きなジャズと時代が似ている。

おそらく昭和歌謡が好きなのと同じ感覚なのだろう。テレビで見て聴いていたものをそのまま記憶しているだけなのかもしれないのだが歌詞が分かるほど覚えている。
30~40年はゆうに過ぎているのに不思議である…今はちょっと前の事でも忘れがちなのに(^_^;)
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※石森プロから参照しました。

石ノ森章太郎さんの代表作「サイボーグ009」は何度もテレビ放送そして映画でも上映されているので若い人でも知っている人は多いと思う。
アニメとして最初にテレビ放映されたのは60年代でモノクロであった。それから10年後 再びテレビで放映され当然ながらカラー放送であったがこの時の印象が記憶に残っている人が多いのではないかと思う。さらに2000年代に入って三度目の放映。原作自体は石ノ森さんだがアニメ化されるたびに監督、そして作画担当者、キャラクターデザイン等 かなり変わってきている。時代に合わせてだと思うが60年代の初期の作品をリアルタイムで見てきた自分としては全く別の作品のような気がしてならない。
これはその時々のテーマソングも変わってきてアレンジ等が時代に合った?ものに変わっているようだ。
初代のモノクロの時の主題歌は東京マイスタージンガ―が歌っている。東京マイスタージンガ―といってもピンとこない方が殆どだろうが この009の他 ウルトラセブン、キャプテンウルトラ、ジャイアントロボなど数々のテレビ作品の主題歌を歌っているコーラスグループなのである。

2回目のアニメ放送の主題歌は「誰がために」で成田賢さんが歌っている。懐かしのアニメソングで009の主題歌といえば この成田賢さんの歌っているのが009の元祖と思われている方も少なく無いほど有名である。

3回目のアニメは知らない(^_^;) 小室哲也さんが音楽担当していたらしい アニメ自体も初期の頃と作風もすっかり変わり同様に音楽も様変わりしたようだ。

たまたまユーチューブで初代主題歌を歌っていた東京マイスタージンガ―が2008年頃再結成され009の主題歌を歌っているのを見る事が出来た。
オジサンというよりお爺さんになっていたマイスタージンガーの面々だがこの歳でこれだけの声量で唄えるのは若い頃よほどしっかりしたトレーニングをしていないと出来ないだろうと感じた。もちろんリアルタイムで聴いたあのバランスのとれたコーラスはところどころヨレヨレで音程もぶれてはいたが 圧倒的な歌の迫力はそんじゃそこらの役者だか歌手なのかよく分からない若いアンちゃん達が束になってもかなわないだろう。

アニメといえば子供が対象になる娯楽であったが子供向けのアニメに対して大人が真剣に取り組んでいたのだからとても熱い時代だった。
今はアニメと言っても対象が大人も含めてであるので どことなく商業的に受け狙いの気がしないでもない、そして現実を加味したアニメが多いのでリアルではあるが却って夢や空想が乏しいと感じる。そう全てにおいてクール、冷めている感じさえする。

キタサンにとってサイボーグ009といえばモノクロ時代のアニメで主題歌は東京マイスタージンガ―が歌っているものしか連想しない。
アニメ自体 現在の超リアルなものに比べると全然比べものにならないが当時のアニメ製作にかかわってきたすべての人達の夢と希望が感じられる作りは何年経っても色あせていない。

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by kurama66644 | 2017-04-17 20:29 | Comments(0)

ピアノの音

初めてジャズを聴く方にとってジャズは難解であるイメージはある。別に理解しようと思わないで素直に聴くだけで良いのかと思うがジャズの歴史、演奏形態、インプロビゼーションetc…と何やら難しそうな単語があると敬遠されてしまうかもしれない。

そういう中 楽器で見るとピアノやギターが親しみやすく皆どこかで聞いた事がある楽器であるように思う。
初めてのかたでもジャズのピアノトリオはより親しみやすいフォーマットではあるようだ(実際は奥が深いと思うが…)

