位置の違い

関心があるなしによって捉え方が全く違う事はよくある話である。このブログはジャズとオーディオに関して書く事が多いのだが昨年末から始めたデスクトップオーディオで机上のスペースが急に狭くなり?スピーカーが置けなくなるという状況になってしまった(-_-;)…。

というのもPCが壊れてしまい以前使っていて液晶の1/3が薄く黒ずんでしまうモニターのものを再度使い出した。PC内部は壊れてはいなく液晶部分の損傷で画面一体型のPCなのでそれさえ我慢すれば使えるのである そしてそれを我慢できずに(笑)昨年の7月にオークションで安いものを落札した それが23インチ液晶のデカいものだったのでそれが今回壊れてしまい現在PCオーディオを設置していたデスク上に撤去しているのである。別にデスク上に置かなくてもいいじゃないかと思われるだろうがキタサン宅は狭い!部屋数は少ないし余分なものは置くスペースはないのである。

机上に壊れたPCを置いて今まで通りデスクトップオーディオも出来るのだが「まてよスピーカーの後ろにデカいモニターがあると音の周りが良くないのでは?」とハタッと思った。スタンドにスピーカーを移動するのも邪魔になるし どうしよう…と考え そこで一案!
RCAユニットスピーカーの2段重ねでちょうどデスクと同じ高さになる そこに片方のスピーカーを置けばデスク上のスペースは広くなる で早速試してみた。
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どうですか… 余りカッコよくない それよりRCAユニットのスピーカー全然使っていないなぁ~60年代前半のユニットで性能もいいのに能率も高く迫力はあるが低音が全然出ないけど音は前に飛んでくる ちょっと疲れる音なので封印していたがまさかスピーカーの置台(スタンド)代わりになるとは いけない使い方かもしれない(反省)
そこで肝心の出音だがこれが意外と悪くない というのも聴いている位置がそもそもいい加減で斜め横で聴いているので2段重ねにしたSP上のSP(なんだかややっこしい)のユニットを視聴している方向に向けているので聴きやすくなったような…気がする 錯覚かもしれないけど そもそも音場感や定位などこのデスクトップオーディオでは求めていないし 狭い部屋内で音符が飛んで自分の頭の周りに浮かんでいるそんな音出しでよいと思っている。
PCはわずか半年でダメになった ことPCに関しては中古はダメである。使っていた人の癖と自分の使用時の癖が合わなく障害を起こしてしまうのだろうか?オーディオ機器は逆に中古の方が(モノによるかもしれないが)馴染んで良い事も多いのだが…。

オーディオに興味を持って今年で11年目になるが音像やら音場、定位など未だ関心が少ない。オーディオコミュを見ていて神経質なぐらい気にされる方も多い 聴くジャンルにもよるのだろうか?そちらの方に関心がいくと音楽の面白さに注意がいかなくなるのではと思ってしまう そうそう以前 オーディオでジャズのベースがどちらから聴こえるかの話題が出た事がある でもそんな事ジャズライブにいけば場所によってもマチマチだしい「位置」には関心が無い。左から鳴っていようが右から鳴っていようがベースはベースなのであるトランペットでもサックスでもない 位置関係が明確なクラッシックの方からすると位置が違う事は気持ち悪いし落ち着かないようである。そういうものなのかとその時は思ったが確かに焦点が合っていないピンボケカメラより焦点がぴっしり合っている方が安心できる オーディオで作品の内容を探る事によりより理解できるという考え方なのかもしれないなぁ。それとも機器性能の正しさを確認したいのだろうか?部屋の影響により音の反射等で微妙に変わったりするから一般家庭ではそれも難しいような気もするが なんだかよく分からない そのあたりはマニアなファンにお任せしておこう。

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お正月からジャズだけではなく歌謡曲、J-POPも再び聴きはじめた。QUADのアンプが楽しさを伝えてくれるので面白い。
稲垣潤一はまだ現役でバリバリ活動している。この「シャイライツ」が出た頃はまだまだキタサンは歌謡曲主体に聴いていた頃である。ジャズ喫茶には通っていたが歌謡曲の方に興味があった。このアルバム 名曲ばかりで未だに歌詞は覚えている(笑)

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# by kurama66644 | 2018-01-17 12:51 | オーディオ | Comments(2)

