輪郭を描かないスピーカー

久しぶりにCDを購入した。アナログ同様ソフトを余り買わなくなったが こちらのCDはちょっと聴いてみたくなり思わず買ってしまった。
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2003年録音のもので新譜ではないのだがヨーロッパのピアノの人である。ギド・マヌサルディという余り聴き慣れない方だがベテランピアニストである。キタサンがいつも聴いているのが50年から60年代の古いジャズが多いのだが こちらの作品は録音も現代的にメリハリが効いているようで曲想は50年代で全体的な雰囲気はヨーロッパの格調高い音楽のティストを含んでいる 泥臭さは少し控え目と言ったところであろうか。

スピーカは常時Minimaで聴いているのだが こちらも久しぶりにBONSAIスピーカーに替えて聴いてみた。(というかせっかく買ったのだからもう少し使えよ~)

能率の違いもあるのかとも思うが ものすごくエッジのある鳴り方に驚いてしまった。型落ちとは言え2008年頃のスピーカーでMinimaより現代のものであるからこういう鳴り方をするのだろうか?Minimaの前はちょうど2007,8年頃の同じ時期に作られたスピーカー モニターオーディオのPL-100を使っていた。 このようなキビキビとしっかり鳴るスピーカーで長年聴いていたのに今は違和感を覚えてしまう。つまりMinimaの音に慣れてしまったという事であろう…

このBONSAIスピーカーでアナログをかけてみたが余り上手くマッチィングしないように感じる。高域でキンキンする場合もある…Minimaだとそれほど感じなかったのだが…そして違うCDをBONSAIで聴くと 中々いい感じである 水彩絵の具で描いたようなきれいさが出る 以前はこのような音に満足していたのかもしれない。

Minimaは水彩画というより水墨画に近いイメージを持つ それを際立たせるのがアナログによる再生だと感じる。

おそらくだが「音」に関して曖昧という表現をするのはオーディオマニアにとって許せない事なのではないのかと想像する。

スピーカーから鳴る音が 「余りはっきりしないですね~」とか「焦点が合っていない」など言うと烈火の如く怒る人は多いのではないか?
まぁ自分も同じように人から言われると余りいい気分がしないかもしれないが…(笑)

Minimaは現代の高精細なスピーカーに比べると ややぼんやりした鳴り方をする 色彩感覚は薄いと思う 先ほど書いたように墨絵のかすれ部分が適所に現れる。
そのかすれ具合が独特な個性を出す モノクロのかすれだが それは聴く者の想像力を無限に沸き立たせる やはり不思議なスピーカーである。

輪郭は境界線でもあり白か黒か 正しいのか間違えているのかなど物事を2分に区切る。今は何でもハッキリさせるのが当たり前になってきている その方が分かりやすいからであろう。ただ物事は何でも分かりやすくはない 見方考え方によりどっちつかずの事の方が多いそれを判断して解釈したもの、事が個性であり より自由のような気がする。 


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# by kurama66644 | 2017-09-17 10:04 | オーディオ | Comments(0)

電話恐怖症

遥か何十年も前 新入社員だった頃 何が嫌だったかというと電話である。

あのけたたましく鳴る呼び出し音(今の人には分からないかも…)にはビクビクしていた そして電話での会話も苦手であった(汗) これでよく社会人がつとまっていたなぁと自分でも思うがなぜか人と直に話すのはそれほど苦でもなく普通にしゃべれていた。これでも営業職は都合10年以上経験していたが当時のポケベルが鳴りそばに公衆電話がないかどうか あたふたと探す こんな光景は今の人には想像もつかないのではないだろうか。

それから携帯が普及し今はスマートフォーンに変わり若い人だけではなく高年齢層もスマートフォンを所有している人も多いようだ。

ネットで電話恐怖症の人が増えている記事を見かけた 固定電話があった昔に比べ格段に通信手段としての端末が増えたのに何故?と思ってしまったが考えてみると会話すると言うよりメールやラインなど文字での双方向会話で直接話す事が(電話での会話)逆に減ってきたからなのだろう。スマートフォンも電話機というより小型のパソコンだから一方的にこちらの好きな事をする道具で直接会話の手段としての道具とは違ったものである。