今の家に引っ越してきて4年が過ぎたがピアノの音を頻繁に聴くようになった。隣人がピアノの先生で自宅でピアノのレッスンをやっている、もちろんその先生も毎日練習を行っているのでピアノの音はよく聴こえてくる。分譲マンションで壁が賃貸に比べて厚く出来ておりマンションの窓ガラスも2重サッシにされているようだが それでもピアノの音はハッキリ聴こえる。某日本の有名音楽、音響メーカーに在籍されているプロの演奏なので 毎日その音色が聴こえるのは得した気分にもなる(笑)
※演奏時間は節度のある時間帯でされている、通常はキタサン自体も仕事で部屋にはいないので休みの時に聴こえる。

このピアノの音というのは色々なアルバムでもその演奏者の独自の音がする。もちろんピアノの種類にもよって音の違いがありクラッシックの大家の方に聞いたのだがヤマハとスタインウェイ、ベーゼンドルファーなどそれぞれ違いが分かると話しておられた。キタサンはそこまで分からないが弾く人の運指で音色に違いが起きるのは当然なんだろうなぁという事ぐらいは理解できる。
それと生演奏で聴く場合とアルバム(レコードやCDなど)で聴く場合では又 聴こえ方が違ってくる。
たまたま50~60年代のジャズアルバム(アナログ盤)を聴く事が多いのだがピアニストの音色が特徴があり分かりやすいが これが80年代以降のデジタル録音に変わるとその音色がどれも似たような印象を持ってしまう。フレーズ等の癖で奏者の違いなどはかろうじて判別出来たりもするが音色は均一になっている傾向にあるようにも思う。
長年オーディオアンプを作っている方で録音も手掛けている方が似たような感想を述べていたので偶然ではないような気がする。実際演奏されている方の生の音を聴くとそれぞれ音色には特徴があるが… デジタルの便利さ、優位性は至る所で我々は恩恵を受けているが このようなちょっとしたところでマイナスの影響も与えている事は頭の片隅にでも置いておいた方がいいかもしれない。

セロニアス・モンクやデューク・エリントン、ヴァイヴ奏者でもあるエディ・コスタなどピアノが弦楽器である事を忘れるほどパーカッション的な打撃奏法で楽しませてくれる人もいる。 もう亡くなっているので生の音は聴けないがアルバムで聴く限りは他のピアニストと違うのは歴然としている。
ジャズオーディオマニアの部屋で彼らのアルバムを聴くとこれでもかというぐらい強烈に聴こえる(聴こえるように調整している) そのいくつかのオリジナルは聴いた事があるが更に物凄い音が入っている。それを再生して「ものすごい音が入っているから凄いアルバム」というのはオーディオマニアの音へのこだわりなんだろうと思う。そういう音へのこだわりはオーディオマニアに任せておくことにして肝心の音色が余り感じられない事の方が自分にとっては残念である。

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訃報続きで悲しいが今年2月にホレス・パーランが亡くなった。
ホレスは小児麻痺の影響で右手が曲がっている その為か変則的な奏法で演奏している。 来日した彼の演奏は1度だけ聴いた事がある、場所はピット・インだと思ったが今思えば全く不謹慎で鍵盤が見えるすぐそばで演奏していたので その指使い等 そちらの方ばかり見ていた…
人気のアルバム ブルーノートのアス・スリーのようなグイグイ前へ推し進める演奏かと思ったがアルバムで聴く印象とは又違っていた。
どうしてもためを作る奏法によりちょっと遅れ気味なピアノにベースやドラムが合わせてプッシュしているので通常のピアニストと違う運びになるようだ。
アス・スリー自体 ものすごく高額な値で取引されているようだがホレスの作品ではなくバンゲルダーの作品であると思っている。
実際のホレスの音色はキタサンの印象ではグレーの音色で個人的には余り好みではなかった。(好みでは無かったがしっかり握手してもらった(笑))
オリジナル盤信仰もある程度認めているが真実の演奏は又違う所にあるような気がする。