全てをさらけ出すのは良い事なのか

ソフトに収録された全ての情報を知りたいと思うのがオーディオマニアの性だと思う。その為解像度を重視しこれまで聴こえない音を探るようになる 音源にある素のままの状態を素直に再現できるのが良い機器の条件の一つというのも分かる気がする。自分がオーディオを始めた時はこの考えに近かった そうなると高音質ソフトや機器類も高価な物を買わないといけない ただし原資は各自限られているので出来る範囲でやるのが普通である。原資が少ないとそこで色々な工夫をする セッティングしかりアクセサリーでカバーするなど方法はいくつかある。

ここ何年かビンテージとはいかないまでも昔の機械を使って再生していた。音源が古い物が多くそれに合わせた形だが今年に入り使っていない機器類の整理の際 以前使用していた現代のアンプを使うとこれまでどことなくぼやけた音だったアナログがとても元気に鳴るようになった(全てではないが昔のオリジナルの一部など)こりゃぁ面白いとばかりに余り聴かなかった音源など聴き直してみて新たな発見をしたかのような感じである。

新たな発見とは進歩ということでもある とても大事な事だが聴き続けているととても疲れてきた…何となく違和感を覚える 体がついていけないといった感じである。
最初は面白いと思ったのだがついには以前の機器に繋げ直し聴いている自分がいた。今まで聴こえていた音が所々聴こえなくなる 元気な音ではなく少し憂いを持った音に戻った こちらの方がアルバムの本来の音のような気がする。(本当かな?)

音源が持っている正しい情報を素直に出せる機器が優れた機器とも言える それは昔も今も変わらない。その技術が進化している現代は本来聴こえないような音をも(昔は出せなかった音等)正確に出せるようになってきた 待ち望んだ結果だが時と場合あるいは人により残念な結果になっている事も多いような気がする。

よりディテールがハッキリした音像を再現できるよう工夫しているオーディオマニアも多い その奏者の凄いところ又は欠点のようなもの(情報など?)までより分かるようになるからだと思う。 しかしオーディオは幻影の音だと思っている その奏者の出す音は人格に反映するわけでもないし出している音も本物ではない。機械を通した音であり録音時のエンジニアが加工した音でもある。音自体 大きくても小さくてもよいのだが理想は霞(かすみ)のような音である 実態が無い音といったほうがよいのかもしれない。バカな事を言っているなぁと思われても結構 そう感じているのだから仕方が無い… 最近オフ会に参加しないのも実態のある音を目指して躍起になっている人が多いので自分とは合わなくなってきているからである。在りもしない音を目指して愛おしいほど頑張っている その姿には感動するが心はどんどん離れていってしまっている。
自分にとって全てをさらけ出す音は余り必要としない。ハイレゾや高音質という定義もよく分からないが体が受け付けなくなっている 単なる老化現象なのかもしれないのだが…
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(※相変わらずのいい加減なセッティング 3段重ね…軽いからまぁいいか)
ラックスマンのC-06αからプリをQUAD44に切り替えて聴いてみる。パワーは同じQUAD405を使っているので純正の組み合わせだ。以前この組み合わせで少し聴いていた事があるのだが常用しているトランス内蔵のフォノイコE-06を通さないで使っていた 今回は初めてE-06を通して聴いてみたがとても素敵な音楽を奏でてくれる。
ラックスマンのこの時代のアンプは「全てをさらけ出す」を命題に作られたバブル期の傑作である アナログ時代を決別しデジタル再生に舵を切り出した時代のものであるが現代のアンプに比べまだ温もりがあるように感じる。それより10年程古いQUADのアンプは「美味しい部分を抽出する」かなり割り切ったアンプである この美味しい部分というのがポイントで日本のメーカーはこの美味しい部分の抽出が中々できないように思う(あくまでも私見) 技術力があってこそ良い物が作れるのだが最後はやはりセンスなのかと思わせる名機である 価格的にも(笑)
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再発盤だがQUADのアンプで鳴らすと生き生きとしてくるのが不思議? このオリジナルは盤質が余りにも悪すぎて売却してしまった 持っていたのはモノラルだったので今度はステレオオリジナルを聴いてみたい。

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# by kurama66644 | 2018-01-14 10:03 | オーディオ | Comments(0)

忘れ去られていたプリアンプ

年末から年始にかけオーディオ断捨離を行い 結局使っていない機器同士の組み合わせでデスクトップオーディオを構築した。そしてあと1台大物?が残っていた…オーディオを始めた初期の頃 購入したオーディオデザインのプリアンプDCP-105である。