接客業の人達を見て自分の言葉で話せている人は減ってきたなぁと感じる。店員向けのマニュアルで差しさわりの無い言葉の羅列を話し会話が続かない 更には人件費抑制かどうか分からないが外国人も多くなった もともと日本語に流暢な人は少ないので必要最低限の言葉だけ教えて機械的な接客になる。せめて表情だけでもにこやかにしていればいいのだが 仕方なくやってあげているんだという投げやりな態度の人もいるので辟易してしまう。もちろん客側にも問題がある場合も多い 客も提供してもらったのだからお金と言う対価だけではなく「ありがとう」という言葉も必要だと思うし それができなければせめて軽く会釈するぐらいはした方が良いような気がする。

知らなかったのだが「電話応対技能検定」なるものがあるらしく そこの主催者は「若い人で固定電話に慣れていないせいか電話で知らない人と話す事に恐怖を覚える人も多く 特に社会人になった時 支障をきたす」と話されていた。

自分も若い時は似たような感じだったので気持ちは分からなくはないが 電車内で座っている殆どの人が下を向いてスマートフォンをいじっている姿を見るとなるほど今後もますます話せない人が増えてくるような予感もする。

視覚だけの文字と聴覚だけの声では声(音声)の方がダイレクトに響くと思う。それは視覚の場合 思考が伴い 聴覚の場合 脳を通さない(実際は通ると思うが)感覚が伴う その違いではないかと思う。

若い人のスマートフォンで会話するとき右手で右耳の方で会話する人が多い 逆に私のような年配者は左側で会話する これは固定電話に慣れている世代は左側で聞き右手でメモ書きをする癖があるからだと記事には書いていた。なるほど。

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このアルバムを見つけたが手元にお金が無かったので近くのコンビニにお金をおろしに出かけた隙にもう無くなっていた(汗)
状態はそれほど良くなかったがオリジナルで結構安かったのに… ジャケット写真の電話機はいまや骨董品である(笑)
このアルバムを聴いてJJのトロンボーンが凄いと皆が言っている意味が分かった。名盤である。

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# by kurama66644 | 2017-09-12 09:31 | Comments(4)

白いキャンバスを求めて

子供の頃から絵が好きで学校では美術部に所属していた。高校、大学と運動部にも所属していたが絵は社会人になってからも時々書いていた。

今 オーディオをやっているがオーディオの事も絵や美術目線で色々考えてしまう。

他の方のオーディオを拝見(聴く)する機会も増えて感じた事を話そうと思う。 例えると白いキャンバスを求めて奮闘している方が多いのかな?と…

白いキャンバスに自分の好きな絵を描く 素晴らしい事である。キタサンも描きたい(笑) ところがその白いキャンバスを見つける、あるいは作るのが困難である事がオーディオを始めてすぐ分かった。多少良いと思われる機器類を購入してもキャンバス全体の一部は白くなっても他の箇所は違う色ないしは濃淡が異なる下地になってしまう…。
機器だけではダメで元になる電源環境を整えないと白くならない、いや部屋そのものをオーディオ用に適した?ものにしないとダメのようだ…そう白いキャンバスを作るのに大変な労力、時間、資金が必要 それでも白いキャンバスを求めて奮闘されている方々が沢山いると感じてしまう。

最初の5~6年ぐらいは出来る範囲で白いキャンバスに近づけようとしたが身の丈に合わない事をするとやはりダメである お恥ずかしい話 金銭的にも厳しくなる、そしてセンスがないのであろう 創意工夫したつもりも白いキャンバスではなく別の色にしかもまばらになってしまう(-_-;) 絵を(音楽)描く気が失せてしまう。そういう中 4年前からアナログに回帰し同時にオリジナル音源を探すようになった。 元々CDで聴いていたのでその元の音源はアナログのオリジナルである。(厳密に言えばマスターテープかも) 更にはアナログでも再発盤なども聴くようになり いわゆる聴き比べをする事になった。

古い音源が多く しかもアナログだとプチパチノイズも聞こえる。盤が歪んでいたり 針圧の調整がイマイチ上手くいかなかったり…四苦八苦しながらも続けていった。何年か続けていく内に 意外とオリジナル音源はキタサンの狭い部屋 そしてそれほど高くない機器類でも心地よく鳴ってくれる事に気づいた。

知らず知らずの内に白いキャンバスではないけどベージュやグレーの色が付いたキャンバス地を見るかのような感覚。そしてそのキャンバス地はまだらな濃淡はなく色は付いているけど真っ新キャンバスのような気がした それが今でも続いている。

