2017年 03月 12日 ( 1 )

音楽鑑賞

趣味は?と聞かれ「音楽鑑賞です」という方は結構いると思う。一昔前だとコンサートに行く、しっかりとしたオーディオ機器で聴く、あるいはミニコンポ等の機器でもソフトは沢山持ってよく聴くなどが挙げられたが現在は携帯オーディオ、スマートフォーンなどが普及しいつでも手軽に音楽を聴ける状態にあり(更には配信が主流になりつつある)定額の金額を支払えば聴き放題というプランもあったりで 音楽に興味のある人であれば全て「音楽鑑賞が趣味」と言える状態にあるのではないかと思う。

最近 あるコメントで絵画や読書はその作品を変える事は出来ないが音楽鑑賞、特にオーディオでの音楽鑑賞は作品を変えられるとあり、なるほどと思ってしまった。

確かに音楽は編曲だけでも聴く印象が変わってしまうし、元の音は一つだがオーディオ機器を介すると音の印象がかなり変わる、屋外ライブは別としても基本構造物の中で音が鳴る限り 構造物の作りで音自体変貌してしまう。 その音の変化を楽しむのがオーディオ趣味の醍醐味と考えて皆試行錯誤し好みの、理想の音を求めている。

そうなると音楽は音の次にきて 元の音楽はおざなりになっているのであろうな~と思ってしまった。
もっとも録音した段階でその音楽(音)自体違う風に収録されてしまう事もあり 更にそれを編集するのだからその過程が多ければ多いほど元とは違う作品、音楽になる。
結局は自分の目の前で演奏する(聴いた)音楽が唯一の音楽作品なのかもしれない…このブログでも何度も書いたが音楽は一期一会でその一瞬を味わう喜びが感動につながる。(※生演奏が必ずしも上手い演奏、感動する演奏とは限らない、音楽作品というには稚拙なものも存在するのは確かであるが…)

オーディオマニアの方と多数?お付き合いはあるが殆どの方が音への追及に腐心している。もちろん音楽好きの方も多数いるが結局は音ありきで展開している。
それは音を変える事で自分の作品になるからではないのかと最近思う。自分の作品は唯一自分だけの物 自分の作品を作るのは楽しいし励みにもなる。
その作品は「音」なのである。音の作品を作るのは情熱と時間が必要で更には お金がかけられると色々な選択肢が生まれる ただし「音」であり「音楽」ではない

稀に「音楽」をオーディオで追及しようとする人に遭遇する。難解である…オーディオで再生する限りは音楽ではないとキタサンは考える しいて言えばそれに近づけるのは録音された元の音(オリジナル)をその時の(その時代)の装置でベストな状況で鳴らす事ぐらいだろうか?
それは「音」を追及する以上に大変で才能とお金も時間もかかるような気がする。

オーディオを始める前の約15年間は生演奏ばかり聴いていた。何となくだが聴いた感触、風景は体の中に残っている 良い体験、経験であったと思う。
現在のキタサン宅のオーディオの「音」はよく鳴っている。心地よい音でそれには感動する、ステレオ再生を捨て、オリジナルも捨て、音楽再生を諦めると 今の音には結構満足する。余計なものを捨てて行くと本質が見えてくるのかもしれない。

そろそろ又 以前のように「音楽」を求めて行動したくなった。それはもちろん難解なオーディオを介しての音楽再生ではない事は確かである。
b0323858_10521643.jpg
1958年のハーレム。 アート・カーンによる当時のジャズメンの集合写真 奇跡の1枚である。ジャズの歴史に残る人達。
この中の1/3ぐらいの人達の演奏を(晩年が多かったが)聴く事が出来たのはキタサンにとって宝であると思っている。


[PR]
by kurama66644 | 2017-03-12 10:59 | オーディオ | Comments(0)

ジャズは好きです!


by キタサン
プロフィールを見る
画像一覧