キタサンがオーディオを始めたのが2007年からで知識もないままプリメインそしてセパレートとわずか1年半の間に5回ぐらい買い換えた(汗)…その当時ラックスマンの中級機のセパレートを購入し初心者にはもうこれで十分と思ったのもつかの間 有楽町のオーディオショーの視聴で感激し即 このオーディオデザインのプリアンプに買い換えたのである ラックスマンの半分の値段であったが性能はとても優れており買い換えるのに躊躇は無かった この視聴時でパワーアンプはまだテスト品として製品化されていなかったがプリアンプ導入後半年して製品化され こちらもラックスマンのパワーアンプから買い替え使い続けていた。

この頃はアナログプレーヤーは所有していたが実質使っておらずCD再生中心であった。スピーカーもモニター系のものを使い いかに音源を正確に出せるか そしてキレの良い低音、明確な音など現在の再生とは違う方向で進んでいた。そういう中でこのオーディオデザインのアンプはその当時のキタサンにとって価格的にも納得がいく製品であった DCP-105は20万ちょっと パワーアンプのDCPW-100は20万円後半ぐらいだったと思う。オーディオデザインはこの当時まだまだマイナーでオーディオ仲間でも使っている方は殆どおらず しかもセパレートアンプの価格が新品で20万円台というのも市場では余り見かけなかった記憶がある。大手メーカーが価格に加算する宣伝費や人件費などガレージメーカーゆえ余計な金額を上乗せしなかったのでこの価格でいけたのだと思う。最近はオーディオデザインも以前より名が知られてきて色々な製品も出すようになった そしてそのことは価格にも反映され…ちょっと高くなったというのが正直な感想である それでも技術力や製品の出来具合からみてもまだ価格は抑えている様子も感じられる。

こちらの製品はS/N比やダンピングファクターの高さなど数値的な凄さが強調されるが社長の大藤さんは数値は丁寧な作りと適切な設計を詰めていくとたまたまこうなっただけでそれほど意味はないと言っている。工学博士で数値的な理論には長けている大藤社長だが最後は各自の感性がものをいう それを常に念頭にいれ製品を作っていくという考えなのだろうと思う。

ラックスマンのC-06αを手に入れてからもこのDCP-105は使い続けていたがQUAD、Minimaと古い音源をアナログで再生する方向にシフトし いつのまにかDCP-105は追いやられていた… パワーアンプは時々取り出してQUADと併用して使う事もあるがこのDCP-105のプリアンプはそれから棚にしまったままでほぼ使わなくなってしまった。断捨離を行った時 このプリアンプを久しぶりに出し電源を入れてみた。問題なく動く しかしボリュームにガリが出る(汗) ボリュームは確かセイデン社製のLパッド型アッティネーターと音響用カーボン抵抗を使っていたはず いいもの使っているんだよな。ガリはでるが実際音楽を鳴らしてみたく何年か振り?に音出し。
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相変わらずいい加減なセッティング…プリアンプの2段重ね(汗) 軽いからまぁいいか 最近はパワーアンプをオーディオデザインのDCPW-100にしているからこれで純正のプリ、パワーの組み合わせになる スピーカーはモニター系のスピーカーではなくなったがどんな感じの音になるのか興味津々。

音出しするとラックスマンをプリとして使っていた時より帯域が広くなったように聴こえる そして低域のダンピングが歯切れよい これはQUADをパワーにしていた時からオーディオデザインのパワーに変えた時にも感じたがプリを純正の組み合わせにした時のほうが更に現代的な音がする それを少し和らげているのがMinimaなのであろう。
確認の為 もう1度プリをラックスマンに変えたが上述した印象通りである。オーディオデザインのプリの方がスピーカー間より広く音場が形成され低域の弾みがボーンボーンからボンッ、ボンッと小気味良くなる これはこれで良いというかこういう音を以前は好んで聴いていた。
しかしこういう音って更に良くなるのでは?と次なる展開を求めてしまうんだよね~ それを音源に求めたり機器性能であったり使いこなし、セッティングや身近なところではアクセサリーに走ってしまう…音楽も聴くけどそちらにも頭がいってしまう それを楽しみに行っている方もいるんだけどね…

いずれにしても改めてこのプリアンプの優秀さを再確認したのだけどボリュームのガリが気になる所 修理して使った方が無難であろう。(※味わい深さはQUADの方が魅力的) 年始からデスクトップオーディオで聴くことが多くなったからもう余り色々なシステムはいらない。 今度断捨離する時はオーディオシステム全体がいらなくなったりして(笑)

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# by kurama66644 | 2018-01-12 09:40 | オーディオ | Comments(4)