CD再生を1年半前に再開した。廉価品だが改造してもらいアナログチックに鳴るようにしてもらった。当然プチパチノイズはない(当たり前) アナログでは白いキャンバスを作れないがそれよりは白い感じである。これは中々いいぞと思ったのもつかのま 白いけどオーディオを始めた時に感じたキャンバスの部分部分の濃淡が違っている。 この濃淡を無くす事はちょっと大変 セッティング等で改善も出来るがもちろん一部分の改善でまばらは相変わらず うーん難しい。


お気づきかもしれないが この内容 絵のキャンバスをオーディオ再生に例えた話だが 先日書いた「CD再生は難しい…」の記事を別角度から見て同じ意味合いで書いた。

キャンバスの大きさはその視聴環境の広さと考える。皆 大きなキャンバスに雄大に描いてみたいと思っている ただキタサンはFサイズの8号位のキャンバスが好みでそのサイズに風景画、ポートレイト等描く事が多く 手ごろな大きさである。その位のサイズだと全体像が把握しやすく調整しやすい 大きければ大きいほど全体像を把握するのが困難になり難しい。 その難しい事にチャレンジしていくのがオーディオの趣味で醍醐味と言われればその通りだと思うし反論はしない。

キタサンは おそらく今後も大きな白いキャンバスに絵を描く事は無いと思う… それはFサイズの8号キャンパスの大きさが好きで白より生成りや薄いベージュの下地が好きだからである 白は少し眩しすぎる。

単に感じた事で戯言である 変な例えをする奴がいるなぁぐらいの気持ちで読み過ごしていただければと思う。

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ブルーノートのオリジナルは数少ないが持っている。このホレスのアルバムは盤質もよくジャケットも経年劣化していない良盤である。
それにも関わらず比較的安い値段で購入できた。人気が無いのであろう ホレスも3年前に亡くなりモダンジャズを体現できた奏者は殆どいなくなってきた。
このアルバムもキタサンには必要なくなりつつある 20年前にホレスを実際聴いた感覚は多少なりとも心のどこかに残っている。

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# by kurama66644 | 2017-09-09 08:58 | オーディオ | Comments(2)

ライブ感

ビル・エバンスの「ワルツ・フォー・デビー」はジャズアルバムの中でも人気があり必ずと言っていいほど取り上げられるアルバムである。

演奏はもとより観客のざわめき、話し声、グラスや皿のカチャカチャ鳴る音、地下鉄の通り過ぎる音…など演奏会場にいる雰囲気が味わえる録音とピアノトリオの三位一体の妙がなす演奏でも人気があるのであろう。

夏場によく行われる野外フェスのようなライブは別としてジャズの場合比較的小さな会場でのライブ録音アルバムは沢山存在する。どうしても少人数、小コンポでの演奏が多いので演奏者と聴衆の距離感が短く 一体感があるように思う。

音だけでのライブ感をもたらすには音楽以外の別の音が混じっていないとそのリアル感は出にくい、冒頭に書いたエバンスのアルバムのように演奏者以外の聴衆のリアルな動き?話し声や身体的な音などあって演奏会場にいる雰囲気にはなりやすい。ただし一番は目に見える事である それは先月映像関係(AV)で再生されているオーディオファンのお宅に伺い改めて感じた。ピュアオーディオをやられている方のお宅に訪問するたびに(全てではないが)ライブ録音のアルバムを聴かされると音楽以外の音のリアルさを強調されて話される方に出くわす。聴衆のざわめき感や物音の聞え方など音楽とは余り関係ない事を話し すなわち機器類の性能や使いこなし?の自慢話とでもいおうか…正直言ってそれらには余り興味がないので困ってしまう。

そういえばオーディオをやるようになってからキタサンもそれらの音楽に関係のない音について聞える、聞えないなど言って装置の優劣あるいはセッティングなど弄っていた事があるので人の事をとやかく言う資格はないのだが(汗)

オーディオそのものは疑似体験をする装置のようなものだから「身近で演奏しているような」「ホールの中にいるよう」とかそれらの部分がよりリアルに感じられるのが良い装置であり環境も含めて追求していく人が多いのだと思う。

5感の中の聴覚で音像や音場の雰囲気を出し視覚が必要の無いリアルな再現をするのが昨今の高級オーディオ(ピュアオーディオ)志向のような気もするが結局は実際の演奏会場で直に聴いた原体験がいかに多いかでその想像する範疇、範囲が変わってくる。生演奏とオーディオの再生音は違っているのは当然で自分で再生している音でどのように感じ聴こえるかは本来自分しか出来ない それは他人の頭の中を知る事が出来ないからである。