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by kurama66644 | 2017-03-27 19:40 | Comments(0)

タイトル変更

オーディオを始めて約10年が経過した。歳の割には遅咲きのスタートで未だに素人の域を脱していない…。
そしてこのブログも3年を過ぎ 知らない内にアクセス数も10万を超した…拙い文章でオーディオやレコード、ジャズの事を中心に書いてきたがこれ以上オーディオ、レコード(蒐集?)の世界に身を委ねていると財政的にもきつくなってきた(お恥ずかしい話である)。元々音楽は好きでも嫌いでもないがジャズは好きで30年以上聴いてきた。又 以前のスタイルに戻ってジャズに接していきたいと思い、このブログもタイトルを変えることにした。書く内容は大して変わらないかもしれないがオーディオやレコード(蒐集)の世界は傍観する立場でジャズやその他の音楽(歌謡曲など)そして自分が好きなアーティスト、接してきたアーティストなどについて思った事、感じた事を書いていこうと思っている。

新しいタイトルは「サウンド・オブ・ジャズ(音楽の風景)」である。どこかで聞いた事のあるようなタイトルだがジャズ以外の事柄(過去のオフ会その他)も書いていこうと思うがどうなる事やら…。
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ジミー・スミスは最晩年でもステーキを何人前も食らっていた…オクトパスと称されたあのフットペダルを踏む足さばきは物凄かった。計3回ぐらい生演奏は聴いたが その度に握手してもらった(年寄りの力ではない…)その力強さは今も感触に残っている。

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by kurama66644 | 2017-03-22 19:53 | Comments(2)

ブログ3周年と昨年一番聴いたアルバム

このブログを始めてちょうど3年が経つ

このブログタイトルの「部屋の音とレコードの音」とはアナログに回帰し出した頃に始めたので「レコードの音」にしたと思う、そして「部屋の音」はオーディオ装置は部屋で音が決まると言われ続け それならばキタサン部屋の様な狭い日常生活の場である部屋はオーディオ再生には不向きなのか?と疑問に思い皮肉を込めてつけてみた。

越してきて4年が過ぎると部屋にも愛着が湧く、以前オフ会で色々なオーディオの音、部屋の音を聴いた後 自宅に帰ってガッカリする事が多かったが 今は自宅の音を聴くとホッとする。オーディオ愛好家?がまず しないような対向法と変則的な視聴位置だがこの部屋ではベストだと思っている。専用部屋やある程度の広いリビングなら多少の自由はきくだろうが世の中 自由がきかない事の方が多い 制約のある中ベストを探すだけである。

アナログに回帰した時はCDは殆ど無かったが 今度はCDに復帰したので「部屋の音とレコードの音とCDの音」にした方がいいのか?しかしちょっとくどすぎる。今は半々ぐらいかなぁ聴くのは そしてレコードはどんどん減っている…レコードを減らして心の中がすっきりしている。選択するものが頭の中で把握できると意外と軽快でよい事に気づいた。冗談抜きで100枚位のレコードと同じく100枚位のCDがあれば十分と本気で考えている、3日に1回は聴くCDがある それを半年ぐらい聴き続けているが全く飽きはしない…そういうCDやレコードは各人探せば見つかると思う。そんな省エネスタイルは音楽業界、特にソフト関連の販売業者から嫌われるだろうなぁ~

来月はこちら(東京)にオーディオ大好きな熱血漢が遊びに来られる。タイトなスケジュールなのでキタサン宅には来れないが仲間と飲み会をやる予定。
自分自身オーディオの事は疎いが彼の話を聞くとその情熱は伝わる、なんでもそうだが情熱をかけている時が一番楽しく充実しているのかもしれない。