デスクトップオーディオ 2

年末から年始にかけ家にあった100枚ほどのCDをこのシステムで聴きなおした。ニアフィールドの視聴は思いのほか良く 俗に言うオーディオ的な快感は無いが自分にとってこれで十分ではと感じている。ヘッドフォンに近い感覚ではあるが耳にダイレクトに来ず多少の空気感(空間を介すので)があるのでこれもオーディオの一つといえよう。
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華奢な木製のデスクにはサンシャインの薄型シートを置きスピーカーのインシュレーターは3点支持から前方2点支持にしやや上向きに設置し直した。配線も邪魔にならないように整理したがCDプレーヤーの上に真空管アンプを置くという掟破りはそのまま継続(笑) いい加減なものである。
この部屋には以前使っていた小型スピーカー用のスタンドがありスピーカーケーブル等長くすればスタンドに設置して聴ける。PL-100やクラッシック1などの海外製のスピーカーでそれを試し 狭い部屋内で試行錯誤したが音場やら定位など求めすぎ壁にぶち当たる そして音も壁にぶち当たる距離が短いので上手くいかず…そういう中 たまたま使用頻度が低い機種同士を組み合わせたデスクトップオーディオなのである。

昔からこんな小振りなシステムでBGM的に聴いていた ただしニアフィールドではなく視聴位置は様々な所で聴く形であったので音自体気になったり ならなかったりで好きなジャズとはいえ音だけをかけ流していたように感じる。しかしこちらのデスクトップオーディオでは音より音楽に心が奪われる こういう感覚はひょっとして今まで無かったのでは?とも思える。

視聴位置が真横に近い感じで機器が目の前にある その為音楽を聴きながらスピーカーやら真空管アンプ、プレーヤーと機器類をまじまじと眺める(汗)そうすると不思議な感覚になる 真空管から音が出てるような…いやCDプレーヤかな? やはりスピーカー本体から出ているような… 機器類が音を発しているような気がするのである。
もちろん発信元はスピーカーなのだが音場や空間を意識しないとそうなってしまう。

オーディオは部屋が色々な意味で重視される 音場や音像を正確に再現する為に部屋の構造、形は重要な要素になるからである。スピーカーが視界から消える事が良いオーディオの条件の一つであることはよく聞く それだけ部屋の中で音場や音像が自然に出るからだと思う そういう音が部屋中に行き渡りどこで聴いても正しく?聴こえるのが正解だというベテランも多い。

キタサンのデスクトップオーディオの意識として観るオーディオだと思っている。花や観葉植物を眺める 動いていないようで日々変化している 電気仕掛けのオーディオであるが音楽という養分を得て日々変化している様を音で確認する。(本来電化製品は変化するのは不良品なのだが…)それはすぐ近く、身近にそれが無いと感じにくい くしくも所有のスピーカーの別名は「BONSAI」 盆栽を見て感じる事(人それぞれだが)に似ているような気がする。Minimaほど筐体に重厚さは無いがとてもきれいな木目の表層が ラウンドされたリュート型にとても合っている 真空管アンプは安物だが安物なりにしっかり働いてくれる CDプレーヤーも同様である 何でもそうだがそれぞれ世界観がある それを認めるか認めないか人それぞれ MinimaとQUADの組み合わせは箱庭の世界で こちらのデスクトップオーディオは更に小さい盆栽いじりというところである。何か爺くさいなぁ~ でも爺だからしょうがないか…

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# by kurama66644 | 2018-01-08 10:06 | オーディオ | Comments(2)

オフ会のマナー

オフ会は呼ぶ方も呼ばれる方も相当神経を使う…と個人的には思っている。特にキタサンはアガリ性なのでとても緊張してしまう 何度か訪れた家でもやはり緊張はする。

よく音は人となりを表わすというが少し違うと思う。優しい人だから優しい音がする その逆に性格のきつい人だから音もきついかというとそうではない。あくまでも視聴する建物、部屋などの風情(整っている、雑である、色使い、家具の配置、センスetc…)などからそういう印象を受け あたかも性格と一致するかのような錯覚に捉われる事も少なくない。かなり攻撃的な性格の人で心優しい静かな音楽を好む人もいるし、誰にも親切で温和な方が暴力的な音楽を愛聴する場合もあったりで様々である。

今はオフ会を行う事は少なくなったが一時期 月に何度か行うなど熱心な時期があった。それは他の人の音を聴いてみたくなった事しいては自分の出している音が人とどう違うのか確認したくなったからである。考えてみると個人的な趣味のオーディオにおいて部屋環境、機器類など違うのに比べる事はナンセンスなのであるが その時分は心の中でどちらが優れているのかなど比べたかったのだろう。