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ようやく手に入れる事が出来たアルバム。「マッコイ・タイナー ライブ アット ニューポート」:ステレオ録音
昔CDでは当然持っていたがアナログに回帰したとき買おうと思っても中々見つからなかった。先月たまたまユニオンのえさ箱を見ているとこれが出てきた。
再発かな?と思ってみるとオリジナルである 思わず周りを見回し小脇に抱えてその場を移動 もう一度確認してみるとオリジナルである。(説明文にオリジナルと書いてあったけど…)確かエンジニアはバンゲルダーではないはず しかし昨今のリアル風な?ライブアルバムではなく程よいライブ感がちょうど良い。
マッコイといいクラーク・テリーといい余り人気が無いのか5桁をはるかに下回る値段設定であったのはうれしいところである。モノラルは高いかも?

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# by kurama66644 | 2017-09-03 10:07 | オーディオ | Comments(0)

CD再生は難しい…

アナログに回帰して4年が経つ その間 CDの大部分とCDプレーヤーは売却して手元には無くひたすらアナログ(オリジナル中心)を再生して楽しんでいた。

昨年の7月に廉価品のCDプレーヤーを元ソニーの技術者だった方に改造してもらいCD再生を復活させたが頻繁に聴くのはどうしてもアナログになってしまう。
CD自体は1987年ごろからミニコンポではあったが聴いておりオーディオを始めた10年前もアナログではなくCDを中心に聴いていた。決してCDは嫌いなわけではないのだが今では聴く頻度はアナログ8~9に対しCDは1ぐらいである。色々考えてみたのだがCD再生は結構難しいからではないかと思うようになった。

CD再生が難しい? 「CDをプレーヤーに挿入してボタンを押すだけ アナログの再生に比べ圧倒的に簡単ではないのか」と大半の方は思われるであろうが操作性ではなく再生音のバランスが上手くいかないように思う。レコード録音は高音域が大きな信号になるように補正して録音されている、高音域は低音域の100倍のレベルに増幅して補正され それを再生時には1/100に抑制するという特殊な方法を用いる。それに対してCDは信号強度を変えずにそのままのレベルで録音している マスターリングその他 音源の調整過程でエンジニアの腕、個性により音は変わっていくがいったん製品化されたCDは再生する側からすると録音された素のままが如実に出てアンプやスピーカーその他セッティング等で好み(あわせる)にするしかない。 そうすると自分の納得するような音?にするための解答が無限に存在し その組み合わせで試行錯誤 機器の入れ替えやセッティングなどやればやるほど深みにはまり 無限ループに陥りかねないように感じる。

アナログは外的要因でプレーヤーの水平化や盤そのものの傷み、埃、針と盤の接触面の圧など調整度合いにより時にはひどい音が再生されかねないが録音自体は結構自然なものが多く基本さえ抑えておけば帯域バランスも自然で部屋環境に余り縛られなくても心地よく聴ける。

CDもデジタルイコライザー等で部屋の音場を補正する手もあるが自然に持って来ようとすればするほど却って生気がなくなり不自然になってしまうことが多い。
あと最近のアンプは音質調整機能が付いていないものが殆どなのでアルバムによって自分好みに出来ないのも問題である。シンプル イズ ベストで清いのだが何でも簡単過ぎるのも考えものである。

ただCDは便利なので音にこだわらなければ曲想も分かるし音楽そのものを楽しむ事が出来る。自分はアナログ世代だがCDを聞いていた時間の方が圧倒的に多かったのでCD肯定派だが世の中はそれがPCオーディオやネットワークオーディオの配信系に変わってきた。

場所はとるし操作性はよくない、機器類もデジタルに比べ高額なものも少なくないアナログだがデジタルに比べ音質の調整は不用意にいじらなくとも意外と自然で心地よく聴ける。 省スペース簡単便利なデジタルは音質の調整は難航する どちらも長所、短所はあるが何に主体を置くかで選択も変わってくる 単純に音なのか音楽なのか使い勝手、再生する環境、お金の問題…様々な要素があり人によりまちまちである。

ここまで録音が自然だとか帯域等自然な感じがすると書いてきたが これはアナログのオリジナルと再発ならびにCDなど(これも再発に分類されると思う…82年以前のものは) を聴き比べてみての感想なので人によっては感じ方が違うかもしれないのであしからず。

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こちらのアルバムは最新のリマスター?したアナログよりCDの方が良かったような気がする…。(このアナログは強調される部分が多く聴いていて疲れたので売却)

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# by kurama66644 | 2017-09-01 09:21 | オーディオ | Comments(6)

ジャズは好きです!


by キタサン
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