思い出すとオーディオを始めた時はセッティングなど気になりだすと真夜中でもやっていた、視聴会なども頻繁に参加、毎週のように秋葉原に行っていたっけ。
アナログに回帰した時も夢中になり音源(オリジナル)の事を調べていた。いずれもが情熱を持って行っていたので楽しかったのだろう。
ここのところオーディオもアナログも その情熱はだいぶ失せて来たのは確かだ。皮肉な事にこの部屋でベストと思われる配置、セッティングをした結果の「部屋の音」を聴いてから情熱は下降気味である。自分の愛着が湧いてきたその部屋の音は これまで蓄積した自分自身理想としたオーディオの音と真逆な音である事が分かったからだと思う。ガッカリしたわけではない自分の情熱を向けるものが何となく分かってきて安心したのである 。


もう2月も下旬になろうとしているのに昨年一番聴いたレコードを紹介するのもなんだが…
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マイルスの有名なアルバム「いつか王子さまが」タイトルはキッズ・レコードと間違えられそうだがマイルスのオリジナルも3曲ほど入っている。そのどれもがいわくつきの曲である。ステレオもモノラルも音色はさほど違いは無いが再発盤になると周りの情景がスッキリしすぎて面白みが無くなる。とかくモブレーとコルトレーンの対比に焦点が当たるが演奏スタイルの違いもあるので優劣を言ってもしょうがない気もする。

何の変哲もない普通の「部屋の音とレコードの音」だが長年聴き続けたジャズの本質が聴こえるような気がした。


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by kurama66644 | 2017-02-19 09:37 | Comments(2)

心地良い玉ねぎ

パソコンを立ち上げ このブログを開くと何故かデザイン(レイアウト)が変わっていた(^_^;)

何もいじっていないのに…運営側でそうしたのか? もう面倒くさいからこのままでいいや。

何となくスッキリしたが文字が少し小さい?老眼のキタサンには辛い(笑) 暫くはこのまま 様子見、又変えるかもしれないけど。


部屋のSPを横配置にし 対向法なる妙なセッティングをした結果 音も変わり何だか不思議な感覚でいる。
前にブログで書いた事と重複するかもしれないが音の流れが変わったのだと思う。あくまでも感覚的な話であるが直線的に部屋の中を反射していたのが まるで音が対流するかのように部屋の中を行き渡る、まさにそのような感じなのである。 しいて言うならば無指向性のスピーカーで聴いているかのような雰囲気。
ちょうど所有している波動スピーカーで聴く感じ。ただし波動スピーカーは浮遊感が大きく音の実在感が余り無い、それでも気持ち良い雰囲気が味わえる。

今回のセッティングで変わったのはまさに心地よい雰囲気と低域が強化され弾むような低音も加味されたので気持ちが良い。
ずーっと聴いていたくなる心地よさ。音量を上げても音が留まらず逃げて上手く拡散するのでうるさくならない。

年頭にQUADそしてMinimaと機器を変え そうして年末は仕上げ?のセッティングを変えた。

結果的に音に立ち向かわないで聴くスタイルになった。気持ちがリフレッシュされるようである。
リフレッシュついでに冬場で乾燥した部屋に「玉ねぎ」登場!
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色々なアロマをたらし部屋の香りも芳しい。

ジャズを聴くのに何気取ってんだ!と思われるジャズファンもおられると思うが 却ってこの方が音楽の機微、怒り、悲しみ、悲哀、楽しさ、うれしさ…色々な感情を包み込みしっかり聴く事ができると感じている今日この頃である。


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by kurama66644 | 2016-12-07 09:15 | Comments(0)

レコードの日

先日11月3日は「レコードの日」だったそうだ。もちろん文化の日で祭日でもある、昨今は商魂たくましく?何でも記念日にして商売につなげるようだ。

文化の日にちなんで他にも記念日として掲げられているのが文具の日でありマンガの日というのもあるようだ(笑) 更にはごろ合わせでミカンの日、(いい(11)み(3)かん…)、サンドウィチの日なんてのもある(いい11)サン3)ド) もう何がなんだか分からない。