当時オフ会を行ったあとブログなど日記として感想を書いたものだが(今も書く事は書く) 音の表現を文章にするのが難しく相手に伝わりにくいので比喩をよく使った。絵画に例えたり事象に例えたりとストレートな感想を避けてきたが所々で本音が出るようで(汗) 後から相手から不満のメールを頂いたりして対応に困った経験がある。
自分自身がオーディオの事をまだよく分からない未熟な面も多々あるので軽く受け流してくれればよいのにとも思ったが 長年付き添った愛器やシステム構成に四苦八苦しながら構築してきた物を貶されるのはやはり気分はよくないものである 自分も逆の立場ならやはりいい気分はしないであろう。

実際 訪問して感想を聞かれる事は多い「どうですか~?」と… 相手も気にしていると思う 感想とはオフ会そのものの進め方、接待?の仕方や居心地などのオーディオ以外の事とオーディオ機器から出てくる音、ソフトの質などオーディオの事に対してで 「どうですか~?」にはそれらが総合して含まれていると思う。

そして感想には必ず比較、対象とするものがある。それは自分のシステム、環境やオフ会を何度か経験している人は更に別宅との比較である。そうなると本人が出している音、音楽そのものは機器類が壊れて変な異音がでるとか相手に対してよほど思いやりの無い態度をとり続けているとか特別な事がない限り 悪いと言う評価、感想は無いと思う。頻繁にその相手に会ってそのシステムを毎日聴いているとか相手の音楽の好みを熟知しているとかいう状況でないと所詮他人の事なんて分かるはずもない。

一時期 オフ会を頻繁に行っていたことは先に述べたが正直言って相手のシステム 出音が悪いと思った事は1度も無い 殆どが良いと思った。
自分とは当然違うので そこで相手にこうした方がいい、ああした方がいいというのは個人的には出すぎた行為かと思っている。好みがあるので一般論として音響的にこういう手法が使われているとかこういうお宅があるという事実だけに留めておいたほうが無難である アクションを起こす事はどうしても主観が入る プロとして商売をしている方で常識のある方はならまだしも一般人で趣味程度やられている方だと客観視するのは難しいような気もする。

あとはどうしても見た目で判断しがちである。豪華な建物、部屋、高級そうな?システム等々 あとは広さかな 普段見慣れない光景を見ると圧倒され 何となく凄いと思ってしまう。万引きGメンをしていた時も相方の元刑事の人から見た目でだまされるな!と何度も教わった 紳士然としている方や小奇麗な服装をした婦人などでも平気で盗んでしまうケースに何度も出くわした…人の善と悪を目の当たりにし精神的ショックで辞めてしまう人もいるぐらい 人は表と裏がある。 自分は相手宅では 目を閉じて聴くケースが多い音だけではなく気配や雰囲気で違いを体感する それだけ心地よいと思ったら自宅でもそういう心地よさが出せるかなぁとか 違和感を覚えたら何が違和感の原因かと考える。そしてそれは相手に話す事ではなく 自分自身を振り返る材料になるだけである。

それと音楽的素養と生の音をどれだけ聴いたかはオーディオ趣味に於いて大事なのかだが これはどうなのだろう? この趣味を行う目的によって違うのだろうと思っている。「好きな音楽を良い音で」「良い機器で好きな音を」「機器弄りがあってこそオーディオ」「音楽再生の為の大事な道具」「コンサートホールを我が家で」等々始めるきっかけや目的は人それぞれなので各自で大事だと考えていることがその人にとって正解なのだろうと思う。

オーディオだけではないが仕事以外のこのような趣味では意外とその人の人生や生き方が見えてくる。自分の場合 音よりその人の生き方、人生が垣間見えてしまうので疲れる事が多い… あれっ結局何書いているんだろう? オフ会のマナーでしたね マナーとしては「余計な事はしゃべらない」 その一言が相手の人生に影響を与えるかも そうオフ会は案外怖いものなんです(笑)

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年末ユニオンのセールで「スピークロウ」の他にこの1枚を購入。まさかこれがエサ箱にあるとは思わなかった…ジャケットが汚れている分価格も安かった 盤質はBクラスだがノイズはさほど気にならないレベル この1枚があれば今年はもうオリジナルはいらないかな それほど欲しかった盤である。当時の定価を上まらない価格でしかオリジナルは購入しないというポリシーを早速破ってしまった(汗)

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# by kurama66644 | 2018-01-07 09:24 | オーディオ | Comments(0)

ジャズは好きです!


by キタサン
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