話はレコードの日に戻してCDショップやレコードショップでは記念日に合わせて様々なイベント、セールを行っていた。ユニオン、タワーレコード、HMVなどアナログレコードが値引き、代官山では国内唯一のアナログプレスメーカーが主催するイベントなど行われていた。

代官山の方に行こうと思っていたが晴天の折 なじみのお茶の水、神保町、水道橋の界隈をブラブラ散策する予定に切り替えた。
ユニオンは珍しくアナログコーナーは人は少な目で祝日は結構込み合っているのにゆっくり見る事が出来た。
もっとも手持ちのお金が少ないので(-_-;) 壁にかかっている盤は眺めるだけ(笑) 壁にかかっている割には手ごろな金額表示のものもあり食指が動いたが それでも今の自分にとっては高価であきらめる…。 エサ箱を眺めているとふと見た事が無いジャケットを発見。
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グラント・グリーンの「グリーン・ブルース」?
70年代のレーベル ミューズは音が良いので何枚か持っている。決め手はメンバーである デイブ・ベイリーにビル・ガードナー、フランク・ヘイズ、ベン・タッカー これで悪いはずはない。盤質もAでジャケットもシュリンク付き おーっ 中々良さそう(笑)、他にも2枚ほど調子にのって買ってしまったが合わせても壁にかかっている1枚には全く及ばない金額…それでも本人が満足しているのだからいいのである。(他の2枚は機会があれば紹介するつもり)

頻繁にレコードを買わなくなったからたまにこうして買うとやはり気分が良いものだ。御茶ノ水から神保町そして白山通りを歩き水道橋に向かったが あの有名なトニーレコードが閉まっている。シャッターに何やら張り紙が…どうやら移転したらしい 近くといえば近くなのだがビルの2階に移転という事でやはり地代(家賃)の高騰で移転せざる負えなかったのか?アナログブームと言えども愛好家の絶対数が少ないので商売としては難しいのかもしれない。
大手販売店だとこのレコードの日にかこつけて色々な販売戦略を考え催し事をしたりするが地道に商売を行う トニーさんのような所はそんなかったるい事できるか!と考えているかもしれない。ただ単に聴くリスナーはアナログやCD、配信と選択肢が増えて喜んでいるが商売として関わる方々は大変な思いをしているのだろうなぁと考えてしまった。

帰宅して例のグラント・グリーンのレコードをターンテーブルに乗せ視聴。
「う~んっ?」「どこかで聴いた事があるな?」裏ジャケットを良く見るとレコーディングが1961年、ミューズレコードは72年に出来たはず…
更にA面、B面の曲名をよく見ると 確かに聞き覚えのある曲名が… そう これはディブ・ベイリーの「リーチング・アウト」ではないか!!
曲順がシャッフルされており しかもジャケットが全然違うし レーベルも… メンバーのビル・ガードナーやフランク・ヘイズが入っている辺りで気づくはずだがウカツであった。

やられてしまいました(笑) リーチング・アウトはCDでは所有していたがアナログでは持っていなかったのでまぁいいのだが…
ジャケットはリーチング・アウトの方が断然良い(笑) ちょっと トホホな気分(^_^;)

ミューズは5001番から5500番台半ばまで製作されていたようだが飛び番があったり再発もあったりで実際は四百数十タイトル程度しか作られていなかったとの事
再発盤と新規録音の区別はレコード番号では分からないようなので注意が必要!と大阪のジャズ喫茶マスターが話していた。

レコードの日の制定日は1957年と結構古くからある。文具の日は1987年から「文化を生み出す役割を持っている」ところから作ったようだ。
マンガの日は2002年 漫画協会と出版社数社で制定 「漫画を文化として認知してもらう」という普及活動から作ったようである。ちなみに手塚治虫さんの誕生日でもあるそうだ。

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by kurama66644 | 2016-11-06 08:52 | Comments(2)

ジャズは好きです!


by キタサン
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